大晦日の在庫整理
マリィさんの世界のゴタゴタから数日、今日は十二月三十一日、大晦日だ。
因みにマリィさんの叔父さんであるルデロック王の件は現在塩漬け案件になっていたりするらしい。
理由は単純で、いくら魔法が発達している世界といえども、基本的にマリィさんの世界は地球でいうところの中世前後の文化レベルにしかなく、ゾシモスのような規格外の錬金術師などの補助なくしては、人の移動や情報の伝達にそれなりの時間がかかるそうだからだ。
プテラノドン型の無人偵察機カリア改や万屋謹製の魔法の箒などをひっそりと所有するマリィさん達はいいものの、それ以外のお偉方の移動には、護衛や腕の立つ魔法使いの招集も含めてそれなりに時間がかかるというのだそうだ。
なので現状、各勢力が現状の把握に努めている段階で、これからルデロック王の処遇を含めて、国に関わる話し合いをするにはまだ先になるという。
因みに、ルデロック派を語る面倒なお偉方は、追加で作成したカリア改の量産機にて、現在進行系で醜態を晒し続けているルデロック王の映像をクリスタルという形で送りつけることで黙らせることに成功したみたいだ。
くだらないことでグチグチと文句を言ってくるのなら、こういう目にあってもらいますよという脅しである。
そういえば、その映像を撮影するために、一度、ルデロック王が閉じ込められているディストピアに赴いたのだが、その際にマリィさんとルデロック王との間でまた一悶着があるかもと身構えたのだが、マリィさんもここでルデロック王と再会して揉め事になるのは面倒だと感じたのだろう。遠くからルデロック王が何度も殺される様を楽しげに撮影をし、それで満足がいったのだろう。それ以上は特に何もせず、トワさんと一緒になって撮影した映像を編集。その映像を専用のクリスタルにコピーして、それぞれの手元に送ったというのがこれまでの経緯である。
とまあ、そんな感じでマリィさんの世界のゴタゴタはいったん棚上げになったのだが、しかし、やることはいろいろあると、マリィさんがいない今日、常連のお客様は魔王様以外にいないということで、ならばと、ちょっとした出来てしまった暇に僕はバックヤード内の大掃除をしていたりする。
しかし、大掃除といえば、他の――、特に沢山のお客様が来る万屋の大掃除はいいのかとそんな疑問もあろうとは思うが、万屋自体の本格的な掃除は冬になる前に殆ど済ませてあったりする。
なんでも海外では、気候がいい春や秋に大掃除をしてしまうところが多いのだそうで、僕の家でもそうしているのだ。
だが、本格的な大掃除は済ませた後というなら、それはバックヤードも同じなのではと、その答えはまさにその通りなのだが、今回、大掃除するのはバックヤードの収められている素材の大掃除なのだ。
そう、日々このアヴァロン=エラに流れてくる様々な素材やらなんやらを、来る正月という日に乗っかり、福袋とかそんな名目で在庫処分をしてしまおうと考えているのだ。
「だけど、改めて思うけど凄い量だよね。いらないものはちょくちょく処分しておいた方が良かったんじゃない?」
「ボクもそう思うんだけどね。ここにあるものは殆どが希少素材だし、アヴァロンって場所がおかれている状況を考えると、魔素に還元したりするのはどうなんだろうって思うんだよ」
どこか宇宙空間を思わせるバックーヤードの中、じっとりと向ける僕の視線に悪びれずもせず、薄い胸を張るネグリジェの少女はアヴァロン=エラの主であるソニアである。
しかし、ソニアの言うことも尤もで、バックヤードの素材を処分するとなると、ゲームなんかでエリクサーを意味なく使うのと同じようなものだし、この世界の裏事情を知っている僕としてはあんまり魔素を還元を乱発したくないというソニアの考えも理解できる。
だけど、レア素材もここまで集まってしまうと只のゴミ、ここは心を鬼にして処分しなければならないのだ。
「因みに一番数が揃ってるものはどんなものなの?」
「龍の骨とか鱗かな。ランクが低いヤツが結構流れてくるから、それがかなりの量になってるんだよね」
取り敢えず、処分するとするなら余剰在庫からだろう。
僕の問いかけにバックヤード専用の魔法窓を手元に浮かべたソニアが答えてくれる。
なんでも、ワイバーンやら走龍など、比較的弱い龍種やその亡骸が、けっこうな頻度でこのアヴァロン=エラに迷い込んでくるんだそうで、いつの間にかそれなりの量になってしまっているのだという。
その量なんと一千トン。
比重の違いなんかはあるけれど、だいたい学校のプール二杯分くらいの量になるという。
いつの間にそれだけの龍種がやってきたんだろう?
そう思っていたら、これは僕がこのアヴァロン=エラにつれてこられる前からコツコツと集めた結果と、
「後は君の力の影響だね」
「ああ……、それは『すいません』になるけれど。
そんなに余ってるならオリハルコンとかムーングロウに加工しちゃえばよくない?」
ものが龍の素材ならば上位魔法金属に加工してしまえばいいのではないか?
それなら、かさも減るだろうし、なにより買ってくれるお客様は沢山いる。
余ってるなら、その分を有効利用をしてみたらどうなのかと、素材がある区画に移動する道すがら、僕がそう聞いてみると。
「残念だけど液体である生き血とかならともかく、骨や鱗から魔法金属を作るのって結構面倒なんだよね」
ソニアが言うには、龍種の骨や鱗は無駄に硬い分、錬金術での加工にはかなり骨が折れるのだそうだ。骨だけに。
「だったら、そのまま売りに出しちゃえば」
「鱗はともかく、骨や牙や爪なんてものはサイズがサイズだけに武器にしか加工できないじゃないかな。それに、そんな素材を売りに出しちゃっていいのかい? 万屋の流儀とはちょっと反するような気がするけど」
たしかに竜の牙や爪から作るものとなると必然的に武器になっちゃうか。
でも、それは他の魔法金属なんかにも言えることで、
そもそも龍の素材がそんなに簡単に加工できるとは思えない。
自分の考えを口にする僕にソニアはふわりと宙返り、空中に寝転ぶようにして、
「まあね。でも、エクスちゃんに手伝ってもらえば簡単な加工はあっという間にできちゃうんだろうから、万屋なら高品質なボーンメイルなんてのも作れなくはないんだけど」
因みにソニアが言うエクスちゃんとは万屋の看板娘であるエクスカリバーさんのことである。
ソニアはエクスカリバーさんが話せるようになって、毎日のようにコミュニケーションをとっていたところ、マブダチとも呼べる関係になってしまったそうだ。
だから、エクスカリバーさんにお願いして龍の素材を加工してもらって、万屋から売り出せばいいと、そう言うが、
「でも、エクスカリバーさんをバイトみたいに使うのはどうなの?」
いくらものが龍の骨だとはいえ、やらせることは完全にバイト感覚の一次加工だ。
そんな仕事を仮にも伝説の聖剣と呼ばれる存在にやらせるのはどうなんだろう。
僕はそう思ったのだが、
「最近は挑戦者も少なくて暇だって言ってたから大丈夫だと思うけど」
どうもエクスカリバーさんは今の生活に退屈しているみたいだ。
かつて、常連や準常連とも言うべき迷宮都市アムクラブなんかからのお客様が毎日のようにチャレンジしていたエクスカリバーさんの抜剣だが、殆どがチャレンジャーが抜けないと判断してしまった後は、偶然迷い込んできたお客様くらいしかエクスカリバーさんに挑まんとする人はいなくなってしまったのだ。
マリィさんも一度手にして満足しちゃったのか、最近では抜こうと考えるよりもコミュニケーションをとる方にシフトしちゃってるからな。
「成程、そういうことでしたら、龍の素材の加工の件、エクスカリバーさんに頼んでも良さそうですね。オーナーの方からお願いしていただけますか?」
お願いの方は僕から言ってもいいのだが、あえてここは親友というくらいに打ち解けたソニアから言ってもらった方がエクスカリバーさんも張り切って手伝ってくれるのではないか。
そう思った僕はあえて店長とオーナーという立場に戻ってお願いすると、ソニアとしても頼られて悪い気分はしないのだろう「まかされろー♪」と即了承。
そんな感じでダブついているワイバーンなどの一部龍種素材の処理方法が決まったところで、次にバックヤードを圧迫している物品の処遇を考える。
それは各世界から流れてくる正体不明の装備品やアイテム類。
なんでも、いつか使えるかもしれないアイテムを毎回毎回バックヤードに放り込んでいたところ、それなりの量になってしまったということだ。
なんだろう。これはゴミじゃなくて資源です――とでも言い出しそうな雰囲気である。
まあ、よくよく鑑定してみると、たしかにマリィさんが作る魔法剣にも劣らない武器やら、元春のブラッドデアよりも強い鎧なんかと、掘り出し物は武器や防具ばっかりなんだけど、万屋で売り出すには危険な代物だったり、値段を付けるのが難しいものばかり。
いや、魔剣なんてものを普通に売っている僕達が言うようなことでもないと思うが、あれは暗に『ウチでは本格的な武器の類は扱っていませんよ――』というメッセージであり、また違う意味で売りに出している訳で――、
うん。今はここにあるアイテムの処理をどうするかを考えるべきだ。
僕はとりあえず明日に迫った福袋に入れられるアイテムを探してしゃがみ込み、ちょうど目に入った木箱に入れられた大量の小瓶の内の一つを手にとって言う。
「そういえば、怪しい薬が随分増えたね」
「まあ、消耗品だからね。ダンジョンでも拾えるから必然といえば必然だろうね」
魔素濃度の高い危険な地域というのはなにも未開の森や死の大地のような場所ばかりではない。ダンジョンや魔王と呼ばれるような存在の根城といった場所も魔素が多い領域なのだ。
だから、それなりの確立で次元の歪みが発生していて、
そんなダンジョンの奥地で亡くなってしまった冒険者さんやら探索者さんの装備が遺骸と共に流れてくるなんてこともまたあり得るのだが、そういったアイテムの中には、ダンジョンでドロップしたものなのだろう。その効果すら鑑定不能のものがあったりして、分析できる量があるものはソニアにその鑑定を頼み、残りはここに残されていたりするのだが、そんなアイテムの量もここまでになってしまってはさすがに処分せざるを得ないだろう。
これは、もうソニアの実験品と割り切って使ってしまった方がいいのかもしれない。
僕は用途不明の魔法薬が大量に詰め込まれている木製ケースに手に取った魔法薬を戻しながら、何気ない疑問を口にする。
「そう言えば、前にマリィさんが飲んだ〈精霊の涙〉ってどんな薬だったの?」
色とりどりの液体が入った瓶を見て、以前、マリィさんが飲んだ〈精霊の涙〉を思い出したのだ。
すると、ソニアはそんな僕からのふとした疑問に「う~ん」とこめかみを押さえるようにして、
「普通に考えると権能とか魔法効果とかそういうものを見る力なんだと思うんだけど――」
「でも、マリィさんってソニアの姿も見えてるみたいだよね」
いつ頃からか、マリィさんにもオーナーの姿が見えるようになっていた。
そこのところを詳しく聞くと、僕のようにハッキリとソニアの姿を確認できる訳では無く、ぼんやりとだがその存在を視ることができるようになった程度ということだが、あれも〈精霊の涙〉の効果なのではなかろうか。
「虎助みたいに最初からそっちの才能があったってパターンもあるし、ボクにかけられてる魔法そのものを見てるって可能性もあるかな」
ソニアはとある呪いとも言うべき魔法によって、このアヴァロン=エラに封印されている状態になっている。マリィさんはその魔法の痕跡を見ているのではないかというのがソニアの予想らしい。
「あくまで可能性だけどね。でも、それが本当だったとしたら、彼女が今後どうなるかによって協力を願わないといけなくなるのかもね」
しかし、現時点ではあくまでその存在に気付けるだけというレベルであり、ソニアの研究に付き合えるほどの能力は無いと言う。
「まあ、それはまだまだ先の話として、そのアイテムの処理はどうするの?」
「そうだね。魔法薬はソニアの好きにしてもらうとして、装備の方はちょっと思ったんだけど、この刀とか、普通に芸術品として売りに出せないかな?」
「地球で売り出すってことかい?」
「うん」
日本刀は美術品としての価値が高いと聞く。
これなら武器を武器として売るのではなく、美術品として処分できると思ったのだ。
「そうだね。でも、日本刀以外の武器って芸術品として売れるのかい?」
意外なことに地球側の美術品の知識にも精通するソニアに言われて調べてみたところ、一応、西洋剣も美術品としてルーブル美術館など、有名な美術館にも飾られていたりもするらしい。
とはいえ、それも歴史的価値のあるものに限られるところがあるらしく、ここにある装備品をそのまま売りに出しても大した価値にならないものが多いのかもしれない。
そうなるとだ。別に売上のことを気にしなくても大丈夫だとは思うのだが、あまり乱雑な扱いをしてもらっても武器が可哀想だ。
ある程度、武器の価値が分かってもらえる人に買って貰う必要があって――、
となると、義父さんにそういう古美術商みたいな人を仲介してもらうとか?
いや、いっそのこと魔女の皆さんにご協力を願うのはどうだろうか。
聞くところによると彼女達は地下のマーケットとも付き合いがあるみたいだし、某有名な騎士団が使っていたとか曰く付きの美術品として流せばいいのではないか。
まあ、その際にはちゃんと魔法的な安全装置をつけた上でだけどね。
売りさばいた美術品で刃傷沙汰なんてことにはなって欲しくないからね。
僕は頭の中で武器の処理方法を考えながらも、売りさばけそうなデザインをした装備品を見繕っていくのだった。
◆そういえば、日本には刀匠という職業がありますが、ヨーロッパなんかにも、ソードスミスと呼べばいいんでしょうか? そういう人が今もいるんですかね。そのような話はあまり聞いたことがありませんが、どうなんでしょう。