元皇太子妃ユリスの衝撃
「ああ、これはなんということでしょう」
「お母様落ち着いてくださいの」
「マリィ!! 貴方は何を言っているのです。これが落ち着いていられますか!?」
ルデロック王との戦いから数時間、アヴァロン=エラの和室にてユリス様が取り乱した声を上げていた。
因みに、ユリス様が軟禁されていたというベルダード砦の方は大きな問題は無かったみたいである。
ルデロック王の手の者だとは思う兵士達に囲まれてはいるものの、今のところ直接的な被害は無いみたいだ。
いまトワさん達は城の内部と連絡を取るべく、プテラノドン型の無人偵察機〈カリア改〉を呼び戻している最中なのだという。
さすがに、四面楚歌の状況で、警戒しているだろう砦の中に無人偵察機をつっこませる訳にはいかないから、ユリス様の手紙を持たせて、もう一度、ベルダード砦まで飛ばそうというのだ。
因みにユリス様が軟禁されていたベルダード砦は、マリィさんの城から直線距離にして百キロそこそこと王都よりも近く、無人偵察機であれば一時間もあれば往復ができるみたいだ。
普通なら二人の軟禁場所はもっと離れた場所に――とも思わないでもないのだが、大物であるユリス様を軟禁するのにちょうどいい建物がそこしか無かったという理由が一つと、城と砦、両者の建物の間には大陸を分断するようにして横たわる山脈の端っこが邪魔をしていて、陸路を使って向かうとなると、かなりの距離を迂回しなければならなくなるのが一番の理由なのだという。
だから、今は偵察に向かった無人機が帰ってくるのを待っているといった状況なのだそうだ。
ならば、どうしてユリス様が何に興奮しているのかというと――、
まあ、いつものだ。
ベルダード砦の一件がどうにかなりそうということで、とりあえず落ち着こうとお茶とお茶菓子を出したところ、それが大変お気に召してしまったらしいのだ。
因みに、今日のお茶菓子は魔王様の為にお取り寄せのロールケーキ。
マリィさんにはコンビニで売ってるわらび餅を出している。
紅茶にわらび餅というのは正直どうなんだろうと首を傾げざるをえない組み合わせなのだが、マリィさんがいいというのだから仕方がない。
それよりも問題はユリス様の方で――、
「虎助様、これは虎助様が作られたお菓子なのですか?」
先程までの心配顔はどこへやら、必死な形相で迫ってくる。
うん。ベルダード砦の件はすっかり安心してくれたみたいでよかったけど――、
「違いますよ。僕の世界でプロの人が作ったお菓子です」
「そこへの案内は――」
「残念ですけど、ここからは自分の世界にしか移動できないようになってるんですよ」
そう、アヴァロン=エラはゲートは基本的に一方通行になっている。
いまのことろ普通の人間が他の世界へ渡ることはできないのだ。
「むう、では、これでこのお菓子をどれだけ手に入れることができるのかしら?」
羽織っていたストールのボタンをプチっと千切って渡してくるユリス様。
どうやらこのボタンそのものが相当な値打ちものになっているみたいである。
中央に色の薄い緑柱石のような風の魔石をあしらった金のボタンだ。
渡されたボタンを鑑定する僕のすぐ横、ハラリと脱げたストールに元春がうひょーと黄色い悲鳴を上げているけど、ここは麻痺弾を撃っておくべきだろうか。
因みに元春の自己紹介は既に済ませてある。
僕に少し遅れて万屋へ入ってきたところ、マリィさんに「あら、いましたのね」とか言われていたけど、実はマリィさんをここまで案内したのは元春だったりするのだ。
スノーリズさんの一見の後、僕が念話通信だけを担当して、もしも、マリィさんの方で何かあった時に対応できるようにと、銀騎士の操作を元春に変わってもらっていたのだ。
とまあ、残念な友人の残念なリアクションにはマリィさんからのお仕置きがあるからいいとして、
「あの、このロールケーキはそんなに高いものでもありませんから、こんなに高そうな対価は必要ありませんよ」
僕は無造作に渡されたボタンをユリス様に突き返す。
ユリス様に出したロールケーキはネット通販で手に入れたお取り寄せ商品。
一本で三千円以上とそれなりにお高いスイーツなのだが、金でできたボタンの値段を考えると、十本や二十本じゃきかない量のロールケーキが買えてしまうのだ。
「なんですって、ならばそれで買えるだけたくさんのロールケーキを手に入れられるのかしら?」
「いや、一応、冷凍もできるみたいですけど生菓子ですから」
お取り寄せのロールケーキは基本冷凍モノが多い。
しかし、それはアイスのように賞味期限がないようなものではなく、それなりに短い期限で食べなければいけないのだ。
「これは国宝を持ち出して大量に保存しておかなければならないかもしれませんわね」
もしかするとマリィさんの国には時間系の力を持つ激レアなマジックバッグが存在するのか。
ユリス様の過剰な考えに僕は女性の甘いものに対する執着を見た気がした。
さて、そんなユリス様がスイーツに狂う一幕がありながらも、再び落ち着きを取り戻した万屋店内。
ロールケーキの消費もすでに半分を超えた辺りで、ふと気になった事をマリィさんに聞いてみる。
「そういえば今更ですけどユリス様をアヴァロン=エラに連れてきてよかったんですかね」
「と、おっしゃいますと?」
「いや、こういう場所ですから、ユリス様にもしもの事があっては困るんじゃないかと思いまして」
ゲートに備わる機能にベル君を初めとしたゴーレム軍団の守りがある限り、滅多なことでお客様に危害が及ぶような事は無いと思うのだが、ユリス様は元王族、この際だからマリィさんのことは棚上げするとしても彼女に何かあっては困るのではないか。
そう思って訊ねる僕にマリィさんは両手を合わせて、
「ああ、それならば特に問題はないと思いますの。王族に名を連ねる者として、お母様もそれなりの戦闘訓練は受けておりますから」
「ですわね。私も並の魔獣くらいになら遅れをとらない自身はありますわ」
ふむ、いまだ王位簒奪なんて事が起こりえる世界だ。たとえ王族といえどある程度の戦闘能力は必要ってところかな。
「しかし、そう考えるとルデロック王は、その――、弱かったような気がするんですけど」
僕がルデロック王と対峙した時間はほんの僅かであったのだけれど、守ってもらうばかりで自分では何もできなかったという印象しかない。
もしかして、その辺にルデロックが王に選ばれなかった理由があるのでは――と、そんな勘ぐりをしてみたのだが、それは違うらしい。
「叔父様は世にも珍しい邪魔法に適性がお有りの方ですから、魔法耐性の高いオリハルコンの鎧を装備する私や銀騎士とは特に相性が悪かったのでしょう」
「邪魔法?」
「相手の力を下げたり、魔力を下げたりする魔法ですわ」
聞いてことがない魔法特性だな。頭上に疑問符を浮かべる僕にマリィさんが教えてくれる。
「デバフ系の魔法ってことっすか?」
「ええと?」
「ゲーム用語ですよ」
元春からの横槍に今度はマリィさんの方が戸惑うような顔をする。
マリィさんもアヴァロン=エラに来るようになって、ゲームをするようになったとはいえ、さすがにゲーム的な専門用語までは理解していない。
「そういえば何かをやろうとしていましたね。あれが邪魔法。ですが特に実害はなかったような」
いま思い出してみると、ルデロック王は銀騎士からの銃撃を受ける寸前、なにかしようとしていたような。そんなことを思い出す僕にマリィさんが言うには、
「対人戦闘では無類の強さを持つ魔法も遠隔操作のゴーレムにはあまり高価がなかったみたいですね。それにあの時、虎助は例の魔法銃を使っていましたの。叔父様がご自分の魔法を使ったところで意味がなかったと思いますの」
成程、直接的な魔力を持たないゴーレムにはデバフの効果が発揮しなくて、武器もドロップから魔力を引き出すタイプのものだとその影響は受けなかったと――、
「そういや、お前が使ってたあの魔法のマシンガン、なんなんだよ」
「なんなんだよって、万屋の新製品だけど。それと正確には、あれはマシンガンじゃなくてアサルトライフルだよ」
「そんなのどうでもいいっての。それよりもあのマシンガン。めっちゃスゲくなかったか」
アサルトライフルって言ってるのに、僕はどうしても連射機能がついた銃のことをマシンガンと言いたがる元春に苦笑しながらも。
「ドロップの魔法供給によって大量の魔弾を放つ新型魔法銃だよ」
「ドロップつーと師匠の世界の魔力電池だよな。それって最強じゃね。撃ち放題じゃね」
「どうだろうね。何を魔弾にするかによるけど、一発一発は弱いから単純に攻撃力を持った魔弾を使うとなるとかなり燃費が悪くなると思うんだよね」
たぶん、マリィさんが普段使う〈火弾〉ほどの威力の魔弾を撃ち出そうとなると、かなり大きめのドロップを使ったところで十秒ほどでそこに込められた魔力を絞り尽くしてしまうだろう。
「でもよ。魔法障壁? みたいなヤツをバリバリにしてたじゃんかよ」
「あれは単純に相手側の障壁が脆かったからだと思うんだけど」
取り敢えず障壁に守られていない周囲の兵士を一掃してから一点突破を狙おうとしたんだけど、その掃射によって多くの障壁が破壊されてしまったのだ。
「といいますよりも、あれは私の魔法に対抗する為に破砕式障壁に偏ってしまっていたが故の弊害ではありませんの」
「破砕式障壁? それってなんなんすか?」
「細かい説明は省くけど、一回なら相当強力な魔法でも相殺できるって障壁だね」
つまり、破砕式障壁とは、一撃だけという条件をつけることで、得意属性に限らず誰にでも発動可能な上、少ない魔力でもかなり強固な守りの力を得られるというマジックシールドである。
どんな魔法をも一撃は耐えられる。マリィさんの魔法を警戒するあまり、逆に弱い魔法の餌食になってしまったということかな。
「ああ――、でも、全員が全員、その結界を使ってた訳じゃねーだろ」
元春の言う通り、もしも破砕式の障壁だけでは防御不可能な魔法が飛んできた場合に備えて通常の障壁を張る魔導兵もいたけど。
「そこは物量だね。物理攻撃力は低いといっても魔法で作った障壁には魔力が作用するから、一点に集中して連打すれば、一発一発の魔弾の威力が弱くても最終的に結界を破壊できる攻撃力になるんだよ」
いわゆる『涓滴岩を穿つ』の理論である。
どんな強固な障壁でも同じ場所を連続で狙われ続ければその部分が弱くなる。
そして、一発でも麻痺の魔弾が相手に届き、その障壁を構築している魔法兵を気絶に追い込むことができれば、それが障壁を消し去るという結果に繋がるのだ。
まあ、それもゲート備わるアイテム・設備由来と同じ自動式結界なら術者が意識を失っても関係ないのだが、今回は魔法に長けた魔導兵の集団ということで、特殊なアイテムに頼って魔法を使う人物はいなかったみたいだ。
いや、あの時、稀代の錬金術師と言われているらしいゾシモスがちゃんと意識を保っていたのなら話はまた別だったのかもしれないが、それは『たられば』の話である。
「しかし、本当に凄まじい連射速度の魔法銃ですわね。私達の城の警備にも欲しいですの」
「マリィさんなら構いませんけど、物理攻撃力を殆ど捨てた状態異常弾に限っても相当な魔力を食いますよ」
「それはどの程度になりますの?」
「マガジンの型に合わせてに加工したドロップが五分で溶けましたからね。魔力が一桁台の人だと十秒と持たないんじゃないでしょうか」
「ふむ、そういうことでしたら、一つ購入してみて使用感を試してみるのがいいということですわね」
「そうですね」
◆ちょっとした方言の話。
『やぐい=もろい』になります。虎助達は中部地方在住という設定になっておりますので、たまに会話の中に方言が出てきたりしています。
◆次話は水曜日の予定です。