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狼の影

「どういうことですの?」


 場所はゲートの近く、白い拘束服を着せられた男を見下ろして、そう聞いてくるのはマリィさんだ。

 それは暮も押し迫ったある日のこと、このアヴァロン=エラに侵入してきた不審者の身元を調べるべく、僕がその持ち物検査を行っていたところ、彼がマリィさんの世界からやってきたとわかったのだ。


 因みに、なんでそんなことが判明したのかといえば、彼が持っていた魔導器の一つ、影を利用した近距離転移を可能とする特殊な魔導器に刻まれていた魔法式が、旧ガルダシア王国(現ルデロック王国)で使われていた古い式の特徴を備えていたからだ。


 すると、そんな説明を聞いたマリィさんは、僕に空切を使ってもう一度不審者の頭を切り取るようにと言って、その男の額に魔力を灯した指を添えてブツブツと呪文を唱え始める。

 そして、指先に魔力を灯し、黒尽くめの不審者の額を小突いたかと思えば、そこに、狼だろうか――、風を切って走る四足獣をモチーフとしたようなマークが浮かび上がって、


「どうして狼の影がアヴァロン=エラに?」


「狼の影というのは?」


 マリィさんの呟きに僕が訊ねる。


「虎助、わたくしちょっと城に戻りますの。ここをお願いできますの」


 しかし、マリィさんは僕の質問に答えることなくゲートへと歩き出そうとする。

 なので、僕は慌てるマリィさんに引き止めるように回り込んで、


「待って下さいマリィさん。どういうことなんですか、狼の影ってなんなんですか」


 聞くと、どうもその『狼の影』とやらは、マリィさんの国直属の暗部――闇の組織のようなものらしい。


「狼の影がここにいるということは、(わたくし)の城に叔父様の手の者が侵入したということになりますの。急いで戻らなければならないのです」


 珍しく大きな声を出すマリィさん。

 成程、彼がここにいるということは、狼の影なる彼等が自分の城に入ったも同じこと、城に残るメイドのみなさんが心配なのだろう。

 しかし、それなら尚の事、冷静にならなくてはならないのではないか。

 焦りは隙を生み、良くない事態を招きかねないからだ。


 ここは強引にでもマリィさんを落ち着かせないと――、


 僕は改めて歩き出そうとするマリィさんの手を無理やりに取ると、肩を掴んで振り向かせると、しっかりと目を合わせて語りかける。


「とにかく、冷静になって下さい、ね」


 すると、すぐにマリィさんの目が逸らされ、

 そして、


「わ、わかりましたの。落ち着きましたから、肩を離してくださいの」


「と、すみません」


 思いの外、強い力で振り向かせていたようだ。むずがるようなマリィさんの声に、僕は謝りながら手を離して、

 一方、マリィさんはさすがに普段通りとまではいかないまでも、多少の落ち着きを取り戻してくれたようだ。


「そ、それで(わたくし)はどうすればよろしいんですの?」


 まだ動揺は残っている様子ではあるが、マリィさんがチラリと再び僕を見上げるようにして聞いてくるので、


「そうですね。先ずは安全確保の為にアーサーとファフナーを送り込みましょうか」


 マリィさんのスクナであるアーサーなら単独でマリィさんが暮らす世界への移動ができる。

 録画状態に設定した魔法窓(ウィンドウ)を持たせた彼等を斥候役にして転移先の様子を伺ってもらえば、安全に探索が可能となるのではないか。

 そんな方法を提案してみると、マリィさんも一理あると思ってくれたみたいだ。「了解しましたの」と、再びゲートに向かって駆け出しながらも、アーサー達を呼び出して録画機能を起動させた魔法窓(ウィンドウ)をパス。「お願いしますの」と二体のスクナをゲートの中に解き放つ。


 そして数分、戻ってきたアーサーが撮影した映像を見る限り、転移の魔鏡がある部屋の周囲には敵はいないようだ。


「隠し部屋に異常は無いようですので、(わたくし)、城の様子を見てきますの」


「お気を付けて」


 そう言って僕が送り出すと、マリィさんは神妙な顔で頷いて光の柱に包まれ消える。

 実はもう少し時間があれば、僕も遠隔操作ゴーレムKE11改こと銀騎士で援護が出来たのだが、さすがに、いまは準備している時間すらも惜しいと、マリィさんを単独で送り込むことになったのだ。


 でも、僕が準備するには時間が掛かるにしても、ソニアが操ればすぐに出撃できるかもしれないか。

 一応、連絡を入れておこうかな。


 マリィさんを送り出してからそう思いあたり、僕が工房にいると思われるソニアにメッセージを送るべく魔法窓(ウィンドウ)を開き、メッセージを入力していたところ、早くもマリィさんが帰ってきたみたいだ。

 光の柱が立ち昇り、その中からマリィさんとトワさんが現れる。


「その様子だと向こうは大丈夫だった――で、いいんですよね?」


「ええ、特に問題はなかったみたいなのですが……」


「いえ、これは完全なる失態です。まさか我々の内、誰一人として敵の侵入に気付かないとは、姫様がいないことで気を抜いておりました」


 マリィさんとしては城のメイドさん達に被害が無かったことで一安心といったご様子なのだが、城の雑事を預かるトワさんからしてみたら、気付かない内に敵の侵入を許してしまったという事実そのものが大失態だったみたいだ。

 怒り――というよりも羞恥に顔を赤くして、胴体と首がわかたれた男の顔を恨めしそうに睨みつけている。

 そして、


「今すぐ首謀者を吐かせます」


 この狼の影なる集団に属する男から、少しでも情報を引き出そうと、トワさんはロングスカートの中から万屋で購入した木刀を取り出す。

 しかし、この男が本物の(・・・)密偵なら、生半可な尋問ではロクな情報は手に入らないだろう。

 なにより、トワさんにそういう役目を任せるのはいろんな意味で危険なのではないか、そう考えた僕は、ちょっと大きめの拍手でみんなの注目を集めた上で、


「待って下さいトワさん。ここは手っ取り早く情報を引き出す為にもある人の協力を仰ぎましょう」


「「ある人?」」


「ええ、それはついて来ていただければわかりますから、お願いします」


 二人して首を傾げるマリィさんとトワさんにそう言うと、僕は説明するよりも見てもらった方が早いとばかりに男の体をエレイン君に任せて移動を開始する。

 因みに、首だけになってしまった狼の影の男だが、さすがに密偵ということだけあってどんな拷問にでも耐える自信があるようだ。

 目を瞑り、僕達に情報の一欠片も渡さないぞ――とばかりの態度を取るのだが、

 あしからず。僕が今から会わせようとしている人は拷問や尋問の類をやる訳ではない。


 僕が狼の影に所属する男の頭部を持って向かったのは、万屋を通り過ぎて工房の裏手、世界樹がそびえ立つその足元に広がる農園だった。

 そこには野菜に果樹に薬草とさまざまな植物の超促成栽培が行われていて、いろんな生物の形を模したマンドレイクがせっせと収穫作業を行っていた。

 初めてここに足を踏み入れるトワさんや首だけになった男は、この緑あふれる光景に目を向いて驚いているようだが、僕はそんな二人のリアクションをスルーして目的の人物のもとへと歩いていく。

 と、そこにいたのは緑色のワンピースに身を包んだ麗人。

 世界によっては樹人と呼ばれたり、魔獣の一種と恐れられる種族ドライアドだ。


「マールさん」


「あら虎助、こんな時間に珍しいわね。どうかした」


 名前を呼ばれたマールさんは緑色のワンピースの下から伸びる触手状の植物の蔓を器用に操りやってくる。

 僕はそんなマールさんに、まるで手土産でも持ってきたとばかりに男の生首を軽く掲げて、


「ええと、詳しいことはちょっと僕にも把握しきれていないので省きますが、実は今ちょっと厄介な事になっていましてね。彼から事情を聞きたいんですよ。ご協力願えませんか?」


「ふ~ん。それは事情を聞いた後、この首の彼を私の好きにしていいということなのかしら?」


 僕のお願いにマールさんは少し考えるような仕草をしてこう聞いてくる。

 今日は元春が来ていないし、マールさんとしては他で魔力の補給を行いたいのだろう。

 しかし、マリィさんの世界の密偵である彼の処分を僕が勝手に決める訳にはいかない。

 僕が了承を求めるように視線を送ると、マリィさんはコクリと頷いて、


「構いませんの。しかし、暫くしたらでいいですから、返していただけるとありがたいですの。場合によってはその男が重要な交渉カードになるやもしれませんから」


「わかったわ。生かさず殺さず搾り取ればいいってことね」


 いや、マリィさんの言い分は分かるんだけど、マールさんのそれはどうなんだろう。

 事情を知っていない人が聞いたなら物騒とも取れる会話内容に脂汗を流す首だけの男。

 しかし、マールさんがなにをするのかを知っている僕としてはそこまでの心配はしていない。


「安心して下さい。夢を見ている内に全部終わりますから」


 緊張に汗を吹き出させる男にそう声をかけた僕は、「では、お願いします」と男の生首をマールさんに渡す。

 すると、マールさんは触手のような植物の蔓を器用に操り、男を鳥かごのように編み上げた触手の中に閉じ込めて、体から発生させた煌めく霧を動かして男の頭を包み込む。

 と、アメーバのように蠢く霧に男の顔が強張る――が、それも一瞬、緊張していた男の顔はすぐにストンと表情が抜け落ちて、


 うん。無事夢の世界へと旅立つことが出来たみたいだ。


 そう、これは植物の花粉を触媒にして使う強力な〈魅了(チャーム)〉。

 マールさん達、ドライアドはこの煌めく霧、いや煌めく花粉が見せる幻覚を使い、人間を含む生物の雄を惑わすのだ。

 そして、効率的に精(魔力)を吸収するべく、触手で形成された檻の中の男に自分の触手を繋げたマールさんが言う。


「ハイ、いいわよ。何でも聞いて」


「ええと、とりあえず、ここに来た理由と、それが誰の命令によるものか――ですよね」


「王の勅命、ミスリルの製法の調査だ――」


 僕がかけた声に、ぎゅっぽんぎゅっぽんと頭から精を吸い取られる男は、そのリズムに合わせるように途切れ途切れにこう答える。

 なるほど、この男の狙いはマリィさんが――というか、マリィさんが収める村が始めたミスリル製品の取扱いの出処調査だったのか。


「それで、貴方は(わたくし)の城で何をしましたの?」


「食料品の確保、宝物庫への侵入、その報告、魔鏡の発見」


 ふむ、食料品の確保というのはよくわからないが、宝物庫の侵入と報告というのは聞き逃がせない。

 なにしろ、マリィさんの城の宝物庫といえば、このアヴァロン=エラで作った様々な魔法剣が収められているというのだ。

 その情報が外に漏れたとなると、


「これは、少々不味いことになりましたわね」


「はい。すぐにでも対策を練らねばならないでしょう」

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