白い巨大魚と謎の侵入者
さて、ここまでの状況をまとめようか。
暮も押し迫ったその日、僕がいつものように万屋の店番をしていると、お昼過ぎにマリィさんが来店したのとほぼ時を同じくして、ゲートにつめるエレイン君から奇妙な侵入者が現れたとの一報が届いたので、急いでゲートに駆けつけようとするのだが、そこで急展開、何故かエレイン君が捕まえたその奇妙な侵入者が毒による自決を計ったのだという。
まあ、その自決騒ぎは最終的にはエレイン君が手持ちの魔法薬で助かったというのだが、僕達にほっと一息つく暇はなかった。
何故なら、まさにそのタイミングを狙ったかのように、ゲートから巨大な光の柱が立ち上がり、その中から吹雪をまとった空魚型の巨獣が現れたからだ。
「あら、あのお魚は前に来た――ボルカラッカというお魚ではありませんの?」
「はい。基本的にはボルカラッカと同じ魔獣みたいですね。
でも、鱗の色や周囲に発生させている吹雪から見て、ボルカラッカとは真逆の性質を持っていると考えていいでしょう」
マリィさんの呑気な声に検索をかけてみたのだけれど、ヒットは無し。
新種ってことになるのかな。
どちらかというと亜種になるのかな。
ともかく、僕達が知っているボルカラッカとはまた別の巨獣のようだ。
「それで、虎助、私はなにをすればいいんですの?」
「できればマリィさんには店でくつろいでいてもらいたいのですが」
「残念ですがそれは出来ませんの」
「ですよね」
「それで、どのようにしてアレを料理しますの?」
いつものように、出撃を断ろうとする僕にマリィさんが問答無用で言葉を被せてくる。
そして、『なんなら自分が倒しますわよ』と、いつものように好戦的なことを言い出すマリィさんに、僕は苦笑いを浮かべつつも、ゲートから少し離れた場所に視線をやって、
「今回はちょっとアレを使ってみたいと思っています」
指し示したのはゲートの東側、およそ五百メートルの位置にポツンと建てられている鉄筋コンクリート製の小さな防衛拠点『トーチカ』だ。
ピルボックスなどとも呼ばれることがあるらしい独特な形状の建物の上部には、鋼鉄製の台座と共に、西洋の歴史映画なんかでおなじみの兵器バリスタが設置されていた。
「あら、あれはテストもまだだと聞いていましたけど」
「あれが見た目そのままボルカラッカと同じ魔獣でしたら動きもそんなに早くは無いでしょうし、テストにはちょうどいい相手かと思いまして」
元々あのバリスタは、ボルカラッカの戦いをきっかけに作り始めた新兵器。
その試運転の相手がボルカラッカの亜種を使うというのは、ある意味で運命ではないだろうか。
いや、それは大袈裟か。
ともかく、運命とまでは言わないものの新兵器を試す相手としてはベターであるには違いないということで。
「ならば残る問題はアレですわね」
僕の意見に納得しながらも、マリィさんが視線を向けるそこでは、全身黒尽くめの人物がエレイン君に抑え込まれていた。
そう、自決騒ぎを起こしたという不審者だ。
「いきなりエレイン君に襲いかかったみたいですけど、誰なんでしょうね」
ゲートに詰めるエレイン君を見て、つい攻撃してしまったっていうのは偶にある話ではある。
しかし、三度の警告を無視して、攻撃を加え、拘束されたかと思いきや自殺を図るなんてのは只事ではない。明らかに明確な意思を宿してこのアヴァロン=エラにやってきたと想像できるのだが。
「エレイン君からの報告とその見た目からすると、暗殺者や密偵とか、そういったお仕事をする人なのかと思うのですが」
「しかし、何故そのような人物がこのアヴァロン=エラに来るんですの?」
そうなのだ。万屋での取扱商品とその値段、そして確実にここにやって来られる人達の思惑を考えると、仕事人とかそういった人物をたった一人送り込むというのは不自然極まりないように思えるが。
「まあ、あの人の身柄はエレイン君がきちんと確保してくれていますから、彼の事情は後で聞くとして、僕達は面倒そうなあのお魚を先に片付けてしまいましょうか」
「ですわね」
ということで、話している間に辿り着いたトーチカの丸みを帯びた屋根に駆け上った僕は、実績と魔法を併用して素早く弦を引き、腰のマジックバッグから取り出した巨大な矢をセットする。
そして、いざ発射シークエンスに移ろうかといったところで、いつの間にトーチカの屋根に登ってきていたマリィさんが羨ましそうにこっちを見ていることに気付く。
「ええと、マリィさんが使ってみますか?」
「いいんですの?」
マリィさんの趣味はこういう武器にも発揮されるようだ。あれだけワクワクとした目で見られては断るに断れない。
そもそも、この武器自体に狙いを定める以上の技術は必要ないからね。
僕はマリィさんに席を譲り、バリスタの使い方をレクチャーをすることにする。
とはいっても、バリスタの使い方は本当に簡単で、本体に埋め込まれている〈メモリーカード〉と自分が持つ魔法窓をリンクさせ、表示された照準を目標に合わせた後で、その魔法窓の下部に表示される発射アイコンをタップすると、それだけでバリスタにセットされた矢を放つことができるようになっている。
と、そんな説明をしている間にも、ボルカラッカの亜種はゲートを守るように佇んでいるモルドレッドを敵と定めたようだ。
優雅に空中を泳ぎながらゆっくりとモルドレッドに近付いて、マリィさんはそんなボルカラッカ亜種に照準を合わせると、すぅ――と息を吸い、タイミングを見計らって発射アイコンをタップ。
すると、弓に滑車に引き金と各部に魔力光による魔法式が浮かび上がり、セットされた矢が放たれる。
風を切り、音をたなびかせながら飛んでゆく黄金の巨矢。
それは、モルドレッドに襲いかかろうとするボルカラッカ亜種の横っ腹に命中。
すると、バリスタの矢はボルカラッカ亜種の巨体を貫いて、ゲートの遥か後方まで飛んでいってしまったみたいだ。
「思った以上の威力ですわね」
「僕も少し予想外です」
「ええと、本来はどうなる予定でしたの?」
僕の反応に、そのボリューミーな金髪をわさりと揺らしてマリィさんが聞いてくる。
「予定では、あの矢を巨獣の体に突き刺したところで、本体の方に刻まれた〈誘引〉を参考に作った魔法式を起動。矢羽に刻まれている魔法式と連動させて、こちらに引き寄せられるようになってたんですけど……」
肝心の矢が貫通してしまっては意味がない。
意味がないのだが……、
「今回はこっちに来てくれたみたいですから、結果オーライといったところでしょうかね。
止めを刺しにいきましょうか」
腹を貫通するような一撃を与えたことでボルカラッカ亜種の意識がこちらに向いたみたいだ。
横っ腹に空いた穴を血を凍らせて塞いだのだろう、傷口に赤い氷を張り付かせながらもこちらに向かって泳いでくるボルカラッカの亜種。
そんな吹雪をまとう巨大空魚に対して僕は、前回のボルカラッカ戦の反省から対巨獣用にと新たに打ち直した、大太刀のような巨大解体用ナイフを腰のポーチから取り出すと。
「あら、バリスタは使いませんの?」
「このバリスタはもともと巨獣や空飛ぶ相手の行動を阻害するのが目的でしたから、倒すだけなら普通に戦った方が早いと思うんですよ」
そう、このバリスタは、あくまで巨獣や魔王や龍種など、大型の敵が暴れて周囲に被害をもたらさないようにと、戦いやすいフィールドに引き寄せるというコンセプトで作られた兵器である。
だから、上手く当てないとその見た目ほど攻撃力は発揮されなくて、なによりいちいち矢をセットするのが面倒なのだ。
「なるほど、そういうことでしたら、たしかに直接戦った方が早く片付きそうですわね」
「ですね」
「ならば早速」
白いボルカラッカを倒すべく、マリィさんはしなやかに突き出した右手の先に魔力をチャージしていく。
そして、いざ魔法を放つかと思われたその直前になって、
「しかし、ボルカラッカのお肉はなかなかのものでしたの。
無駄に傷つけたくはありませんわね。
ならば頭を狙って――」
独りごちるように呟くと、右手に集めた魔力を圧縮するようにして、
「〈紅炎弩砲〉」
聞き慣れない魔法名を唱えて、いつもよりもかなり小さな炎槍――というよりも紅の火矢と言った方がしっくりくるかな――をボルカラッカ亜種に向けて放つ。
「新しい魔法ですか?」
「どうでしょう。基本は〈炎の投槍〉同じものですが、そこにいま使ったバリスタのイメージを乗せましたの。なので単純に〈炎の投槍〉を強化しただけ魔法とも言えますわね」
火矢の軌道を目で追いながら訊ねる僕にマリィさんが答えてくれる。
つまり〈炎の投槍〉をベースに改造を施したのが今の魔法と――、
僕達がそんな魔法談義を交わしている間にも〈紅炎弩砲〉はボルカラッカ亜種の額にヒット、その効果を存分に発揮したみたいである。
ボルカラッカ亜種が、その額に、ろうそくの炎のような火が灯し、フラフラと高度を落としながらこちらに近付いてくる。
「止めはどうしましょう?」
「そうですわね。これ以上、私が手を出してしまうと素材そのものが傷んでしまいかねませんの。お願いできますか」
「かしこまりました」
人差し指を顎に当ててそう言ってくるマリィさんに、僕は芝居じみたアクションで頭を下げると、靴に仕込んだ〈空蹴〉を発動。予め用意しておいた特大の解体包丁を肩に担ぐようにして空へと駆け上がり、落下からの唐竹割りでボルカラッカ亜種の首を落としてお仕事完了。
「解体はエレイン君達に任せるとして、僕はあちらの処理をしてきますね」
そして、件の侵入者から事情を聞こうと歩き出そうとするのだが、
「私も行きますの」
マリィさんもあの侵入者のことが気になったみたいだ。自分も行くということなので、僕はマリィさんに危険が及ばないように充分警戒をしながらも、ボルカラッカ亜種が引き起こした吹雪の所為ですっかり銀世界となってしまった地面を踏みしめて件の人物のところまで歩いて行く。
そして――、
「ええと、呆然としているところすみません。ちょっとお話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
僕がかけた声にハッと顔を上げる黒服の男。
その顔は堀が深い西洋人のそれであり、しかし、反応はそこでお終い。
どうやら彼は黙秘権を行使するみたいだ。
とはいえ、問答無用でだんまりということは、逆になにかやましいものがあると言っているようなものである。
「とりあえず身体検査をしてみましょうか。危ないものを持っていたら困りますし、マリィさんは少し離れていてもらえますか」
二度に渡るエルフの襲撃から、拘束したとはいえ何らかの魔法的な道具で一発逆転なんて事になったら面倒だ。そう考えた僕はマリィさんにその場から数歩下がってもらって、空切を使って彼の体を素早く解体すると、マリィさんのお目汚しにならないようにと体で壁を作り、例の自決騒ぎの所為だろう、ボロボロになった服を脱がせながら詳しく身体検査を行っていく。
と、出るわ出るわ危なそうな武器や魔導器、アイテムの数々。
因みに、この空切を使った身体検査は脅しの意味も含んでいたのだが、この相手はよく訓練されたプロだったみたいだ。生きながら自分の体が解体されることに表情を引き攣らせたものの、空切に攻撃的な力がないと分かるやいなや、冷静さを取り戻し、後は粛々と身体検査を受けていた。
一方、僕は全てのアイテムをボッシュートしたところで、空切で分割した体を組み立てていきながら、アラクネのミストさんにお願いして作ってもらった拘束服を彼に着せてゆく。
そして、魔道具などはどんなものがあるのかと、『〈金龍の眼〉で調べておいた方がいいんだろうな』と鑑定するのだが、
「あの、ガルダシアって、たしかマリィさんが暮らしている国の元の名前ですよね」
「ええ、それがどういたしましたの?」
「この人、そこの密偵みたいですよ」
◆次話は水曜日に投稿予定です。
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