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●幕間・メイド達の午後※

 ズルルルルルルル――と、昼下がりの古城に麺をすする音が響き渡る。

 ここはとあるうらぶれた城にあるメイド達専用休憩室、その片隅に儲けられた四畳半の小上がりスペースだ。

 そんな、ファンタジーな雰囲気とは一線を画す和のスペースでカップめんをすするメイド少女の名はルクス。そして、ちびっこメイドを注意をするのは、この城の侍従達を取り仕切る妙齢(?)の女性――トワである。


「ルクス、行儀が悪いですよ」


「でも、虎助様がこうして食べた方が美味しいって言ってたもん」


「そうなのですか?」


 ルクスからの反論に、トワがルクスの隣でカップラーメンの完成を待っていたウルに探るような視線を送る。


「そうだね。虎助様の話だとワインのテイスティング? アレに似た効果があるらしいよ。すすることでスープの香り鼻に抜けて味わい深く食べられるみたいだね」


 ウルからの説明に「なるほど――」と納得の表情を浮かべるトワ。

 現在、この城にワインを嗜むような主はいないのだが、幼少の頃より、姫付きのメイドとなるべく厳しい訓練を受けていたトワはワインのテイスティング技術を身に付けていた。

 だから、一見すると行儀が悪いようにも見えるその技術が、ワインの香りを確かめる為に重要なことであるとトワは知っていた。

 そして、実際にその話が本当なのかと、ウルから勧められるように差し出されたラーメンでその方法で試してみたところ。


 ズルルルルルルル――、


「たしかにお行儀よく食べるよりもこちらの食べ方の方が豊かな香りが口の中に広がりますね」


 そう言って、トワはカップラーメンをウルに返す。


「しかし、改めて思いますが、このインスタントラーメンという食べ物は便利なものですね」


「そうだね。でも、虎助様から聞いた話によると、ラーメンには冷凍ラーメンっていうのがあってだね。電子レンジとかいう機械を使えば、これよりも本格的なラーメンが簡単に作れるらしいよ」


 返したカップラーメンをしげしげと眺めて言うトワに、ウルが他にもこんなものがあると、以前このカップラーメンを購入した時にアヴァロン=エラで聞いた話をひけらかす。

 すると、そんな二人の会話を傍で聞いていたルクスが「美味しかったよ」と、まるでそれを食べたようなことを言い出すのだから捨ておけない。


「お待ちなさい。ルクス、アナタはいつの間にそんなものを食べたのです?」


「姫様から貰ったお小遣いで買ったんだよ。魔法窓(ウィンドウ)を使って出来るツーハンっていうお買い物でいろんなものが取り寄せられるの」


 トワからの詰問にも怖気づくことになく答えるルクス。

 ウルは命知らずなルクスに苦笑を浮かべながらも、トワの注意を逸らすようにツーハンに興味があるようなフリをする。


「へぇ、そんな買い物の仕方があるんだね。今度行った時に利用してみようかな」


 だが、ルクスはそんなウルの気遣いを額面通りの言葉で受け取ったみたいだ。


「でも、ツーハンは普通のお客さんには教えてないみたいだよ。買ったものが届くまでに時間がかかるからって――、

 だから、姫様とか魔王様とか特別なお客様に教えてるみたい」


「だったら、ルクスはどうやってそのツーハンってヤツを使ったんだい?」


 ツーハンの詳細を嬉々として語るルクスに、ウルもだんだんとツーハンそのものに興味が出てきたみたいだ。


「姫様が虎助様にお願いしてくれて、私の〈メモリーカード〉からも使えるようにしてくれたんだよ」


「ふぅん。

 で、そのツーハンってヤツにはどんな商品があるのかな?」


 重ねたウルの質問にやや困ったような顔をするルクス。

 どうしてルクスがそんな顔をするというと、ルクスが体験したツーハンが地球に存在する大手ネット通販サイトであり、その商品ほ星の数ほどあったからだ。


「う~ん。いっぱいあるから難しいよ」


 だから、ルクスは困ったようにしながらも少し考えて、


「そうだ。姫様が使ってる髪がつやつやになるヤツとかもそこで買ってるみたいだよ」


「なんですって、ルクス詳しく聞かせなさい」


 二人も知っているだろう商品を例に出して、ツーハンで購入できる商品を教えてあげようとするのだが、それを聞いた途端、トワがいつもは決して見せない鬼気迫る表情でルクスに掴みかかる。


 どうしてトワがここまで必死になっているのか、それは、トワにとってルクスのいう髪がつやつやになるヤツ――、つまり、シャンプーという商品が大変魅力的な商品だからに他ならないからだ。

 トワは自分の主であるマリィに勧められるがままにシャンプーを使って以来、油断するとすぐに爆発してしまう自分のくせっ毛が改善していることを肌で感じていたのだ。


「トワ。落ち着いて、ね」


 必死過ぎると言わざる得ないトワをどうにか落ち着かせようと宥めるウル。

 だが、トワの勢いは止まらない。

 カッと目を見開いてウルに振り返ると早口でこう捲し立てる。


「これが落ち着いていられますか、姫様が下卑してくださったシャンプーが手に入るのですよ。あれを使った時のしなやかな手触り、まとまる髪、ウル、アナタはこの重要性を理解していないのですか!?」


 正直、このトワの態度にはウルもドン引きだった。

 マリィが下賜してくださるシャンプーの効果はウルも知っている。

 しかし、ベリーショートともいえるほど短い髪のウルとしては、そこまでシャンプーの恩恵にあずかれているとはいえなくて、

 だが、相手がトワともなると下手なことは口に出せない。

 何か余計なことを言ってしまった場合、後でヒドいお仕置きをされるのは確実だからだ。

 だから、あえてこの話題は避けるべきだと、ウルがニコニコと穏やかな声でトワの勢いを受け流していると。


「姫様の許可をもらいすぐにアヴァロン=エラに赴かねば――、

 しかし、ルクスの話からするに、そのツーハンとやらは虎助様がいないと利用できないのでしょう。

 だとするなら、まずは姫様に話を通してもらわなければなりませんね」


 ひとしきり騒いだ後、トワはなにやらブツブツと呟き、踵を返すと自らの主たるマリィの下へ赴くと言い出した。

 思い立ったら即実行、即断即決即処罰というのがトワのモットーなのだ。

 そして、マリィとの話をつけたトワはその足で問題のアヴァロン=エラにある万屋へ赴くと。


「虎助様。シャンプーを――、ツーハンというものでシャンプーを購入できると聞いたのですが」


「え、えと、わざわざ通販を使わなくても、シャンプーならすぐに用意ができますけど、どんなシャンプーが欲しいんですか?」


 店に入るなりの勢いに、アヴァロン=エラにある万屋の店主である虎助は、ややどもりながらも店長としての職責を果たす。


 しかし、虎助が放った質問がトワに混乱をもたらすことになる。


「どんなシャンプーとはどういうことです?」


 トワとしてはシャンプーそのものが一つの魔法薬という認識だった。

 それをどんなシャンプーがほしいとはどういうことか。

 きょとん。ハイライトの消えた瞳で問い掛けてくるトワからは謎の威圧感が溢れ出していた。

 それは『早く喋れ』という催促だった。『全て話せ』という脅しだった。


「えと、シャンプーにもいろいろな種類がありまして、ものが女性用のシャンプーとなると、男の僕ではわからないくらいの種類がありますから」


 虎助はそんなトワの威圧を、あえてそよ風のように受け流しながらも、簡単な言葉で説明をつなぐ。

 虎助は知っていたのだ。女性がこの手の商品にこだわることを。

 下手に説明したが最後、きちんと理解できるまで語らされるのは目に見えている。

 実際、虎助の母であるイズナは勿論のこと、あの男勝りな志保ですら、その手の商品にはよく分からないこだわりがあるのだから、素人である自分があまり変なことを言わない方がいいだろう。

 虎助は長年の経験からそう心得ていたのだ。


 だからここは――、


 虎助は以前マリィにそうしたように、自分の世界のネットワークにアクセス。便利な口コミサイトのランキングを呼び出して、それをトワの目の前に三次元ディスプレイとして映し出す。


 すると、トワはそこに映し出された情報に目を丸くして、


「こ、これは、ここにあるシャンプーは全て違う効果があるのですか?」


「僕もあまり詳しくありませんが、作っているメーカー……、

 えと、トワさんの世界で言うところの商会になりますか――、

 各メーカーがシャンプーなどに使われる成分などを研究して、年齢や髪質など、いろいろな状況に応じたシャンプーを作ってるみたいですよ」


 呆然としながらも聞いてくるトワに、虎助は最低限の言い訳を差し込みながらも、自分の知る限りで答えを返す。


 すると、トワは未だ呆然が抜け切らないのか、ふわふわとした表情のままで聞いてくる。


「それは錬金術のようなものでしょうか」


「それに近いのかもしれません」


 同じポーションでも造り手によってその効果は千差万別。それを考えると、現代地球のシャンプーも通ずるものはあるのではないか。

 別に説明が面倒になったのではない。

 あえて、そう言うことでトワにも理解しやすいようにしたのだ。

 虎助の説明にマリィが重ねるようにいうのは、


(わたくし)と同じものにすればいいのではありませんの。あれはいいものですよ」


「いえ、姫様、虎助様は言いました。それぞれの年齢に適したシャンプーがあると。

 だとするなら、私が姫様と同じものを使ったとして十全にその効果を得られないと思うのです」


 いつもなら、きちんと振り向いて応じるだろうマリィの声にもトワは振り返らない。

 ここが勝負の分水嶺――、そう言わんばかりの真剣な顔つきで魔法窓(ウィンドウ)に表示されるシャンプーの効果を吟味していた。


「そ、そうですわね」


 果たして何が彼女にそうさせるのか、いつもと違うトワの態度にさすがのマリィも戸惑っているようだ。


「一応、口コミなんかも調べられますけど、その辺りを参考にしてはどうでしょう」


 虎助が言うとトワはすぐに口コミのチェックを始める。

 しかし、それがトワの迷いを加速する燃料となってしまう。

 そう、口コミコメントが書かれたページには、そこかしこに一緒に使うといいコンディショナーやトリートメントのおすすめが紹介されていたのだ。

 さらに関連してお肌のケアやら化粧品に関する項目を見つけてしまったのだから、さあ大変。


 結局、そこからトワは美容に関する多種多様の商品が通販サイトの中に存在すると知って、しばらく虎助の出した魔法窓(ウィンドウ)に張り付いてしまうことになってしまった。


 そしてそれは、他のメンバーが夕飯を食べてマリィが自分の城に帰る時間になるまで続くのであった。

◆というわけで、無駄に自分が信じるマナーこそが最強だという恥知らずに込めたアンチテーゼというかなんというか、なんで、外人に気を使って、もそもそと不味そうにラーメンを食わないといけないんだよ――という怒りを込めたお話を書いただったつもりなんですが、なんでこうなった。


 因みに〈浄化(リフレッシュ)〉などが存在する世界でシャンプーとはこれいかにと、思われる方もおられるかと思うのですが、マリィやトワが暮らしている古城は寒い地域に建てられていて、そういった生活魔法は基本的に水属性なのです。その手の魔法は上級者が使わないと環境に左右されるのです。つまり、物凄く冷たいのです。

 そして、マリィは火の魔法が得意。そう、そういう魔法を使うのならお風呂に入りたいのです。〈浄化(リフレッシュ)〉などの魔法は、基本的に汚れ(穢れ)を落とすことが目的に作られていますから、ヘアケアなどは考えられていませんからね。

(ソニアならば保湿魔法とか作れそうですが、その効果を考えると細かな魔法コントロールが必要そうで使用難度が高そうです)


 因みにトワは一応まだ二十代で、実際には美容を気にしているのが嫌味になるような凛とした美女という設定となっております。

 トワの焦燥は、単に城に住まうマリィ+メイド達の中で飛び抜けて年齢が高いことによる気にし過ぎが原因です。

 たぶん、トワがもうしばらく年齢を重ねると【美魔女】という実績が追加されることになるでしょう。


 現状でのトワのステイタスはこんな感じ。


◆トワのステイタス


 魔力:99


 獲得実績:【剛剣士】【槍術士】【格闘家】【縄術師】【侍従長】【掃除屋】【水魔道士】【見習い錬金術士】【魔獣殺し】【巨獣殺し】【竜殺し】【龍殺し】【魔人殺し】【魔動機壊し】【死霊祓い】【精霊の加護】


 付与実績:【凶戦士】【血染めのエプロン】【魔導姫の忠臣】【狂乱の反逆者】


 完全に戦闘メイドですね。まあ、マリィの城にはいろいろと厄介な素性を持つ人物が集められていますから、普通のメイドさんは皆無なのです。




◆投稿を始めて二年。我ながらよくここまで書いたなあと思います。

 これからもマイペースに頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。

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