モンスタードロップと赤身のフルコース
◆今回はおまけ付きとなっております。
夕闇のアヴァロン=エラの大地を焦がす灼熱の炎。
そんな炎に照らされて、宙を泳いでいた真紅の巨体が崩れ落ちる。ボルカラッカという巨大魚型の魔獣である。
空魚の一種らしく空を泳ぎ、上空から隕石のような火球を放ってくるという面倒な魔獣だった。
正直、以前開発した空中歩行の魔具や、水を操るアクアがいなかったら、実績の獲得を早々に諦めて、モルドレッドの緊急出動に頼っていたことだろう。
少しでもダメージを受けると上空に逃げようとするボルカラッカを、アクアが上空に薄い水の膜を張ることによって抑え、僕が近接攻撃で、ベル君やエレイン君が護衛するマリィさんが風の魔法で牽制に回ることでようやく倒せた相手なのだ。
「しかし、強さ自体はそれ程ではありませんでしたね」
「炎系の魔法の効果が薄かったですからね。まあ、それはエンスウの加護を持ってるこっちにも言えたことで、マリィさんに手伝いをお願いすることがそもそも反則のようなものなんですけど……。
相手の特徴だけでここまで苦戦するとなると、なにか別の遠距離攻撃手段を用意しておいた方がいいのかもしれませんね」
結局のところ、ボルカラッカを倒すだけなら幾つかの手段が考えられたのだが、実績と素材の入手を第一に考えると意外と取れる手段が少なくなってしまったのだ。
しかし、新しい攻撃手段の開発か。
あんまり強力なものを作ってしまうとお客様が売ってくれなんてことも言い出しかねないし、実績の確保を考えるとあまり大掛かりな装置はマイナスだ。そうなると個人で使うのが難しい武器がいいのかな。
例えば固定式の大砲とか――、
いや、そうなると自分の力で倒したことにはならないのかな?
だったら、世界観にあわせるならバリスタみたいなのがいいのかもしれないな。
動力を自分で引く弦と魔力による威力強化にしてやれば自分の実力とも言えなくはないからな。
でも、まあ、それはおいおい考えるとして、
「とりあえず、解体を先にしちゃいましょうか」
言うと、僕は周囲に散らばって戦いのフォローをしてくれていたエレイン君達を集めて解体の下ごしらえの指示を出す。
すると、エレイン君達が作業を始める一方で、遠くから先端を槍のように尖らせた如意棒を伸び縮みさせ、チクチクと攻撃してくれていた元春がやって来て、
「でもよ、こんだけデッケーと解体すんのも一苦労だな。なんかゲームみたいにドロップアイテムになりゃ楽なのに」
そういえば、ベヒーモやヴリトラなどの大物を倒した時は元春はいないんだったっけ? 初めて見る巨大生物の解体に間抜け顔をしながらも言ってくる。
そんな元春の声にマリィさんがさも当然とばかりの顔で言うのは、
「そういう魔獣もいますわよ」
「へ、そうなんすか?」
「うん。魔法生物やアンデット、一部のダンジョンモンスターなんかは、倒すと体が消えてドロップアイテムだけが残るような仕様になってるね」
因みに僕が何故そんなことを知っているのかというと、そういう仕様の魔獣がいると迷宮都市からやってきたお客様から聞いたということもあるるのだが、何回か、このアヴァロン=エラのゲートがダンジョンと繋がった事があるからだ。
攻め込んできた魔獣を倒したら、いきなり光の粒子に分解されてドロップアイテムが出現した時には何事かと思ったものだ。
と、そんな話をしてあげたところ、元春が、
「そういうのばっかだと楽でいいな」
「でも、そうすると逆に、肉とか、骨とか、魔獣を倒してゲットできる主要な素材があんまり取れなくなっちゃうんだよね」
「肉とかはもう当分いらねーだろ」
ベヒーモ肉にヴリトラ肉と、大量のお肉が眠っているという万屋の在庫事情を考えると、元春の言わんとすることもわからないではないけど、無ければ無いで困る素材とかもあったりするのだ。
特に今回みたいな空を飛ぶ魔獣となると、その素材は空飛ぶ箒なんかの製造にとても重要な素材となり、特に地球側の魔女さん達が欲しがる素材になるのだから。
「因みにディストピアなんかはその現象を逆利用した魔導器だって話ですよ」
「そうなのですか?」
「ええ、魔剣とかが核になって生まれる魔法生物とかいるでしょう。ああいう魔法生物の成り立ちと、何かしらの核があって生まれるダンジョンの仕様を、上位生命体が持つ亜空間を利用して再現しているらしいですよ」
僕自身、そこまで詳しくディストピアの仕様を理解している訳ではないのだが、マリィさんにとってはこの説明だけで充分だったみたいだ。
言われてみればと、マリィさんが呟くその横で、
「そうすっと、普通にダンジョンとか作れそうだな」
元春がこう言ってくるけれど。
「だからディストピアがそうなんだけど」
「どっちかってーと、ありゃボスラッシュとかエクストラステージみたいなもんだろ」
うん。ニュアンスとしては元春の表現の方がしっくりくるかもしれないね。
「それによ。ダンジョンとかあった方がここに来る客も増えるんじゃね」
たしかにアトラクションという意味ではダンジョンは有望な施設なのかもしれないけど……。
ダンジョンに潜ってダンジョンにトライしようとかどうなのかな。
まあ、ソニアならそういうディストピアも作ることもできるとは思うんだけど。
「でも、そういう大袈裟なダンジョンを作るのにはそれ相応の素材が必要になると思うよ」
例えば群れを召喚するタイプの狼型の魔獣や死霊を率いるライフキングとか、分裂が可能なスライムなど、ダンジョンの形式に合わせた稀有の魔獣のシンボルを素材に使わないと、元春の言うようなディストピアは実現できないと思う。
「それにダンジョンを作ったとしても、そこで獲得できるものは実績だけだし、ダンジョンとしては旨味がないから、結局いままでのディストピアがベストだと思うけど」
「成程、そう言われますと、現在のディストピアはよく考えられているのですね」
「考えられていると言いますか、ディストピア自体がオーナーの研究テーマである精神と肉体のつながりの副産物のようなものですからね。面倒な作りを避けたという理由もありますかね」
現在、とある理由から幽体離脱のような状態を強要されているようなソニアは、自分が自分の肉体に戻れるようにと日々(というかすぐに脱線してしまうものづくりの暇を見つけて)研究に励んでいる。
その過程で発見した幾つかの仕様を利用して生まれたのが、ディストピアを構成する技術だったというだけなのだ。
と、僕達が解体とアイテムドロップの説明から入ったディストピア論議に花を咲かせている間に、ボルカラッカの鱗剥ぎが終わったみたいだ。
ポンと目の前にフキダシが浮かび上がって、
「身の冷却も終わったみたいですね。じゃあ、三枚におろしますか」
僕はウエストポーチの中からマグロを解体に使うような大振りの直刀を取り出して、ちょっとした観光フェリーくらいありそうな、その巨体に苦戦しながらもボルカラッカの頭を落とす。
そして、腹を割いて、他の魚と同じように腹ビレの付近まで刃を入れたところで、エレイン君達と一緒に内蔵を取り出して、血合いなどが残る身に浄化の魔法をかけていき、背中側に回って尻尾から頭の方へと切れ込みを入れ、エレイン君達に身を持ち上げてもらいながら背骨に剃って身を切り離すと、その半身を回収、シートを引いてひっくり返して、今度は背中側から腹側と切れ込みを入れて残る半身も切り離す。
そして、最後に切り取った身の中骨なんかを取っていくのだが、巨大魚だけあって細かい骨は殆どないようで、刺抜きによる処理の必要はないようだ。
「しかし、見事な赤身だね」
たぶん、これだけでもクジラ並に大きいんじゃないかな。半身になったボルカラッカを眺めて僕が呟く。
そう、見た目はシーラカンスとかそんな感じのボルカラッカだったのだが、中身はまるっきりマグロと言わんばかりの赤身だったのだ。
いや、シーラカンスが白身魚というのは僕のイメージでしかないのだが、まあ、せっかくこれだけ綺麗な赤身が取れたのだ。
「いい時間だし、晩ごはんはお寿司にしようか、鑑定によるとボルカラッカは生食もできるみたいだから」
「そうだな。つか、これって大トロ食べ放題じゃね」
鑑定を使った僕の提案に喜声をあげる元春。
ええと、トロってどこの部分から取れるんだったっけ?
僕は元春からのリクエストにインターネットで検索をかけながらも。
「でも、さすがに本格的なお寿司は握れないから、手巻き寿司なるけどね。それくらいなら一時間もかからないで用意できるけどどうする?」
これは聞くまでもなかったみたいだ。
これだけの赤身を見せられて我慢できる日本人はいないだろう。
元春が「余裕で食う」と答える一方で、マリィさんはと言うと、
「寿司? それはどういう料理なのです」
そういえば今まで生魚を使った料理には手を出していなかったっけ?
「えと、寿司っていうのは甘酸っぱい味付けにした御飯の上に生魚の切り身なんかを乗せて食べる料理でして、手巻き寿司はその簡易ヴァージョンで、こっちは自分で好きな具材を海苔で巻いて食べる料理ですよ」
「それだけですの?」
「ええ」
「生で食べますの?」
「はい」
寿司やらなんやらが世界中に広まった今、お魚を生で食べることにも抵抗がないって人が増えたと聞くが、異世界人に生魚はキツイかもしれない。
でも、そういうことなら。
「マリィさんがお寿司を食べられなかった時の為に赤身のステーキ――、いや、ねぎま鍋でも用意しましょうか」
赤身は生で食べなくとも美味しい食べ物だ。せっかくこんなに沢山の材料があるのだから、ここは普段めったに食べない料理にチャレンジするのも面白いのかもしれない。
そう思って聞いてみたのだが、
「いいえ、せっかくなのでここはチャレンジしてみますの」
さすがはマリィさん。チャレンジャーだ。
とはいっても、楽しい食事でお客様に無理をさせるのは、一応は万屋の店長なんてものを任されている僕としてはいただけない。
「まあ、一応、ねぎま鍋も用意しましょうか、僕も食べてみたいですし」
鍋ならば具材を切ってぶち込むだけで完成だ。別に僕が食べてみたいからゴリ押ししているのではない。
ただ、問題なのは、ねぎま鍋のスープをどうやって作るかだけど、それは市販の鍋スープを使えばいいと思う。
ねぎま鍋はたしか醤油ベースのスープだったよねと、僕はねぎま鍋のレシピをインターネット検索しながら、材料を揃える為にいったん自分の世界へ。
因みに僕が買い物に行っている間にマリィさんにもできるだけ生魚を美味しくいただいてもらおうと、まぐろ――じゃなかった、ボルカラッカのヅケをエレイン君に作っておいてもらうべく、ねぎま鍋のついでに調べたヅケのレシピをエレイン君に渡しておいた。
そして、ゲートを通って自宅に戻った僕は、愛車の電動スクーターにまたがり、近所のスーパーへと向かう。
スーパーの入口でばったり出会った近所のおばさまと挨拶を交わして向かったのは、入ってすぐのところにある野菜コーナー。
カゴに入れるのはキュウリにカイワレにサニーレタス、アクセントに大葉と、ねぎま鍋用にネギと三つ葉。
次に探すのは、これがなければ手巻き寿司は作れない。海苔である。
そこで、すし酢の粒がついていて酢飯を作らなくてもいいという手巻き専用の海苔というものを見つけたのだが、酢飯はヅケと一緒にエレイン君に制作を頼んであるということで、今回は普通の焼き海苔をチョイスした。
さて、他に必要になるのは手巻き寿司の具材かな。
とはいっても、メインである赤身やトロといったものはボルカラッカのものがあるので、ここで手に入れるのはサーモンにカニ――とみせかけてカニカマだ。
いくらは個人的に苦手なのでパスである。元春もそんなに好物って訳じゃないし、余ったら勿体無いからね。
他に定番というと納豆やツナなんかもあるんだけれど、手巻き寿司初心者のマリィさんに納豆はどうかと思うし、ツナは空カツオで作ったものがあるからとスルー。
後は何かあったかな――と考えて、忘れていた材料を思い出す。
手巻き寿司といえばこれが外せない。そう、ちくわである。
手巻き寿司にちくわというのは違和感を感じる人が多いのかもしれないけど、僕の地元の給食には、何故かちくわを甘辛く煮たものが手巻き寿司の具材として登場するのだ。
僕も元春もこれが好きということでちくわを多めに確保。
他にもマリィさんや魔王様が日々消費するお菓子やスイーツ、調味料などを買い込んで、アヴァロン=エラに戻って来る頃には、もうヅケと酢飯が完成していた。
その出来栄えをチェックした僕が先ず取り掛かったのはちくわの甘辛煮だ。
とはいってもその作り方は簡単で、縦に四等分に割ったちくわをめんつゆを煮立たせた鍋の中に放り込んで、さっと火を通した後は冷めるのを待つだけでいい。
だから、それと並行してねぎま鍋の準備を行う。
しかし、こっちもベースのスープは市販のストレートつゆを買ってきてあるので、それを土鍋に注いだところで点火、適当にぶつ切りししたネギを放り込んでいくだけでいい。
ネギに火が通るまでの間に手巻き寿司用の厚焼き玉子を作っていく。
因みにこれもめんつゆで簡単に作れたりする。
卵の中にめんつゆと水を少々、僕は甘い卵焼きがちょっと苦手なので、醤油を足して、これを焼くだけで完成というお手軽料理だ。
取り出したるは茶褐色の卵焼き器、銅製ではなく鉄鋼を魔法金属化させた魔鉄鋼である。これには焦げ付き防止の魔法効果が付与されており、テフロン加工などのコーティングも目じゃないほどの万能フライパンになっていたりする。
軽くごま油を引いたフライパンにめんつゆで作った卵液を流し込み、まずはそれをスクランブルエッグのようにかき混ぜていく。
いい感じに卵が焼けてきたところでくるくると巻いて、後はこれを繰り返すだけ完成だ。
そんな風に厚焼き玉子をいくつか作ったところで、空ガツオのツナ缶でツナマヨを作っていく。
ああ、そうだ。今回討伐したボルカラッカからもツナ缶は作れるだろうから、後でエレイン君に生産をお願いしておこう。
そんなことを考えている間にもツナマヨもできあがり、後はスライサーを使ってキュウリを千切りに、カイワレ大根と大葉をお皿に盛れば具材が全て揃ったことになる。
僕は店にいたベル君に手伝ってもらって二人が待つ和室にコンロをセット。
煮立たせたネギ入り鍋スープの中に新鮮なボルカラッカの赤身やトロなどを投入して、メインである手巻き寿司セットを持ち込んだところで、さあ、ご飯の時間だ。
「おおう。なんかパーティみたいだな」
「ですわね。それで、これはどうやって食べるのです?」
手巻き寿司の作り方を聞いてくるマリィさんに、僕と元春が見本を見せるように手巻き寿司を作っていく。
「なるほど、おにぎりのようなものですね」
僕と元春が食べるのを見て、そう一言、マリィさんがボルカラッカのヅケとカイワレを海苔の上に敷いた酢飯にオン。くるくると巻いて口に運ぶ。
パクリ。モクモクと咀嚼したマリィさんは少し難しい顔をして、
「不思議な触感ですのね」
食べるのを止めないところをみると不味いということはなさそうだけど、やっぱり生魚には少し抵抗があるみたいだ。
だったらと僕は「そろそろいいですかね」と鍋を開ける。
すると、ふわっと湯気が上がって、
うん。いい感じで煮えているみたいだ。
これを取り皿に分けていく。
「俺、ねぎま鍋なんて初めてだぜ」
「そうなんですの」
「マグロと言えば刺し身や寿司が定番ですからね。正確にはボルカラッカの肉ですけど、こうやって赤身を調理するなんて中々ありませんから」
ふつう、何かきっかけでもなければねぎま鍋なんて作ろうとは考えないだろう。
ということで、実は僕も初めてとなるねぎま鍋――いや、ねぎボルカ鍋をいただくとしようか。
いい感じに煮えたボルカラッカの肉を口に運ぶと、ほろほろと身が解け、鍋つゆに混じって微かな脂の甘味が口に広がる。
「意外と美味いな」
「うん。もっと淡白な料理かと思ったけど、意外といけるね」
「私はこちらの方が好みですわね」
結局、その後は、マリィさんがねぎボルカ鍋を中心に――、僕と元春は手巻き寿司を中心に食べ進めて、
途中でマリィさんが厚焼き玉子が気に入ったのか、手巻き寿司に戻ってきたりしながらも、楽しい晩餐となったのだった。
◆◆◆おまけ◆◆◆
「そういやよ。この世界って普通の魚は来ねーのか。俺、空飛ぶヤツしか見てねーんだけどよ」
「普通の魚って、魔獣なら普通に来る時があるけど」
「そうなん。にしてはお前からそういう話とか聞いたことがないと思うんだけど」
「魔獣と言っても結局は水生生物だからね。転移してきた途端、水がなくなるんだから、ただ回収するだけの簡単なお仕事なんだよ」
「なんつーか、そりゃ気の毒だな」
「ああ、一応、人魚とか、無害な水生生物が来た場合、助けられるようにってエレイン君に水槽とかをもたせてあるんだけどね」
「って、人魚って、お前、会ったのか?」
「会ったっていうか、正確にはちょっと違うんだけど、人魚と言えばアクアがそうだったじゃない」
「あっ」