魔法薬とアレルギー
その日、僕が元春を連れて万屋に出勤すると店の中には既にマリィさんがいて、
「おはようございます。今日も早いですね」
「ええ、この時期は城の方ですることがあまりありませんもの」
マリィさんはとある政変により、現在うらぶれた古城に軟禁されている。
しかし、それと同時に貴族としての義務――というか嫌がらせによって、寒村の管理を任されており、普段ならこの時間は寒村であった出来事やそこで行われている経済活動、周辺で目撃された魔獣の情報にその対処など、少ないながらも毎日のように処理しなければならない書類が上がってくるのだというが、冬の時期になると村は雪に閉ざされてしまい、その機能をほぼ失われ、処理すべき事柄も激減するそうなのだ。
まあ、それとは逆に寒い地域ならでは実務(雪下ろしなどの雪対策)が増えるそうなのだが、そもそもそういう作業はメイドさん達の仕事(?)であって、加えてマリィさんは火の魔法の使い手だ。ちょちょっと魔法で手伝うだけでも、雪下ろしなどはあっという間にそれも終わってしまうのだという。
しかし、魔法で屋根の雪を溶かすなんて、城の中とかが水浸しになりそうなんだけど。
そこは魔法世界だ。ちゃんとそういう雪おろしの方法があるということで、城の各部に雨樋みたいな水路が張り巡らされており、とけた雪はその水路を通り周りに堀へ、そこから川へと流す仕組みになっているみたいなのだ。
と、そんな魔法世界の寒村における常識非常識を話しながらも、マリィさんはカウンターの上に置かれた紙袋を見て。
「それで、そちらは万屋の新商品ですの?」
「ああ、これは、先日旅行に行くと言っていた元春のお土産みたいですよ」
因みに僕が「みたいですよ――」と言葉を濁したのは、現在元春が話せる状況にないからだ。
今朝、僕の家に来た時には既にゾンビのような状態で、マリィさんはそんなユラユラと揺れながらもカウンター横の応対スペースにボーッと立つ元春を見て、「ふっ」と鼻で笑い。
「その様子では恋人の確保に失敗したみたいですわね」
「はい……。今朝、この状態で家までお土産を持ってきてくれたんですけど、そのまま帰すのは心配だったのでこっちに連れてきました」
そもそも誰一人まともにスノーボード経験がないにも関わらず、どうしてナンパが成功すると考えたのだろう。
なんでも、元春は母さんに鍛えられた運動神経を過信して、どうせすぐに滑れるようになるだろうと、女の子達も集まってきてモテモテだ――と安易に考えていたらしい。
しかし、スノーボードを上手く滑るのにはそれなりのコツがいるみたいで、鍛えられた身体能力とインターネットの動画サイトなんかからゲットした知識頼みではどうにもならず、ゲレンデの入口にあるセンターハウスから申し込める初心者レッスンを受けることになった元春達は、地域の集まりで来ていた小学生や中学生に混じって練習で日程の殆どを費やしてしまったみたいである。
因みに僕が何故そんなことを詳しく知っているのかというと、今朝、家にやって来た元春のあんまりにもな状態に、一緒に旅行に行っていた別の友人にSNSで訊ねたからだ。
まあ、僕のメッセージにまともに返信をくれたのは一人だけだったことを考えると、他のメンバーは元春と同じく放心状態になっているんだろう。
そんなこんなで、残念な友人達の心の傷は時間が癒やしてくれるのに期待するとして、僕達はお土産のチェックをするとしよう。
元春が買ってきたお土産だけに「あまり期待ができないですわね」と言いながらも、興味津々なご様子のマリィさんを前に、僕はカウンターの上に元春が買ってきたお土産を並べていく。
「お菓子にラーメンに――、こちらもラーメンですの?」
「えと、こっちは蕎麦ですね。信州蕎麦といって地方名産の麺料理ですよ」
詳しくは聞いていなかったのだけれど、お土産のラインナップから察するに、元春達が行ったのは長野県のスキー場だったみたいだ。
でも、長野県にいったのなら牛肉とか馬刺しが有名だったんじゃないかな。そっちの方を買ってきてくれればよかったのに。
あれ、馬刺しってお土産に出来ないのかな?
まあ、信州蕎麦は信州蕎麦で美味しそうだからいいのだけれど。
「折角ですから今日のお昼は蕎麦にしましょうか」
「これは私もいただいてもよろしいの?」
「勿論ですよ。元春が買ってきてくれたものですから」
たぶん元春も皆の為に買ってきてくれたんだと思う。それを見越していろいろと渡しておいたのだから、大きな紙袋いっぱいに入ったお土産は、魔王様に賢者様たち、フレアさんの分も余裕でありそうだ。
取り敢えず、常連の皆さん渡す分を確保した上で、僕の分の信州蕎麦を今日のお昼ご飯に使うとしよう。
だけどその前に、この確認は一応しておいた方がいいのかな。
「そういえばマリィさんってアレルギーとかあったりします?」
「アレルギー?」
今までアレルギーのことを特に考えることなく食べ物を出していたけど、蕎麦アレルギーっていうのは僕の周りでも聞く話である。
今回、ものがマリィさん初体験の蕎麦というだけに、なんとなく話題に上げてみたのだが、マリィさんにはアレルギーという言葉そのものが伝わらないらしい。
オウム返しに首を傾げるマリィさんに、僕はアレルギーの説明を簡単にしようとするのだが、いざアレルギーの説明しようとするとなかなか難しいな。
ということで、ここはいつものパターンと困った時のインターネット。
僕は魔法窓を開いて、検索サイトから『アレルギーとは』と、幾つかのそれらしきページを検索、マリィさんに読んでもらう。
すると、マリィさんは僕がパスした記事を熱心に読んだ上で、
「こ、これは、すごい発見なのかもしれませんの」
曰く、マリィさんが知るいくつかの奇病がアレルギーが原因の症状ではないかというのだ。
たしかにアレルギーなんて症状が一般的に知られるようになったのはわりと最近の話だったハズ。かつては奇病だと知られていた病気もアレルギーで説明がつくものが多かったりするのかもしれないな。
「因みにそういう病気にかかった場合、マリィさんの世界ではどうするんです?」
「基本的に原因不明の病には万能薬で対応しますね」
死ぬんじゃなくてちゃんと治るんですね。
会話の流れで出した質問にマリィさんが答えてくれたのは実に魔法がある世界らしいものだった。
魂に働きかけ、どんな状態異常でも直してしまう万能薬。原因不明の病にぶち当たった時、魔法世界の人はこの薬にすがるのだという。
まあ、実際に万能薬が使えるのは限られた人の話であり、一般庶民ともなると、安い魔法薬でだましだまし様子を見るんだとか。
しかし、いくら万能薬とはいえ、現代医学を持ってしても本当に完治させるのは難しいと言われるアレルギーをたちどころに治すことができるのだろうか?
気になってソニアに聞いてみたところ、どうやら万能薬の効果はアレルギーにも有効なようだ。
詳しい説明となると、遺伝やら免疫、魔法反応や錬金術と多岐わたる知識への理解が必要になるらしく、そこはご遠慮願ったのだが、要約すると、万能薬は魂を癒やすことによって肉体の治癒を促す魔法薬だから、どんな状態異常にも対応できる力を持っているのだそうだ。
本当ですか?
おっと、あまりの万能性につい元春みたいなりアクションになってしまった。
しかし、これは凄い発見なのではなかろうか。
いや、考えてみれば、万能薬に限らず、エリクサーを使えば、現代では不治の病という病気を簡単に直せてしまうし、ある意味で魔法世界の医療は現代より進んでいるのかもしれないな。
とはいえ、この技術を僕の世界にこんなものを持ち込んだところで、変な勧誘としか思われないだろうから、やらないけどね。
しかし、魂を癒やす薬とか、さすがは魔法薬って感じだなあ。
でも、だとするなら――、万能薬の効果を使えば、燃え尽き症候群みたいになってる元春の精神的なショックも癒せるんじゃないのかな。
まあ、さすがにそんなくだらないことに万能薬を使うのは勿体無いか……。
だったら、ここは適当に栄養ドリンクから作った魔法薬でどうにか出来ないかを試してるのが得策か。
折角いい感じの実験台がここに転がってるんだしね。
もしも、その実験で元春が元に戻ったあかつきには、他の友人達にも魔法薬を差し入れるというのもいいのかもしれない。
さすがにこのまま放っておくと、新学期が始まるまでこのまま行きそうな感じだからね。
後で冬休みの宿題を手伝ってくれなんて言われても面倒だし、友人達には早めに復活してもらわないといけないからね。
◆人によってはつらい時期まっただ中ということでこんなお話を書いてみました。
作者はそういうアレルギーはないのですが、実際にこんな薬が存在していたのなら、それによって争いが起きたりするかも知れませんね。
『ねんがんの万能薬をてにいれたぞ』 → 『な なにをする きさまら――!』
◆次回は水曜日に投稿予定です。