アルコールストーブ
その日のお昼頃、ゲームコーナーに入り浸る魔王様の給餌も済ませ、暇になった僕は、万屋のカウンターを使ってちょっとした工作をしていた。
因みに、昨日まで風邪を引いていた元春も万屋から帰る頃にはすっかり体調も戻ったみたいで、昨夜の内にスノボ旅行に旅立ったみたいだ。朝起きて携帯をチェックしてみると、夜行バスでの楽しげな写真が何枚か送られてきていた。
と、久々に静かな万屋で工作をすることどれくらいだろうか。
「よし、完成だ」
「それで何を作っていましたの?」
僕が作っていたものを完成させて顔を上げたところでマリィさんが声をかけてくる。
因みにマリィさんがやってきたのは午前中、それからエクスカリバーとコミュニケーションという名のチャットを行っていたみたいだ。
エクスカリバーの台座に取り付けられた〈インベントリ〉を通じて行える念話通信を切り上げて、僕の手元を覗き込んでくる。
「アルコールストーブっていう道具ですね。携帯用のコンロみたいなものです」
そう言って僕がマリィさんに見せるのは手の平サイズ小さな空き缶。
ツナ缶サイズのその物体の中心には、大きな穴が空いていて、その穴を囲むように小さな穴が等間隔に開けられている。
「コンロというと、こんな小さなもので料理が作れますの?」
「さすがに料理とかは無理でしょうけど、お湯を沸かすとかそういう事はできると思いますよ」
興味深げに聞いてくるマリィさんに、僕は微苦笑を浮かべながらもそう答える。
このアルコールストーブでは、別にフライパンなんかを乗せる五徳を用意しても、目玉焼きを焼くのがせいぜいといった火力しか出せないだろう。
「売りに出しますの?」
「いいえ、さすがにこれは売りには出しませんよ。単純に僕が作ってみたから作っただけですね」
そう、このアルコールストーブは、前に動画を見て、空き缶だけで簡単に作れると知って、何となく作ってみようと思っただけなのだ。
原材料費を考えると値段が付けられるようなものではないのだ。
「そもそもお湯を沸かすだけなら火の魔法でも代用できますから」
「たしかにお湯を沸かすだけなら〈炬火〉などでも出来なくは無いと聞きますの」
マリィさんが言う〈炬火〉というのは、〈照明〉と同じく、魔力で光源を作り出すだけの簡単な魔法である。
分類上は、火魔法、もしくは生活魔法ということになり、魔法が苦手な人でも全魔力を注げばお湯くらいは沸かせる熱量が出せる便利な魔法である。
「しかし、虎助も器用に工作をするのですね」
「先生が優秀ですから――と言いたいところなんですけど、これは、ちゃんと手順通りに作れば誰にでも作れるようなものですから」
アルコールストーブとは、お手軽な工具とちょっとしたやる気さえあれば誰でも作れるような道具である。
たぶん不器用な人でも、無料の動画サイトなどで見られる作り方の手順をそのまま真似するだけで簡単に作れるようになるだろう。
それでなくとも、この万屋のバイト店長をするようになって、いろいろ工作をしてきたから、そういう腕前が上がっているってこともあるんだろうけど。
「取り敢えず、火を点けてみますか」
「ですわね」
作ってみたからにはその出来栄えをたしかめてみるのは当然のこと。試しに使ってみますかという僕の言葉にマリィさんが頷く。
僕は金属製のトレイを用意し、その上にいま作ったばかりのアルコールストーブをセット。
万が一のことを考えて、アクアを呼び出した上で火を灯そうとするのだが、
しかし、いざアルコールストーブを使おうとしたところで燃料用のアルコールがないことに気が付く。
まあ、思いつきで作ったから用意してないのは仕方がないと、今回は緊急措置として救急箱の消毒用アルコール使ってみることにする。
僕は解体や錬金術に使うようにと工房にストックされている消毒用のアルコールを持ってくると、その中から少量をスポイトで吸い取り、アルコールストーブに注ぎ込む。
そして、缶の中にアルコールが行き渡るように軽く傾けると、ゲームをしている魔王様に声をかけ、カウンターの片隅でおとなしくしているベル君に魔素灯の明かりを消してもらい、簡単な魔法でアルコールストーブに点火しようとするだが、
ん? なかなか点かないな。
やっぱり消毒用のアルコールだと難しいのかな。
そう思いながらも何度か着火を試みたところで、ようやく火をつけることに成功する。
最初は缶の上部に小さく開けた穴から弱々しい炎が上がるだけであったのだが、しばらくすると小さな炎が徐々に融合、大きくなっていって――、
「綺麗なものですわね」
「思ったよりもいい出来になりましたね」
うん。想像していたよりも火力がありそうだ。
青と赤が入り混じった炎がゆらゆらと立ち上っている。
しかし、どうして炎というのはこんなに人の心を惹きつけるのだろう。
かつて、どこか外国のテレビ局が、ただ延々と十二時間ほど焚き火の映像を流して、好評を得たなんて話を聞いたことがあるけど、たしかにこれはいいものだ。
僕がマリィさんと一緒に暫く揺れる炎に見入っていたところ、何気ない疑問が脳裏を過る。
「そういえば魔法の炎ってどうして赤い炎ばかりなんでしょうね」
「それはどういうことですの?」
「僕達の世界だと、青い炎の方が温度が高いと言われてるんですけど、マリィさんの炎の魔法では特に色には変化が無いみたいだなって思いまして」
たしか白い炎が一番温度が高いんだっけ?
だとするなら、マリィさんの高火力な魔法が常に赤色の炎というのはちょっとおかしいんじゃないのか。
それだったら、なんで太陽やマグマの映像なんかがオレンジなんだとか、余計な疑問も浮かばないのではないのだが、それは表面上、温度が低い部分が一番可視化しやすいとかなんとか――と、そんなことも聞いたことがあるとかウンチクを交えながらも、炎の色と温度の関係をマリィさんに語ったところ。
「炎の色と温度にそんな関係が――、初耳ですの。 そうなると、このアルコールストーブでしたか、このコンロで点けた炎も相当な強力な炎ということですの?」
たしかにこのアルコールストーブで維持されている炎は赤紫の炎となっているのだけれど。
「どうなんでしょうね。これは単に燃やしているアルコールが原因なんじゃないでしょうか、たしか燃やす物質によっても色が変わるなんてことも聞いたことがありますから」
炎色反応だったかな? 炎に金属なんかを加えることによってその色も代わってくるとかいう話を前にどこかで聞いたことがある。花火なんかはこれによって色々な色を作り出しているらしい。
「そういえば、特殊な炎を使う術士は錬金術で作成したキャンドルを使って魔法を修得するという聞きますの。もしかするとその炎色反応とやらを利用しているのかもしれませんわね」
なんでも、マリィさんの世界には変わった色の炎を呼び出して、回復やら防御やらに使う魔導師が存在するという。
なるほど、普通にない色の炎には物理法則では決して現れない効果が付与されているのか、もしかすると関連イメージよってそういう効果を生み出しているのかもしれないな。
漫画とかの印象でも黒い炎が強いイメージとかあるからね。対象を燃やし尽くすまで消えないとか。
たぶん、○○炎の魔導師とか、そういう実績を、子々孫々、弟子に弟子にと維持する為に利用しているのではないだろうか。
僕はマリィさんの話を聞いてそんな想像しながらも、
「だとしたら、マリィさんも色々な色の炎に関連情報を結びつけて新しい魔法を生み出せることになりませんね」
「面白そうですわね。ちょっとやってみますの」
そう言って集中したマリィさんは揺らめくアルコールストーブの炎を眺めると、
「〈炬火〉」
魔法名を唱え、指先に小さくも青紫の炎を生み出す。
「青くなりましたね」
「ですが、温度自体は余り変わっていないようですの」
「ちょっと計ってみますか。えと、もう片方の手で普通の〈炬火〉って出せます?」
「いけますわ」
そして、青とオレンジ、両方の人差し指の先に灯してもらった炎をベル君に温度を測ってもらったところ。
「若干、青の炎の方が温度が高くなっているようですね。
でも、そこまでの違いは無いみたいですね。どうしてでしょう?
魔法に物理的な法則は関係ないんですかね?」
「それもあるかとは思いますが、私がイメージしきれていないだけということも考えられますの」
〈炬火〉が発する熱を計りがならも僕が浮かべた疑問符に、マリィさんが自分の感覚で答えを返してくれる。
まあ、ただ口で青い炎の方が温度が高いと言われてもピンとこないかもしれないな。
初めて聞いたマリィさんが上手くイメージできないのも当然か。
「ですが、いろいろと試していくことで、どちらにしても参考になりましたの」
何となく作り始めたアルコールストーブがきっかけで、マリィさんの魔法がパワーアップするきっかけを掴めたのだとしたら、それはそれでいいことなのかもしれないな。
◆アウトドア的な趣味はあまりなくても、アルコールストープ(バーナー)って作りたくなりませんか?