風邪には断然魔法薬
ゴホゴホゴホゴホ。
クリスマスの翌日、万屋店内に苦しげな咳の音が響いていた。
咳をしているのはマスク姿の元春だ。
「くそ、明日からは旅行だってのによ。なんでこのタイミングで風邪をひくんだっての」
「なんでって、あの大雪の中を一晩中、外を駆けずり回っていたんだから当然じゃないのかな」
僕はカウンター横の冷温庫から、あったか~いはちみつレモンを元春に出してあげながらそう言う。
因みに元春が聖なる夜にどうしてそんな馬鹿なことをしていたのかというと、『サンタ姿で客引きをするお姉さんの写真を激写する』なんて建前を掲げて、部活の先輩達と『リア充撲滅運動』なる怪しげな活動をしていたからに他ならない。
うん。建前と本音が逆なんじゃないかな。
なんでもそれは――、物見高校写真部の通過儀礼であり、崇高な任務だそうだ。
元春曰く、この活動により、新学期、恋人同士の間で阿鼻叫喚の事態が起こるだろうとのことである。
とまあ、そんな活動に勤しんだ元春は、すっかり風邪をひいてしまったというのがことの顛末だそうだ。
本当に何をやっているんだか。
「でもさ。明日から旅行だっていうなら、ここに来るよりもお医者さんに行った方がいいんじゃない」
「行ったよ。午前中に、早く治るようにって注射打ってきたよ。けどよ。ぜんぜん良くなんねーってんだよ」
諭すようにそう言う僕に元春が逆ギレ気味に言ってくる。
「でも、さすがに注射打ってすぐに治れって言う方が無茶だと思うんだけど」
魔法薬じゃないんだし――、
僕がため息混じりにそう言うと、たぶんマリィさんの世界の格言なのだろう。マリィさんが横からこんなことを言ってくる。
「愚者は意味なく風邪を引くと言いますからね」
「そうなんですか、僕の世界というか国では『バカは風邪ひかない』と言うんですけど」
正確には『引いたことに気付かない』というのが本当だというのが最近の定説らしいが、それはそれとして――、
「ところ変わればというアレですわね」
そっちの諺はあるんだ。
ただ翻訳上そうなっているだけなのかもしれないけれど。
「でもよ。虎助って風邪を引いたことがないよな」
「そうですの?」
「ええ」
どっちかといえば、風邪を引いて体調を悪くしたとか、そういうことになったことがないという方が正しいのだが。
「ってことは虎助がバカなんじゃねーのか」
いや、君には言われたくないよ。
僕は途中途中に咳をはさみながら言った元春の暴論に心の中で反論しながらも、
「どうだろうね。マリィさんの世界だと全く逆の格言みたいだし、馬鹿にもいろいろあるからね。そもそも僕が風邪をひかないのって、たぶん異常耐性の権能が関係してると思うんだよね」
「はぁ? なんだよそりゃ」
「う~ん。これが正しいのかはわからないけどさ。ゲームとかでも病気は異常状態に分類される場合があるよね。だから、もしかして――と思ったんだけど」
全てが全てそうだとは言わないけれど、病気なんてものは、ウィルスやら細菌などが分泌する物質が原因となる場合が殆どだという。
それはいわゆる毒のようなものともいえるのではないか?
だとするなら、毒に対する耐性で防げるのではないだろうかと思ったのだが、
……どうなんだろう?
「ってことは、虎助は全く病気をしねーっとことかよ」
「さあ、さすがに僕が持ってる異常耐性でも全部の状態異常には対応していないと思うよ。
少なくともヴリトラの毒も最初は効果があったんだし――、
それに異常回復って言葉的に、もしかするとガンとかそういう病気は範疇外かもしれないしね」
その辺りの詳細はソニアに聞けば分かるかもしれないけど、僕の考えだと〈異常耐性〉という権能は、毒やその他への耐性は単に免疫が形成され易いとかそういう力だと思っている。
だから、厳密に言えば、毎年のように風邪をひいているかもしれなくて、単純にそれが症状として自覚される前に治っているのでは――という可能性もあったりするのだ。
「どっちにしても、それが本当なら羨ましいぜ。
でもよ、病気が毒の耐性とかで防げるんなら、さっきお前がチラッと言ったみてーに魔法薬で風邪を治せねーのかよ」
「どうだろうね」
僕としては効果はあるものの完全に治せるなんてことはないのではと思うのだが……、
「あの、たぶん治せますわよ」
「へっ!?」
「万能薬、安い魔法薬で治すなら元気薬などスタミナ系のポーションを飲むといいといわれていますね」
「そうなんですか?」
「少なくとも、私の使っていた万能薬ならば、風邪くらいならたちどころに治せるハズですの」
はぁ、魔法薬っていうのは本当に万能なんだな。
マリィさんに言われて調べてみると、たしかに元気薬などには体内の免疫力を高める効果があるようで、風邪にも効果がありそうだ。
いや、実際〈異常耐性〉なんて不思議な力が病気に対して効果を発揮しているかもしれないんだから、同じく不思議な力が付与されている魔法や魔法薬なんてものが病気に効くということも、また当然ということなのかもしれない。
「だったら取り敢えず一本いっとく? 元気薬とかなら高い薬でもないし、奢るけど」
はてさて魔法薬が風邪にどれくらい効くのか、後学のために試しておいて損はないと、僕が元春に渡そうとするのは、元春も戦ったオークの素材が使われている元気薬。
だが、その元気薬を見た元春は露骨に嫌そうな顔をして、
「別に効くなら効くでありがてーんだけどよ。その薬、魔獣のン玉が使われてんじゃなかったか、だったらマギナミンGとかみてーな魔法薬の方がいいんだけどよ」
贅沢な。味は特に問題ないハズだし、治るんだから材料なんて何でもいいと思うんだけど。
でも、まあ、市販の栄養剤から作れる魔法薬で風邪が治せるのなら、そっちの方がお得かな。一応、オークの睾丸は希少素材だからね。
僕はそう思い直して、とりあえず万屋でも売っているマギナミンGを出してあげようとカウンターの前から立ち上がる。
しかし、いざマギナミンGを手に取ろうとしたところで、ふと――、
「でもさ、それなら栄養ドリンクから作れる魔法薬よりも、風邪薬とかを魔法薬にした方がすごい効き目になりそうじゃない」
そうなのだ。栄養ドリンクから作れる魔法薬を風邪の薬として使うのなら、むしろ風邪薬を魔法薬にした方が効果が高いのではないかとそう思ったのだ。
会話の途中、脳裏に舞い降りたそのアイデアに、元春が「な~る。じゃあ、コイツで頼むぜ」とポケットから出してくれたのは銀色の小袋、出掛けにおばさんから渡された風邪薬みたいだ。
僕は何気なく渡された風邪薬に『元春は愛されてるなあ』と思いながらも、錬金釜を取り出して、風邪薬をその袋ごと錬金釜の中にダンク。必要以上に工夫することもないかなと〈魔力付与〉の魔法式を発動させる。
そして数秒――、魔力反応が収まった釜の中から風邪薬を取り出してみると、風邪薬のパッケージが『パブロフIN』に代わっていた。
なんだろう、このネーミングは、条件反射みたいにすぐ治るってことなのかな。
なんて、くだらない冗談はともかくとして、僕は出来上がった風邪薬を元春に渡すと、キッチンから水を持ってきて。
「じゃあ、これを飲んでみて」
「つか、そんな適当に作った薬で大丈夫なのかよ」
これまでにいろんな魔法薬(特に賢者様がらみの怪しげな魔法薬)を飲んできたのに、今更そこにこだわるかな。
しかし、ものが医薬品だけに慎重になってしまう気持ちも分からないでもない。
「う~ん。じゃあ、ちょっと鑑定してみようか」
それがどんな効果を持っているものなのか〈金龍の眼〉を使って鑑定してみた結果。
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【パブロフIN】……魔法で治癒力が強化された風邪薬。効果は抜群。滋養強壮効果がある。
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シンプルなご説明ありがとうございます。
「大丈夫なんじゃないかな」
「おいおい、適当すぎんだろ」
〈金龍の眼〉でチラッと確認しただけで大丈夫だと判断する僕に、元春が元気よくツッコミを入れてくる。
もう、ここまで元気なら風邪薬の必要はないんじゃないかな。僕は元春のリアクションにそう思いながらも、
「すぐに治るなら元春も悪くはないだろうし、もしもの時は責任を持ってエリクサーを使ってあげるから、試してみようよ」
エリクサーを使えば即死でない限り助けられる。まあ、元春に使うのは正直もったいないが、万が一の時にはエリクサーを使ってあげると適当に親指を立てて説得してみたところ、まだ不満は残っているようだが最終的に納得してくれたみたいだ。
「わかったよ。飲みゃいいんだろ。
虎助ってそういうとこ、志帆姉に似てるよな。義理の姉弟なのに――」
「元春も人のことは言えないと思うけどね」
何にしても、幼馴染というのはどこかしら似たところが出てくるのかもしれないんじゃないのかな。
僕がそう言う目の前で、元春が粉薬をさらさらと口の中に入れ、苦味をこらえるように用意した水を飲み干す。
すると、すぐに元春の体を覆うように魔力反応が現れて、
「おっ、おほっ、おおう。こりゃ治ったのか?」
自分でもはっきり分かるくらいの体調の変化を感じ取ったのだろう。マスクを外した元春が気持ちの悪い声をあげて立ち上がる。
しかし、その変化を見せつけられた僕としては素直に喜べないものがあって、
「うん。治ったは治ったんだろうけど……」
「貴方、気付いていませんの?」
「なんすかその微妙な言い回しは、気になるじゃないっすか?」
僕とマリィさんの反応に元春が訝しげに顔をしかめる。
元春の反応を見る限りだと、これは本当に気付いていないみたいだな。
僕は頭上に疑問符を乱舞させる元春の手を引っ張って、店舗側にある試着室まで連れて行く。
そして、その奥にある姿見の前に元春を立たせたところ、元春が叫ぶ。
「うぉぉ。なんじゃこりゃ――」
鏡に写っていたのは元春30%といった風にムキムキマッシブに仕上がってしまった元春だった。
「おい、どうなってんだよコレ?」
「原因はさっきの風邪薬だと思うけど、滋養強壮効果?」
「いやいやいやいや、滋養強壮ってこういうんじゃねーだろ」
そうだよね。僕もそう思うけど初めての現象だけによく分からないというのが正直なところなのだ。
「な、治るよな?」
上目遣いに聞いてくる元春。
僕はナチュラルに気持ち悪い元春にきれいな作り笑顔を浮かべ。
「薬の効果が切れれば戻ると思うけど」
あくまで『そう思うよ』であり『戻る』とは断言しない。ここが重要である。
しかし、そんな説明では元春も納得してくれないと思うので、ここは魔法の言葉に頼ってみようか。
「でもさ。その体ってモテるんじゃないかな。ほら、その体、格闘家とかプロレスラーみたいじゃない」
「そ、そうか――」
「そうだよ。それに、前に筋肉フェチの女の人も結構いるって張り切ってた頃がなかったっけ?」
あれは、ネットかなにかで筋肉ホストクラブなる特殊すぎるホストクラブが存在することを知った時だったかな。一時期元春が毎日のように筋トレをしていた時期がある。
そのことを引き合いに出してみたら、あっさりと納得してくれたみたいだ。
元春は「そうかもな――」と言いながらもボディビルダーの人達がやりそうなマッスルポーズを取ってみて、最初はぎこちなくも、しかし、すぐに調子に乗ってきたようで満足そうに頷いている。
本当にチョロい友人である。
と、そんなおチョロさんの一方でマリィさんはといえば、どうにも今の元春は許容できない存在のみたいだ。
「いえ、正直気持ち――」
おっと、それ以上は言ってはいけない。
僕は素早くマリィさんの背後に回り込み、口を素早く塞いでおとなしくしてもらったところで、「駄目ですよ」と一言注意を促す。
すると、マリィさんも納得してくれたみたいだ。
「わ、分かりましたの」
若干、上ずった声を出しながらもコホンと咳払いをして、
「私の好みではありませんが、たしかにそういうタイプの男性が好きな人もいますわね」
なるほど、その手の趣向の持ち主がいるのは異世界とて変わらないようだ。
因みに筋肉増強効果は一時間だったみたいで、パンプアップされた元春の筋肉はすぐに風船が萎むようにきれてしまった。
だが、筋肉が増強されている間、ボディビルダーのようにかっこいいポーズを決めて調子に乗ったのか、元春は今度の旅行に持っていくようにと魔法の風邪薬を作るようにせがんでくるようになるのだが、伊達筋肉でモテたところで無駄なんじゃないかな。
そもそも一日の内に筋肉が膨らんだりしぼんだりしてたら完全に不審者まっしぐらだし、みんなにどう説明するんだよ。
◆次回は水曜日に更新予定です。




