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猫耳カチューシャと熟練メイド

 猫耳カチューシャ。それは男達の夢が導いた一つのフロンティア。

 その日、朝も早から万屋裏の工房で、エレイン君と一緒に装備の調整を行っていた僕に、そう熱弁を振るうのは元春だ。

 どうも元春は空中要塞の探査の後、補修を頼まれたトワさんの|ベヒーモレザーのヘルメット《頭部装備》を猫耳カチューシャに変更して欲しいみたいだ。


 因みに、例の空中要塞では戦闘なんて無かったのに補修とはどういうことかといえば、なにもマリィさん達が調べているのは空中要塞だけではなくて、他に転移の鏡から繋がる七つの世界の中にはダンジョンのような場所もあり、そこには稀にではあるそうだが、そこそこ強い魔獣が現れるということで、定期的な装備のメンテナンスが必要となってくるからだ。


「でもさ。猫耳カチューシャって、防御面を考えると全く意味が無いものになりそうなんだけど――」


 あれは基本アクセサリーのようなものであり、頭部を守る装備としてはまったく意味がないのではないか? そんな僕の指摘に元春が言うには、


「マリィちゃんが作った鎧にティアラがあんじゃん。あれって魔法のバリアがどうのこうのって仕組みになってんだろ。それを使えばなんとかなるんじゃねーか」


 たしかに結界術を応用した技術を使えば、簡単なアクセサリでも頭部を守る防御力を確保するのは難しくない。


「でも、どっちにしたってマリィさんに相談してみないと駄目でしょ」


 そう、あくまでトワの装備はマリィさんに頼まれて作っているもので、装備変更を勝手にしてしまう権限など僕にはないのだ。

 ということで、念話機能を使い、万屋の方でエクスカリバーとコミュニケーションを取っていたマリィさんに元春の要望を伝えたところ。


『ええと、獣人専用装備をわざわざトワの装備させる意味はありますの?』


「ちょっ、ちょっと待ってくださいっす。獣人装備ってどういうことっすか!?」


 微妙に内容が噛み合わないようにも思えるマリィさんからの疑問符に、元春が慌てたように聞き返す。

 どうもマリィさんの世界には、僕達の世界でもお馴染みである猫耳カチューシャがちゃんとした装備として存在しているようだ。

 それを聞いた元春は大興奮。


「って、そんな装備に需要があるくらいってことは、マリィさんの世界には獣人が普通にいるってことっすか!?」


『当たり前ではありませんか。この店にも獣人がやってくることを貴方も知っているでしょう。土地にもよりますが、栄えた都市ならば住人の二割程度が獣人になりますかしら』


 追加質問を飛ばす元春にマリィさんが答えてくれたところによると、どうも僕達の世界でいうところの地方都市レベルの街ならば、それなりの数の獣人が見られるらしい。


 因みにファンタジー系の小説にありがちな獣人を下に見るような差別意識は、少なくともマリィさんの暮らしている国では見られないという。

 なんでも、マリィさんが暮らす国には、建国時に多くの獣人将軍が活躍したという伝承が残っていて、実際に獣人貴族も多く現存しており、特に立身出世を目指す冒険者などからは崇拝の対象になっていたりするそうだ。

 まあ、最近では、国王であるルデロック氏の意向により、魔導兵なるエリート魔法使い達を重用しているらしく、細やかな制御を必要とする魔法があまり得意ではない獣人戦士などは軽んじて見られる傾向にあるそうだが、それはそれとして、


「そういえばマリィさんのメイドさんにも獣人の子がいましたよね」


『ええ、正確にはハーフなのですが』


 名前はたしかフォルカスちゃんだったかな? ゴールデンレトリバーみたいな垂れ耳を持った犬の獣人さんで、人見知りするような子ではあるのだが、同世代と思われるルクスと仲が良く、引きずられるようにしてディストピアに入っていくのを何度も見た記憶がある。

 すると、そんな僕とマリィさんの会話を聞いていた元春が、


「マジかよ。そんなの聞いてねーぞ」


 僕を責めるようにガクガクと肩を揺さぶってくるのだが、何事にもタイミングというものがある。

 そもそも元春の場合、メイドさん達が食材などを仕入れに来る日に部活の集まりがあることから、ほとんど顔を合わす機会が無いのである。

 だから、正直そんな文句を僕に言われても困ってしまうと、話を変えるようにして聞くのは、


「それで、どうするの? 別にマリィさんが作らなくても、元春が個人的にどうしてもって言うなら、ものは作るけど」


 まあ、トワさんが装備してくれるかは別としてだけど――、

 そんな心の声を忍ばせた僕の問い掛けに元春が答えるには、


因みに(ちな)、もし猫耳装備を作るとしたらどれくらいかかるんだ?」


「友人価格で大幅に割り引くとして、最低でも三万円はもらいたいかな」


「たっか」


 指を三本立ててそう言う僕に元春が大袈裟に驚いてみせる。

 しかし、頭部を守るような防具を作るのに三万円という金額は安くはないだろうか。

 実際、僕達が暮らす地球でもバイクのヘルメットなんかは普通にそれ以上の金額はしたりするし、そこに魔法式などを刻み込む技術料なんかを考えると、もっともらったってバチは当たらないと思う。


「でもさ。それを作って売りに出すとなると金貨何枚とかになるんだよ」


「いやいや、それはそうかもしんねーけどよ。お前、マリィちゃんに頼まれて作ったのは無料(タダ)で作ってんじゃん。友達価格ならもっと安くてもいいんじゃね?」


 元春は僕が整備していた鎧を指差してそう言ってくるのだが、


「この鎧の材料にはマリィさんと一緒に仕留めた魔獣の素材を使ってるし、それに装備なんかに使う軍資金はマリィさんから先に受け取っているから」


 マリィさんはいくらかの資金をこの万屋にプールしてくれている。

 僕はそれを使って装備作りや整備の仕事を請け負っているに過ぎないのだ。


 と、どうにかして安く仕上げようとする元春と、常識的な値段に収めて欲しい僕との間で攻防が行われていたところ、そこに救いの手が差し伸べられる。


「わかりましたの。貴方がそこまで言うのでしたらいいでしょう。材料費は(わたくし)が持ちますの。虎助、元春が言う装備を作ってくれますか」


「マリィちゃん」


 たぶん、僕達のやり取りが気になり、わざわざ工房まで出向いてくれたのだろう。工房にやってきたマリィさんに感激の声を上げる元春。

 そんな元春の一方で、僕としてはこの話はマリィさんにメリットが無いんじゃないかと思って「いいんですか?」と訊ねると、マリィさんは「フッ」と不敵な笑みを浮かべて、


「この男がそこまで熱狂する意味を知りたくなりましたの。

 それに、虎助としても新しい装備を作るのには興味があるのではありませんの?」


 たしかに、猫耳デザインなのはともかく、ティアラやカチューシャのような魔法防具の設計には興味がある。

 なにより、マリィさんが納得済みでお金を出してくれるのならば是非にあらず。


「分かりました」


 マリィさんがそう言うならと、さっそく猫耳カチューシャ作りに入る僕だったが、猫耳カチューシャそのものを作るのにはそれほど苦労はしない。

 インターネットなどにある猫耳カチューシャの映像をスキャン。

 簡単な設計図を作り出して、横から口を出してくる元春の個人的なこだわりをそこに反映。

 出来上がりのイメージが完成したところで素材の選定して、最後に猫耳カチューシャに刻み込む魔法式を選びさえすれば、後はエレイン君がどにかしてくれるのだ。


 しかし、組み込む魔法式は基本的にマリィさんのティアラにも付与した防御系の一揃えでいいとして、残りのスペースはどうしようか。

 猫耳という見た目上、マリィさんのティアラに比べて魔法式を書き込める余白が大きいのだ。

 まあ、表向きは見た目的な意味で魔法式を書き込むようなことはしないのだが、裏地に忍ばせるという方法を使えば、まだ魔法式を書き込む余白が結構残っているのだが、防具に対して攻撃系の魔法式を刻み込むのはナンセンスだし、かといって、僕の独断で防御系の魔法式をいじると、マリィさんの盾無から転写する〈自動防御(オートガード)〉機能に影響が出てしまうかもしれない。

 となるとだ。残るはサポート系の魔法式になるのだが――、


 そうだな……、せっかく猫耳の形をしているのだから音に関わる探知魔法でも取り付けておこうか。


 そして、設計さえ済んでしまえば後はエレイン君の領分だ。

 完成図とその設定データを送って三十分、猫耳カチューシャのサンプルができあがってくる。


 それは、量販店で売っているようなチープなコスプレ衣装のようなものではなく、高級感をまとった猫耳カチューシャだった。

 ふかふかの耳毛まで再現されていて、まるで本物の猫耳のような凝りようである。

 おそるべきはエレイン君の技術力か?

 それとも元春のこだわりか?


 因みにこれを作っている間にトワさん達三人にはこちらの世界に来てもらっていたりする。

 会話の流れから、フォルカスちゃんとか他のメイドさんも連れてくるのではと思ったりもしたのだが、彼女は知らない男の人がいると緊張してしまうからと、今回はいつもの三人ということになったそうだ。


 で、その知らない男の人である元春だが、やはり、まだトワさんの前には出られないみたいだ。

 マリィさんがトワさん達を呼びに自分の世界へ戻っている間に最寄りの石壁の上に登って、そこから魔法窓(ウィンドウ)のカメラ機能を使ってこちらの様子を撮影(・・)するという。


 正直、無許可で他人を撮影するのはどうかと思うのだが、トワさんの主たるマリィさんが何も言わないのだから、僕から言うのはどうなんだろう。

 一応、後でマリィさんに肖像権とかなんとかいう話を教えてあげるべきだろうか。

 そんなことを考えながらも、改めての装備合わせとなるのだが、整備を終えた装備を見て、トワさんが困惑気味に聞いてくる。


「あの、姫様? 私の装備だけ少々様相が異なっているような気がするのですが」


 ですよね――。

 しかし、マリィさんはひるまない。

 まあ、これを企んだのは元春である。ひるむ必要はないのだが。

 マリィさんは悩ましげに頬に手を当てながらトワさんに語りかける。


(わたくし)も少し思うところがありましてね。少し装備を変えてもらいましたの」


「可愛いです。フォルカスちゃんとおそろいみたいです。私も欲しいです」


 いったい何を思うことがあるのだろうか、ゆったりと語りかけるようなマリィさんの言葉に羨ましそうな声をあげたのはルクスちゃんだ。

 因みに男装の麗人であるウルさんは苦笑しながらも、変更のない自分の装備を見下ろして、どこかホッとしたような表情を浮かべている。

 自分も同じような装備をさせられるのではないかと心配していたのだろう。


 そして、猫耳カチューシャをつけることとなってしまった可哀想な被験者であるトワさんはというと、マリィさんがこうなってしまっては、もうどうにもならないと思いながらも、やっぱり抵抗があるのだろう。僕に助けを求めるような視線を向けてくるのだが、出資者であるマリィさんがゴーサインを出している限り、僕がそれを覆せるハズもなく。

 しかし、それでも――と、僕は申し訳ないという顔を浮かべつつも、一つ、トワさんにも納得してもらえるような理由を出してみる。


「えと、この装備は実験的な装備でして、索敵系の魔法が使えるようになっています。ですので、使い方によってはそれなりに使える装備になっているかと」


 そう、僕がわざわざ探知系の魔法を付与したのは、こういうデザインになってしまうのも仕方ないとトワさんに思ってもらうという狙いもあったからだ。


「成程……、たしかにマリィ様の護衛が主の私達の活動において索敵機能は有用なのかもしれませんね。

 私はウルと違って自前の探索魔法も持っていませんし……、

 しかし、この装備は――、姫様やルクスならともかく、私くらいの年――、コホン。私のような者がつけて似合う装備ではないと思うのですが」


 確かに、妙に貫禄があるトワさんに猫耳カチューシャというのは、なんというか、その――、マニアックって感じになってしまうのが否めない。

 しかし、それを正直に言ったところで誰も得をしないだろう。

 だから、


「そうですか。僕は似合うと思いますけど」


 リップサービスとは言わないまでも、真面目に言うのはちょっと恥ずかしい。

 そんな僕の発言に――、

 おおっ、トワさんが照れている。

 照れてるトワさんなんて激レアじゃないか。

 これは思い切って言ってよかったのかもしれないな。

 元春も今頃は魔法窓(ウィンドウ)と携帯のカメラ機能を連射をしていることだろう。

 すると、そんなトワさんの傍らで、マリィさんが「ふむ」と顎に手を、鋭い視線を僕に向けながら。


「それで、付与されたという索敵能力というのはどのくらいのものなのですの」


 こんなことを聞いてくるので、僕がトワさんに猫耳カチューシャに付与されている探知魔法の使い方を教えてあげると、トワさんに視線を送り、猫耳カチューシャの仕様を促すと、トワさんはコクリと頷き、頭につけた猫耳に魔力を流して、


「そうですね。ええと――、あの壁の上に誰かいるようですね。大丈夫なのですか?」


 適当につっこんでおいた魔法式だけど、猫耳カチューシャの索敵機能を使ったトワさんはきっちり隠れている元春を把握しているみたいだ。トワさんがそう聞いてくるので、


「ああ、あれは僕の友人ですので問題ありませんよ」


 僕はそう言って苦笑い、隠れてこちらの様子を伺っているだろう元春の方へと目を向けると、マリィさんもここで本格的に猫耳カチューシャの出来栄えに興味を抱いたみたいだ。


「ふむ。これは私も作ってもらうべきでしょうか」


 トワさんに猫耳カチューシャを借りて自分の頭に装備したりしている。

 しかし、マリィさんには猫耳カチューシャというよりも、そのぐるぐるドリルな金髪に合わせてキツネ耳とかの方が似合うと思うのだが……。


「しかし、姫様の安全を考えると防御を固めたほうがいいと私は思うのですが、あえてオリハルコンのティアラからランクを落とすことはないかと」


 トワさんとしては、当然マリィさんの安全が第一なようだ。マリィさんの装備変更に意義を唱えるのだが、マリィさんの言う『作ってもらう』とはなにも猫耳カチューシャに限ったものでは無いみたいだ。


「誰が『盾無』につけるといいましたの? 前に言ったではありませんか、私は新しい『八領』を作ると、つまり、ヴリトラの鱗を使って――、そうですね。『月数』あたりの名前で新しい防具を作ってみてはどうでしょうということですの」


 そういえばそうでしたね。

 どうやらマリィさんは、盾無とはまた別にヴリトラの鱗をメインにした鎧をご所望のようだ。

 でも、ものが龍の素材ともなるとオリハルコン製のようなパワーアシスト機能はつけられないかな。

 まあ、逆に重量としてはかなり軽いものになりそうだから、普段使いの防具としては丁度いいかもしれないけど。

 これはまた忙しくなりそうだ。

 僕はマリィさんからの新しい注文にそんなことを思いながらも、取り敢えず、トワさんの装備を参考に新しいマリィさんの鎧のデザインをなんとなく考え始めるのであった。

◆これ書いた後で気付いたんですけど、ナ○ガ装備の猫耳みたいな部分って髪型っていうかエクステみたいなものなんですよね。


◆次回は水曜日に投稿予定です。

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