●囚われの女エルフ
◆今回のお話は先日、捕虜として捕まったエルフの女剣士アイルのお話です。
時間的な表現に少々おかしな点があるかと思いますが、エルフの時間間隔ということでお読み下さい。
我が名はアイル。由緒正しきハイエルフの末裔であり、豊穣の森ダーナフォレストを管理する四家の一つ、モーリアン家の末の娘である。
しかし、そんな私もいま囚われの身にある。
なぜ私がこうして囚われの身にあるのかといえば、元を正せば、つい数年前に祖父から言い渡された使命にある。
その使命というのは、最近森の外の何者かと接触、怪しい動きを見せているといわれるエルブンナイツの目付け。
とりあえず十年ほど張り付いておけと祖父に言われた私は、元老からの出向という形でエルブンナイツの外部隊員となり、年に数度、彼等の活動に同行していたのだが、その任務の最中にエルブンナイツが問題を起こし、私もそれに巻き込まれる形で囚えられてしまったのである。
私を囚えたのは、俗に箱庭と呼ばれている、龍種に神獣、一部の魔獣が持つと言われる私的空間のような土地で万屋を営んでいる間宮虎助という少年とその友人とされる方々だった。
その中には黒いハーフエルフであるマオという少女もいて、建前上、彼女を捕えることがこの任務の理由だとされていた。
しかし、それはあくまで表向きの理由、本来の目的はアルブンナイツが最近行っているという怪しい動きの一環だったのだろう。この魔素が溢れる箱庭を何らかの術によって手に入れようとして失敗、部隊を分散させたのが仇となったのだろう――いや、分散させなくとも結果は同じか――。完全なる敗北を喫して、ディストピアなる呪われし剣に閉じ込められてしまったのだ。
このディストピアという呪われし剣の主である虎助殿が言うには、呪いに打ち勝つことが出来れば外に出ることも可能だと言うが、呪われた剣の性能を聞く限りでは、それも難しいと思われる。
そして、一人、難を逃れた私は、やらかしたエルブンナイツ達の運搬役であり、伝令役として、ここに留め置かれているのだという。
しかし、その扱いは私が知る捕虜などそう呼ばれるものとは違い、穏便なものだった。
私個人の装備は取り上げられたものの、この場所からの逃走以外は基本的に自由にさせてもらっているのだ。
なんでも、私が常に持たされているミスリル製のカードに、位置を認識する魔法が付与されているから、何があってもすぐに対処できるのだとかなんだとか。
つまり、居場所さえわかれば何をしていても構わないというのだ。
まったく貴重なミスリルをこんな物に使うなど、我々エルフからしてみたら、いろいろと文句をつけたいところではあるのだが、敗者が文句を言うべきことではないのだろう。
そして、思いがけぬ状況で穏やかな日々を過ごさせてもらうこととなってしまった私だが、さすがにずっとこのままという訳にもいかないだろう。そう思い立ち、この余暇のような時間にも鍛錬が行えるようにせめて木剣でも貸してもらえないかと勇気を振り絞って虎助殿のもとを訪れた。
すると、彼は、私の訓練を許すどころか、エルフである私から見ても素晴らしいとしか言いようがない魔法の木剣をすんなりと渡してくれたのだ。
彼はいったい何を考えているのだろうか?
建前上であるとはいえ、彼の友人を狙った私達に含むところはないのか。
私がこの武器を手にしたことで反撃に打って出るとは考えないのか。
渡された木剣に私がそう思っていると、彼曰く、そう簡単にやられるつもりはありませんよ――と、そして、近々私にいろいろと教える人物を紹介するから、その時に使う武器が必要なのだという。
いや、何を言っているのかわからない。
捕虜に木剣を渡すのはまあいいだろう(よくないが)。
私に修行をつけるという話もまあいい(よくないが)。
それが魔法が付与されたものとなると話は別だ。
しかも、なんだ、〈妖精の森〉によって生み出された大樹をその素材としているだなんて、それが捕虜に対する態度なのか。
そもそも〈妖精の森〉というの一時的に古代の森を現世に呼び出す魔法であったハズだ。
それが未だに残っていることがおかしいのだ。
というか、そんなことを言われても――だと。
いや、エルブンナイツの企みを考えると当然と言うべきか。
なるほど、彼等もその辺りが気になって、いま古代の森やエルブンナイツが使った魔法陣を調べているというのか。
しかし、それと同時に困っていることがあるのだという。
なんでも、彼等にとってエルブンナイツが召喚師た古代の森は邪魔な存在なのだという。
出来れば、私未だ消えぬ古代の森を伐採する手伝いをしてくれるとありがたいなどと言い出したのだ。
本当に何を言っているのだ彼等は――、
古代の森といえば、ただそこにあるだけで恩恵が得られる森で、それを伐採するなんてありえないだろう。
そう主張する私だったが、少年達にとって古代の森は存在は許容できない問題だという。
なんでも彼等が使う魔法を阻害する効果が古代の森から発生しているのだそうだ。
確かに古代の森にはエルフに恩恵を与える加護がいろいろと内包されていると聞く。
もしかするとそういった加護が、彼等にとってはマイナスに働いているのかもしれないな。
すると、そんな話の流れから、何を勘違いされてしまったのか、古代樹で作った鎧をつけるから、古代の森を伐採するのを許してくれと言われてしまう。そして、問題が無いようにとその作業を手伝ってくれると嬉しいとも……。
いや、別にそういう話ではないのだが、
えっ、神銀で作った盾をつけてやるから、頼むだと。
くっ、私を惑わすな。
だったら、神銀製の小型ゴーレムもつけようと。
これでは私が要求しているみたいじゃないか。
わかった。手伝うから、そんな高級品を対価に持ち出すのはやめてくれ。
…………結局、私は少年が提示した装備品すべてと引き換えに伐採作業を手伝うことになってしまった。
どうしてこうなった。
べ、別に私が悪いのではないのだぞ。少年が強引に高級装備を押し付けてくるのがいけないのだ。
古代樹で作った鎧に加え、神銀の盾をくれるなんて断れる訳がないじゃないか。
う゛うん(咳払い)。
まあ、そんな訳で、私はこの土地を取り仕切る彼等が眷属であるエレインというゴーレムの指揮の下、古代樹を切り倒すことになった訳だが――、
古代樹を切り倒すなど、どうやったらいいのだ?
そもそも古代の森は永遠の森と呼ばれ、龍種でも容易には切り倒せない硬樹なのだぞ。
我等が暮らす森に存在した古代の森は、かつて存在した邪竜から我等の先祖を守る為に消失したとか。
古代の森とはそんな相手でもない限り、どうにかすることができない守護の力を持っているのだ。
それを伐採するだのなんて、森の専門家である私にだってわからないぞ。
そう考えていた頃が私にもあったのだが……、
少年のお願いから翌日、古代の森の伐採作業をすることになった私に渡されたのは謎の魔法金属で使われた魔導器だった。
その名はチェーンソー。
刃の周囲に取り付けられた鎖を高速回転させて木を切るという道具だそうだ。
曰く、この魔導器を使えば簡単に古代樹が切れるという。
いやいや、まさかこんなもので古代の森が――、
疑いながらも刃を入れたところ、本当に古代樹が切れてしまっているではないか。
いや、これはもう古代樹を切るとかそういうレベルのものではないのではないだろうか。
削り断つ?
エンジン(?)というものをかけた途端、回りだした鎖鋸がみるみるうちに古代樹の幹を削り、十分とかからず古代の巨樹を切り倒してしまったのだ。
いったい何をどうすればこんなことができるのだ。
そもそも、ともすれば国宝に指定されるくらいの魔法剣をポンと渡して、この世界の住人はいったい何を考えているのだ。
しかし、彼等はそんな魔法剣を何事もないかの如く、普通に使っていた。
なるほど、エルブンナイツがあっさり負けた理由も、この辺りにあるのかもしれないな。
彼等にとってこの程度の魔法剣など、そこらにあるような鉄剣と変わらないものなのだ。
その証拠に、仕事を初めて少し遅れてやってきた少年が、ただのナイフを使ってあっという間に古代樹の枝を切り裂いたのだ。
意味がわからない。
彼は私が苦労していた古代樹を、まるで森歩きで邪魔な枝を切り払うようにスパスパと切り裂いていったのだ。
しかも、あの樹上をゆく機動力は何なのだ。樹上を舞う彼の姿はまるで森の守護獣のようではないか。
あの装備にあの身のこなし、彼は本当にただの万屋の店主なのか?
そもそも人族であるというのも疑わしいのだが……、
彼はいったい何者なのだ?
気になる……。
気になる…………。
気になる………………。
我慢しきれずに聞いてみたところ、なんでも彼はとある武術家系の末裔らしく、幼い頃からその訓練を受けていたのだという。
なるほど、そういうことなら納得できなくはない。
一つの流派を極める為に幼い頃から心身を鍛え、技を磨くという家系は我らエルフの中にも存在する。
事実、私がその一人なのだ。
そう、私は古き時代より世界樹の平穏を守る剣の一族の末裔。私も幼い頃から剣の腕を磨いてきたのだ。
それを考えると親近感が湧くから不思議なものだ。話も弾んで、仕事にも身が入った。
そして、仕事の合間の会話の中で彼から近々とある御人を紹介すると教えられた。私に修行をつけてくれるといっていた御人のことだ。
なんでも、その御人は少年の母であり、私を小娘のようにあしらったホリル殿すらも教えを乞う人物なのだという。
私には不躾なエルブンナイツのようなエルフが出た場合に備え、その御人から修行を受けて欲しいのだという。
彼等はエルブンナイツのような高慢な人物がここに来ることを迷惑に思っているようである。
たしかに彼等に対するエルブンナイツの態度は酷かった。
いくら相手が不吉とされる黒いハーフエルフだったとしても、よく知りもしない相手のことを、ただ高慢に見下すだけの態度は傍から見てもあまり気持ちのいいものではなかった。
彼等は私にここで鍛えてもらい、不躾なエルフの防波堤になって欲しいそうなのだ。
そして、それは私にも利益がある話なのだという。
その修業を受けさえすれば、状況によっては【実績】と呼ばれる神授の力が手に入れられるかもしれないというのだ。
しかし、それ故か、その修行はとても厳しいものだという。
ふっ、厳しい修行か、望むところだ。
私を倒したホリル殿が師事するその御仁に教えを請い、神授の力を手に入れる。これに勝るものがあるだろうか。
◆イズナの訓練を受ける人の反応は『信奉者』と『被害者』の二種類に分けられます。アイルはこの後『信奉者』の道を歩むことになるでしょう。因みに虎助はというと『信奉者』であり最大の『被害者』という表現が最も適切になるでしょうか。まあ、結果から考えると、元春のような『被害者』も、結果的に考えると多かれ少なかれ『信奉者』には違いないのですが……。