木刀おみくじ
◆今週の二話目です。
時刻は午後五時を回ったところ。
日も沈んで、そろそろ外での作業も危険になってきたといったところで、僕は残る伐採作業をエレイン君に任せて万屋へ帰ろうとしたところ、そんなタイミングでゲートに光の柱が立ち上る。
紺とオレンジが入り混じった空に溶けて消える光の残滓。
転移反応が消えたそこに立っていたのは金髪ドリルのナイスバディ。マリィさんが来たみたいだ。
時間的に今日は来ないものかと思っていたんだけど、どうも自分達の世界でなにか面倒事があったそうだ。その処理に手間取って万屋に来る時間が遅くなってしまったとのだという。
僕はご機嫌斜めなマリィさんのご機嫌を取りながらも万屋までエスコート。
とりあえず、なにはなくともエクスカリバーとの語らいと、いつものようにカウンターの前に移動しようとしたところで、マリィさんが新商品に目を留める。
「あら、これ――、もしかして、きのう虎助が言っていた木刀ですの?」
「ええ、あの後、枝打ち処理の傍ら、エレイン君達が突貫工事で作ってくれたんです。
もしかすると念話障害が出るのかもと心配でしたが、あれは地面に植わっている状態でしか発生しない効果だったみたいですね。ちゃん伐採して処理をしてあげたところ魔法の付与も出来たみたいです」
と、僕がマリィさんに商品説明をしていると、何を話しているのか気になったのだろう。今日のお勤めを終えて和室で漫画を読んでいた元春がやってくる。
「つか、こんなとこに来るヤツに木刀なんか買うんかよ」
「そこは魔法剣だからね。ものによってはその辺で売ってる武器よりも高性能になるし、買ってくれる人は結構いると思うんだよ」
価格は一本銀貨一枚。日本円にしてたったの千円で、魔法剣なみの魔法効果が付与された武器が手に入るのだから、買ってくれる人もそれなりにいるだろうという目算だ。
「例えばこれなんかには装備破壊の付与魔法がかかっているから、下手な鉄剣くらいなら逆に壊せちゃったりするんだよ」
「つか、たかが木刀にそんな魔法をつけんなら、普通にツエー武器を作った方が売れるんじゃね」
「それは違うよ元春。木刀だからこそ簡単に魔法式が書き込めるんじゃない」
金属製の武器に比べ木製の武器の何がいいかと言うと加工のし易さである。
特に魔法式を刻み込む作業が魔法金属製の武器とは比較的にならないくらい容易に施せるのだ。
実際、昨日の今日で木刀が完成しているのがその証拠だ。
なによりも、木刀ならば観光名所にありがちなおみやげみたいな感じで、比較的安全に武器を売ることができるのだ。
「ほら、漫画とかでも木刀一本で完全武装した敵に戦いを挑むとかあるでしょ。あんな感じで使ってもらえればいいんじゃないかと思ってね」
因みにではあるが、この魔法木刀にはちゃんと柄の部分に毛筆体で暴龍獲羅という焼印が押してあったりする。
なんていうか今や絶滅危惧種である古式ゆかしい暴走族って感じになってしまったのは否めないが、カタカナだとなんか雰囲気が出なかったのだ。
と、文句ばかりの元春とは逆に、マリィさんとしては興味深いものばかりなのだろう。「他にはどんなものがありますの?」と説明を急かしてくるので、
「基本は万屋で売ってる魔法銃とおんなじで、各種異常状態を与える効果がメインで、後は不壊属性をつけてみたり、防御本能に反応してシールドを作ったりするものがありますね」
このオートガード機能はこのあいだ賢者様が持ってきてくれたシェルを参考に作ってある。
さすがに発達した魔法世界の量産品というべきか、魔法式がかなり簡素化されていて、簡単に大量生産できることから、お土産の武器として丁度いいとちょっと多めに混ぜてあったりする。 所謂ハズレ枠だ。
「しかし、なぜ様々な魔法式が付与されたものが一緒くたに売られていますの。手間を考えると価格よりも高くなりそうな装備も含まれていますが」
「こういうのは乱雑に置いてあった方が掘り出し物を見つける感じで面白そうじゃないですか」
そう、これは漫画とかにありがちな『偶然迷い込んが怪しげな店で強力な武器を手に入れる』そんなシチュエーションをコンセプトとした商品なのだ。
別にこの店自体はまったく怪しくないんだけど、そういった楽しみを提供するのもまた商売というものだろう。
ということで、そのコンセプトを楽しんでもらう為に、普通なら鑑定魔法を使えば簡単にその効果を判別できたりもするのだが、この商品にいたっては鑑定対策の処理を施して並べてある。
目利きも含めて、どの木刀を取るのかまでを一つの商品として提供しているのだ。
あと、この商品に限っては、お一人様一本限りの商品となっている為、大人買いをすることによって高い効果をもった魔法木刀を引き当てるという事も不可能となっている。
そう、何事も一期一会。絶対運命黙○録なのだ。
「それで虎助、これは私が買ってみてもよろしいものなんですの」
「もちろん大丈夫ですよ。
でも、ちょっと待って下さいね。このままだとどの木刀がどんな能力を持っているのか分かっちゃうでしょう」
だからと僕がポリバケツ入りの木刀を軽くシャッフルしていたところ、
「なんかおみくじみたいだな。なあ、俺も買っていいか」
「うん。別に構わないけど――」
元春もこの木刀に興味を抱いたらしい。千円でそこそこの武器が買えるならとチャレンジしてみたいというのだが、元春には如意棒があることを考えると、木刀の九割がハズレということになると思うんだけど。
まあ、こっちも商売だ。あえてそれを教える必要はないだろう――ということで、
「私はこれにしますの」
「じゃあ、俺はコイツだ」
マリィさんは即決、元春はちょっと迷った後に選んだところで答え合わせ。
「マリィさんは大当たりですね。ソニアが試しに作ってみた風の原始精霊が宿る木刀です。聖剣とまではいかないみたいですけど、その赤ちゃんとか亜種みたいなものらしいですよ」
「まあ、そんなものまで――」
お遊びで思わぬ名品を手に入れてご満悦のマリィさん。
因みに原始精霊が込められた木刀は百本以上入っている木刀の中で一本だけ、しかも、原始精霊が気に入った人物でなければ手に取ることすら難しいと聞かされているから、マリィさんはその実力が認められた形になるだろう。
「んで、俺の木刀は?」
「元春もある意味では当たりなのかな。叩いた相手を一定確率で魅了する効果を持った木刀になるね」
この木刀には〈痛快調教〉なる、ちょっと特殊な魔法が付与されている。
痛みを快楽に変えて、それによって一時的に相手を魅了するという付与効果だそうだ。
「魅了する為に殴るって、それって大丈夫なんかよ」
「だからある意味で当たりなんだよ。元春こういう武器が欲しいって言ってたから、ウチのオーナーが如意棒を作る時にお遊びにって作った魔法式なんだけど、結局実装はしなかったからね。一回も使わずに埋もれるのは勿体無いって、幾つか木刀として残したんだよ」
「因みに、普通にちょんと突くだけで効果が発揮したりとかは――」
「しないね。攻撃力そのものが魅了効果につながるんだから、できるだけ強く叩いた方が効果が高いんだよ」
おそらくは本気でぶっ叩かなければ完全に魅了することは不可能だろう。
ついでに言うと、魅了されている間の記憶はきっちりと残っているから、その辺も注意である。
もしも魅了中に変なことをしたとして、後で正気に戻った時にどうなるのかは使い手の行動にかかっているのだ。
「つか、それって全然使えねーじゃん」
「魔獣をテイムする時には役に立つんじゃないかってオーナーは言ってたよ」
「成程、ここのオーナーにしては随分と不埒な作品を作ったかと思っていましたが、そういうことでしたか」
いえ、これはあくまで元春の注文にソニアが応えた末の結果であって、テイムうんぬんの話は後付けで考えた利用法なんですけど。
うん。ここはソニアの名誉を守る為にそうしておいた方がいいだろう。
しかし、元春としてその仕様は受け入れられないようで、
「俺はお姉さんを魅了したいの。女子を惚れさせたいの。爆乳美女ときゃっきゃうふふがしたいの。これじゃ役に立たねーだろうがよ」
ラジオ体操第二のマッスルポーズのようなオーバーリアクションで最低のことを訴えてくるのだが、
「僕がそんな武器を店にポンと置くと思う?」
「ありえませんわね」
そうなのだ。それはまさにマリィさんが言う通り『ありえない』ことなのだ。
まあ、僕が得意としているらしい〈誘引〉の魔法なんかを利用すれば、もしかしたら元春がいうようなアイテムも作れるのかもしれないけど、それは言わない方がいいだろう。
また元春がチートだなんだと言い出しかねないからね。
◆
おみくじ木刀……エルフの住む森に生えると言われる古代樹を削り出し作った木刀。その刀身には魔法式が刻み込まれ魔法剣になっている。一部の『あたり』と呼ばれる魔法剣には超小型の〈インベントリ〉が埋め込まれていて、中には聖剣として原始精霊を宿す一品もある。