エルフ達が残したもの
エルブンナイツの襲撃から翌日、
千年とか、万年とか、そんな冠言葉が似合いそうな巨木がポコポコと生えるファンタジー森に変貌してしまったアヴァロン=エラの一角に、少し不釣り合いなエンジン音が鳴り響いていた。
その発生源は森の各所にいるエレイン達が持つチェーンソー。
エルブンナイツを追い返してすぐに調べてみたところ、やはりこの森が僕達の使う魔法窓を介した念波系の魔法を阻害していることが発覚したのだ。
魔法窓から使う各種通信機能はアヴァロン=エラの防衛に重要なものである。
ということで、この森を全て伐採してしまうことになったのだ。
因みに僕の仕事は、切り倒すものが大きな樹だけに下手に切り倒すと危ないと、あらかじめ樹の枝や上の方は空切で斬って、それを更に細かく、使える部分と使えない部分に分けることである。
「大変ですわね」
枝葉を切り取られ、すっかり丸裸となった巨木の間から差し込む夕日の中、落ちた枝を一箇所に集めていた僕に声をかけてくるのは、焚き火に手をかざすマリィさんだ。
一見すると森の中で焚き火というのは危険なようにも思えるが、さすがはエルフが大魔法で呼び出した森というべきか、この森自体が火に対する耐性が高いみたいで、ちょっとやそっとの火では燃え移ることもないと囚われのエルフ・アイルさんが教えてくれた。
何よりもこの森はあくまで魔法によって急遽形成された森だけあって、地面はもともとの荒野のままだから、落ち葉やらなんやらと燃えるものが少なく、地面から燃え移る心配も少なかったりする。
「まあ、ものが高品質な素材というだけあって、タダ働きじゃないってところはありがたいんですけど」
「しかし、木材ばかりこれだけあっても困るのではありませんの?
利用するにしても杖や弓くらいがせいぜいでしょう」
アダマンタイト製の鉈を使い、空切で落とした大きな枝の葉っぱや細い枝などを斬り落としていく僕に、マリィさんが聞いてくる。
「いま作ろうと予定しているのはマリィさんが言っていた杖に加えて木刀、あとは鎧なんかですね」
「万屋の方針からして木刀は理解できますけど。 木の鎧ですか……、大丈夫ですの?」
マリィさんが気にしているのは、自分が得意な火の魔法による攻撃だろう。ものが木製装備となると当然気をつけるべき点である。
しかし、この樹はもともと火属性への耐性が高い木材だ。普通に加工するだけでも、金属製の鎧までとはいかないものの、普通の木材を作るよりかは燃えにくい鎧が作れるハズだ。
そこに 鎧の表面にサラマンダーの鱗皮を貼り付けるとか、火に対する耐性を上げる処理してやれば安価で丈夫な鎧が作れると思うのだ。
そんなアイデアをひけらかしてみると、マリィさんは「成程、その手がありましたか」と感心したようにしながらも、
「しかし、それでも使い切れる量ではないと思うのですが」
うん。マリィさんの言う通り、杖に木刀なんかはちょっとした枝だけで十分な数を確保できるだろうし、鎧を作るにしても、巨木が一本でもあれば十や二十の鎧を作ることが可能だろう。
「だから装備品に他にも僕の世界の常連さんに素材のまま売りに出したり、新しい施設を幾つか作ろうという計画も考えているんですよ」
たとえば、ゲートを監視するエレイン君の為に小さな小屋を作ってあげるとか、マールさんが管理する畑の周りに柵を作ってあげるとか、そういう細々とした施設の建材として処理していけば良いのではないか。
「あと、魔王様の拠点にお城を作る計画もありまして、そっちの方でも大量の木材を使いますから」
魔王様達が暮らす地下空間に家を建てるのを手伝って欲しいというのは、前々からお願いされていたことだ。
いまのところ、地下空間の掘削作業を遅れているとのことで、本格的な建築材作りに取り掛かっていないのだが、その材料にこの森の樹がちょうどいいのではと僕は考えている。
エルフの村を追い出された魔王様の拠点に、エルフ達が生み出した素材を使うというのはある意味で皮肉ではあるのだが、これもまた因果応報のようなものなのかもしれない。
そんな話の流れから、
「そういえばマリィさんに預けた和室は大丈夫でしたか?」
以前、マリィさんに頼まれて作った組み立て式の座敷の使い心地を訊ねてみると。
「ええ、憩いの場として活用していますわ。
しかし、材料があるというのならメイド専用の座敷も作ってもらってもいいのかもしれませんわね」
「格安で引き受けますよ」
加工は簡単。組み立てはメイドさんに任せとなれば、必要なものは畳くらいなものだ。
作る施設の大きさに比べて、その費用は格段と安く仕上がるだろう。
「しかし、憩いの場といえばお風呂なんかも作ってもいいかもしれませんね」
「お風呂ですか?」
因みにマリィさんの世界では、僕達の世界の中世ヨーロッパ時代のように、宗教的、あるいは流行病に関する誤解により、お風呂文化が衰退するなんて事はなく、きちんとしたお風呂文化が根付いているのだそうだ。
しかし、マリィさんの世界には丸太を使った木風呂のようなものはないのだろうか、どうもピンときていない様子なので、
「ええ、丸太をそのままくり抜けば簡単に作れますからね。木のいい香りがしてリラックスできますよ」
たとえば、いまエレイン君の一人が切り倒そうとしている、このどこぞの神社のご神木くらいありそうなこの丸太。
これを使えば、温泉旅館ならメインになりそうな一枚板の木風呂が簡単に作れそうだ。
まあ、木のお風呂は掃除が面倒だと聞くけど、幸いにも魔法世界には〈浄化〉という便利な魔法がある。風呂掃除には困らないだろう。
しかし、そんなことを言っていると風呂掃除に〈浄化〉を使うくらいなら自分の体に使って体を綺麗にしろという人もいそうなのだが、〈浄化〉は〈浄化〉のいいところ、お風呂はお風呂のいいところ、それぞれにいいところがあるのだ。そして、それは比べられないものであって、せっかく眼の前にちょうどいい素材があって、それが作れるのなら躊躇うことは無いのだ。
それに、たとえマリィさんが木のお風呂を気に入らなかったとしても、うちに設置すればいいし、なんなら森で暮らす魔女さん達に格安で譲っても問題ないハズだ。
いや、この樹の価値を考えると、むしろこの樹そのものを魔女さん達が欲しがるのかもしれない。
すると、一回望月さんあたりにお伺いを立てておいたほうがいいのかもしれないな。
僕が何気ないアイデアから思い至った樹の販売先に思案を巡らせていると、マリィさんは木で作られるお風呂に意識を傾けていたみたいだ。
悩ましげな顔をして、
「リラックスですか。お風呂が気持ちいいことは私も理解しているのですが、わざわざ新しく作る必要はあるのです?」
「だったら小さめの試作品を一つ作ってみますか。実際に体験してもらえばその良さが分かってもらえるかもしれません」
作るの自体は難しくないし、マリィさんに試してもらった後はテント施設の一角にでも置いておけば、誰かが興味を持って使ってくれるかもしれない。
ただ、その時には元春にバレないようにしないければならないだろう。
でないと絶対に覗こうとするだろうしね。
いや、覗き防止用の結界を張ればそれで解決か。
ともあれ、その辺りの方策はソニアに相談するとして、
「そうなると、ちゃんと良さげな樹を探しておかないとですね」
「どれでも同じような気がするのですが……」
たしかに周囲の樹を見る限り、マリィさんのおっしゃる通りなのかもしれないが、それでも風呂とあらばこだわらざるを得ないのが真の日本人というものである。
手近なところで風呂桶に使えそうな樹はないかと僕は周囲の森へと視線を巡らす。
すると、そんな僕の視線を追いかけるようにして改めて気になったのだろう。マリィさんが聞いてくるのは、
「しかし、この森を処理するのにはそれなりに時間がかかりそうですわね。どの程度の広さになりますの?」
「カリアが調べたところによると、半径にしてざっと二キロくらいはあるみたいですね」
面積にしてだいたい13平方キロメートル。とあるドーム球場が260個以上は入る計算となる。
その中に生えている樹ともなると、その大きさから数が少なくなっているとはいえ、最低でも2000本以上と溜息が出るくらいの量になってしまうのだ。
「それだけの森を全部切ってしまいますの?」
「ですね。マリィさんもご存知かと思いますが、この樹には念波妨害の効果もあるみたいですし、魔獣に逃げ込まれてしまうと厄介ですから」
魔獣や盗賊などが紛れ込んできたりするこの世界では、見通しのいい荒野が案外都合がいいことにこうなってから改めて気付かされた。
そして、この念波妨害という力がまた厄介なもので、
「変な効果が付与されていなかったら、少しくらいは残しておいてもいいかとも思ったんですけどね」
「たしかに魔法窓の機能の一部が使えなくなるというのは、あまり面白くありませんわね」
手元に魔法窓を浮かべたマリィさんが言ってくる。
基本的な機能に問題はないのだが、ゲートの遠隔操作やエレイン君達との情報共有、インターネットの利用など、この森が残っているとそれら一部の機能に障害が生まれてしまうのだ。
まあ、その障害も、全てが阻害されるのではなく近距離とか、魔力のラインを利用した有線操作なら余り問題はないみたいなのだが、戦闘中にゲートの結界を利用する時とか、そういった場合にエラーが出てしまったら命取りになってしまう。
そんな理由から、この樹は全て伐採しなければならないと改めて説明している間にも、エレイン君がまた一本、切り倒す寸前までもっていったようだ。
ウイィィンとエンジン音が止まると同時に僕達の手元に警告のフキダシがポンと浮かんだので、
「あ、倒れますから気をつけてくださいね」
念の為と〈イベントリ〉から選択した〈|自在盾〉を発動させて、その後ろにマリィさんを避難させる。
ズズンと横倒しになる巨木。
後はエレイン君に任せておけば、工房への運搬から魔法による乾燥、そして使いやすい大きさへの裁断をやってくれる。
そんな作業が進められる傍ら、置かれたチェーンソーにマリィさんが興味深げな視線を送っていた。
やっぱり興味があるのだろうか。
うん。もしかしなくても、これは後で似たような魔法剣を作らされるんだろうな。
僕はマリィさんの獲物を狙う鷹のような目線にそう思いながらも、
「伐採も一段落したみたいですから、ちょっとおやつにしますか」
「こんなところでおやつですの?」
「ええ、こんなところだからです」
時刻は現在午後四時半、おやつとしては遅い時間となっているのだが、このおやつには少々手間がかかる。
僕はマリィさんの疑問にそう答えながら焚き火に近づいて、火の傍に置いてあった大きめの火ばさみを手に取ると、焚き火の中からアルミホイルい包まれたそれを取り出し、軍手と一緒にそれを渡す。
「これは焼いたお芋ですの?」
「ええ、僕達の国の冬の風物詩みたいなものですね」
そういえばサツマイモはどこをどうやって伝わってきたものだったかな、そんなことを考えながらも銀紙から取り出したサツマイモを二つに割る。
ねっとりとしたオレンジ色の中身に溢れ出す密。
実はこのサツマイモ、母さんのお気に入りのサツマイモで、毎年この時期になると母さんの知り合いという人が大量に送ってきてくれるのだ。
焼き芋マシーンで毎日食べても食べきれないというので、毎年、切り干し芋を作ったり、元春やらなんやらとお裾分けをしたりしているのだが、今日は樹の伐採があるということで、手頃な枝を魔法で乾燥させて作ってみようと持ってきてみたのだ。
「熱いですから気をつけて食べてください」
と、お互いにはぐっと齧りついた瞬間だった。マリィさんが歓声を上げる。
「な、なんですのこのお芋は、味付けもしていないのにこの甘さ、砂糖でも錬金していますの!?」
魔法がある世界らしい独特の言い回しだな。僕はマリィさんの感想に苦笑しながらも。
「たぶん育て方や品種改良の成果だと思いますよ」
「はぁ、錬金術もなしにこれだけの食材を生み出してしまうとは、虎助の世界もある意味で凄まじいですわね」
言うと、マリィさんは感心したようにまた一口サツマイモを頬張り、僕はその一方で、焼き芋片手に焚き火から焼き上がった芋を取り出すと、アルミ製の容器にそれをしまっていく。
すると、それを見たマリィさんが聞いてくる。
「あの、虎助。そのバケツのようなものに入れている焼き芋はどういたしますの?」
「ああ、これは母さんや元春に渡す分ですけど」
これはちょっとした保温機能が施されたマジックアイテム。
前にマリィさんが中華まんを持ち帰ろうとした時に上手い保温方法がなかったということで、万屋のデータベースからよさげな魔法式を探し出して、作っておいた魔導式保温ポットだ。
今回、焼き芋を僕達二人だけで食べたと知られたら、後で母さんやら、義姉さんやら、元春やらに何を言われるかわからないと持ち帰ろうとしている訳だ。
しかし、そんな僕の気遣いに対してマリィさんが言う。
「も、元春へのお土産は必要ないのではなくて」
マリィさんの場合、元春に文句があるというよりも自分の分を確保したいんだろうな。
「まだまだたくさんありますから、よかったらマリィさんの分のお土産も焼きますよ」
マリィさんの慌てっぷりからそう思った僕がそう言うと、マリィさんは花が咲くような笑顔を浮かべて、「それならば――」と大量のサツマイモを追加注文をする。
その後、他にブランド物のさつまいもがあると知ったマリィさんが、通販でいろいろとお取り寄せしたことは言うまでもないだろう。
女性が焼き芋を求めるのは異世界でも通じる常識であるらしい。
◆前日は元気でも次の日になるといきなり風邪を引いてるあれはなんなんですかね。
という訳で調子がめっちゃ悪いです。
一応、次回は水曜日に投稿予定ですが遅れてしまったらごめんなさい。