お白州・エルブンナイツ編
◆今回は長めのお話となっております。気をつけてお読みください。
ディタナンとの戦闘から三十分、エルブンナイツの残党の後始末に、倒したエルフの回収、そしてその治療と、ぜんぶ済ませた後で、意識がはっきりしているエルフだけを正座させた僕達は、彼等の今後についての話し合いをしていた。
「それで彼等の処遇はどうしますの?」
「どうしましょうか?」
「どうすんだ?」
因みにこの場には、エルブンナイツがこの世界にやってきた時に万屋にいたメンバー全員が集まってきている。
戦いが終わって自然と集まって来たということもあるけど、マリィさん達にはいろいろと迷惑をかけましたということで、何か報酬を払わなければと思ったからだ。
とはいえ、まずはエルフ達を処分と彼等がどうやってこのアヴァロン=エラにやって来れたかを聞かなければならないだろう。
魔王様を狙って毎度ここに来られても迷惑だからね。
ということで、その辺りの事情をエルフ達に尋問してみると、
なんでも、エルフの暮らす森の周囲には人を迷わせる魔法の結界が張られているそうなのだが、最近、その結界の一部が何らかの影響によって変質、次元の歪みが発生してしまっているのだという。
彼等はそこを通ってここに来たとのだそうだ。
そういえば、賢者様のところのゲートも、ホムンクルスの製造に関わる魔法実験の失敗で出来てしまったものだったっけ?
彼等が通ってきたゲートもそういう風に出来たものなら、常時移動可能な次元の歪みがまた一つ見つかったことになるのかな。
だとしたら、この先、ことある毎にエルフ達がアヴァロン=エラに攻め込んでくるかもしれないってことなのか。
また面倒な。
僕が新たに発覚した問題に、本当にエルフっていう種族はどこまでも面倒事を増やす人達だな――と渋い顔をしていると、ホリルさんが「じゃあ、ふつうに死刑でいいんじゃないの。こいつらを元の森に帰してまた戻ってきてもらっても困るでしょ」と過激な提案をしてくるが、
しかし、次元の歪みの発覚を逃れる為に人死を出してしまうのはいかがなものか。
まあ、今回、エルブンナイツがこのアヴァロン=エラでしでかしたことは確かに刑罰を与えるのに値するが、さすがに死刑というのはいきすぎだと思う。
僕がホリルさんに意見しようとしたその時だった。
本当にこういう人は長生きするんだな。デュラハンエルフに心臓付近を貫かれながらも、奇跡的に致命的な傷を負っていなかったこのエルフが文句を言ってくる。
そう、未だ名も知らない中年エルフだ。
「人族や忌み子と一緒に我等を貶める相談をするだと。貴様にはエルフとしての誇りはないのか!?」
「エルフとしての誇り? そんなものがあるならこんなケチくさいことをするかしら?」
場をわきまえない中年エルフの文句に、ホリルさんが見せてくれたのはとある魔法陣の映像だった。
曰く、この魔方陣は、エルブンナイツの数人がゲートのすぐ傍にコソコソと作っていた魔法陣らしい。
そして、この魔方陣は、ホリルさんが知る限り、エルフにとって重要な、精霊石なるアイテムを作り出す魔法式だそうで、賢者様の世界にあるドロップも、この魔方陣を改造したものが使われているという。
おそらくは、エルブンナイツはこの魔方陣を用いて、アヴァロン=エラの地脈からエネルギーを吸い出して、特殊な魔石を作り出そうとしていたのではないかというのがホリルさんの推測である。
まあ、精霊石とか、それに付随する話はホリルさん達の世界に暮らすエルフに伝わっている技術からの想像になるが、魔法陣としてはほぼ同じものなので用途はそんなに変わらないだろうということだ。
「ってことは、つまり――、コイツ等はここのエネルギーをパクリにきたってことっすか!?」
「そうね。たぶんそこに転がってるバカから、アヴァロン=エラに豊富な魔素が存在していると聞いて、この計画を立てたってところなんじゃないかしら」
すると、エルブンナイツからしてみたら、魔王様の件はことのついでだったってことになるのかな。
「誇り高き森の賢人が聞いて呆れますわね」
珍しく冴えている元春の言葉に、ホリルさんが足元に転がるエルフの剣士をつま先で小突きながらも頷き、マリィさんが大袈裟に肩を竦めてみせる。
そして、その予想は概ね間違っていなかったみたいだ。
「き、貴様ら――、我々の崇高なる目的を愚弄するというのか!?」
語るに落ちるとはこのことか、逆ギレ気味に自白をしてしまう中年エルフ。
そして、残念な中年エルフの声を先頭にエルブンナイツが騒ぎ出す。
一部のエルフは自分達が置かれる立場がわかっているようで静かにしているものの、殆どのエルフは自分達が縛られ正座させられるというこの状況が気に入らないみたいだ。
ここが攻め時だと言わんばかりに、あからさまに上から目線の待遇改善を要求してくるんだけど。
でも、そんなに身勝手なことばかり言っていると――、
「五月蝿い」
一言。ホリルさんが近くに居たエルフの顔面を軽く蹴り飛ばす。
しかし、蹴り飛ばされた側のエルフの被害は甚大だった。
錐揉み状態で吹っ飛んでいき、近くの大木に激突してしまったのだ。
ビタンと体をくの字に曲げたエルフがそのままピクリとも動かなくなってしまう。
この結果にはさすがのエルフ達も絶句するしかなかったようだ。
潮が引いたかのように静まり返るエルブンナイツ一同。
かたや、賢者様や元春からしてみるとホリルさんの暴れっぷりは今更なので、『あ~あ』と言わんばかりの表情をしている。
そして、僕はというと、
「ちょっとホリルさん。やりすぎですよ。死んでしまったらどうするんですか」
「手加減したから生きてるわよ」
このアヴァロン=エラにやってきたお客様がブラックリスト入りしてしまうと、アヴァロン=エラの加護を十全に受けることはできない。
そんな状態の人が無抵抗に蹴り飛ばされた場合、最悪死んでしまうことだってあり得るのだ。
僕はホリルさんに注意しながらも吹き飛ばされた彼を治療しようと走り出す。
そして、マジックバッグから取り出したポーションをドボドボと振りかけ、後の始末をエレイン君に任せ、皆のところに戻ろうかと振り返ったところで、
「あっ」
こちらを見ていたマリィさん達の背後に魔力の高まりを感じる。
どうやら反骨精神あふれるエルブンナイツの数人が、自分達から注目が外れたのをチャンスと見て、攻撃魔法を放とうとしているみたいだ。
しかし、僕達は慌てない。
エルフ達がいざ魔法が発動されようとしたその直前、彼等を縛っているロープに魔力光が灯り、魔法を使おうとしていたエルフ達がその場に倒れてしまうことを知っていたからだ。
「な、なにが――」
突然倒れてしまった仲間に驚くエルフ達。
僕は彼等がなぜ倒れてしまったのか、小走りで駆け寄りながらその理由を説明する。
「そのロープに魔力を吸い取る素材が錬金されているんですよ。
だから、魔法をうかつに使おうとすると魔力を吸われてこうなっちゃうんです」
そう、彼等を縛るロープには、以前、この世界で体調不良騒ぎを引き起こした謎の魔石が錬金されている。
だから、魔法を使おうとすると、そのロープに魔力を吸い取られ、倒れてしまうのだ。
因みにこの現象をりようすれば簡単に魔力を鍛えることができるのでは――と、そんなことを思い付いたりもしたのだが、どういう訳かこの魔石で魔力を減らしたとしても魔力を鍛えることにはつながらなかった。
ソニアによると、それは許容量以上に魔力を消費した所為で、肉体に負担がかかった故の結果なのではないかとのことらしい。
わかりやすく例えるのなら、筋トレもやり過ぎると筋を痛める結果になってしまうのと似たような現象ってところかな。
と、そんな無駄な仕様も含めて、彼等を拘束するロープの正体をひけらかす僕の傍ら、ボキリボキリと指を鳴らすのはホリルさんである。
「本当にアナタ達は反省しないのね」
これはもう体に覚え込ませるしかない。ホリルさんが反抗的なエルフの頭に拳骨を落としていく。
そして、まだ気絶状態にある数人も含めて、エルフ達の頭にお揃いの大きなコブを作り出したところで、
「もう、無茶しないでくださいよ」
「無茶って、この馬鹿共に分からせてやるには、心を折るくらいの勢いでやらないと駄目なんじゃないかしら?」
「ですわね」
ホリルさんとマリィさんがしみじみと頷き合う。
そんなお二人の意見に、被害者側であるエルブンナイツが何やら言いたげな表情を浮かべるも、さすがにあれだけの力を見せつけられてしまったら、お馬鹿なことを言い出す困ったちゃんはいないようだ。
と、そんな感じでエルフ達が無駄口を叩かなくなったところで、僕は改めて、
「まあ、心を折るとかそういうのはアレとして、今回で後腐れがないようにしないといけませんよね」
魔王様の心の平穏を保つ為にはエルフ達の意識改革は必要不可欠。
「しかし、どうしたらいいでしょう。これが普通の相手でしたら契約魔法という方法もあるのですが、魔法の扱いに長けたエルフとなるとどうなんですの」
契約魔法。それは俗に隷属魔法と呼ばれる呪術の一種で、世界によっては奴隷魔法などとも呼ばれる契約の魔法である。
その強制力は、契約を結んだ際の条件にもよるのだが、相当な力を持つものだそうだ。
しかし、その対象が魔法に長けたエルフともなると、防御魔法および解呪されてしまう可能性が高い。
「といいますか、契約魔法って特殊な才能が必要なのではありませんでしたっけ?」
たしか契約魔法は、僕の〈誘引〉みたいにきちんと一つの特性と考えられていて、その特性を持つ人物しか使えない魔法だったと聞いている。
奴隷うんぬんという話は、かつて契約魔法の特性を持った人物が作った特殊な魔導器を使っているとかなんとか――、そんな話があったのでは? と訊ねる僕に、マリィさんが「ですわね」と答え、またこの男がしゃしゃり出てくる。
「だったらくすぐり刑なんてどうよ。あれって結構キツイ拷問らしいぜ。何日も何日もヤリ続けたら心だって折れるだろ」
「いいな。それ採用」
元春の提案に賢者様が『死刑』とばかりダブル指差し。
しかし、どうしてこの二人はそこまでくすぐりの刑をプッシュしてくるのか――、
それは、この二人をよく知る人なら、すぐに予想がつくだろう。
「却下ですわね。貴方達、刑の執行にかこつけてセクハラする気でしょう」
「どうせくすぐりの刑をするなら、そこの男をくすぐってあげなさいよ」
そう、元春と賢者様は女性エルフの体に触れたかったのだ。女性エルフの艶めかしい声を聞きたかったのだ。
つい数ヶ月前まではセクハラという言葉も知らなかったマリィさんから反対の声が上がり、ホリルがこの中で一番偉いだろう中年エルフに向けて顎をしゃくる。
そして、元春と賢者様が嫌そう顔を浮かべる中、ホリルさんは、魔剣の影響からか、回収してからずっと気絶状態にあるデュラハンエルフに視線を落として、
「取り敢えず、男共にはそこに転がってる馬鹿がつけてる腰巻きをつけてやればいいんじゃないかしら。アレをつけていれば一人でここに来られる心配はなくなるのよね」
もう何を言っても文句ばかり、面倒だからこれでいいんじゃない? そう言わんばかりのホリルさんにそこかしこから「悪魔め」という声が上がるが、
「僕としましてはその処置をするのは構わないんですけど、費用の方はどうしましょう?」
僕からしてみると、彼等がここに来たくないと思わせることができれば手段などどうでもいい。
だから、〈息子殺しの貞操帯〉を使うという方法は一つの抑止力として有効ではないかと思うのだが、さすがにこの人数分の〈息子殺しの貞操帯〉を無料で揃えるのはいかがなものか。
「資金はこのエルフ達が装備している武器や鎧を回収してしまえばいいのではなくて。
無駄に豪華な装備を着ていることですし、これを万屋で売却してしまえば資金の回収もできるのではありませんの?」
マリィさんが集められたミスリス製の武器や防具に目をやって、こんなアイデアを出してくれる。
しかし、そんなマリィさんのアイデアにエルフ達から驚愕と怒りの声を上がってくる。
そういえば、エルフ達にとってミスリルの装備は特別なものなんだっけ?
デュラハンエルフが自慢げに語っていたような気がする。
でも、ミスリルなんて万屋の施設を使えばわりと簡単に十トン単位で作れたりする訳で、
「言ってもミスリルですからね。そんなに高く買い取れませんよ。
それにエルフが身につけるような鎧をそのまま売るのは難しいですから」
ミスリル製の武具に〈息子殺しの貞操帯〉数セット分の価値はない。そんな僕の言い分にエルフ達はヒートアップ。罵詈雑言を飛ばしてくるのだが、彼等はデュラハンエルフに強制装備させた〈息子殺しの貞操帯〉がアダマンタイト製だということに気がついていないのだろうか。
そもそもエルフは人族と呼ばれる僕達よりもスレンダーで長身の人が多いのだ。
それが精鋭(?)と呼ばれるようなエルブンナイツならなおのことで、そんな彼等の装備をそのまま売りに出したとしても装備できる人が殆どいないのだ。
特に冒険者やら探索者と呼ばれる人達は筋骨隆々の人が多くて、売れるとしてもスカウトとか狩人やシーフなどと呼ばれる軽装の人達に限定されてしまうのだ。
こと女性冒険者に至っては、エルフ達の装備をそのまま売りに出したところで、なんでこんな使えない装備をと恨みがましい目線で見られてしまうのがオチなのだ。
集められた装備を確認しながらそんな話をしていたところ、ふと見覚えのある剣が目にとまる。
それは、デュラハンエルフが持っていた魔剣だった。
一見するとそれは、前に持っていたレイピアと同じものなのだが、
「そういえば、この魔剣はどこで手に入れたんでしょう」
「あら、その剣は魔剣ですの? 私には普通のレイピアにしか見えませんが」
僕の疑問にマリィさんが素直な感想を口にする。
「正確には魔剣だったっていうのが正しいのかもしれませんね。
いま持った感じだと、ただのレイピアに戻っているみたいですから」
「ええと、解呪などの魔法をかけたのではないのですよね。
にも関わらず魔剣が魔剣でなくなる。そんなことがあり得ますの?」
「さあ、僕の知る限りではそんな現象聞いたこともないんですけど――、
世界は広いですからね。もしかするとエルフにはそんな技術があるんでしょうか」
自然な流れで中年エルフに水を向けてみる。だが、彼は「フン」と鼻を鳴らすだけで何も答えてくれない。
「仕方ないわね。ちょっとそこの二人、お待ちかねのくすぐりの刑よ」
そう言ってホリルさん見たのは元春と賢者様の二人。
二人はホリルさんから下された突然の命令に『えっ!?』と驚いたような顔をして、
「いや、おっさんにくすぐりの刑をするのはどうなんすか」
「だよなぁ。どうせならこっちのプライドが高そうな女の子の方が――」
それぞれに気が進まないと呟き、どうせなら女性エルフに聞いてみてはと提案するのだが、
「いいから。やりなさい」
ホリルさんに凄まれては逆らえない。
諦めたように肩を落とした二人は、あからさまに気が進まないといった足取りで中年エルフに近づいて、
「おい、貴様等、私に何をするつもりだ。おい、おい――――――――、 くっ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――フゴッ、キッ!! おい、やめろ。やめるんだ。ハハ、ひっ、はぅん――と、ハハハハハハハハハハ。 ん、ハァハァ、やめ、は、ハハハハハハハ、アハハ、あふん。 助けて、もう、やん………………、止めて、お願い……」
「なら、この剣の事を詳しく教えてくれるかしら」
「ハァハァハァハァ……………………」
「ふぅん。答えないんだ。だったら二人共、くすぐり再開」
「……まだやるんすか」
「何か文句でもあるのかしら?」
「いや、そういう訳じゃねぇんだけどよ」
「なら、さっさとくすぐり!!」
「ハァ、しかたねぇな。やるぞ元春少年」
「……イエッサー」
(只今、お見苦しい映像が流れております。しばらくお待ち下さい……)
と、そんな感じで、薄暗い森の中、薔薇色の痴態が繰り広げること十数分、中年エルフから聞き出せたのは、そのレイピアがエルフの剣士が一人前になった時にもらえるものであり、デュラハンエルフはとあるコネからそのレイピアを手に入れたそうだが、それそのものはエルフの魔法鍛冶が鍛えた通常のものなのだそうだ。
結局、魔剣化した原因は分からず終い、元春と賢者様の精神力を削っただけに終わってしまったみたいだ。僕達はそんな二人の状態から目を背けるように検証を再開させる。
「考えられるとしたら、前にアヴァロン=エラにやって来た時に、こっぴどくやられた彼の恨みがその剣を魔剣化させた可能性ですかね」
「ですが、そんなことで魔剣が誕生していたら、世の中、魔剣だらけになってしまいますわよ」
基本的に魔剣が生まれる背景には目を覆いたくなるような悲劇が存在している。
デュラハンエルフがアヴァロン=エラを訪問した際に、どれ程の恨みを抱いたのかは分からないが、僕達としては、それがミスリルの剣を魔剣に変質させるには軽すぎる恨みとしか思えなかった。
「魔王様はどう思います?」
かつて魔王様は魔剣を沢山持ち込んでいた。その辺の事情に詳しいのではないかと話を振ってみると。
「……ライラが言っていた。魔素が濃い場所だと魔剣になる場合が多い。でも、それには剣の寿命が重要」
ふむ、そのライラさんという人がどちら様なのかは知らないけれど、若い剣では簡単に魔剣が出来ないと。
「つまり、どーゆーこった?」
「原因不明ってことだね」
「――って、俺等くすぐり損じゃねーかよ」
僕達が出した結論に元春が叫ぶ。
しかし、元春がいくら文句を言ったとしても事実は変わらない。
結局、どう転んでも僕達だけでは結論なんか出せないということで、後の見分はソニアに丸投げ、僕達は話を本題に戻す。
「それで、男性殺しでしたか――例の魔導器はどういたしますの?」
「そうですね。一部のミスリル製品を魔法式の研究資料として買い取るとして、残りはインゴットに錬成し直して売り出すしかないでしょうね。〈息子殺しの貞操帯〉も使う素材のランクを落としてやれば、人数分揃えるのは難しくないと思いますから」
まあ、その分、デュラハンエルフに装着したアダマンタイト製のものよりも強度は落ちるんですが――、僕はマリィさんの質問にそう答えながらも、この場にいる男性エルフ分の〈息子殺しの貞操帯〉を工房のエレイン君に発注する。
「それで女性のエルフはどういたしますの?」
次にマリィさんが聞いてきたのは女性エルフの対応だ。
因みにエルブンナイツの三分の一は女性である。
僕は真の男女平等主義者ではないのだが、男性エルフだけがあんな物をつけられて、女性エルフがなにもないというのはあまりに差が大きすぎるのでは?
そんなマリィさんのご意見にここでまたこの男が手を挙げる。
「やっぱりくすぐりの――」
「却下ですの」
素気なくその提案を却下されてしまう元春。
だが、彼は諦めない。
「じゃあ、俺が前に戦ったディストピアに放り込むってのはどうなんすか?」
「前に戦ったって――、もしかしてアレ?」
「そう、アレだ」
ニヤニヤと笑う元春に僕は頭痛をこらえるように額を抑える。
そんな僕のリアクションを不審に思ったのだろう。ホリルさんが「二人だけでわかってないで説明して頂戴な」と言ってくるので、僕は気が進まないながらも元春が主張するアレの説明をしてみたりする。
「ホリルさんはローパーって魔獣を知っていますか? なんていうか、触手がうねうねとしていて、ザ・女性の敵みたいな魔獣がいるんですけど。 元春はそのローパーがいるディストピアに彼女達を送り込んだらどうだって言ってるんです」
はたして真の女の敵はどちらなのか。
そんな僕の説明を聞いた賢者様が「オイオイ。そりゃ、ナイスアイデアじゃねぇかよ」と、喜び勇んで元春の意見に賛同する。
だが、そこに、ホリルさんが「ナイスアイデアじゃないわよ」と物理的なツッコミをカットイン。
因みにアニマさんは基本的に賢者様のやることに全肯定なようなので、ホリルさんにぶっ飛ばされた賢者様を「マスター。大丈夫ですか」と助けに行き、それを見て元春が羨ましそうにするのが、最近のパターンだったりする。
「でも、ディストピアに放り込むっていうアイデアだけはアリなんじゃない?」
実はホリルさんは魔王様との精霊魔法修行を行う内に、それ以外でも自分を鍛えられる方法はないかと、一般(?)のお客様には薦められないような高難易度のディストピアに挑むようになっていた。
「私がチャレンジした古龍のディストピアなんかいいんじゃないかしら?」
「どうでしょう。いくら相手が強い龍種でも、これだけの人数が揃えば、犠牲を払って何人かを逃がすことも可能ですからね」
ホリルさんが提案した古龍のディストピアとは、僕がこの世界に来る前にアヴァロン=エラに流れ着いた超巨大なドラゴンの頭蓋骨を加工した作ったディストピアのことである。
ホリルさんはゲームでいうところのレイドボスのような巨大古龍のディストピアに、エルブンナイツを送り込めば万事解決というのだが、あのディストピアには無理だと思った場合、簡単に対比できるように脱出の魔法陣が用意してあるのだ。
「それに女性エルフだけを送り込むのはちょっと厳しすぎませんか?」
「うん? 誰が女の子だけって言ったのよ。私は皆を送り込めばいいんじゃないってそう言ったんだけど」
聞いてみると、ホリルさんとしては、もう話がここまできてしまったら、男女平等とかそういうのはどうでもいいみたいだ。男性エルフに〈息子殺しの貞操帯〉をつけることには変わりないが、女性エルフには特にリスクを負わせずにディストピアに放り込めばいいじゃない――と言い切った。
しかし、それには一つの問題があって、
「でも、この人達の為に古龍のディストピアを一つ潰すのは勿体なくありません?」
「それは、確かにそうですわね」
「あら、ディストピアって人数制限とかあったりするのかしら?」
「いえ、あのディストピアの場合は定員の問題はありません。しかし、あんまり多くの人数を詰め込んでしまってまかり間違って誰かにクリアされてしまいますと、その瞬間に中にいる全員が元の世界に戻ってきちゃうんですよ」
「ああ、このお馬鹿さん達にあの龍が倒せるとは思えないけど、それはちょっと面倒ね」
ホリルさんは未だ古龍のクリアに成功していない。(そもそも単独でクリアできるようなレベルのディストピアではないのだが)その状態でエルブンナイツを古龍のディストピアに閉じ込めるのは、ホリルさんの修行にも影響が出てきてしまうのだ。
それに、問題ならまだある。
「あと、これはホリルさんが始めに言った過激な策の反発にもなるんですけど。全員ディストピアに閉じ込めてしまったら。それを探しにまたエルフがやって来ちゃうのではないでしょうか」
「確かにそれはそうね」
そうなってしまっては、当初の目的、エルフがこの世界に来るのを防ぐことには繋がらない。
そう指摘する僕に今度はマリィさんが、
「でしたら、こういう作戦はどうですの。その古龍のディストピアではなく、ここにいるエルフの誰かに持ち運び可能なディストピアを持たせて元の世界に送り出すのです。捕まえているエルフがディストピアの中にいると知らせれば、ここを攻める危険性を知らしめることができると思うのですがどうでしょう?」
成程、それなら余計な管理をこっちでしなくてもよくなるし、エルフの側への牽制にもなるか。
ただ、その場合は、送り込むエルフの人選と持っていくディストピアの値段やその収容人数、そして難易度が問題になるかな。
そうなるとだ。うん。ここはソニアに相談すべきところだよね。
そう思った僕は「一度、なにかいい感じのディストピアがないかソニアに聞いてみます」と断りを入れて、いったん工房に戻ってソニアに相談をしてみる。
念話通信が使えない今、実際に行って聞いてこないといけないからだ。
すると、どうやったのか、ソニアもこっちの状況はだいたい把握していたみたいだ。
工房の入り口で待ち構えていたソニアは、ついさっき話題に上がっていた魔剣と、上位のスケルトンをかけ合わせれば、難度が高くて素材価値の低いディストピアを新しく作れるんじゃないかという。
そして、収容人数の問題も上位アンデッドが持つ眷属召喚の特殊能力を利用すればなんとかなるんじゃないかということだ。
と、そんな訳で約一時間後――、
「ディストピアってけっこう簡単に作れる魔導器なのね」
「いや、こんなに簡単に作れるのはオーナーくらいなものじゃないんですか」
漆黒の刀身に骸骨の腕が絡みつくという、いかにも呪われた剣という感じのディストピアに感心したように呟くホリルさん。
しかし、そもそもディストピアそのものがソニアのオリジナルの魔導器ということに加え、その製法は門外不出のもので、ソニアでもアヴァロン=エラという環境下でなければ、これほど簡単に作れはしないのだ。
「では、一人一人ディストピアに送り込むとして、持ち帰る役目は誰にしましょうか」
「そうね。この子でいいんじゃないかしら」
準備が整ったところで、『残すエルフは誰にしましょう?』と、そんな僕の問いかけに、ホリルさんが押したのはアイルというエルフの女性だった。
なんでも彼女はホリルさんが直接戦った相手であり、その戦いぶりから、なにか思うところがあったのだろう。彼女以外にありえないと指名するのだが、
「私にはその資格がありません。役目は別の方に――」
「却下よ。私が決めたんだからアナタがなさい」
彼女も彼女で思うところがあるのだろう。エルフの里に対するメッセンジャーの役目を辞退しようとするが、ホリルさんはその意見を遮って、にらみ合うこと数十秒、根負けしたのはアイルの方だった。
「わかりました。貴方様の指示に従います」
そして、ようやく話がまとまろうとしたその時、また空気を読まないお馬鹿さんが現れる。
「待って、なんで僕達の処遇をお前達が勝手に決めるんだ」
口を挟んできたのは僕を殺そうと奇襲をかけてきた優男風のエルフである。
しかし、今更そこにツッコミを入れますか。
ついさっきまで麻痺弾の連打を受けた所為で気絶していたが故にだろう。明らかに空気の読めてない優男エルフの発言に、その他大勢のエルフから非難の視線が向けられる。
そして、彼の意見が通ることは決してない。
何故ならこの人が前に出てきたからだ。
すっと軽やかな動きで一歩前に出てにニコニコと笑顔を浮かべるホリルさんに、優男エルフが不思議そうな顔をする。
だが、次の瞬間、その顔は真っ青に染まる。
ホリルさんが正座状態で座る優男エルフの大事な部分をおもいっきり踏み抜いたのだ。
泡を吹いて倒れる優男エルフ。
他のエルフの男達は――いや、それは僕達も同じか、薔薇の花が散るように倒れゆく優男エルフに顔を歪める。
そして、文句を言うエルフは誰もいなくなった。
ホリルさんの肉体的な説得によって、エルフ達が大人しくなってくれたのだ。
と、こうなると後の始末はスムーズに進めることができる。
さっそく刑の執行に移ることとしよう。
これ以上、彼等に対応に時間を取られてしまったら通常業務が滞ってしまうからね。
実際、ディタナンとの戦闘後、エルフの回収を行っている際に一組、お客様がやって来てしまったのだ。
まあ、その対応はゲートにつめるエレイン君がしてくれたので、なんとか事なきを得たのだが、いつまでもグダグダと彼等にかまっている暇はないのである。
だから僕は、ホリルさんがエルフ達の文句を強引に封じ込めたのをチャンスと、エレイン君によって運ばれてきた魔剣を使ってエルフ達をディストピアに送り込んでゆく。
一部、デュラハンエルフやレンロンなど、まだ気絶しているエルフもいたりするのだが、ディストピアに送ってしまえば勝手に回復するだろう。多分。
僕がソニアがディストピアを作っている間に量産された〈息子殺しの貞操帯・改〉を装着しなければならない男性エルフを後回しに、女性エルフを一人一人にディストピアをかざしていく。
すると、マリィさんがふと思い出したかのように「あら」と呟いて、
「そういえば、発動状態に入った魔導器に振れるとディストピアに強制転移させられてしまうのではありませんの? それに、ものが魔剣とあらば持ち運ぶのも危険ではなくて」
「ああ、その辺りはソニアも考えてくれたみたいで、刀身に触らなければ大丈夫なように改良してくれているみたいですよ。 だから、持ち運ぶこと自体は難しくありません。もちろん魔剣としての能力も同様にです」
因みに魔剣の効果は狂戦士化だ。
限界以上の力を引き出して、生身の人間が使ったのなら一度の仕様で体がボロボロになってしまうというベタな魔剣である。
だが、今回この魔剣の使い手になるのはヴォルフガングという名前持ちのスケルトンアデプトだ。
ただでさえ厄介な魔物なのに、バックヤードに収められている間に大量の魔素を吸収したその骨格は魔法金属化を引き起こしており、エルフの相手にふさわしいミスリル合金に変質しているとのことで、人間型の敵としてはかなり高い難度のディストピアに仕上がっているらしい。
ということで、ディストピアとして使えば安全な魔剣を使って、結構な時間をかけてアイルさんを除くエルフをディストピアに送り込み。
「後は経過観察ですね」
「経過観察?」
「もしかしたら彼等がこのディストピアをクリアする可能性もありますから」
「送られてきたこの仕様を見るに、そりゃ無茶だろ」
僕も元春の言う通りだとは思うけど、人間やってやれないことは無いという。
ここにいるエルフ達はナイトを名乗るのもおこがましい連中だけど、もしも、彼等の中からホリルさんのようなエルフらしからぬ超戦士が現れたら、決してクリアできない難度ではないのである。
だから、
「アイルさんでしたよね。経過観察の間はここで身元預かりという形になるのですが、よろしいでしょうか?」
「敗者は黙って従うとしよう」
そして、僕がエレイン君達を使いに出して、アヴァロン=エラにいる間、彼女が泊まる場所を用意する傍ら、ホリルさんがいいことを思い付いたとばかりにこう言うのだ。
「折角だから鍛え直してあげるわ。アナタの事情は知らないけれど、彼等と一緒にきたのだからそれなりの罰を受けてもらわないとね。それにアナタには今回のようなバカが現れないようにしてもらわないと困るしね」
エルフとしてはまっとうな考え方を持っている彼女を鍛えてエルフの里に対する抑止力にする。
ふむ、いい考えかもしれないな。
「でしたら、母さんも呼んでみましょうか」
「おいおい、そりゃヤバくね。もしも、彼女が裏切ったら――」
うん。母さんに鍛えられた人が敵になる。これ以上の驚異はないだろう。
「でもさ。もしそんな事になったとしたら、それこそ母さんが許する思う」
「おおう。確かにそうだよな」
弟子の不始末は師匠の不始末。
もしも、自分が鍛えた誰かが悪さをしたら、それこそ母さんの本領発揮となってしまうのだ。
まあ、ホリルさんの推薦でもあるし、たぶん大丈夫だとは思うんだけれど、僕としては母さんが出てくるような事態にならないことを願うばかりである。
◆スケルトンアデプト……生前に達人クラスの職業実績を持っていた人物の遺骸が、長年、濃密な魔素にさらされることによって生み出されたスケルトン。
誕生と同時に、元となった素体に適合する武器が魔素によって生成される為、武器を見れば元が何の達人であったかを判別できる。
今回、ディストピア形成の為に使用したスケルトンアデプトの右腕は、ディストピアに加工する前、ずっとバックヤードに保管されていたことから、本来のスケルトンアデプトから更に変質した状態になっている。
〈眷属召喚〉……上位アンデッドが持つ死霊術の一種。自分の配下であるアンデッドを呼び出し戦闘に加えることができる。
今回、ソニアはこの特殊能力を利用してスケルトンアデプトのディストピアを定員無制限のディストピアに改造した。
具体的には、今回、ディストピアのシンボルとして使ったスケルトンアデプトの右腕に同格であるスケルトン系魔獣の素材を錬金合成して強化させると共に、素材に使われたスケルトンを眷属化。スケルトンアデプトの前座として戦わせる事ができるようになった。
これにより挑戦者は数体のスケルトンを勝ち抜いてようやくスケルトンアデプトに挑まねばならなくなり、定員の問題が解決されることになる。