守護精霊ディタナン・後編
◆あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
目の前で爆弾が炸裂したかのような衝撃が僕の体を突き抜ける。
一体何が起こったのか。
そんなことを考える暇もなく、僕は紙くずのように吹き飛ばされ、爆心地とも呼べるその跡地からすぐ傍にある巨木に強か体を打ちつけられる。
吐血。
打ち付けられた衝撃で内蔵にダメージを受けてしまったみたいだ。
しかし、それ以上に足のダメージが深刻だった。
ガクリと落とした視線の先で、完全に潰されてしまっている両足を見つけてしまったのだ。
支えるものがない僕の体が地面に崩れ落ちる。
潰された足が地面に触れて、強烈な痛みに意識が飛びそうになるが、いまは痛みに悶ている場合じゃない。
何故なら敵の攻撃がいまの一撃で終わりだなんてことはあり得ないのだから。
僕は敵の動きを確認することなく、そのまま不格好にも前転するようにして、腕の力だけで自分の体を宙に跳ね上げる。
無理矢理に腕の力だけで飛び上がった為に、腕の筋肉が悲鳴を上げるが関係ない。
直後、巨木が重なり合って形成されているような巨大な拳が、僕が今までいた地点に爆音とともに振り下ろされる。
危なかった。
僕は敵の攻撃を回避したのを確認すると、空中でマジックバッグから魔法薬を取り出して、一息にそれを煽り飲む。
口内に広がるのはやや酸味があるペリー系の甘さ。
僕が飲んだのはドライアドのマールさんの本体から採取できる生命の果実を使ったエリクサーだ。
体内に取り込まれたエリクサーがその効果を発揮、ぐちゃぐちゃに潰れていた足が光に被われて、まるで高速の逆再生映像を見るように、足が元通りに戻ってゆく。
それと同時に筋肉の断裂に悲鳴を上げていた腕までもが回復。
着地した僕は振り返り、敵の姿を確認する。
見上げるそこにはモルドレッドにも負けないくらい大きな植物の集合体があった。
あれはなんだ?
いや、あれがエルフ達が話していたディタナンに違いない。
しかし、彼等は守護精霊と言っていたが、これは明らかにゴーレムじゃないか。
どちらにしても、これは一度エルフ達にその詳細を訊ねなければならないだろう。
僕は近くにいた四人のエルフを探して視線を巡らせる。
だが、破壊され尽くした周囲に人影は見当たらない。
もしかすると、あのディタナンと思われる巨大ゴーレムの攻撃に巻き込まれてしまったのか。
それとも、血だけではなくエルフ達も取り込まれてしまったとか。
さまざまな想像が脳裏に浮かぶが、確証がない以上、これと決めつけるのは危険だろう。
それよりも、今はこのディタナンをどうするのかを考える方が先である。
しかし、念話通信は現在使えない状況で僕にできることはそう多くはない。
仕方ない。ここはエレイン君達か誰かがディタナンの出現に気付いて、ここに来るまで僕が足止めをするのが一番だろう。
そう思って装備を取り出して、いざ行かんと踏み足に力を込めたその時だった。僕の視界内に半透明の少女がふわり現れる。ソニアだ。
『やあ、大丈夫だったかい』
「おっと、ソニア。ソニアが自ら出張ってくるなんて珍しいね」
急なソニアの登場に軽く驚く僕。
しかし、ある意味でこれは都合がいい。
相手が魔法によって生み出されたものならば、ソニアに聞けばおおよそ分かるだろうからだ。
「で、ソニア。アレがなにか分かるかい?」
『あれは召喚系のゴーレムかな。ベルやエレインと同じで精霊を核にしているみたいだから、かなり高度なゴーレムだね。とはいっても、体の方は魔法で作り出したような急造品だから、細やかな作業なんかは出来ないみたいだけど』
うん。言われてみると植物の巨人が繰り出す攻撃はかなり単調なものだった。
言うなれば『早すぎたんだ』ってヤツになるのかな?
『でも、アヴァロン=エラの豊富な魔素を森として吸収、それを還元しているみたいだからスタミナだけは段違いみたいだけどね』
アヴァロン=エラの魔素を吸収還元――それはつまりスタミナが無尽蔵ということ。
本来なら術者などエネルギー切れを狙えるだろうが、アヴァロン=エラの魔素を供給源にしているのなら、それも難しいとなると。
「どうやったらアレを倒せると思う?」
『どうもこうも、こういう時のモルドレッドでしょ』
「だよね」
そうだ。こんな時の為にモルドレッドは作られたのだ。
『まあ、倒し方の方は戦いながら考えていくとして、ちょっと派手な戦闘になりそうだからフォローの方、お願いしてもいいかな?』
「了解」
簡単にではあるのだが、これからの行動を決めたところで、僕とソニアはそれぞれ動き出す。
モルドレッドに向かうソニアの一方で、僕が取り掛かったのはディロックによる妨害工作。
焼け石に水だとは思うのだが、モルドレッドが動き出す時間を稼ぎ出す時間を稼ぐ必要があると思ったのだ。
因みに、時間稼ぎにゲートの結界を利用しないのは、エルフ達がやっていると思われる念波の阻害効果からゲートへの遠隔操作がうまく行えるか分からないからだ。
それでも何度も何度も繰り返し命令を送れば、結界を作り出すことも可能かもしれないが、余裕がないこの状況で確立が低い結界の構築を悠長に試している暇はない。
しかし、嫌がらせにと放った氷のディロックは、進撃してくるディタナンにはまるで効果がないみたいだ。まるであめ細工でも砕くように軽く突破されてしまう。
さすが、あの巨体は伊達ではないらしい。
だったらと次に僕が打った手は、進行方向を遮るように大量の氷柱をいくつも生み出す方法だった。
放射状に力を放つ氷の華よりも、上下に氷の力を向けるだけの氷柱の方が強度的に強いのではないかと考えたのだ。
どうやらこの作戦は当たりだったみたいだ。前進するだけでは氷柱を砕くことが出来ずに拳を振るって砕いている。
そうして足止めしながら後退していたところ、ソニアの準備が整ったようだ。ゲートから少し離れた位置に佇んでいた赤銅色の巨人兵が動き出す。
モルドレッドを操るソニアが先ず行ったのは、剣を前に突き出すようにして繰り出す魔弾の砲撃。
モルドレッドに備わるその機能から、どうしても接近戦にならざるを得なかったヴリトラ戦の反省を生かして、新たに搭載した遠距離攻撃だ。
魔弾と呼ぶには巨大過ぎる弾丸が刃渡り十メートルを超える刀身を滑るように発射される。
魔力の塊であるその魔弾は、乱立する巨木を貫き、ディタナンに着弾。ディタナンの巨体を大きく仰け反らせる。
だが、ダメージはそれほど与えられなかったみたいだ。ディタナンは少しグラついただけですぐに体勢を立て直してしまう。
魔弾そのものが、燃費の問題で見た目よりも威力が控えめになっている所為だろう。
魔素の吸収効率のいい素材を見つけられたら、その問題も解消するらしいのだが、まだまだ改良の余地があるようだ。
そう考えると短時間で膨大な魔力を得たディタナンはソニアにとって垂涎の研究対象なのかもしれないな。
一見無造作に振り下ろされる大剣の一撃からもソニアの計算が見て取れる。
しかし、これはもう僕に手を出せるレベルの戦いじゃないだろう。
まるで特撮作品のBパートにありがちなバトルシーンに、ソニアのフォローをしつつも皆と合流しなくては――と、適度に氷の柱を作り出しながら後退を始めたところ、僕の目の前に完全装備のマリィさんといつも通りの魔王様の二人が現れる。
どうやら急遽始まった大怪獣バトルがお二人をここに導いたみたいだ。
「マリィさん。魔王様。無事でしたか?」
「ええ、邪魔なエルフ達を打倒し、万屋で合流しようとして移動していたのですが、あれが見えまして……。 虎助、あれは一体なんですの?」
僕が無事な姿を見せてくれた二人にほっと胸をなでおろして聞くと、マリィさんがやや唖然といった表情でモルドレッドとディタナンの戦いを見上げて聞いてくる。
「えと、いろいろありまして、あれは前に魔王様を馬鹿にしたエルフの剣士が呼び出した召喚獣――というかゴーレムみたいなものらしいです。 名前はディタナン。一応はエルフ達の最終兵器みたいですよ」
あのエルフと聞いて「また」とばかりに顔をしかめるマリィさん。本当にあのエルフは余計なことしかしないのだ。
「援護の必要は?」
「そうですね。側面からの巻き込まない程度の攻撃なら――、 ああ、もちろん魔王様もお願いできますか」
援護の必要を聞いてくるマリィさんに、自分の何かの役に立ちたいとばかりに見つめてくる魔王様。
僕は二人にフォローを入れながらも、これからの動きをつめていく。
そして、ある程度体勢を立てた上でそれぞれが戦いやすい位置に移動。
巨人同士が剣で拳で殴り合い、その間隙を縫うように極大の炎槍が放たれる。
巨人の足元に生える蔓草が寸胴のようなその足を絡め取り、しかし、それだけやっても巨人は倒れない。膨大な魔素を拠り所に受けたダメージを即座に回復してしまうのだ。
幸いなことに細かな技工は難しいみたいで、こっちの被害は最初に僕が受けた一撃だけで、それ以降は受けていないのだが、
「これは長期戦になりそうですわね」
「そうですね」
そうなんだけど、それでは困る。
モルドレッドの初期コンセプトは短期決戦。ありあまるパワーによって敵を押し潰す戦闘スタイルなのだ。ソニアが日々おこなうヴァージョンアップによって、その戦闘時間は徐々に伸びているとはいえ、やっぱり戦いが長引いては困るのだ。
「ここはテコ入れが必要ですかね。 僕が直接行ってオーナーと打ち合わせをしてきた方がいいですか」
「あの戦いの中に飛び込むんですの?」
呟くような僕の声にマリィさんが鋭い声で聞いてくる。
「できれば僕も行きたくはないんですけどね。森が発生してから通信の類が通じないようになってまして――」
「そうでしたわね。 面倒な」
念話通信の類が使えていたらここまで苦労はしなかった。
そんな僕の説明に、マリィさんも念話通信が使えないことがわかっているのだろう。舌打ちが聞こえてきそうな声で吐き捨てる。
しかし、ここで文句ばかり言っていても始まらない。
「じゃあ、ちょっとソニアのところまで行って話してきます。フォローをお願いできますか」
「当然ですの」
「……ん」
「では、いってきます」
「「いってらっしゃい(ですの)」」
ソニアのところへ辿り着くまでの援護をお願い。
二人に送り出された僕は、実績によって強化された能力を使い、木を駆け上がるように登り、高い位置の枝から枝へと飛んで渡ってゆく。
そうして巨人同士が格闘する現場へやってきたところで、樹上の僕の姿に気付いてくれたソニアがモルドレッドの肩の上に現れる。
『どうしたんだい――って聞くまでもないか』
「このままじゃマズいかもと思って来たんだけど――、なにか手伝えることとかある?」
『そうだねっ――と、鬱陶しいな』
会話の途中、ソニアが忌々しげに言ったのは、ディタナンが樹上の僕を見つけて攻撃してきたからだ。
ソニアはディタナンの攻撃にすばやく反応、モルドレッドを操って、殴りかかってきたディタナンの腕を切り落とす。
そして、何事も無かったようにまた僕の方に向き直ると、
『で、一応聞くけど作戦とかあったりする?』
「そうだね。単純に火力でどうにかなるならマリィさんと魔王様が力を合わせれば出来なくもないと思うけど」
『ああ、お客さんにそこまでさせるのはどうかってことだね。
でも、それでなくとも過剰な火力で仕留める作戦は却下かな。素材が取れなくなっちゃうから』
「そういう問題なの?」
『そういう問題なんだよ』
モルドレッドが戦うのを間近にジト目を向ける僕にソニアが胸を張って言い返す。
まあ、ソニアらしいと言えばそれまでかもしれないけど、今の状況を考えるとあまりに褒められた話ではないんじゃないかな――と、僕としてはそう思っていたのだが、
『それに聞こえないかい?』
「なにが?」
『精霊の助けを求める声だよ』
改めてジト目を向けるもソニアの目は真剣だ。
これは嘘とか冗談じゃあないかな。
精霊というなら魔王様に聞けば確実な証言が得られるんだろうけど、また下に降りて戻ってくるのも面倒だし……、
ここはソニアの言うことを信じるとして、
「それでどうやったらその精霊を助けられるんだい?」
『他のゴーレムと一緒なら、コアになってる部品に精霊が閉じ込められてると思うんだけど――」
コアって言うと、あの中年エルフが持っていたペンダントがたぶんそうなんだろうな。
「破壊するのは駄目なの?」
『どうなんだろうね。それがゴーレムコアと同じものだったのなら、多少の破損は大丈夫だと思うんだけど、完全に壊しちゃったらどうなるのかはやってみないとわからないかな」
開放されるのか、それとも存在そのものが消えてしまうのか、まったく別の技術で構成されている為にゴーレムだけに予想がつかないという。
「だったら、そのコア――、 僕の予想だとたぶんペンダントなんだけど、それを回収するしかないね。
でも、そんなのどこにあるとか分かったりするの?」
これが漫画とかなら心臓の位置にあるっていうのが定番なんだけど、そこはゴーレムという魔法によって生まれた存在である。製造者の思惑により、生物にとっては心臓に当たるコアの位置も自由に変えられているという場合もあるだろう。
そんな僕の問いかけに、ソニアが言うには、
『回復速度から見るに、セオリー通り体の真ん中にあることはほぼ確実だと思うよ』
ひねくれてもいないということか。
「だったら、ソニアが良さそうなところを斬ってくれるかな。僕がペンダントを回収するからさ」
『え、エレインとかじゃなくて虎助が回収するの?
危ないよ。最悪、再生に巻き込まれちゃうかも』
僕が自らペンダントの回収に回ることに難色を示すソニア。
う~ん。確かに、再生に巻き込まれちゃうってのはちょっと怖いけど。
「危険を犯すっていうならいつものことだし、
それに今回はソニアに加えて強力な二人の助っ人がいるからね。どうにかなるんじゃないかな」
チラリ。僕が視線を向ける先にはマリィさんと魔王様がいる。
一人は、とある大陸において五指に入るとされる元お姫様。
一人は、とある理由から迫害を受けながらも精霊に愛されて森の奥で暮らすハーフエルフ。
そして、いま僕の目の前にいる一人は、とある魔法によって狭間の世界に縛り付けられる偉大な魔法使いだ。
おそらくは、どの世界を見てもトップクラスの実力を持つこの三人が揃っているのなら恐れるものは何もないのではないか。
そんな僕の心の内を読み取ったのだろう。ソニアはやれやれと肩を竦めて、
『わかったよ。じゃあ、お姫様にはどちらかの足を、マオには再生を阻害するように動いてと頼んでもらえるかい」
「了解」
大雑把にではあるが作戦も纏まったところでミッションスタート。
僕は大急ぎでマリィさん達のところに戻り、ソニアがディナタンの相手をしているのを横にいま話し合った内容を伝え、ソニアがヘイトを稼いでくれている間にマリィさんがディタナンを攻撃、魔王様にはその守りについてもらう。
さすがのマリィさんも敵の攻撃を気にしながら強大な魔法を放つのは難しいからだ。
その間、僕はといえば、ディタナンの相手をしてくれているソニアのフォローに回る。
やることはいつものようにディロックによる嫌がらせだが、
氷柱を使うとモルドレッドの振るう剣を阻害してしまう可能性があるので、いつものように氷の華を多用して足止めをしていく。
すると、少しして、ディタナンの動きが急に変わる。
どうやらマリィさんが強大な魔法を使おうとしていることに気付いたみたいだ。
自身の再生力にあかせてモルドレッドの攻撃を無視。マリィさん達のいる方へと一歩足を踏み出す。
だが、行かせるか。
僕は氷のディロックをばら撒きながら〈誘引〉の魔法を放つ。微力ではあるのだが引力を持っているこの魔法を使ってディタナンの体勢を崩せないかと思ったのだ。
と、そんな僕のイメージが〈誘引〉の魔法に力を与えたのかもしれない。ディタナンの動きが若干鈍る。
でもそれは、本当に一瞬のことであって、
振るわれる剛拳。
しかし、その剛拳は多重的に展開された光の盾によって完全に防がれる。
一瞬の停止からのへっぴり腰で放たれた拳が魔王様の防御を貫ける訳が無いのだ。
そして、聖なる盾が消えた先に待っているのは、可視化できる程に濃密な魔力を一振りの杖剣に纏わせるマリィさんだった。
迫る木の巨人に腰溜めに杖剣を構えたマリィさんその魔法名を叫ぶ。
「〈聖炎の斬撃〉」
盾無のサポートを受け放たれたのは炎の斬撃。
魔法名と共にマリィさんが放ったなぎ払いの軌跡がそのまま飛ぶ斬撃となり、向かってくるディタナンの両足を焼き切る。
ある意味これは意趣返しのようなものか。
マリィさんは僕が足を潰されたのは知らないだろうけど、まるで数分前の僕のように膝から先を失ったディタナンがその場に崩れ落ちる。
すぐに再生が始まろうとするけど、それよりも前に魔王様が〈聖盾〉を発動。焼き切られた足の傷口を塞いでしまう。
そして、振り下ろされる重い一撃。
ソニアが操るモルドレッドの一撃だ。
その上でモルドレッドはその巨大な剣で再生が始まる分かたれた上半身を串刺し、そのまま遠くに投げ捨ててしまう。
と、ぼーっとしている場合じゃなかった。
僕はその間にコアの回収だ。
ジュクジュクと触手のように蠢く切断面に気をつけながらもペンダントを探す。
絡みつこうとしてくる触手は解体用のナイフ斬り飛ばし、魔素を宿した瞳でコアの反応を探る。
ディタナンはそんな僕を邪魔するように傷口から無数の触手を生やす。
邪魔くさい。
次々と絡みついてくる触手に苦戦しながらも、僕は必死でペンダントを探す。
だが、なかなか見つからない。
ここはいったん仕切り直して、もう一度トライすべきか。
そんな考えが脳裏にちらつき始めた頃、耐えることなくナイフを振り回す視界に仄かな魔力の光がよぎる。
あった。
それは光り輝くエメラルドのペンダントトップ。
僕は目当てのものの発見に思いっきり手を伸ばす。
一方でディタナンも自分の心臓ともいうべきペンダントが見つけられたことに気付いたのだろう。
僕を取り込んでやろうと蠢いていた触手が、転じて攻撃的な動きに変わる。
絡みつくのではなく突き刺すように殺到する触手の群れ。
あと少し、もう少しで届くのに、触手の攻撃を受け流すのに手一杯で手を伸ばすことすらままならない。
そして、僕が苦戦している間にも、蠢く触手がペンダントを飲み込まんと動いて、
このままだとペンダントを取り逃がしてしまう。
そんな焦りを感じていたそんな時だった。頭上から光の盾がまるでギロチンのように降ってきて――、
斬っ!!
殺到する触手の九割が根本から切り取られる。
誰がやったのか、それは確認するまでもないだろう。
僕は緩んだ攻撃の隙を見て、ビチビチと触手が跳ねるディタナンの断面に思いっきり手を突き入れる。
抜き手の形で付き入れられた手が触手が蠢くディタナンの体内を弄っていく。
すると付き入れた手の先が小さな硬い塊を捕らえ、僕は周囲の触手を掻き毟るようにその塊をディタナンの体から引き抜く。
次の瞬間、引き抜いたそれを取り戻さんと新たに触手が伸びてきて、
僕はその触手を解体用のナイフで牽制。
取るものさえ取ったのならここにはもう用は無いと〈誘引〉の魔法を利用してバックジャンプ。
一足飛びでマリィさん達のすぐ傍まで移動すると、
「ペンダントを抜いたまではよかったんだけど。これでも倒したことにならないってことはどうしたらいいんでしょう?」
コアを失ったハズの本体から恨みがましく伸びてくる触手に、そう訊ねると、
「簡単なことですの。燃やし尽くしてやればそれで終わりです」
腕のオペラグローブに濃密な魔力光を灯したマリィさんがこう答えてくれる。
マリィさんは止めとなる一撃の準備をしてくれていたみたいだ。
「〈炎嵐の二重奏〉」
その魔法名が高らかに宣言された直後、ベヒーモを葬り去った炎の渦が倒れたままのディタナンを包み込む。
正直、炎の斬撃はともかく、この規模の魔法ともなると火事になるかもと心配したのだが、さすが魔法によって作られた森というべきか、この森の耐火性は僕の想像を超えたもののようだ。
炎が収まったそこにあったのは焼け焦げてはいるものの延焼はしていない森と、触れば崩れてしまいそうな灰の塊だった。
そして、コアとなるペンダントを抜かれた上で本体までも灰になってしまっては、他の部分は形を保っていられなくなったみたいだ。マリィさんによって炎断されたくるぶしから先の部分も、モルドレッドによって引き裂かれた肩から上の部分も、本体が崩れると同時にその活動を止めたようだ。
植物が絡み合い、人の形を作っていたそれが解けてバラバラになる。
『これで終わりだね。じゃあ、僕はモルドレッドを片付けるから後始末をよろしく頼むよ』
そんな声が頭上から聞こえて、ズシンズシンとモルドレッドが歩き出す。
はぁ、後片付けね。実はこれが一番大変そうなんだけど……、
僕は去りゆくモルドレッドの後ろ姿にため息を吐きながらも、うだうだしてても仕方がないと気合を入れ直し、どこへ飛んでいったかしすら分からない壮年のエルフの捜索に取り掛かるのだった。
◆新年早々、珍しくピンチだった虎助でした。