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バックヤード

 休日だったその日、僕は雑多様々なレアアイテムが転がるアヴァロン=エラのバックヤードを訪れていた。


 商品の在庫は勿論の事、巨大生物の骨や見るだけで背筋に悪寒が走る不気味な仮面、どこかSFチックな雰囲気ただよう銀色のオブジェと、ブラックホールのごとき次元の歪みを通じて日々この世界へと迷い込む次元の漂流物の集積所だ。


 どうして僕が休みの午前中からそんなところを訪れているのかと聞かれれば、それは以前、常連客であるお姫様からご依頼を受けた日本刀を探す為だと答えるだろう。

 実はマリィさんから日本刀のご所望があってからというもの、いろいろと入手方法を調べてみたのだが、日本市場で僕のような一介の高校生が日本刀を入手するには結構なハードルが高いようで、

 かといって、比較的手に入れ易いだろう刃引きの刀ではマリィさんを満足させられないだろう。


 とはいえ、他の入手方法なんて思い浮かばないし、どうしたものかと、僕が一人思い悩んでいたところ、ふらりと現れたオーナーから「バックヤードに運び込まれた物の中にそれらしき武器があったような……」という話を聞かせてくれたのだ。


 ということで、早速、数名のエレイン君達を数名引き連れてここへやってきたという訳なのだが、


「見つかりませんね。本当にあるんですか?」


「どうだろうね」


 僕の声に応えたのは、上段の棚を探してくれている黒いネグリジェだけ着た小さな女の子だ。こう見えて彼女は万屋のオーナーであると同時にこのアヴァロン=エラの主でもある。

 たまに万屋に顔を出す以外は、基本、バックヤードに引き篭もっている彼女が、勝手知ったる自分の庭という事で日本刀の捜索を手伝ってくれているのだが、この視界に入るだけの量ですら途方にくれてしまいそうな物量を前にしては、そう簡単には見つけられないようだ。


「そもそも、あるといってもベル達がつけた記録に残っているってだけで、まだあるとも限らないからね。良質な鋼を使った製品なら別の物に造り変えられてるかもしれないし」


 ゲートを通じてこの世界に迷い込んだ物品は、必ずしもそのまま売り出されるとは限らない。

 もともと武器や魔具などが迷い込むこと自体は稀で、その中から状態がよく、このバックヤードで保管されるくらいのものとなれば、更にその数は少なく、どこかしらに不具合を抱えるアイテムは素材として処理されてしまうからだ。


「正直、手間を考えるとボロでも危ないヤツでもそのまま売った方が早いんだけどね」


 オーナーが意見は御尤もなのなのだが、


「それをこの前みたいな三人組が買っていったら後味が悪いじゃないですか。オーナーもそう思うからこそ、面倒でも新しいアイテムを作っているんじゃないですか」


「そうなんだけどさ」


 武器というのは基本的に誰かを害する為に作られた道具である。ここアヴァロン=エラにはその立地上、魔獣退治や希少な素材を探す冒険者が多く訪れるけど、中には人を斬る為に武器を買い求める客も少なからずいたりして、

 そういう人達には可能な限り武器を販売しないようにしようと、万屋では魔獣専用だったり魔剣などを主に扱っているのだが、それでも構わない。自分は人間に対して使うのだとそういうお客様も確かにいたりするのだ。

 そして、そんなお客様が考える用途を見抜くというのは至難の業で、

 だからこそ、この万屋では防具開発に力を入れていたりするのだが、


「それにです。これだけの中からピンポイントに日本刀が使われる確率は低いと思いますけど。基本的にウチの商品は魔法金属を使った製品が主力ですし、売れ筋の防具に使われるのは比較的軽い金属ですから」


 そんな防具に使われる鋼は魔法金属と呼ばれる希少素材が殆どで、

 それを指摘されたオーナーは「だったね」と不満そうな声を出す。


「しかし、だったらどうして日本刀があるんでしょう?魔素が薄い空間では次元の歪みが生じ難いって話だったと思いますが」


 オーナーから聞いた話によると、僕の暮らす地球に生じる次元の歪みは数十年に一度がいいところで、しかもほんの数秒の時間、世界の何処かに極小の歪みが現れるくらいがせいぜいらしく、それがこのアヴァロン=エラに繋がるものともなると更に可能性は低くなるとのことだ。

 そのように珍しい現象が、たまたま日本刀が存在する空間で発生するなんて、それはもう奇跡と呼ぶにふさわしい確率なんじゃないのか。そう考えての質問だったのだが、オーナーは一見不可能とも思える可能性にもキチンと自分なりに納得できる推論を返してくれる。


「次元の歪みには時間といった概念が無いんだよ。そして、時代や文化が花開く世界には往々にして長く続く戦乱の時代があったはずだよ。その中に魔素を操る者がいたのだとしたら。行使された魔法の残滓によって戦場の魔素濃度が急激に高められたとしたら。偶然に開いた次元の裂け目を通じてこの世界にそれが紛れ込んでくる可能性はあると思うけど」


 成程。現代日本では難しくても、いつかの時代、地域の状況によっては魔素が多かった場合もあるのか。

 しかし、魔素を操る技術か……日本で言うのなら陰陽師がそれになるのかな。

 そうなると、ここに収められている日本刀は、陰陽師が歴史の表舞台から姿を消したと言われる戦国時代より前の作品になるんだろうか。

 そんな歴史ロマンに僕が思いを馳せていると、加えて別の可能性が提起される。


「それにだよ。そもそもその日本が虎助達の住む場所だけじゃないのかもしれないからね」


 確かにオーナーの言う通り、僕の暮らす日本という国がある地球――いや、世界そのものは、魔界・異世界・パラレルワールドと星の数よりも多く存在する世界の中の一つでしかない(らしい)。考えてもみればマリィさんやフレアさんから伝え聞く話はどこか中世ヨーロッパに重なる部分もあるし、もしかすると、僕の暮らす日本とは全く別の日本がどこかの世界に存在するのかもしれないのだ。

 だったら以前、マリィさんが言ったように、魔法的な効果を持つ日本刀を作る世界が存在してもおかしくないのではないか。僕が夢のある想像をふくらませていると、


「まあ、それならもういっそのこと、ウチで作った方が早いかもしれないよね」


「えっと、確か日本刀を作るには特別な技術が必要だったと思いますよ」


 前提をひっくり返すような事を言い出すオーナーに、僕がうろ覚えの知識を返すのだが、


「でも、君の世界は情報技術が発達している世界じゃないか。ある程度の作業工程や材料が分かる資料や、実際に作っている現場の映像なりがあれば、すぐには無理だろうけど、エレイン達で再現が可能だと思うんだけど」


「そうなんですか。だったら本当にそっちの方が早いかもしれませんね」


 オーナーのアイデアに僕が資料は図書館で、映像は動画サイトを探せば見つかるかもしれないな。

 僕が情報収集の算段をつけていたところ、少し間をおいて硬い声が頭上から降り注ぐ。


「しかし、随分と気にかけているじゃないかあの子の事、その、す、好きなのかい?」


 ポカン。一瞬、オーナーが言っていることが理解できなかった僕だけど、


「いやいやいやいや、そういうのじゃないですよ。それに気にかけているというのならオーナーだって一緒じゃないですか」


 そんなつもりは毛頭ないと、ただまかりなりにも万屋の店長を勤めているものとして、常連客であるマリィさんのリクエストに答えなければと思った結果だと否定するのだが、

 しかし、万屋のオーナーとしては店員の色恋沙汰というものが気になるのだろう。

 相手が常連客ともなれば仕事に支障が出るかの知れないと考えたのかもしれない。


「オーナーだって、お客様(マリィさん)に喜んで欲しいから、こうして一緒に探してくれているんでしょう。じゃないとその内に、自力で僕の世界に行こうとか考えるかもしれませんしね」


「べ、別に、そういう訳じゃなくてだね。ボクはただ同じ魔導師としてちょっと危なっかしいと思っているだけさ」


 それは予想外の反撃だったのか。オーナーは明らかに動揺している。

 そして、ほっぺを赤い風船のように膨らませて、プイッと顔を背けてしまう可愛らしい姿に悪戯心を刺激されて、


「そういうのを僕等の世界じゃツンデレとかいうんですよ」


「よく分からないけど。ムカつくな」


 ついつい軽口を叩いてしまうのだが、それが余計な一言だったらしい。

 いつもの調子を取り戻したオーナーが急降下、ムキーと絡みついてくる。

 だが、その姿はネグリジェ一枚。少し動くと見えてはいけないものが見えてしまいそうで、

 女の子なんだから自重して欲しいのだけれど、指摘したらしたでで後が怖い。

 それに衣装に関して言うのなら、オーナーのそれは正装というか、特殊な素材で作られた強力な魔法衣らしく、そうやすやすと変えられるものではないらしい。

 だから、「全くオーナーは子供っぽいんだから」と、クールぶった声を頭の片隅で呟き、首元に絡みつくオーナーの細い両足から、肩を窄めながら腰をかがめるようにして、するりと抜け出すのだが、

 その際の無理な体勢が祟ったか、バランスを崩して倒れてしまう。

 すると、必然的に見えてはいけない白い渓谷が目の前に飛び込んでくるのだが、それをじっくりと眺めてしまうのは犯罪以外の何ものでもない。

 僕は顔の輪郭がブレるくらいのスピードで顔を横に倒し、犯罪的な光景を回避。

 頬に張り付いた真っ黒な火山岩をスパっと切り取ったったようなツルツルの床から伝わるひんやりとした冷たさに、コンマゼロ秒以下、目撃してしまった映像を脳内ディレクトリからゴミ箱に移動してからの完全消去。長い休みになる度に、母に付き合わされたトレーニングによって鍛えられた精神力で、不意のハプニングに漣立った心を落ち着かせる。


 と、冷静になった意識が、視線の先にある吸い込まれそうな真っ暗な通路にフォーカスされる。


「改めて見ても凄いところですね」


「もともとこうなることを想定して作った場所じゃないんだけどね。

 ボクの寝室をここに移動させてからは、防犯を考えて空間そのものを魔法でいじっちゃったり、どうせだからって次元の裂け目を通じて流されてくるゴミを片付けようとしたりってやってたら、こうなっちゃったんだよね。

 もう、ベル達の助けがなくちゃボクだってどこに何があるのか分からないよ」


 常時どこかの世界で発生している次元の歪みを辿り、このアヴァロン=エラへと迷い込む物品によって日々拡大を続ける巨大迷宮。そこにある物品は貴重なものばかりなのだが、一度迷い込んだが最後、二度と出られない。なんてことにもなりかねないのがこのバックヤードと呼ばれる場所だ。

 彼方、無明の闇の奥には何があるのだろうとゾッとしながらも、あまりに現実離れした空間を目に改めて思う。


「最初にこの世界に連れてこられた時にも思いましたが、普通の高校生の僕からしてみるとなんか場違いって感じですよ」


「どの口がそれを言うんだい。普通の学生の母親があんな(・・・)だなんてあり得ないだろう」


 今更ながらにしみじみと呟く僕に、腰に手を当て、見下ろす格好でオーナーが言う。

 正直、人の親を捕まえてあんな呼ばわりはヒドいと思わざるを得ないのだが、母が時折醸し出す圧倒的な雰囲気には、息子である僕ですら少なからず思うところがある。

 だから、


「それに関しては言い返せませんね」


「まったくだよ。一応【最果ての魔女】なんて呼ばれたボクが、睨まれただけで恐怖を覚えるくらいなんだから。普通の人間である筈がないんだよ」


 個人的には、母への文句を僕にぶつけられても手に余る。

 僕は母親に関する話題を適当な愛想笑いでごまかし「さて、作業を再開させますか」と日本刀の探索へと戻ろうとするのだが、


「これ以上はエレイン達に任せた方がいいんじゃないかい。あんまり奥に行くと迷っちゃうから、トラップもあるし」


 探し始めてまだ一時間すら経っていないのに、オーナーは既に飽きたとばかりに棚の上に寝転がる。

 確かに、このエリアに詳しい数名のエレインを動員して未だに見つからない状況を考えると、オーナーの言う通りなんだけど……。

 っていうか、それよりも、いま聞き捨てならないことを言わなかったかな?


「トラップまであるんですか?」


「さっきも言ったけど、無粋の輩が入ってきたら困るでしょ。その対策だよ」


「そもそも、そんな人達がここに入ることなんて出来ないと思いますけど」


「だからこそ逆にここに入ることができる人間が来たら厄介なのさ」


「そうかもしれませんが、そんな人がそうやって来るとは思えませんが」


「まぁね。

 実際、これまでに何人かそういう人(・・・・・)(?)がやって来たんだけど、誰一人として、この裏側にまで侵入できた人間は今までいなかったしね。

 まあ、だからこそ、ここがただの物置になってるんだし、とはいえ、何事も念の為――ってゆうか、そこ危ないよ!」


 文句のような言葉から始まった会話の最中、何気なく棚へと置いた僕の手を見たオーナーが、慌てた様子で言ってくる。

 と、そんな鋭い声に受けた僕が、オーナーの視線を辿りって手元に視線を落とすと、そこには小さな魔法陣が展開されていた。


 これってどう考えても……。


 こういうハードラック的な状況下で働く勘は意外と鋭いものだったりする。何かの気配を感じた僕が視界を斜め上に向けると、真っ暗な空間から鎖で吊るされたトゲトゲの鉄球が、二次関数のグラフのような軌道を描いて迫ってくるのが視界に飛び込んできた。


「ベタ過ぎやしませんか!?」


 間抜けな叫びを上げつつも、僕が迫る鉄球に対してとった行動は、手を乗せた棚の縁を蹴り、おもいっきり横に飛ぶことだった。

 直後、その大きな棚は位置エネルギーによってフルスイングされたトゲ付きの鉄球に破壊される。

 一方、間一髪回避に成功。間抜け面を晒す僕に、オーナーは「何をやっているのさ」と呆れと心配が半分半分といった様子で肩をすくめながらも、発動したトラップを虚空に閃かせた魔力の灯る指の動きだけで解除、振り戻されようとしていた鉄球が空中で光と溶けて消える。


 かたや、僕はといえば「すいません」とすぐに体勢を立て直し、鉄球攻撃とばっちりを受けて半壊した棚から零れ落ちた、悪魔的な頭蓋骨やら各種物騒な武器の数々を、何か魔法的な細工でもしてあるのだろうか。既に治りつつある棚に戻すべく駆け寄るのだが、

 そのつま先が何かを弾く。

 カラン。ガラス瓶を倒してしまったような硬質な音に、これはやってしまったか。慌てて拾い上げてみると、それは光り輝く何かの結晶だった。

 その近くには古い小箱が落ちていて、


「宝石箱ですか?」


「なんだろうね?」


 傷も付かなかったようだし無事でよかった。僕の零した一言にオーナーからの疑問符が返ってくる。


「えっと、オーナーは知ってなきゃマズイものなのでは?」


「だってここを管理をしてるのはベルやエレインなんだもん。ボクが知る訳無いじゃんか」


 それはそうかもしれませんが……。


「けど気になるよね。なんか魔法的な気配も感じるし、一応調べてみようかな」


「では、これは持って帰るとして、取り敢えず散らばったアイテムを片付けましょうか」


「ええ~。滅茶苦茶にしたのは虎助なんだから、虎助が片付けてよ」


 あからさまに嫌そうな声を出すオーナーに『だったら被害が出るようなトラップを作らないでくださいよ』そう文句を言いかけるのだが、迂闊だったのは僕の方だ。それにオーナーに文句を言ったところで聞いてはくれないだろう。

 半年以上になる付き合いから、出かかった言葉を飲み込んだ僕は、いつもの諦めモードを発動して素直に片付けに入るのだった。

【最果ての魔女】……名誉実績。????


〈バックヤード〉……アヴァロン=エラから到れる夢幻倉庫。

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