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守護精霊ディナダン・前編

◆今年最後の投稿となります。

 ゲートの中核をなす魔法陣から少し外れたストーンヘンジの内側、ゲートの保全効果によるものだろう。巨樹が全く生えていない一角に作られた魔法的な陣幕のようなもので囲まれたスペースでエルフ達の切迫した声が響いていた。


「技術班が全滅だと。それは本当のことなのか?」


「ソウルリンクが完全に途切れているようなので確実かと――」


 四人いる内の一番上座、声を荒らげているのはナイスミドルな中年エルフ。

 その声に答えるのは、ラフに羽織ったローブの下に軽装の革鎧が顔をのぞかせているエルフの男性。

 その会話から察するに、どうもエルフ側の陣営で何らかのハプニングがあったみたいだ。

 僕は懐に隠れるアクアに「しー」と指で合図を送ると共に手元に魔法窓(ウィンドウ)を呼び出すと、その『ソウルリンク』なる言葉の検索をかけながら、ストーンヘンジの内側にまで勢力を伸ばす大樹の上からエルフ達の話に耳を澄ませる。


「馬鹿な。相手は人族――、忌み子なのだぞ」


「それが、相手側にも同族がいるようでして」


「どういうことだ。まさか我々の中に裏切り者がいるとでも言うのか!?」


「いえ、そういう訳ではなく、元からこの場所に存在する同族のようです」


 ふむ。万屋のデータバンクによると、彼等が言っていたソウルリンクとは、地脈の流れを操る魔法のようなものらしい。

 彼等の言い方から察するに、それはエルフにしか使えない魔法式なのかな?

 なんらかの工作を行っていたところに全く知らないエルフが現れて動揺しているみたいだ。

 しかし、今アヴァロン=エラにいて、彼等の知らないエルフというとホリルさんのことだよね。

 いきなり現れた樹海に、店を出たところでエルフ達に出くわしちゃったってところかな。


 ……死人が出てないといいけど。


 僕が敵ながらにここにはいないエルフ達の安否を心配していると、眼下の天幕では今度はデュラハンエルフが気になるワードを口にする。


「ここはディタナンの力を使うべきでは?」


「馬鹿を言うな。たかがハーフエルフとその仲間ごときに我等が守護精霊の力を借りなければならないのか。貴様はただの案内人に過ぎぬ。立場をわきまえよ」


 ディタナン? 万屋のデータベースには無い名前だけど、守護精霊っていうくらいだから、召喚魔法のようなものかな? 

 今のところ積極的にそれを利用しようとしているのはデュラハンエルフだけみたいだけれど、〈妖精の森(エルブンフォレスト)〉のこともあるし、ここは介入しておいた方がいいのかもしれないな。


「ですが、別働隊がやぶれたとなると――」


「何を使おうとしているんです?」


 不意を突くタイミングで樹上からかけた声に、殆どのエルフが腰にぶら下げた細身の剣に手をかける。

 そして――、


「敵襲――」


 逸早く叫んだのは、陣営の中、唯一意見を出していなかったガッシリとした体格のエルフだった。

 しかし、彼の首はその一言を言い終わる前に斬り飛ばされていた。

 飛び降りざまの空切を使った一薙きだ。

 因みに体の方には、もう片方の手に持った魔法銃でスタンの魔弾が撃ち込んで、戦線からのご退場を願っておく。


「貴様、どうやってここに? 衛兵はどうしたのだ」


 声を荒らげ聞いてきたのは中年エルフだ。

 しかし、衛兵っていうのは?


「もしかして、ちょっと離れた場所にたむろしていたエルフ達のことですか。それなら全員眠ってもらいましたけど」


「人族ごときが何を言う」


 着地からすぐの質問に、心当たりがあると答えると、それを聞いた中年エルフが鼻を鳴らす。

 どうも人間である僕がエルフ達の守りを突破してここに侵入するのが信じられないみたいだ。

 なにか卑怯な手でも使ったんだろうとでも言わんばかりの訝しげな目で見てくるのだが。


「僕には強力な味方がいますので」


「あの赤茶色のゴーレムか」


 淡々と答えた僕の言葉に、中年エルフが思い浮かべたのは、〈妖精の森(エルブンフォレスト)〉が発動される直前に戦ったエレイン君達だったみたいだ。

 しかし、その勘ぐりは不正解である。


「エレイン君でも同じようなことはできたでしょうが、今回はこの子の手柄ですよ」


 そう言って僕が見せたのは胸元のアクア。

 その妖精のような小さき存在に、何か探るように鋭い視線を向けた中年エルフは、


「妖精? いや、ゴーレムか……、どちらにしてもそんな小さき存在に何が出来る?」


 小馬鹿にするようにそう吐き捨てて、

 そんな中年エルフの態度にアクアがむぅと不快げに眉を潜める。


 ふむ、そこまで言うんだったら、アクアの力を分かりやすく披露してあげてもいいんだけど。

 それよりもまずは目的を果たさないとね。


 僕はアクアに服の中に戻し、話の最中に攻撃されるのは面倒だと軽やかな跳躍でエルフ達との距離を取ると、改めて質問を飛ばす。


「それでディタナンというのはどのようなものなのです?」


 しかし、彼等――特にこの中年エルフはその聞き方が気に入らなかったご様子だ。


「貴様、我等の守護神に何たる口の聞き方だ」


「つまり神頼みということですか」


 急に大声を張り上げてレイピアを突きつけてきたので、少し情報を引き出せないかと挑発的に聞いてみると。


「貴様等ごときにディタナンの手をわずらわすまでもない」


 今の所、彼等はディタナンなる守護精霊を使おうという予定は無いってことかな。

 まあ、僕としてはそれはそれでありがたいけど……。


 そして、中年エルフを中心としたエルブンナイツ三人がアイコンタクト。

 いざ、襲いかかってくるかと思いきや、そのタイミングで一人笑い出す人物がいた。


「くくくくくくくく」


 この緊迫した状況の中、急に笑いだしたのはデュラハンエルフだ。

 その行動には他のエルフ達も麺を食らったようで、僕を含めた全員が彼に注目して動きを止める中、


「ちぇい」


 気合一閃。デュラハンエルフのレイピアが抜刀術のように引き抜かれる。

 しかし、その攻撃は僕に向けられたものではなくて、


「え?」


 呆けた声を漏らしたのは中年エルフの傍に控えるローブに軽装のエルフだった。

 彼は少しの間、自分に何が起きたのか分からなかったようだが、自分に起きた異変を体が信号として捕らえたのだろう。下を見て、


「う、うわぁぁぁああ!!」


 悲鳴を上げてうずくまる。

 お腹が押さえる手に灯る魔力光を見るに、彼はいま必死で回復魔法をかけているのだろう。

 そう、デュラハンエルフの攻撃は仲間に向けられたものだった。

 突然の凶行に中年エルフは唖然呆然。

 しかし、さすがは年の功というべきか、いや、統率者としての義務感からかもしれない。すぐに我を取り戻した中年エルフが絶叫する。


「何をするか貴様――っ!!」


 対するデュラハンエルフの態度は気楽なもので、


「なにをって、ここまで追い詰められているのに、貴方達が頑固だからいけないんですよ」


 中年エルフの叱責にヘラヘラとそう答えるデュラハンエルフ。

 彼の言葉からは、かつて聞かされたエルブンナイツへの敬意のようなものは感じられない。

 たしか、以前アヴァロン=エラに迷い込んでいた際にはエルブンナイツを随分と持ち上げていた気がするのだが、彼の心境にどんな変化があったというのか。

 かつて僕達の世界において『キレる若者』などという言葉が流行ったと聞くが、もしかしてエルフ社会にも似たような現象が起こっているのだろうか。


 いや、違うな。

 原因はたぶんあの剣だ。


 見れば、乱心したエルフの手に持つ剣からはドス黒い煙のような何かが立ち上っていた。

 それは僕からしてみると見慣れた光景であって、


「魔剣、ですか」


「なんだと――」


 僕の呟きに中年エルフがぐりんと泡を食ったように顔を向けてくる。


 いや、驚きすぎでしょう。


 デュラハンエルフはあの剣のことをエルブンナイツの偉い人からもらったものだと言っていた。

 だから、この中年エルフが知らないということは無いと思うのだが、

 中年エルフのリアクションに僕はそう思ってしまうが――、


 うん。リアクションを見る限り知らなかったんだろうね。

 そういえば、ソニアもちょっと前に気になることを言っていたし。


 とはいえだ。自分の部下が持っているアイテムくらい気にかけておいて欲しいものだ。

 正直、同行者の管理もロクにできないこの中年エルフにはガッカリではあるのだが、いま問題なのはデュラハンエルフが持つ魔剣だ。


 魔剣という武器はその殆どが特殊かつ強力な効果を持っていて、当然、リスクは小さくないのだが、それさえ無視できれば、場合によってはその能力が戦況を一気にひっくり返すなんてこともあったりするからだ。

 だから、なによりも、その見極めを最優先にしなければならなくて、

 手っ取り早くその効果を知る方法が鑑定の魔法だが、

 ただ、相手は腐っても魔法技術に長けたエルフである。

 しかも、こう向かい合った状況ではさらに倍率ドン。レジストされてしまうのがオチだろう。


 だが、この魔剣に関しては別に鑑定するまでもなかったみたいだ。

 仲間の敵討ち――というよりも、単純な怒りからだろう。怒りに顔を染めた中年エルフが、錯乱したエルフの剣士に襲いかかり、その攻撃を斬られたハズのエルフが受け流したのだ。

 そんな仲間の行動に「なっ、ピリンどうしたのだ!?」と戸惑いの声を上げる中年エルフ。

 しかし、この一連の行動でだいたいのことは理解できた。


「人心操作――、もしくは契約魔法に似た効果を持った魔剣ですね」


 僕の言葉を受けて中年エルフが驚いたように目を見開く。

 だが、すぐに苦々しげに顔を歪めて――、


 そう、エルフの剣士が持つ魔剣には他人を操る能力が備わっているみたいなのだ。


 いや、もしかすると彼自身も――、


 僕がそんな飛躍的な妄想をしていたところ。


「それよりもいいんですか?」


「何のことだ?」


「それですよ。それ」


 声を発したのはデュラハンエルフだ。

 質問を質問で返す中年エルフに、ヘラヘラとデュラハンエルフが血で濡れた剣先で示したのは、地面に転がるエメラルドのような宝石をトップにすえたペンダント。


 そのペンダントを見た中年エルフは慌てたように自分の首元をまさぐり、掠れた声でこう呟く。


「いつの間に――」


「貴方がピリンさんの受けた隙にですよ。自分の部下ということで油断をしていたのでしょうね。〈悪戯妖精(シルフィー)〉にお願いして外してもらいました」


 どうやら、このデュラハンエルフは、ピリンこと量産型イケメンエルフの体がブラインドになっていたところで、風の精霊かな? 魔法で呼び出したと思われる何者かにあのペンダントを外してもらったみたいだ。


 しかし、あのペンダントがどうかしたのか?

 中年エルフの焦りように、僕がもう一度、地面に落ちたペンダントを見てみると――、


 魔法陣?


 そこにはピリンの腹から流れ出したと思われる血液で魔法陣が形成されていた。


「ですが、これでは足りませんね」


 と、分析している場合じゃないみたいだ。

 動き出すデュラハンエルフ。

 狙いは誰でもいいようだ。

 魔剣の能力を考えれば当然だろう。

 デュラハンエルフの猛攻に中年エルフが受けに回る。

 本来ならエルブンナイツの彼等にとって首を小脇に抱えたエルフの攻撃など、取るに足らないものだろう。

 しかし、二対一のこの状況、そして、一撃でも相手の攻撃を浴びてしまえば操られてしまうかもしれないとなると、うかつに攻撃もできないみたいだ。

 苦戦する中年エルフ。

 正直、僕としては、魔王様を貶めるような彼等が仲間割れをしようとどうなろうと知ったことではない。

 だが、それでも、このままデュラハンエルフが優勢に立ってしまうと、例のディタナンとかいう守護精霊が呼び出されてしまうだろう。

 だから、ここは僕が介入して収めようと、攻撃に転じるのだが、それを見てデュラハンエルフがチッと舌打ち。


「のんびりとやっている余裕は無いみたいだな。仕方ない一気に決めるとするか」


「お前ごときにやられる私ではないわ――」


 デュラハンエルフの言葉に中年エルフが気炎を上げる。

 しかし、ここで予想外のことが起きる。

 その言動から僕だけでなく中年ネルフも、デュラハンエルフは何らかの攻撃により中年エルフの血を捧げ、この魔法陣を完成させるのかと思っていたのだが、デュラハンエルフは自分に刃を向けたのだ。


「はっ?」


 目の前で起きた自傷行為に呆気にとられる中年エルフ。

 その間隙を縫って放り込まれる刺突。

 刹那の空白に繰り出された一撃が中年エルフの胸を貫き、鮮血を吹き出させる。

 そして、二人分の血液を浴びたペンダントがひときわ強い光を放ち、血の魔法陣が更に拡大――、


 ドクン。


 まるで森そのものが脈動するように震えたかと思いきや、その脈動を地揺れが追いかける。


「これはちょっと危なそうな雰囲気かも」


 立っていられないくらいの大きな揺れに、僕はこの場からの離脱を考える。

 しかし、そんな僕に対して立ち塞がる者がいる。デュラハンエルフと先に操られたピリンとかいうエルブンナイツ、そして中年エルフだ。


「逃げてもらっては困るぞ。貴様には今迄の償いをしてもらわなければならないのだからな」


 あからさまな見下した態度でそう言ってくるデュラハンエルフ。

 おそらくは魔剣の力に酔っているものと思われる。

 両脇に控える二人と同じように焦点の定まらない瞳で僕を見て、


「さあ、守護精霊による裁きの時間だ。捕まえろ」


 ボコボコと蠢く大地をバックにそう指示を出す。

 だが、そこは所詮相手は操られているだけの意思のない人形。

 それなりに鋭さはあるものの、その動きは命令された以上のものではなくて、

 なんのことはない。魔法銃を連射するだけで二人はダウン。

 後は未だ名前も知らないデュラハンエルフを倒すだけだ――と、僕が向き直ったその時だった。

 そこには木が絡まりあったような巨大な塊があって――、

 刹那、それが僕の上に落ちてくる。

◆すみません。お話がちょろっと長くなってしまいましたので、一旦ここで区切らせてもらいます。

 中途半端で申し訳ないのですが続きはなんとかお正月中にはあげられると思います。


 因みに今話で百万文字オーバー、ギリギリ今年中に達成できました。

 文庫本で換算するなら八冊分くらいの分量になるでしょうか、我ながらよくぞここまで書いたものです。

 これからも行けるところまで地味に書き続けていきたいと思いますので、読者様には変わらぬご愛顧をお願いしたく思います。


 それでは、良いお年を――

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