●ハーフエルフとエルフ
マオがその動きに気付いたのは、おそらくエルフの血を引いていたからだろう。
〈精霊の森〉によって虎助達と分断された後、感じた地脈の微妙な乱れを追いかけて、マオが辿り着いたのはゲートから北に五百メートルほど離れた地点だった。
管理された人里のように適度な距離をとって点々と巨木が生えているそこでは、地面に描かれた大きな魔方陣の前でエルフ達が魔法的な儀式が行っているようだった。
しかし、いざ目的の場所に辿り着いたはいいものの、エルフがいたとなるとどうしたらいいものか。
自分から少し離れた場所で儀式のようなものを行うエルフの集団に、マオは生来の性格を爆発させまごまごしてしまう。
すると、その気配を先に勘付かれてしまったみたいだ。
「誰だ!?」
「……」
「フン、ターゲットが自らが現れるとはね。でも丁度いいかな」
声をかけられたからには出ていかなければならない。人がいいというべきか、素直に巨木の影から姿を見せたマオに嗜虐的な笑みを浮かべるエルフ達。
一方、マオは自分の気持を落ち着かせるように静かに深呼吸、エルフの声を無視して質問を飛ばす。
「……何をしようとしているの?」
マオとしてはただ疑問に思って聞いただけ、いろいろと言葉を尽くしても酷い言葉が帰ってくるだけ、そんな予想から単刀直入に切り込んでいったのだが、マオのことを忌み子として見下しているエルフ達からしてみれば、無感情にしか見えないマオの仕草が挑発に見えてしまったのかもしれない。
「ハァン? 忌み子に話すことなんてないんだけど」
ハーフエルフの質問なんて受け入れられない。代表して答えたキツネ目のエルフが、やや芝居じみたアクションで手を前に突き出して命じる。
「捕まえるんだ」
その命令に一斉に動き出すエルフ達。
とはいっても、迅速に捕まえるとかではなく、『小娘一人捕まえることなんて簡単だ』そう言わんばかりのゆったりとした足取りでマオとの距離を詰めていく。
因みにキツネ目のエルフがマオを捕まえることを指示したのは、前にアヴァロン=エラにやってきたでデュラハンエルフから、マオが守られているという印象がそのまま伝わり、マオの実力を侮っていたのと、彼ら世界に暮らすエルフのプライドを満たす為にマオを見世物にしようとしたからだ。
しかし、彼は知らない。いま、このアヴァロン=エラにいる人員の中でマオが一ニを争う実力の持ち主であるということを――、
いや、実力という意味では、彼等もマオが光の上級魔法である〈聖盾〉を使ったところを彼等も見ていたハズだ。
しかし、人とは往々にして自分の信じられるものだけを信じてしまうものだ。
そして、敵を侮った結果、どうなってしまうのかは言わずもがなで――、
「……〈静かなる森の捕食者〉」
蚊の鳴くような小さな声でマオがその魔法名を唱えると、地面から輝く緑色の影が立ち上がり、その幻想的な緑の影の足元から伸びた蔦がエルフ達に絡みつかんと伸びていく。
これは、森に漂う精霊に力を与え、マオが知る大精霊の影を一時的に作り出す精霊魔法。
普段のアヴァロン=エラならば上手く機能しない魔法だが、エルフ達によって森の力が高められた今ならアヴァロン=エラでもこの魔法も十全に機能する。
「うおっ」
「キャッ」
「わ」
「ひっ」
油断から、あっという間に蔦に絡め取られてしまうエルフ達。
だが、最後方に陣取っていたキツネ目のエルフだけは〈静かなる森の捕食者〉に捕まってしまうという憂き目を回避できたようだ。
「クソッ、どうなっているんだ。なんで忌み子なんかが精霊様の力を扱うことが出来る!?」
キツネ目のエルフが抜き放ったレイピアで絡みつかんとする魔法の蔓を切り裂きながら喚く。
しかし、マオは彼の声に答えない。
答えたところで彼等がその言葉を聞き入れることが無いことを知っているからだ。
真実すらも自分達の都合によって捻じ曲げ、人の話に聞く耳を持ってくれない相手を説得する言葉など、マオは持ち合わせていなかった。
だからマオは無駄な言葉を重ねる代わりにこの言葉を送る。
「……降参する?」
「誰がハーフエルフなどに屈するもんか」
マオからの降参勧告にキツネ目のエルフがつばを飛ばして言い返す。
そして、キツネ目のエルフの言葉に呼応するように〈静かなる森の捕食者〉に捕まっているエルフ達からも遠慮のない罵声が飛んでくる。
その無遠慮な怒号は、とても森の賢人などと呼ばれているような存在が口にするような上品なものではなかった。
少し前のマオだったら、傷つきへたれていたかもしれない、マオの存在そのものを否定するような言葉だった。
しかし、いまのマオにとってエルフは――、エルフがしてくる口撃は恐れるべきものではなくなっていた。
自分を魔王と罵って猪突猛進にも向かってくる人達と変わらない、可哀想な存在でしかなくなっていた。
かといってマオが彼等を害するということはない。
そもそもマオがなにかを害するとしたら、それは仲間の危機を救う為、そして、自分達が生きていく為に限定されているのだから。
キャンキャンと吠えるだけしか能がない彼等はその対象になり得ないのだ。
だからこそマオはこの魔法を選んだ。
マオが使用した〈静かなる森の捕食者〉は、捕らえた相手の生命力を吸収し、衰弱のバッドステータスを与えることができる精霊魔法。
マオはこの魔法を使って、無傷で彼等を無効化しようと考えていたのだ。
しかし、相手は魔法巧者が集まる種族として知られるエルフ。
舐めるなと、魔法の蔓に絡め取られた一人が自爆覚悟で放つ風の魔法で〈静かなる森の捕食者〉からの脱出を目論む。
だが、マオはそんなエルフの動きにも慌てない。
冷静に自らが顕現させた〈静かなる森の捕食者〉に膨大な魔力を注ぎ込み、その力を強化させる。
これに驚いたのは自爆ともいうべき方法で脱出を目論んだエルフ達だった。
エルフ達としても、まさか上級の精霊魔法をなんの躊躇いもなく強化してくるとは思いもよらなかったのだ。
そもそも一度呼び出した精霊をそのままの状態で強化するには繊細な魔力コントロールが必要で、それ以上に同じ魔法を再度組み直すよりも強大な魔力が必要だと、それが彼等の常識だったからだ。
ただ、そのリスクに関しては精霊との親和性や技術の高さでカバーできるものである。
いや、それでなくとも、ある世界で魔王という理不尽なレッテルを貼り付けられたマオの魔力量を考えると、大したことない魔力消費量だった。
そして、これはエルフ達は知らないのだろうが、このアヴァロン=エラでは魔力の回復量が通常の魔法世界にくらべても百倍以上になっている。魔力の上限が膨大なマオにとってその程度の魔力など一分とかからずに取り返せる量なのだ。
「くっ、厄介な魔法を使うヤツだよ。
アイル。アイル――っ!!」
強化された〈静かなる森の捕食者〉に、もはや打つ手なしの状態に陥ってしまったキツネ目のエルフが樹上に向けて叫ぶ。
その声を受けて現れたのは、エルフの女性としては珍しく、金髪の髪を短く借り揃えた長身痩躯の女性の剣士。
彼女は地面に降りるなり、刀身の長いレイピアを一振り、周囲に風の刃を撒き散らし、〈静かなる森の捕食者〉の蔓を引き裂くと、自分を呼んだキツネ目のエルフに対し冷淡な声でこう告げる。
「私は貴方達の目付けであって部下ではないのだが」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょ。このままでは我等同胞が忌まわしきハーフエルフに蹂躙されてしまうんだよ」
この男は何を言っているのか、そんな内心がありありと読み取れるような呆れ顔を浮かべるアイルと呼ばれたエルフの女性。
しかし、そんなアイルにとってもこの状況はあまり好ましくなかったようだ。
不承不承にではあるものの、アイルがマオに対しようとしたその時だった。
この戦場に闖入者が現れる。
「あら、これはどういった状況かしら?」
「ヤツ等の仲間――とは違う? これは僕等と同じか」
マオとエルフ達が戦う現場に現れたのは金髪翠眼の少女。
とつぜん現れたその人物を敵の援軍と疑うキツネ目のエルフ。
しかし、彼女の髪の隙間から覗く特徴的な長い耳から、彼女が自分達と同じ種族だと判断して、
「おい、お前、僕達を助けるんだ」
図々しくも助けを求めるキツネ目のエルフ。
しかし、ホリルはあえてその声を無視するようにマオに話しかける。
「マオ、彼等は何者?」
「……意地悪なエルフの仲間」
「意地悪なエルフって……、
もしかして、前に言っていたのは彼等のこと?」
ホリルからの問いに「ん」と頷くマオ。
だが、その時――、
「お前――、僕を無視してハーフエルフと話とはどういうことだ」
二人の会話に割って入るように叫んだのはもちろんキツネ目のエルフである。
不満もあらわに声を荒らげるキツネ目のエルフに、ホリルはマオとの会話を邪魔された不機嫌を目元に乗せて言う。
「あら、友人と話すのがそんなにいけないことなのかしら?」
「ハ、ハーフエルフと友人だってっ!! 君、正気かい!?」
ホリルの発言に愕然とした表情をしたのはキツネ目のエルフだけではなかった。
アイル以外のエルフがホリルの答えに驚き、不快そうに顔を歪めていた。
一方、ホリルはそんな彼等の態度に目眩を憶えていた。
他の世界のエルフがハーフエルフを疎んじているということは数日前に知ったばかりだが、それを実際に見せられてしまうと改めてまた感じさせられるものがあるのだ。
だが、彼等はそんなホリルの心情など全く理解できないようで、
「洗脳を受けているのか」
「成程、それなら納得ね」
「だったら仲間として開放してやらないとね」
自分勝手な言い分を高らかに謳い上げ、改めて武器を構えるエルフ達。
そして、いざマオを打倒さんと気合を入れ直したタイミングでホリルが言うのは、
「私からしてみたらアナタ達の方が洗脳を受けているように見えるのだけれど」
「言うに事欠いて僕達が洗脳されてるだって」
アンタバカ。そんな内心が聞こえてきそうなホリルの言葉にエルフ一同の怒りの矛先がホリルに向かう。
しかし、そんなエルフ達の動きにマオが反応する。
「……させない」
マオの意志を受けた〈静かなる森の捕食者〉が操る蔦が彼等の腕に体に絡みつこうと動いたのだ。
「チッ、また、厄介な魔法だね」
忌々しげに舌を打ったキツネ目のエルフが細身の剣を力任せに振り抜き、マオに向けて攻撃魔法を行使しようと手を突き出す。
だが、その短絡的なターゲット変更が命取りだった。
エルフ達の意識がマオに向いたその隙をついてホリルが飛び出したのだ。
覚えたばかりの風の精霊魔法の力を借りて、グループの最後尾、安全な位置に陣取っていたキツネ目のエルフに肉薄したホリルがその小さな拳を存分に振るう。
ズドン!!!!!!
およそ人間の体から聞こえてはいけない重音が周囲に響き、キツネ目のエルフが殴り飛ばされる。
緩やかな放物線を描き飛ばされてゆくキツネ目のエルフの体。
延長線上にあった大樹に激突。「かはっ」と掠音を漏らしてその場に倒れてしまう。
そんなバトル漫画にありがちな光景に「は!?」と声を出したのは誰だったのか。
振り返った先で倒れ伏すキツネ目のエルフを見て、またホリルに視線を戻して固まってしまうエルフ御一行様。
「あら、御免なさい。そんな豪華な鎧を身に着けているんですもの、まさかこんなに弱いなんて思いもよらなかったから」
ともすれば挑発にとれるその発言。
しかし、その実力をまざまざと見せつけられては反論も出来ない。
というよりもだ。かの世界において緑鬼などと呼ばれて恐れられるエルフの戦闘力に誰が逆らえるだろうか。
そして――、
「ほらほら呆けている場合じゃないわよ。次はアナタ達の番なんだから。行くわよ」
「う……、うわぁぁぁぁああ!!」
思考停止するエルフ達に問答無用で襲いかかるホリル。
予想外の化物の出現に逃げ惑うエルフ達。
だが、魔術に魔法剣と魔法に特化した普通のエルフが、肉弾戦闘に長けたホリルからは逃げられるハズもなく、次々と殴り飛ばされていく。
しかし、彼等は幸運だった。最初に飛ばされたキツネ目のエルフとは違って、吹き飛ばされた先でマオが発動させている〈静かなる森の捕食者〉が回収してくれるのだから。
エルフ達がいかに嫌味な存在だとはいえ、ホリルに叩きのめされる姿を見て、さすがに可愛そうだと思ったマオが気を利かせてくれたのだ。
そして、一人を除く全てのエルフが〈静かなる森の捕食者〉に保護されたところで、ホリルは最後に油断なく剣を構えていたエルフの女性剣士アイルに向き直る。
「残るはアナタだけだけど降参する?」
「出来ることならそうしたいところなのだが、仮にも仲間がやられて自分だけおめおめと降参する訳にはいかないだろう」
「ふぅん。バカみたいな連中の中でアナタだけはまともなようね。
それと、私好みの性格をしているわ。
いいわよ。かかっていらっしゃい。少し鍛えてあげる」
ホリルの物言いはあからさまに上から目線だった。
しかし、アイルとしても今の戦いぶりから、ホリルが自分よりもはるか先にいる存在だという認識を抱くのには充分だった。
だから、ここは胸を借りるつもりで、
「参る」
武人の間に細かいやり取りなど必要ない。そう言わんばかりに放たれた高速の一突き。
しかし、ホリルはその一撃を難なくジャンプで躱し、お返しにとばかりにソバット。
吹き飛ばされるアイル。
他方、ホリルはソバットから着地、そのままダッシュで吹き飛ばされたアイルに追いつくとバーニング。魔力を宿したストレートパンチで追撃をかけるのだが、
アイルにはアイルの意地があるのだろう。装備するミスリル製らしき黒いガントレットでギリギリのところで直撃を受け流して仕切り直し。
そして、始まる細剣と拳のハイスピードバトル。
風の魔法をまとい剣を振るうアイルとただ純粋に魔力を力に変えて迎え撃つホリル。
本来なら生身の格闘家とフル装備をした剣士とでは勝負にすらならない戦いだった。
だが、そこに大きな実力差が存在していたらどうだろう。
一方は生身の状態というのにも関わらず、硬質の音を立てて打ち合う二人。
そんな武闘派エルフの二人を他所に、マオはといえば、動かなくなったエルフたちをミストの糸でせっせと縛り上げ、最後までその正体が判明しなかった魔法陣を調べるべく、瞳に濃密な魔力を纏わせていく。
エルフ達がここで何をしようとしていたのかを調べる為に。
◆はい、昨日は星祭こと冬至でしたね。皆様、カボチャは食べましたか?
クリスマス目前にも関わらず平常運転の作者です。
もちろん、明日も明後日も予定はないですよ。ハハッ♪
……次話は水曜日に投稿予定です。
あえてクリスマスを外してるんじゃないですよ。単にクリスマスの雰囲気にあてられて原稿が捗っていないのです。