●マリィvsレンロン
◆今週の二話目です。マリィ視点です。
マリィは〈精霊の森〉の発動から少し後、カプセルのような結界の中で目を回していた。
〈精霊の森〉によって急成長させられた森に押し退けられるように、かなりの距離を転がされてしまったのだ。
しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。
いまこのアヴァロン=エラはエルフ達の侵攻を受けているのだから。
周囲に生い茂る木々を見回したマリィは、頭を振って腰のマジックバッグから状態回復のポーションを取り出すと、それを一気に煽り飲み、「とりあえず奇襲に備えるべきですの」と、ウキウキした顔で『盾無』と名付けられた黄金の鎧をマジックバッグの中から取り出し着装する。
そして、「次は合流ですわね」と魔法窓を呼び出して、通信機能を起動させるのだが、起動させたハズの念話通信はどこにも繋がらない。
「念話――は何故か使えませんわね。この森が原因ですの?
仕方がありません。ここは魔法による探査をするしかなようですね」
念話通信が使えないことを聡ったマリィは自らの意思で虎助が施した守りの結界を解除して、周囲の状況を探るべく〈愚者火〉を発動させる。
舞い散る火の粉がマリィの意思に従い周囲の情報を得るために散っていく。
これで万屋の方向の分かるだろうし、もしかしたら虎助かマオが自分のことを見つけてくれるかもしれない。
だが、そんなマリィの希望的観測に反して、この〈愚者火〉の蛍火に惹きつけられたのは虎助達ではなかった。
〈愚者火〉の発動から少し、閑散とした森を歩くマリィの前にエルフらしからぬ筋骨隆々な肉体を持つレンロンが現れたのだ。
その両脇には虎助に体を両断されたハズの二人の女性エルフの姿があって、
「見つけたぞ。装備は違っているが、貴様、先ほどの場所にいた魔道士だろう?」
「なにか?」
「なにかではない。決着をつけに来たのだ」
黒い大剣を突きつけるようにして当然のことのように話しかけてくるレンロン。
そんなレンロンの不遜な態度にマリィが冷淡な声で応じる。
正直、マリィはレンロンのような人間が苦手だった。
彼が纏う雰囲気、力こそ全てと言わんばかりの肉体が、マリィが嫌う叔父という人間を思い起こさせるのだ。
ゆえに普段なら戦いを楽しむきらいのあるマリィが、こんな素っ気ない対応をとってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
「〈炎の投槍〉」
人間には過剰な火力であるが、魔法に長けたエルフなら死なないだろう。そう思って放たれる魔法。
しかし、マリィによって放たれた炎の槍は魔法による障壁で受け止めるでもなく、ただ真っ黒な大剣によって斬り散らされてしまう。
「油断してなければ、この程度の魔法など俺には効かぬ」
無駄に自信満々なレンロンの発言がマリィの不快感を刺激する。
そんなレンロンの態度に対してマリィは軽く深呼吸。
気持ちを落ち着かせた上で鑑定系の魔法を使うように目に魔力を纏わせて、
「魔剣――ですの? それは誇り高きを自称するエルフが使うような武器ではないと思うのですが」
「よく知っているな。 だが、真に森の精霊の加護を得る俺の力にかかれば、魔剣の負担を押さえ込むことも可能なのだ」
僅かな非難を込めたマリィの声に対し、レンロンが自信たっぷりそう答える。
しかし、そんなことがありえるのだろうか。
魔剣というのは、まさにその呼び名の通り魔の剣で、仕様者に何らかの代償を求めるのが普通であって、魔剣を魔剣のままでリスクなしに扱うにはそれ相応の資質が必要なのである。
「つまり、貴方は異常耐性を持っていると?」
「何を言っている?」
虎助レベルの〈異常耐性〉を持っているからこそ、魔剣の影響を受けないのではないか。
レンロンの自慢話からそう推理したマリィだったが、レンロンはそんなマリィの言葉に顔をしかめるようにして、
「話術でこちらを動揺させるつもりか。つまらん作戦だな」
小馬鹿にするようにそう言い放つ。
しかし、マリィはその挑発にも冷静だった。
「〈炎の投槍〉」
マリィがその魔法名を口ずさむと、虚空より現れ出た二本の炎槍が今まさにその巨大な黒剣そ振り下ろそうとしていたレンロンを迎撃する。
「無駄ァ!!」
しかし、レンロンを狙った炎槍は、彼に直撃する寸前、角度を変えた斬撃によってまたも散らされてしまう。
やはりそれがレンロンの魔剣の持つ特殊効果なのだろう。
ゲートでの戦い、そしていま実際に起きた現象からそう予想したマリィは、盾無の補助を借りながら大きくバックステップ。
でしたらこれはどうですの?と呟いて、先程のさらに倍、四本の炎槍を射出する。
しかも今度は、ただまっすぐ飛ばすのではなく可変式レーザービームのように途中で角度を変えるような炎槍だ。
さすがにこれにはレンロンも虚を突かれたようで、全ての炎槍を撃墜することが出来なかった。
一本の炎槍が太い二の腕に突き刺さる。
ダメージを受けたレンロンは炎槍の勢いに吹き飛ばされる。
と、そんなレンロンにすかさず駆け寄り、「大丈夫ですか?」と回復魔法をかけるのはお付きの女性エルフである。
しかし、レンロンは彼女の治療完了を待たずして、
「小細工を入れてきたか。面倒な」
回復魔法の光を肩口に残したまま飛び出して行く。
対するマリィは魔法窓を手元に開き、今度は八本の〈炎の投槍〉を放って、
四方八方に撃ち出される炎槍。
しかし、それだけでは意味がない。
マリィは魔法窓の各種機能を連動させて、精密なホーミング機能を持たせてみたようだ。
即興で構築された改良炎槍が乱立する巨木を回避するような軌道でレンロンへと襲いかかる。
だが、一度そういうこともできると知ってしまえば対処できるのだろう。
レンロンはこの攻撃を二回の回転斬りで凌ぎ切り、
「この程度の数、俺の剣技を前にしては子供のお遊びだ」
先ほどまでの醜態などまるで無かったかのようにこう吠えるだが、
「でしたら、どのくらいの数まで耐えられるのか実験してみますの」
「何っ!?」
ここでマリィが十六本の炎の槍を呼び出してみせる。
「スペルスタックか」
スペルスタック。それは脳内に――それとも魔導器によって作り出した魔法式を、まさにスタックしていくように待機させておく魔法技術だ。
だが、そんなレンロンの予想に反してマリィはスペルスタックという技術を使っていなかった。
マリィがこれ程の数の炎槍をほぼ同時に作り出せたのは、単純にその魔法構成技術の高さが故のことだった。
そう、マリィは一つ一つ〈炎の投槍〉を普通に発動させただけなのだ。
しかし、その速度が早すぎて、レンロンからは同時に発動したように見えているのだ。
襲いかかる十六本の炎の槍を魔剣で切り散らしていくレンロン。
その剣技は豪快かつ圧倒的だ。
だが、そこでマリィの攻撃は終わりではなかった。
十六本が斬り散らされた次は三十ニ本、そして六十四本と倍々に数を増やしていくと同時に、その動きも複雑化させてゆき、百二十八本になった頃には、炎槍がまるで獲物を狙うサメのように、ぐるぐるとレンロン達の周囲を取り囲み、いやらしい角度で突っ込んでいくようになっていた。
「うおぉぉぉぉぉおおっ!!」
レンロンが裂帛の気合と共にけしかけられる〈炎の投槍〉を撃墜していく。
いや、彼だけではない。今や彼をサポートする二人の女性エルフもこの状況を見守る余裕はなかった。
三人が力を合わせて自分達を取り囲む炎槍の群れに対処しなくてはならない状況に陥っていたのだ。
レンロンが汗を蒸気に変えて迫り来る炎槍を斬り散らしていく。
二人のエルフも無詠唱で行使可能な弱い魔弾や、〈聖盾〉に似た光の障壁を生み出す魔法で、レンロンが打ち漏らした炎槍の対処にあたっていた。
そうして、百二十八本すべての炎槍を斬り消したレンロンは、魔剣を杖代わりに体を支えながら、それでもエルフとしての誇りがあるのか余裕打ったぶった態度でこう言い放つ。
「これで終わりか」
よろめきながらも不敵な笑みを浮かるレンロン。
しかし、彼は気付いていないのだろうか。
あの数の〈炎の投槍〉が同時に襲いかかっていたらとっくに勝負がついていたことを――、
だが、マリィはあえてその事実を教えようとしない。
何故ならマリィはレンロンの心を折ろうとしているのだから。
マリィはかつてエルフがマオに行った仕打ちの、何分の一かの絶望をこのエルフ達にも教えてやろうとしていたのだ。
いや、個人的な好き嫌いもあるだろう。
だから、マリィは淡々と作業をこなすようにレンロンを追い詰めていく。
「でしたら、これはどうですの」
そう呟き、マリィが空中に呼び出したのは、合計二百五十六本の〈炎の投槍〉。
魔法力を使い果たしてしまったのか、既に立ち上がれなくなっている女性エルフを巻き込まないようにしながらも、レンロンに〈炎の投槍〉をけしかけていく。
絶望的な戦いに挑むことになるレンロン。
そんなレンロンが戦う姿を横目に、マリィは平行発動させていた〈愚者火〉で周囲の状況の把握に進める。
そして、ある程度、情報が出揃ったところで〈愚者火〉で集めた情報を魔法窓に反映させて、
「さて、周囲の状況も把握できましたね。そろそろ皆を探しにいきましょうか」
さしものレンロンとはいえど、数の暴力には抗えなかったようだ。
まだ半分以上の炎槍を残してレンロンがこんがり焼き上がったのを見たマリィは、フィンガースナップを一発、ぐるぐるとレンロン達の周りを回遊していた炎槍を消し去って。
「と、皆を探しに行く前に、彼等を何とかしなくてはなりませんわね」
土魔法はあまり得意ではないのですが――と、マリィはそう呟きながらも、〈百腕百手の格納庫〉から取り出した剣のような杖に魔力を灯すと、倒れるレンロン達の足元に突き刺し、ズブズブと首から下を地面に産める。
そして、
「上出来ですの」
一言。さらし首のように地面に産められてしまった三人のエルフをその場に残して、万屋があるであろう方向へと歩き出すのであった。