妖精の森
「これは凄いな」
〈妖精の森〉の発動後、僕は高い木の上にいた。
押し広げるように発生した森に対して、上に逃げるのが手っ取り早かったからだ。
気がかりなのはマリィさんと魔王様を助けられなかったことだけど……。
最低限の処置として、僕と同じように、前に魔王様と遊んだような球状の結界を二人に施せたし、無事で居るとは思う。
しかし、植物の力というのは凄いものだ。
眼下に広がるのは見渡す限りの森・森・森。
エルフ達の魔法によって出現した大樹が森となり、ゲートはおろか、万屋や工房が建っているエリアをも飲み込んで、遙か先までその勢力を伸ばしたのだ。
万屋や工房の方は大丈夫かな。
アヴァロン=エラにある施設には、それぞれ防御機能が備え付けられているから、たぶん大丈夫だと思うけど。
取り敢えず連絡しておいた方が安心だね。
はぐれてしまったマリィさん達を探す為にも、エレイン君達の助けは必要だから。
僕は緑の海に飲み込まれ、様子を伺うことができない万屋に、魔法窓を開き、念話通信を起動させる。
だが、起動させた念話通信が上手くつながらない。
中継機さえあれば異世界にだって届く通信機能がどうしてしまったんだ?
繋がらない念話通信に、魔法窓に備わるトラブルシューティングを起動させてみると、どうも周囲に念波を阻害するような何かが発生しているみたいだ。
もしかしてこの〈妖精の森〉という大魔法にはそういう効果が付与されているのか。
それとも、エルフ達が僕達の連携を恐れて念波を邪魔するような魔法を発動させているとか。
しかし、エルフ達は僕が念波を使っていろいろとアクションを起こしているとは知らないハズだ。
そうなると、この森がもともと備えている効果という説が有力か。
状況からいろいろな予測はできるのだが、きちんと詳細が判明するまでは、原因をこれと決めない方がいいだろう。
しかし、これはどうしたものか。
念話通信が使えないとなると、連絡を取れる手段というのはそれほど多くはない。
携帯電話――も繋がらないみたいだし、他に何か連絡手段は無いかと、僕が魔法窓を操作していろいろ試していると、その視界端にふよふよとこちらに近づいて来る物体が写り込む。
それはソフトボール大の浮遊ゴーレム。カリアだった。
どうもカリアは、この緊急事態とも呼べる状況に、目視(?)にて見つけた命令権限を持つ僕を頼って飛んできてくれたみたいだ。
偶然にではあるが樹の上に登ってきたことが功を奏したようだ。
とりあえず、カリアには空から万屋を探してもらって、そこにいる元春やら賢者様達に安全な場所に避難をするように連絡してもらうとして、後はベル君やエレイン君達に頼んでマリィさんと魔王様を探してもらわないと。
僕は近くまで飛んできてくれたカリアにそう口頭で指示を出して、自分は自分でマリィさん達を探さないと――と動き出す。
しかし、いざ樹上から降りようとしたその時だった。
僕を包んでいた球状の結界がガラス細工のように砕け散る。
いったい何が起きたのか?
そんなことは眼の前を通り過ぎていった矢を見れば一目瞭然。
どこからか飛来したこの矢が僕を守ってくれていた結界を砕いたのだ。
しかし、緊急に発動させた簡易版の結界だとしても、ゲートを介したそれを一発で解除させるとは――。
あの矢自体が何か特殊な魔導器なのだろうか。
ともかく、このまま樹の上であーだこーだと考えていても狙い撃ちにされるだけ。
僕は受けた攻撃の分析を行っていた一瞬に飛んできた二の矢を躱し、樹の上にいたんじゃ狙い撃ちされてしまうと眼下の森に身をおどらせる。
すると、落下の最中に三の矢が飛来して、
僕はそれをディロックという形に封じ込められていた〈聖盾〉で防ぐと同時に『やっぱり狙ってきたか』と心の中で呟く。
着地した僕は素早くアクアを顕現させると〈水繰り〉で作ってもらった水の膜で周囲を覆ってもらう。
アクアをわざわざ呼び出したのは、魔法窓の通信機能が封じられた以上、戦いの最中に結界を維持するのが難しいのともう一つ理由がある。
アクアによる水膜の防御はゲートのものよりその防護性能が数段落ちる。
しかし、応用力という点においては、ゲートによって展開される結界よりも数段優れているのだ。
つまり――、
と、アクアによる防御膜を展開している間にも、また一発、矢が飛んできたみたいだ。
「本当にエルフという種族はせっかちなんだな」
僕は独りごちながらも多重展開した水の膜を貫かんとする矢の動きに集中する。
アクアによって張り巡らされたこの水の防御膜にはある程度の粘度を持たされている。
飛んでくる矢にどんな能力が付与されているのかは知らないが、おそらくその効果が付与されているのは鏃の部分だけだ。
もしも、それ意外の部分が水膜の一部にでも触れたのなら――、
そんな僕の予想は当たっていたようだ。
水膜を突き抜けて飛んできた矢は確かに水膜を貫いた。
しかし、その過程で弾けた水膜の一部が絡みつくように付着すると明らかに速度が鈍ったのだ。
後は権能によって底上げされた動体視力と俊敏性で飛んでくる矢をキャッチすればいい。
さて、どうやって結界を撃ち破ったのか、矢の秘密が知りたいところだけれど。
さすがに戦闘中に鑑定魔法を使うような余裕はない。
僕はキャッチしたその矢をそのまま地面に刺して、すぐにその場を移動する。
マジックバッグに確保しようかとも思ったのだけれど、この矢をマジックバッグに入れてしまうとマジックバッグの機能が壊れるかもしれないと思ったのだ。
そして、そんな僕の動きを先読みするかのように次々と矢が発射される。
矢の発射地点は樹上の枝葉の中。
その軌道、連射速度から、敵は樹上を回り込むように移動しながら狙ってきているみたいだ。
僕は敵の動きの分析をしながら、敵の移動するルートを予想する。
攻撃が途切れる一瞬、敵が移動したと思われる低く枝が茂っている樹上に狙いを定めて、一気に距離をつめる。
分厚く重ねた水の障壁を盾にした特攻だ。
正面から飛んでくる矢を水膜の防御と回避でやり過ごしながら、ガサリと茂みの中に突っ込んで敵を取り押さえようと周りを見回す。
だが、そこで待っていたのは、まだ見ぬ狙撃者の姿ではなく、大量の矢だった。
どうやら敵は弓で矢を射ているのではなく、風の魔法によって矢を空中にとどめ、なんらかのトリガーをもって放っていたようだ。
空中に静止した矢が僕を狙っていた。
矢は弓によって放たれる――そんなちょっとした思い込みから、まんまと罠に嵌められてしまったみたいだ。
前後上下左右あらゆる角度から一斉に放たれる矢。
全方位から自分めがけて飛んでくる矢に僕が選んだのは正面突破だった。
さっきまでとほぼ同じ、アクアを抱え込むようにしながらも、水の障壁の防御力にあかせて矢の密度が薄い面を狙って矢雨の包囲網からの脱出を図る。
と、その判断は正しかったみたいだ。矢による包囲網の突破に成功する。
しかし、さすがに無傷に――とはいかなかった。
魔法を消し去る効果を持つと思われる矢の嵐は、容赦なくアクアが作り出した水膜を切り裂き、隙間を縫って飛び込んできた矢が、僕の肩に、足にと突き刺さったのだ。
だが、体を張ったおかげもあってアクアを守り切ることができた。
ダッシュの勢い余って転がるようになってしまったが、素早く立ち上がって刺さった矢を抜く。
そして、心配そうにするアクアに微笑みを返して大丈夫だとアピール。マジックバッグからポーションを取り出して回復しようとする。
するとそのタイミングで――、
「死イィィィィねえぇぇぇぇぇぇええっ!!」
ヒャッハーとでもいわんばかりに飛びかかってきたのは、ゲートのところで僕を殺すと言っていた優男エルフ。
いや、その形相は既に優男とは呼べないものとなっていた。
彼がサラサラの金髪をなびかせて樹上から飛び降りてくる。
でも、せっかく隙をついたというのに声を上げるなんて――、
僕は樹上から襲いかかる彼を冷静に魔法銃で迎え撃つ。
はてさて、彼は一体なにを考えていたんだろう。呆気なくスタン状態に陥った彼がぐりんと白目を剥いて落ちてくる。
僕は物語の導入よろしく気絶状態で落ちてきた彼が怪我をしないようにと優しく受け止め、そして、彼を地面に寝かせようとしたところ――、
そこに、微かな風切り音をなびかせて横から矢が飛んでくる。
矢の飛来に気付いた僕はすかさず回避に動く。
しかし、狙い澄ましたようなその一撃は僕の頬を掠め、体内にピリッとしびれるような感覚が広がる。
おそらくは鏃に麻痺毒かなにかが仕組まれていたのだろう。回避はしたものの、バランスを崩してしまった僕はそのまま膝をついてしまう。
すると、そんな僕の動きをじっくりと見極めてだろう。数秒後、樹の影になっている場所から音もなく人影が立ち上がる。
魔法だろうか、それは狩人というよりも暗殺者という表現の方が似合いそうな全身黒ずくめのエルフだった。
彼はおもむろに僕に近付くと腰のナイフを抜いて、
「甘い男だ。敵を助けて射られてしまうとはな」
一言。
斬っ!!
その首が跳ねられる。
そして――、
「我等の言うことを素直に聞いていればこんなことにはならなかっただろうに」
「そうですね」
僕が声をかけたところで、この全身黒ずくめのエルフはようやくこの異常な事態に気付いたみたいだ。
「な、どうして貴様が――、なぜ俺の首が切られている?」
「見たままなんですけど」
そう、首を斬り飛ばされたのは僕ではなくて彼の方。
「これは幻覚か」
「ああ、ちょっと待って下さいね。
――アクア、もう大丈夫だから歌を止めていいよ」
空切の能力は知っているだろうに、まだ混乱しているのかそう聞いてくる彼に、僕は懐のアクアに呼びかけて、歌っていた歌を止めてもらうことで答えを返す。
戦闘に入ってから、僕はアクアに相手を軽い混乱状態にさせる歌を歌ってもらっていたのだ。
僕は強力な〈異常耐性〉をもっているからアクアがいくら歌を至近距離で聞いても全く問題はないが、彼にとってその歌は充分な驚異となりえただろう。
「何を言っているのだ貴様は」
「と、これは――、ちょっと効き過ぎみたいだね」
歌を止めたにも関わらず、どこか噛み合わない会話。
これはアクアにも予想外だったみたいだ。自分の所為じゃないよとばかりにフルフルと振るので、僕はオロオロとするアクアを「気にしないで」と慰めながらも、地面に落ちていた狩人エルフの首に銃口を向けて麻痺の魔弾を撃ち込む。
そして、ぐったりと動かなくなった黒尽くめのエルフを優男も含めて、麻痺弾の連打で確認した僕は、マジックバッグの中から取り出したロープで二人を雁字搦めにした上で放置、『さて、マリィさんと魔王様を探しに行かないとな』とエルフによって作り出された森の奥へと走り出した。
◆年末ですね。今年の内に積み本を片付けるぞ。そう思っていたのですが、「そういえばこのマンガ読んでなかったな――」と、某有名作家さんのSF恋愛漫画を一気買い。まあ、十巻もないマンガだから大丈夫でしょう。でも、他にも読みたいマンガや小説はいっぱいあるんですよね。VRゲームを題材にしたラノベみたいな思考加速技術が早く開発されないものでしょうか。執筆も捗りますし……。
◆次話は水曜日に投稿予定です。
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