エルブンナイツ
◆今回のお話は長めとなっております。お気をつけを。
それはとあるのんびりとしたある日、元春が迫るクリスマスに目を虚ろにし、マリィさんと魔王様が、僕が近所のケーキ屋さんでもらってきたクリスマスケーキのご予約チラシを眺めて、「これがいい」「あれが食べたい」と相談していた昼下がりのことだった。
ゲートにいるエレイン君からブラックリストに入った人物がやってきているとの報が送られてきたのだ。
ふむ、みんな集中しているみたいだし、ここは僕一人で片付けてこようか。
僕が常連のみんなを気遣ってこっそり一人でゲートに駆けつけると、そこには数人のエルフと股間を抑えて倒れる首無しの人物がいた。
うん。倒れている首無しの人物は前に来た厭味ったらしいエルフの剣士でいいとして――、
その後ろのご一行様は何者だろうか?
「ええと、お客様はブラックリストに入っておられますのでこのままお帰り願えるとありがたいのですが」
「五月蝿い。貴様など私の後ろに控えるエルブンナイツの皆様からすると塵芥に過ぎないのだぞ。控えろ!!」
ズラリと居並ぶ二十人程のエルフの正体は気になるものの、取り敢えず、目の前の首無し剣士――、ではなく、デュラハンエルフと呼んだ方がよりわかりやすいか、ブラックリスト入りしている彼にお帰りを願ってみるのだが、やっぱり素直に言うことを聞いてくれないようだ。
回復魔法をかけてもらったのだろう。情けなくも手で股間を押さえながら立ち上がったデュラハンエルフが『控えおろう』と説明台詞を飛ばしてくる。
その話の内容からすると、彼の後ろに居並ぶエルフ達は、以前に彼が自慢していたエルフの精鋭『エルブンナイツ』であるとのことらしい。
「それで、そのエルブンナイツの方々を引き連れて、何のご用でしょうか?」
特に用事がないのならこのまま帰ってほしいのですが――、
そう続くハズだった僕のセリフを遮って、このエルフの集団の代表らしきナイスミドルな中年エルフが不機嫌そうにのっしと前に出てきてこう言ってくる。
「忌み子を出してもらおうか。
いや、貴様等にもそれなりの仕打ちを受けてもらうぞ。我等が同族を傷つけたのだからな」
当然というかなんというか、人――というかエルフ?――が代わっても彼等の主張は変わらないようだ。
しかも、今回は魔王様だけではなく僕達にもクレームをつけにきたらしい。
でも、相手の主張が変わらないのなら僕が言えることは一つしか無い。
「勿論ダメに決まっていますが――」
「人間、後悔することになるぞ」
にべもなく彼等の要求を断る僕に、ダンディな中年エルフがその金色の眉根を寄せて睨みを利かせる。
しかし、あからさまに脅すような事を言われて「ハイ。そうですか」などと言うバカがどこにいる。
いや、僕達の世界には、そう対応せざるを得ない人が結構いるんだろうけど、
だけど、殺伐とした世界でお店を任される僕にとっては、この程度の脅しなどそよ風の如き代物である。
だから、ここはきっぱりと。
「当然のことかと」
「ならば死ね」
重ねて突き放すように僕が言うと、その言葉に被せるように、エルフらしからぬ筋骨隆々な肉体を持ったオールバックのエルフが襲いかかってくる。
しかし、エルフって種族は本当に自分勝手な人ばっかりだな。
僕は心の中でため息を吐き、真っ黒な大剣を大袈裟に振りかぶって斬りかかってくるマッシブなエルフに、空切を抜いて対抗しようとする。
「……〈聖盾〉」
だが、僕がマッシブなエルフが持つ大剣を斬り飛ばそうとした直前になって、どこからかよく通る囁き声が聞こえてきて、僕とマッシブなエルフ――両者の間に光の盾が現れる。
そして――、
ガキンと硬質な音が周囲に響き渡り、丸太のような二本の腕によって振り下ろされた黒い大剣が僕の眼前で弾き返される。
切りかかってきたマッシブなエルフの顔は驚愕に染まっていた。
それは、いきなり現れた半透明な光の盾の防御力に対する驚きだったのか、それとも、その光の盾を作ったのが小柄な女の子だったことへの驚きだったのか。
しかし、マッシブなエルフの驚きはすぐに塗りつぶされることになる。
彼はその見た目から受ける印象そのままに、バトルジャンキーとかそう呼ばれる人種だったようだ。
自分の攻撃が弾かれた驚愕も刹那、『面白い』と口元に好戦的な笑みを浮かべ、両手に持つ大剣に魔力を込めて薄い黒色のオーラを纏わせると、今一度〈聖盾〉に向けて漆黒の大剣を振り下ろしたのだ。
すると、今度は弾かれることなく、〈聖盾〉から火花が飛び散り、ビキリと光の盾にひびが入る。
これは魔法剣の効果かな?
いや、どっちかっていうと魔剣の類だよね。
そうじゃないと、いくら剣に魔力を纏わせたとしても、力尽くで〈聖盾〉にヒビを入れるなんて考えられないからね。
ソニアからの報告にあったけど、もしかして、エルフはみんな魔剣持ちなのだろうか。
もし、そうだったとしたら、エルブンナイツというよりもダークナイツをかそんな名前の方が似合ってると思うんだけど……。
さすがに全員が全員、魔剣を持っているなんて集団なんて危険すぎるよね。
そもそも魔剣をそんなにたくさん用意するなんてのは、アヴァロン=エラや魔王様が住むような特殊な場所じゃないと難しいだろうし。
どちらにしても〈聖盾〉が破られたら破られたで、その後に仕留めればいい。
僕が〈聖盾〉が破壊されることを想定して空切を構え直す。
と、次の瞬間、
圧縮された炎で作られた弾丸がカーブを描くようにマッシブなエルフに着弾する。
すると、その炎弾の軌道から頭を押されるような形になってしまったようだ。マッシブなエルフは顔面からひび割れた〈聖盾〉に突っ込んでしまう。
ゴリッ!!
僕は目の前で鼻血を流して白目を剥く、ホームベースのような顔に苦笑いを浮かべながらも、いま彼をこのような状態にいたらしめる原因となった二つの魔法を放った人物に声を投げる。
「二人とも来てしまったんですか?」
「……エルフの気配がしたから」
「私はマオが心配で――」
そこにいたのは慌てた様子のマリィさんと頭の上にシュトラを乗せた魔王様。
マリィさんはそう言い訳するのだが、多分こっそり店を抜け出した僕を見て、魔獣が現れたと勘違いして来たんだろうな。
一方の魔王様は、このアヴァロン=エラにエルフがやって来たことをきちんと認識して、僕を追いかけてきてくれたみたいだ。
正直、相手がエルフということを考えると、魔王様の方が心配なんだけど、勇気を振り絞ってきてくれた彼女の助力は無駄にはできまい。
僕が魔王様の勇気ある行動をちょっと心配する一方で、エルブンナイツがどうしていたかというと、唖然とした表情で固まっていた。
「ハーフエルフが聖なる魔法を使うだと……」
口々に零す彼等の言葉を聞くに、魔王様が〈聖盾〉を使ったことが信じられないみたいだ。
だが、中にはそれよりも重要なことがあるというエルフもいたみたいで、
「レンロン様!!」
「貴様等、許さんぞ」
二人の美少女エルフが叫ぶ。
たぶん、僕の足元に転がる世紀末覇者なエルフがレンロンという名前なのだろう。
レンロンを傷つけたマリィさんに復讐せんとレイピアを抜いたボブカットのエルフが飛び出してくる。
かたや、杖を持ったロングヘヤーのエルフはレンロンを助けようとして僕に向かってくる。
しかし、『許さんぞ』なんて言われても、先に攻撃を仕掛けてきたのは彼の方なんですけど。
僕は言いがかりにも程がある少女二人の発言に、心の中でため息を吐きながらも、それぞれに僕とマリィさんに向かってくるエルフ二人の間に割って入って回転斬りを放つ。
音も無く放たれた斬撃に少女二人の上半身と下半身がわかたれる。
しかし、このままでは上半身が地面に落っこちて怪我をさせてしまう。
僕はずり落ちようとする上半身を器用に両手で受け止め地面に寝かせる。
そして、置いてけぼりをくらっていた残りのエルブンナイツに向き直り。
「さて、これで正当防衛が確定しましたね。排除に移らさせてもらいます」
魔獣然り、蛮族然り、敵意を持つ来訪者は排除しなければならない。
これは、このアヴァロン=エラを管理する者として正しい判断だ。
けれど、この宣告が彼等エルフのプライドを強く刺激してしまったみたいだ。
「貴様、それはハーフエルフの味方をするということか!?」
この後に及んでそんなことが重要なんだろうか?
もっと気にするところはあるだろうに……。
「その件に関しては先程から言っている通りですよ。少なくとも友人を貶すようなあなた達の味方ではないですね。そもそも、仕掛けてきたのはそちらですし、排除されるのはいきなり攻撃を仕掛けてきたのが原因なんですけど……」
ハァ、本当に彼は何を言っているんだろう?
声を低めてトンチンカンな言いがかりをつけてくる中年エルフに、僕は苦笑しながらも正論で返す。
すると、中年エルフの眼光が鋭く、腰の剣に手をかけて――、
だが、それが実行に移される前に、
「まあまあ団長落ち着いてくださいよ。所詮は下等な人族が言う戯言です。僕達は森の賢人として冷静に対処するべきです」
横から優男風の若いエルフが割って入る。
その気安いやり取りから、この優男エルフもそれなりの地位を持つエルフということがわかる。
「う、うむ……、そうだな。そうであるべきだ」
優男エルフの説得に団長と呼ばれた中年エルフが剣呑な雰囲気を緩める。
しかし、仮にも団長と呼ばれるような人が若造に諭されるなんてどうなんだろう?
傍から見ている僕としてはそう思ったりもしないのではないのだが、落ち着いて話ができるようになるのはありがたい――ということで、
「それでなんですけど――」
後はこのまま穏便に帰ってもらえれば――と、声をかけようとしたところで、優男エルフが「ククッ」と思い出し笑いをするように笑い声を上げ、
「いや、失礼。何を期待しているのか、君が安堵したことが可笑しくてね」
そして、
「僕が団長を止めたのは話し合う為じゃなくてね。
――と、後ろを見てごらん」
キラキラと、無駄にイケメンオーラを放ちながらも僕の背後に指を向ける優男エルフ。
僕が彼が指し示す先を追いかけ振り返ってみると、そこには、マリィさんの〈火弾〉によって倒れたハズのエルフがいつの間にか立ち上がっており。
漆黒の大剣を振り上げて――、
元春並みのしぶとさだな。
僕は心の中で嘆息しながらも、手元に魔法窓を呼び出して、ゲートの結界を発動させようとするのだが、
僕が結界を構築するよりも早く魔王様が〈聖盾〉を再発動。
レンロンことマッシブなエルフの剣撃を受け止められる。
そして、動きの止まったレンロンに、シュトラからの〈重力撃〉。そして、マリィさんから容赦のない〈火弾〉の連打がお見舞いされる。
〈火弾〉の連打をくらい吹き飛ばされるレンロン。
しかし、その時だった。
僕の足元で魔力が爆発する。
「虎助!!」
「キハハ、油断大敵だなぁ。そのナイフがこちらに害をおよぼせないのは分かっているんだよぉ」
僕が至近距離からの魔法攻撃を食らったのを見て、そう奇声をあげたのは、高慢で救いようのないデュラハンエルフだ。
以前、フォレストワイバーンのディストピアで、こっぴどくやられたことを根に持っているのかもしれない、『ざまあみろ』と言わんばかりに嬉しそうにしているところ悪いのだが、
「自分の武器の特性くらいきちんと把握していますよ。警戒するのは当たり前じゃないですか」
わざわざ彼に指摘されるまでもなく、空切で切った相手が動けるなんて仕様はちゃんと把握している。
そして、無詠唱でも魔力の高まりを見ることで敵の攻撃を見極めることは可能なのだ。
それは、優男エルフの陽動があっても変わらない。
攻撃が来るとわかっているのなら、それを防ぐこともそんなに難しくはない。
単に自分を守る結界をいつでも出せるようにスタンバイしておくだけでいいのだから。
僕は猿みたいに喜ぶ哀れなデュラハンエルフの指摘にそう応えながらも、せっかく巻き上げてくれた砂煙を使わない手はないと、薄煙の中で魔法窓を呼び出し、エルブンナイツを包囲すべく各種方面への指示や魔法の準備をしながらも、薄煙の無効ぼんやりとしか姿が見えない彼等に向けてこう宣告する。
「えと、あなた達は完全に包囲されています。できれば大人しく僕の言うことを聞いてくれるとありがたいんですけど」
「呆気なかったですわね」
まさかこのベタな台詞を自分が言う羽目になってしまうとは……。
マリィさんが風の魔法で砂塵を洗い流すと、そこにはエルフ達を取り囲むように赤褐色のゴーレムであるエレイン君達が配置についていた。
その光景を目の当たりにしたエルブンナイツに衝撃が走る。
そして、その一方でさっきまで余裕ぶっていた優男エルフがブルブルと震えだしたかと思いきや、
「人族ごときが調子に乗るな」
何故か突然の逆上。
ふむ、ここで怒るとしたらデュラハンエルフの方だと思ったんだけど……、
どうもこの優男エルフは、その見た目にそぐわず瞬間湯沸器的な性質を持っているようだ。
怒りに任せてレイピアを突き出してくる優男エルフに、僕は一応の為とマリィさん達をかばうように前に出て、
だが、それ以上なにかする必要はない。
何故なら彼等は既に檻の中なのだから。
次の瞬間、レイピアを突き出し、突っ込んできた優男エルフが間抜けな銀行強盗のように透明な壁に顔面からぶつかっていって倒れてしまう。
そう、巻き上げられた砂煙の中、僕はすでにゲートがもつ機能の一つである結界を展開していたのだ。
わざわざ結界を見え難くしてなっているのは、狙ってそうしたのではなく、視界不良の中、結界構築にエルフ達を巻き込まないようにと、薄く、ゆっくりと、結界を展開したが故の結果にすぎないのだ。
因みに正面から結界に突っ込んでしまった優男エルフはというと、「へぶっ」と情けない声で顔面を強打した後、車に引かれたカエルのように情けない格好で倒れてしまう。
しかし、彼はすぐに立ち上がり、赤いものが流れる鼻を擦りながら「なんだこれは――」と自分の失態をごまかすように、剣に魔力を込めて結界を切り裂こうとしていた。
けれど、適当に呼び出した結界とはいえゲート由来の結界はそんなに甘いものではない。
「なん、だと……」
ベタな反応ありがとうございます。
「残念ですけど半端な攻撃ではその結界は抜けられませんよ」
そう、ただの斬撃にゲートの結界が破壊されるハズがないのだ。
まあ、いま張られている結界はかなり強度の弱い結界で、相手が魔法に長けたエルフだと考えると、時間をかければ結界を壊す方法もありそうではあるのだが、壊されるまで素直に待ってあげる理由もない。
僕はうんざりという感情を隠そうともせずに、自分の攻撃が結界によって阻まれた事にショックを受ける優男エルフに声を掛ける。
「これでおわかりいただけたでしょうか。出来ればそのままお帰りになってくださると、こちらとしては助かるのですが」
「ふざけるなっ!!」
至極真っ当な要求をする僕に、優男エルフが声を荒らげる。
いや、ふざけるななんて言われても――、
お客様は神様だとはよく言うが、それはあくまでマナーを守ってくれるお客様が対象であって、クレーマーに対してはそれなりの対応があって然るべきなのだ。
だから、
「これ以上、文句があるようでしたら強制排除となるのですが、それでよろしいでしょうか」
お願いはもう何度もした。それでも尚、ごねるというのなら、強制排除も已む無しと、ハッキリ告げる僕に、ピクピクと表情筋を痙攣させた優男エルフが粘着質なストーカーのようなトーンで言ってくる。
「じ、人族ごときが生意気だね。ああ、生意気だね。生意気だね」
はてさて、彼はいったい何回『生意気』だと繰り返すつもりだろう。
爽やかそうな外面を取り繕うことも忘れてしまった優男エルフは、ブツブツと同じ言葉を繰り返し、般若のような形相で結界にレイピアを叩きつけてくる。
はっきり言って、その使い方ではレイピアが傷んでしまうと思うのだが、
「余裕でいられるのも今の内だぞ」
僕が彼の持つ武器の心配をしている間にも彼の準備が整ったみたいだ。
結界に叩きつけるレイピアを止めた優男エルフが、般若のような形相から一転、僕を可哀想な人を見るような目で見ると、乱れた長い金髪をふぁさぁと掻き上げ、格好つけるようにパチンと指を鳴らす。
すると、その直後、結界に魔力で描かれた魔法式が浮かび上がり、パリンとガラスが破れたような音が鳴り響く。
優男エルフは滅茶苦茶にレイピアを振り回しているように見せかけて、結界の上に魔法破壊の魔法式を描いていたのだ。
しかし、魔法的な破砕が終息したそこには、無傷の――というか更に強化された結界が存在していて、
「ば、馬鹿な!!」
「と、言われましても、本当にお間抜けなエルフですわね。あれだけ堂々と魔法陣を書いていたのですもの、対策を取るのは当然のことではなくて」
「……ん、バレバレ」
優男エルフが何かやってくるのかなんてことは、彼が使っていた魔力の斬撃を見ていれば一目瞭然。
というか、バトル中にさり気なく魔法陣を描くなんてのは漫画などでよくある作戦だ。相手が何をやろうとするのかが分かりさえすれば、その対策を取ることはたやすいのである。
一方、優男エルフはこの作戦に相当な自信があったのだろう。マリィさんと魔王様の指摘にそのイケメンフェイスを真っ赤にして荒れ狂う。
「こここここここぉぉぉぉぉおお、殺す。殺す。殺す。殺す。絶対殺す!!」
本当になんだかなあ。これが誇り高き森のなんちゃらさんの正体なのか。
ついさっきまでの自信満々な様子はなんだったんだろう。今度こそ我を忘れるくらいに怒り狂っているみたいだ。レイピアをムチャクチャに結界に叩きつけて、隠すことなく、何度も何度も魔法破壊を試みる。
しかし、このままではせっかくのレイピアが壊れてしまうかもしれないと、そう思って、どうにか彼を止めようと僕が声をかけようとしたところ、
「止めるのだ。私に冷静になるように言ったのはお前だぞ」
おお、彼等の中には冷静なエルフもいたのか。
そう思いきや。
いや、激高する優男エルフを宥めたのは、誰よりも先にキレたあの中年エルフだった。
彼はフーフーと鼻息荒い優男エルフの肩をグイと引き寄せると、結界に手を添え、フンと鼻を鳴らして。
「やはりな。見た目通りそれほど強くない結界のようだ。そして、ここでそのゴーレムを投入しようとするということは、おそらく結界の補強はそう何度も使える手ではないということではないかな」
ええと、この程度の結界なら、ゲートから供給される魔素さえあれば、何度でも再構築は可能なんですけど。
しかし、この中年エルフは自分の推測に自信があるようだ。
これは正直に答えてあげても絶対に信じてくれないだろうな。
うん。自信満々の彼の目を見れば一目瞭然だ。
そうなるとだ。
「仕方がありません。こうなったらもう強制排除しかありませんね」
ただでさえ下落が止まらない彼のプライドを、これ以上傷付けしまったらどうなってしまうやら。
ただでさえ優男エルフが面倒な事になっているのに、更にそれがもう一人となると、もう絶対、なにか危ないことをしてくるに違いない。
それを危険視した僕は『ここは無理矢理にでも追い出して、全部うやむやにしてしまったいいのかもしれない』と、エレイン君達に強制排除をお願いしようとするのだが、
「私達が直接相手をした方が早いのではなくて?」
それよりも自分が出た方が早いのではないか、マリィさんが若干ワクワクとしたトーンで聞いてくる。
「ですが、彼等は既にブラックリストに登録しちゃってますからね。アヴァロン=エラの加護が効きにくくなってるんですよ。これだけの人数を相手にするとなると万が一のことがありますから」
「ああ、そういうことですの」
このアヴァロン=エラには、お客様に万が一のことが起こらないようにと回復力を高める魔法が常に展開されている。
それはあくまで一般のお客様に向けた魔法であって、ブラックリストに指定されたお客様に対してはその加護が適応されてはいない。
だからここは安全策でと、僕が改めてエレイン君達にエルブンナイツの強制退去をお願いしようとしたところ。
「我々を排除するだと。なにを勝手なことを――、
皆の者、人族の横暴に対して我等が力を見せつけてやるのだ」
横暴って――、それをあなた達が言いますか。
僕とマリィさんの会話を聞き止めて声を張り上げる中年エルフ。
そして、エルブンナイツの殆どが、思い思い得意と思われる方法で結界への干渉を始める。
僕はそんなまとまりに欠けるエルブンナイツの動きを見て、『この人達は本当に騎士団を名乗る集団なのか?』と疑問に思いながらも、
こうなってしまっては仕方がない。結界の一部を一方通行の結界に作り変えて、エレイン君達を結界内へと送り込む。
すると、当然エルフ達は抵抗する訳で――、
エルフ対エレイン君軍団の総力戦が始まる。
いや、さすがにエルフ達の中には、中年エルフ達の醜態についていけないとでも思ったのか、戦場から一歩後ろに下がって、戦いの成り行きを見守るエルフもいたりして、
油断は出来ないが、とりあえず彼女は無視の方向で構わないだろう。
と、手が空いていたエレイン君が十二体、対するエルブンナイツが二十名弱。
数の優位はまだ向こうにあるが、エレイン君達にはソニア自らが作り上げた特別な魔導器と頑丈過ぎるボディがある。
そんな長所を全面に押し出して、エルフ達をゲートへと押し込もうと攻めるエレイン君達。
他方、エルブンナイツも『馬鹿にするな――』と、気炎を上げて、徹底抗戦の構えだ。
その傍ら、僕とマリィさんと魔王様は、
「しかし、エルフ達も思ったよりもやりますわね。武器の性能もあるのでしょうが、何人かはあのエレインを押し返していますわよ」
「……知らない魔法を使ってる」
「そうですね。やっぱりこういうのは世界ごとの特徴が出るんでしょうか」
「癪ではありますが、魔法と剣技の合わせ技は参考になるものが多いですの」
のんびりとその様子を観戦しながら、エルブンナイツの戦闘分析を行っていた。
そして、小さな拳とミスリル製の武器が火花を散らし、魔法が飛び交う乱戦が始まって暫く、エルフ側に疲労の色が見え始める。
さすがのエルフもエレイン君達のタフさには叶わないみたいだ。
まあ、ただでさえ、魔法に対する耐性がかなり高く作られているからね。
エルフからしてみたら天敵のようなものなのだろう。
しかし、精霊を搭載しているゴーレムが、精霊を崇めるエルフの天敵というのは洒落が利いているのかいないのか。
と、まだ追い詰められるには余力はあるみたいだが、このタイミングで、
「くっ、戦闘技術はそれ程でもないが、凄まじい耐久力だな。已むを得まい。皆の者、あれを使うぞ」
おっと、エルフ達がなにか奥の手のようなものを使ってくるみたいだ。
中年エルフの声に、側近と思われるエルフ達が彼の周りに集まり、腰に下げた革袋を手に取ると、そこに魔力を込めてゆく。
そんなエルフ達の動きに対し、僕はエレイン君達に彼等が持つ革袋を奪うように指示を出し、自らもまた結界の中に飛び込んでいこうとする。
これ以上、面倒事を増やされてはたまらないのだ。
だが、僕の指示を受けたエレイン君の数体が、中年エルフの周りにいたエルフから革袋の奪取に成功したところで中年エルフが声を張り上げる。
「無駄だ」
持っていた革袋を僕達めがけて投げつけてきて、
「〈破裂する風〉っ!!」
次の瞬間、爆風がそれを追いかける。
爆弾!?
いや、破裂するように革袋から飛び出したこれは――種?
どこかで見たようなシチュエーションに、僕は開きっぱなしだった魔法窓を操作するのと並行して、
「二人共、僕の傍に――」
マリィさんと魔王様を近くに呼び寄せようとするのだが、
それよりも早く、中年エルフを中心とした数名のエルブンナイツが声を揃えて、
「「「「「〈妖精の森〉」」」」」
その魔法名らしきその言葉が唱えられた瞬間、赤茶けたアヴァロン=エラの大地から植物が芽を出し、その身長を一気に伸ばす。
それは、瞬く間に僕達を飲み込み、更にゲートを介して形成した結界まで破壊。
数分を待たずしてゲートの周り、それから万屋よりはるか先の大地まで覆い尽くす巨大な森を作り出した。
◆今回の長編ではまともなエルフも登場させようかと考えているのですが、最初に登場させてしまった嫌味なエルフのイメージに引きずれててしまいこんな展開に……。
さて、どうやって登場させましょうか。
◆繰り返しの説明:通常、レイピアは刺突用の剣となりますが、エルフが持つレイピアはミスリルで作られている為、斬撃での戦闘にも耐えられる性能となっております。