テスト週間
「あら珍しい、元春が勉強をしていますわ。いったい何事ですの?」
放課後、いつものように万屋にやってきたマリィさんが和室で勉強をする元春を見つけて驚き混じりにそう零す。
「テスト週間なんですよ」
「テスト週間?」
勉強を始めて三十分、お疲れモードの元春の言葉をオウム返しにマリィさんが繰り返す。
「今まで学校で勉強した成果を確認する試験ってところですかね」
「はぁ、虎助達の世界にはそういう行事があるのですね。
しかし、それならば虎助は勉強しなくてもよろしいのです?」
マリィさんの疑問に僕が答えると、マリィさんがいつものように店番をする僕を見てそう聞いてくるのだが、
「ふだん授業をしっかり受けていれば慌てるようなものじゃありませんし、お店が終わってから勉強しますから」
「チッ、このチート野郎め。授業を聞いてるだけで八十点とか九十点とか普通に取れてたら苦労はしねーっての」
詰め込んだ知識というのはあまり身にならないというのが僕の持論だ。
しかし、元春としては僕の考えが全く理解できないらしく、いつものように文句を言ってくるのだけれど。
「いやいや、別にってチートじゃなくて普通のことだよ――って言いたいところなんだけど、今となっては元春の言うことも尤もなのかもしれないね」
「どういうこった?」
ことある毎に繰り返してきたやり取りに、僕が付け足した歯切れの悪い言葉を聞いて元春が首をかしげる。
正直、これは元春の性格を考えるとあんまり教えない方がいいのかもしれないことなのかもしれないが、いずれやってくる大学受験なんかを考えると早めに教えておいた方がいいのかもしれないな。
僕はそう思い直して、
「ほら、実績とか権能とかあるでしょ。あれのおかげで、前よりも物覚えがよくなったみたいなんだよ」
実績を獲得して得られる権能の中には、身体能力を向上させるものと同じように知能をアップさせるものが存在しているのだ。
すると、それを聞いた元春は眉を吊り上げて、
「おいおいズリーぞ。ただでさえ点数がいい虎助がリアルチート持ちになるなんてどうなってんだよ」
問い詰めるようにそう言ってくるのだが、僕だって意図してそういう権能を狙った訳じゃない。
ただこのアヴァロン=エラで万屋経営をしていたら、いつの間にかそういう権能が沢山手に入っていたというだけなのだ。
「それにチートみたいな力なら元春も持ってると思うんだけど」
「な、なんだって――」
分かりやすいのでいえば魔法使い系の実績がそれにあたるだろう。
基本あれらの実績には魔力の補助は勿論のこと、知識になんかに関連する強化の恩恵が備わっているのだ。
まかりなりにも光魔法を使えている元春も多少はその恩恵にあずかっているハズで、いくら元がダメだったとしてもいくらかの知能上昇の効果は得ていると思うのだ。
「マジかよ。つか、まったく実感がねーんだけど、マジなのかよ」
大事なことだから二回言ってみた。信じられないとばかりに元春が自分の両手を見下ろす。
しかしながら、それはたぶん元春が期待しているよりも微かな力であって、
「元春が持ってる知能系の権能は【見習い魔法使い】とかそういう実績だからね。そこまでの恩恵は得られないと思うよ」
【魔獣殺し】などの討伐系に各種職業系の実績と、多くの恩恵を獲得している僕でも、言われてみれば物覚えが良くなったかなというくらいの感覚なのだ。元春くらいの実績数でその恩恵を実感できるとは思えない。
それでも魔獣殺しやら魔法系の実績を得るなど絶望的な地球人からしたら信じられない恩恵ではあるのだが、元が元だけにね――と、元春がアレだとか、その辺の話をぼかしながら説明したところ。
「ハァ、微上昇とかそういうのはいいからさ。なんかドカンと一発、頭が良くなる方法ってないんかよ」
ハイ来た。いつものパターンだ。
「とはいっても、僕が知る限りだと、そもそも知能系ってあんまり多くないんだよね」
たぶん元春が言うドカンという言葉の裏には、魔獣討伐やディストピアに入ることによって得られる実績への期待があるのだろう。
だが、そもそも本能に赴くままに暴れまわる敵を倒したところで知力がアップするような権能が得られるだろうか。
いや、得られまい。
知能が高い魔人やら龍種に魔王と呼ばれる存在を討伐したのなら、大幅に知力がアップするような権能が手に入ったりするかもしれないが、そんな存在は誰も彼もが強力な存在ばかりで、かつ、レアな存在となれば決して簡単に手に入るとは言えないのだ。
だから、目前に迫るテスト対策をするのなら『普通に勉強した方が早い』と、これに尽きると忠告はしてみるのだが、ここで素直に勉強をしようと言い出さないのが元春という男である。
勉強なんてクソ食らえ。
諦め悪くもなにか他に勉強を楽にこなせる方法はないかと考えに考え抜いた元春が捻り出したアイデアは以下のようなものだった。
「そうだ。魔法の薬で知力をブーストとかできないんか」
はてさてどうなんだろう?
たしかに元春の言う通り、魔法などの効果を高めるため、知能を引き上げるような魔法薬は存在する。
だが、それがテスト勉強の役に立つのかといえばわからないというのが正直なところである。
しかし、そんな元春発の疑問にマリィさんが答えをくれたのは以下のような答えだった。
「それは可能ですわね」
「マジっすか!?」
「ええ、|私〈わたくし〉もかつてその方法で様々な知識を手に入れましたから。
……まあ、今となってはあまり役に立つような知識ではないのですが……」
ふむ、マリィさんはまだ姫であった当時、その魔法薬による勉強法を行ったことがあるみたいだ。
おそらくそれは帝王学とか礼儀作法とかそういう類の勉強なのだろう。
元王族も大変である。
しかし、王族が実際に行っていたということは逆にその勉強法が有用性はありそうだ。
「虎助――」
「わかってるよ。知力が上がる魔法薬を用意しろでしょ」
「さすが親友、わかってるぜ」
いや、そんなの誰でも分かると思うけど……。
「でもさ。魔法薬って結構な値段するんだけど、そっちの方は大丈夫なの?」
魔法薬はお高いのだ。
「えっと、それってお幾ら万円?」
「それこそピンからキリまであるね。高いのだと何十万って魔法薬もあるし、安いのだと千円からあるけど――」
「因みにその千円くらいで買える魔法薬はどれ位の効果があんだ?」
「効果時間は約十分、知力が二倍くらいにブーストされるって魔法薬かな」
これはあくまで僕の個人的な感想になるのだが、知力が二倍というこの魔法薬の効果は、十年以上使ってきた古いパソコンを、いきなり最新式の高性能なものに買い替えた直後の感覚といえばわかってもらえるだろうか。
「つか、知力が上がるっつっても、たったの十分だけかよ。 短くね?」
「どうだろうね。元春みたいに使う人にとっては十分っていう制限時間は短いかもしれないけど、もともとこの魔法薬は戦闘時に魔法の威力増大を狙って使うポーションだから、使用時間が十分でも充分なんだよね」
ちょっとダジャレっぽい説明になってしまったが、要するにどんな用途に使うのかが問題なのだ。
たとえば、今回の元春に紹介した魔法薬は、短期的に大きな魔法を撃つ為に使う魔法薬ということで、これくらいの効果時間でも構わないから、逆に知力の向上に力を割いているというアイテムになるのであって、おそらくマリィさんが勉強に使っていたという魔法薬は、逆に効果時間に特化しただったのではと思われる。
「せめて一時間でワンコインなら使えそうなもんなんだけどな。そういうのはないんかよ」
またこの友人は無茶なことを言ってくる。
でも、そんな効果を持った魔法薬にまったく心当たりが無い訳でもない。
「う~ん。もしかすると僕達の世界の飲み物を使えばどうにかなるかもしれないね。特に頭に良さそうなDHAとか、錠剤タイプのサプリをうまく錬金すれば元春の言うような魔法薬が作れるかも」
研究者によってはそれらの栄養素をとっても特に頭の良さに関係ないという人もいるそうなのだが、それが魔法やら魔法薬というものになると、多くの人が持つ概念というのが結構馬鹿にできないのだ。
だから、特に頭が良くなるという効果を謳った商品を、特に吸収に時間が必要そうな錠剤タイプのサプリメントを魔法薬の形に加工すれば上手くいくのではないかと、そんな話をしてあげたところ、元春が「んじゃ、すぐにそういうサプリを買ってくるから作ってくれ」と言ってくるのだが、
「いや、そこは自分でやろうよ。錬金釜も貸してあげるし、使ってる内にうまく【見習い錬金術師】の実績が入手できたら、それこそ元春が求めていた知力も少し上がるわけだし」
錬金術師と言えば魔法世界の科学者的な存在である。
つまり、その実績にも知能の向上効果が期待できるのだ。
「でもよ。俺なんかが普通にやってちゃんとした薬が作れるもんなんか?
ジュースとかと違ってサプリから魔法薬を作るのは難しそうじゃね?」
「どうだろうね。そこは適性次第だろうけど、僕が愛用している錬金釜を使えば最初からそれなりのものは作れると思うよ」
そもそも僕だって半年前までは素人だったのだ。それが普通にポーションなどが作れるまでに成長できたのだから、才能次第では元春の方が上を行くなんてこともあり得るのかもしれない。
そう言って僕が錬金術を練習することを奨めてみると、元春としても期待されて悪い気分はしなかったのだろう。
「んじゃま、いっちょやってみっか」
テスト勉強と息抜きという名目で錬金術を勉強し始めるのだが……。
一週間と少し後、帰ってきたテストはいつもより十五点ほど平均点がよかったみたいだ。
しかし、元春としてはその結果にはちょっと不満があったみたいで、
「赤点を免れたのはよかったんだけどよ。これって滅茶苦茶コスパが悪いな」
今回、元春が勉強と称して買い求めたサプリの合計金額は三千円を超えていた。
まあ、何冊か参考書なんかを買うよりは安くついたのだが、それでも勉強にこれだけお金をかけるなんて――と、元春としては不本意な結果だったようだ。
「けど、それは、どっちかっていうと錬金術に凝った所為で勉強の方が捗らなかったってことの方が問題だと思うけど」
点数が悪かったのは学校の勉強をするよりも錬金術の実験している方が面白いと、脱線下からの結果でもあったのだ。
だから、今度は勉強の方に集中してやれば、いい点数が取れるのでは?
そうアドバイスをしてみるのだが、
「それは次のテスト勉強の時な」
期末テストが終わったら後は冬休み。元春としては勉強や錬金術にかまけている暇はないそうである。
「ククク、今年はダチと一緒にスノボ旅行も計画してっからな。もしかすっとこの冬休みで彼女ができちゃったりするかもしんねーぜ」
スノボ旅行に彼女って――、トワさんのことはもう諦めたのだろうか。
そもそも旅行に行ったくらいで彼女ができるくらいだったら、今ごろ苦労していなかっただろうに……。
ともあれ、本人がそう信じているのだから僕は何も言うまい。
テストが終わったかと思いきや、さっそく冬休みの計画を立て始める元春の不気味な笑い声に、僕はただただため息をつくしかなかった。
◆次話は水曜日に投稿予定です。