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マオとホリルと精霊魔法

◆今週の二話目です。

 その日、僕が真面目に万屋の店番をやっていたところにホリルさんが珍しく一人でやって来て、何気なく和室でゲームを楽しんでいた魔王様を見つけて訊ねてくる。


「ねえ、あの子、ハーフエルフよね」


「そうですけど何か問題でもありましたか?」


 そういえばエルフにとってハーフエルフは忌み子なんて呼ばれていたんだったっけ?

 そんな話を思い出した僕が少し硬い声で聞き返すと、ホリルさんはいつも通りの態度で、


「いえね。彼女の魔力があまりにも透き通ってるから、もしかしてハイエルフなんじゃないかって思って聞いてみたのよ」


 ふむ。ホリルさんの態度を見る限り、賢者様の世界ではハーフエルフは迫害の対象になっていないのかな。

 でも、そういうことなら――、


「う~ん。どうでしょう。魔王様のステイタスにそれらしき実績はなかったような」


 あまり他人の実績をひけらかすのはよくないが、ホリルさんならエルフとして魔王様と仲良くなってくれるかもしれない。そう思って答えたところ、ホリルさんは僕の発言の中に聞き捨てならないワードが出てきたとばかりに、ぐわしと僕の両肩を掴んで聞いてくる。


「ちょっと待って、アナタ、いまあの子のことを魔王様って呼ばなかった?」


 しまった。その辺の事情はまだホリルさんに話していないんだっけ?

 賢者様の世界で魔王という存在がどういう風に扱われているのかは分からないが、ホリルさんの反応からみるに、危険な存在として認識されているということは間違いないようだ。


 とはいえ、今さらなんちゃってと誤魔化すのは不自然だし、ここはきちんと説明した方が無難だろう。

 僕は前のめりになるホリルさんをどうにかこうにか落ち着かせ、ゲームをしながらもこっちの様子を気にしていた魔王様の許可をとって、斯く斯く然々――、簡単にではあるが魔王様が魔王様になってしまった経緯をホリルさんに話してみる。


 すると、その結果――、


「ハァ? 忌み子ってなによそれ。酷いエルフがいるものね。

 しかも、それに乗っかった他の人も魔王呼ばわりなんてあんまり過ぎるわ」


 聞くに、ホリルさんの世界では別にハーフエルフを蔑視するような風習はないのだそうだ。

 それどころか、このところ純血のエルフの出生率がかなり落ち込んでいていることから、以前は推奨されていなかった人間との交配も随分とすすめられているそうで、それなりの数のハーフエルフが誕生しているという。


 しかし、交配っていうとなんだか実験的にも聞こえてしまうけど、エルフも少子化問題が大変だということなのだそうだ。

 因みに、かつてエルフが人間との婚姻を避けていたのは、人間とエルフが子供を作ると、その子供はどちらの因子を強く引き継ぐかによって寿命が決まってしまい、子供が親よりもはるか先に死んでしまうという懸念があったからだという。

 だから、かつてはエルフが人族と婚姻を結ぶと、そのエルフは一時的に里から離れ、配偶者となった人間とその子供の寿命が尽きるまで、人里に降りて暮らさなければならないというしきたりがあったそうな。

 現在は遺伝学の発達により、エルフの長寿因子が優勢遺伝子ということが判明し、もしも人間の因子を濃く受け継いだ体に生まれたとしても、寿命そのものはエルフのそれが基準となる為、最低でもエルフの半分ほどの寿命は得られるらしく、そのしきたりは無くなってしまったのだという。


 成程、ハーフエルフにはそんな特徴があったのか。

 もしかするとその辺りに、他の世界のエルフがハーフエルフを迫害する土壌があるかもしれないな。

 ホリルさんから聞かされた話に僕が一人そんな風に考えていると、そのホリルさんは魔王様からステイタスを見せてもらっていたみたいだ。ホリルさんからため息混じりのこんな声が聞こえてくる。


「でも、【森精魔法】とか、精霊魔法が使えるなんて羨ましい限りだわ」


「僕のイメージだとエルフの里とかには普通に精霊が飛び交っていて、精霊魔法もみんなが使えるものだと思ってたんですけど」


 愚痴るように魔王様のステイタスを羨むホリルさんを見て、僕が個人的なイメージを口にすると、魔王様も僕と同じイメージのようだ。頷いている魔王様に対して、発達した魔法世界に暮らすホリルさんからしてみると、その認識はある意味で風評被害のようなものらしい。


「二人がエルフにどんなイメージをもっているのかはよく分からないけど、私の世界だと環境破壊っていうのかしら。自然界中に存在する魔素の減少によって、大精霊みたいな力の強い精霊が幽世に引きこもってもう百年以上たってるからね。(わ・た・し)みたいな若い世代は精霊魔法なんて使えないのよ。なのに、世間の人はやれ精霊魔法だの、やれ風の魔法だの、私がエルフらしくないって文句をいうのよね」


 その幽世がどういうものなのか僕には分からないが、少なくともホリルさんの暮らしていたエルフの集落では普通に精霊が飛び交うなんて光景は見られなかったのだそうだ。


 けど、ホリルさんがエルフらしくないってのには、自身の戦い方にも原因があるじゃないだろうか。

 前に賢者様の世界で見た狂戦士(ベルセルク)っぷりにそう思わざるを得ないんだけど、わざわざ地雷だと分かっている話題に手を出す必要はないだろう。

 だから、


「それなら、ここで精霊魔法の練習をすれば、その風評被害も少しは払拭できるかもですね」


「……ん」


「どういうこと?」


 僕と魔王様の会話に頬に手を当てたホリルさんが聞いてくる。


「これはホリルさんの適性次第なんですが、アヴァロン=エラには普通に何人かの上位精霊も存在してますし、精霊魔法の式も用意できますから、練習次第でなんとかなるんじゃないかと思いまして」


「何? ここって精霊様がいらっしゃるだけでなく、精霊魔法が付与された魔導器まであったりするの?」


「いえ、魔具や魔導器の実物はありませんが、魔法式だけなら、そこに売っている〈メモリーカード〉さえ購入していただければ、カウンター横に置いてある〈インベントリ〉からか、和室のパソコンから自由に取り出せるようになっていますよ」


 言いながら僕がカウンターのすぐ手前、〈メモリーカード〉が並べられた棚を指差すと、ホリルさんはその商品棚から標準サイズの黒いカードを持ってきて、


「これってロベルトが使ってるガジェットよね。前から気になってたけど、そういう仕組みになってたのね」


 まじまじと〈メモリーカード〉を眺めたかと思いきや、カウンター横の〈インベントリ〉の丈夫にセット。

 連動するように浮かび上がった魔法登録ウィンドウに肩をすくめて、


「もう、本当にこの世界はなんなのよ」


 愚痴るようにそう言ってくるのだが、


「単純に立地条件が良かっただけですよ。ゲートを通じていろいろな世界と繋がってるおかげで、ある世界では入手しづらい情報でも、別の世界なら――という感じで情報を得ることができるんです」


 色々な世界からお客様が訪れ、魔具や魔導器、珍しい素材を買い取ることによって魔法式などの情報を採取できる。本当に立地条件様様なのだ。

 しかし、ホリルさんはそんな僕の話を聞いていない。

 既に〈メモリーカード〉の力に夢中みたいだ。


「これで私も精霊使いになれるのね」


 ムフフ。と元春がするような笑い声をあげながら、画面の誘導に従って精霊魔法をインストールしていっている。

 しかし、一つ気になることがある。


「でも、話を聞くにホリルさんの世界の精霊はその幽世に引きこもっちゃってるんですよね。そうなると、精霊魔法をおぼえても向こうではあまり役に立たないとかってことはないんですか」


「……大丈夫。精霊は隠れてるだけ」


「そうね。余分に魔力が必要でしょうが、私が負担してあげれば充分に使えるレベルのハズよ」


 どうやら、精霊の存在を見ることが出来なくなってしまった世界では精霊魔法が使えないのではないかという僕の心配は思い込みだったみたいだ。

 魔王様が言うには精霊が幽世に引きこもっていたとしても、それは隠れているだけで、ふつうに精霊魔法による力の同調は可能だそうだ。

 つまり精霊魔法とは世界に漂う精霊に魔力という餌を与えて様々な手助けをしてもらうという魔法とのことらしい。

 それは、もともと実体を持っていない原始精霊や幽世とやらに引きこもってしまったという精霊にも当て嵌まり、通常よりも余計に魔力が必要になるのだが、魔王様曰く、グリーンモンスターなんて呼ばれるような大魔導師であるホリルさんなら、ちょっとばかり環境が悪い場所でも、しっかりと精霊とコミュニケーションを取る方法さえ憶えてしまえば精霊魔法を行使することは可能であるという。


「ただ、幽世にいるとなるとコミュニケーションを取るのが難しいんだけどね。

 誰かからコツのようなものが聞ければいいんだけど」


 それを知るには類稀なる才能か、老練の術師による指導が必要となるという。

 しかし、その老練な技術を持つ精霊魔導師はホリルさんが暮らしていたエルフの里にも居ないそうだ。

 修得するためには、おそらく隠居したエルフ達が住まう森の奥深くまで赴かなければならないのだという。

 だがそれも、神秘協会といざこざがあったすぐ後のこのタイミングでは移動も難しく、自分の世界で精霊魔法をお披露目するのはまだ先の話になりそうだと落ち込むホリルさんだったが、


「……コツは私が教える」


「いいの?」


 そこに手を差し伸べたのが魔王様だ。

 ふだんから精霊と暮らしている魔王様なら、精霊と通い合う感覚を教えることは簡単なのだという。

 魔王様からの申し出に少し申し訳なさそうにしながらも聞き返すホリルさん。

 一方、魔王様にとってもホリルさんは信頼に値するエルフなのだろう。


「……ん」


 言葉少なに快諾を返す。

 そして、ホリルさんも快く精霊との付き合い方を教えてくれるという魔王様を好ましく思ったのだろう。


「じゃあ、さっそく練習に付き合ってもらってもいいかしら?」


「……ん」


 魔王様の手を取り万屋から飛び出していくホリルさん。

 その後ろ姿を微笑ましげに見送る僕が思うのは『やっぱりところ変われば品変わる。エルフが全員、嫌な人じゃなくてよかった』という当たり前のことと『最近、またあのエルフの剣士が来たっていうからな。気をつけないと』ということだった。

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