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第二回料理教室

 その日の夕方、工房の片隅にエプロン姿の女性陣が集まっていた。

 メンバーはマリィさんに魔王様にアニマさんだ。

 どうして僕がエプロン着用のお三人と一緒に工房にいるのかというと、今まで独学で料理の勉強をしていたアニマさんから男の人が好む料理をご教授して欲しいと頼まれたからだ。


 なんでもアニマさんは、これまで賢者様の世界に存在するレシピサイトやら料理動画などを参考にご飯を用意してそうなのだが、それらの料理は賢者様にとっては物足りないものらしく、夜中になるとこっそりレトルト食品などを食べているらしいのだ。

 それにショックを受けたアニマさんは、身近な男、つまり僕に賢者様が喜ぶような料理を教えてくれと言ってきたという訳である。


 因みに、そんな料理教室になんでマリィさんと魔王様が参加しているかというと、アニマさんから料理教室のお願いをされた時、たまたまその場に居たからである。

 どうして急に料理をやろうと思ったのかはよくわからないが、お二人もやる気を出しているみたいだし、一人に教えるのも三人に教えるもの変わらないからと二人にも料理を教えることになったのだ。


 ああ、因みに、こういうイベントにだいたい出席している元春がいないのは、今日が部活のミーティングのある日だからだ。

 しかし、元春としては女の子の手料理が食べられるこのチャンスを逃す手はないらしく、部活が終わったら必ず立ち寄るから料理を残しておくようにと念入りに頼まれていた。

 別に部活が忙しいのなら無理に来なくても――と、僕なんかはそう思ったりもしたのだが、元春にとって女子の手料理が食べられるかもしれないイベントというものは何者にも代えがたいものらしい。


 さて、元春のくだらない信条はどうでもいいとして、今回、三人に教えるのはサンドイッチだ。

 料理の勉強を始めたアニマさんにとっては物足りない料理かもしれないが、まずは基本から教え直すということで、簡単なメニューを選んでみた。

 作る種類は、ハムチーズサンドとポテサラサンド、そして沼サンと呼ばれるキャベツたっぷりのサンドイッチだ。

 男性に受けそうな料理をとアニマさんのリクエストを受けてガッツリ系ものを選んでみた。

 いや、ガッツリ系のサンドイッチなら、カツサンドやクラブハウスサンドのようなメニューがいいんじゃないかという意見がありそうなのだが、あっちはカツを揚げたりローストビーフを作ったりと、素人が作るにはちょっと面倒な工程を含むということで今回は見送りとなったのだ。


 因みにファンタジー世界のパンといえば基本的に固いパンというイメージがあるけれど、近未来的な魔法世界である賢者様の暮らす世界は元より、マリィさんや魔王様が暮らす世界にもちゃんと天然酵母を利用したパン作りが広まっいるらしく、貴族なんかは僕達の世界にある普通の食パンとあまり変わらないパンを食べているのだという。


 あと、さすがにサンドイッチだけを作るのは寂しいということで、一緒にポトフなんかも作ってみようと考えている。

 とはいえ、こちらは適当な大きさに切った具材を軽く炒めて、水とブイヨンの素をぶち込むだけなので詳しく教えるまでもない。

 まあ、教えるとしたら錬金釜で作れる簡単なブイヨンの素の作り方くらいだろうけど、これもまた単純に錬金レシピを教えるだけなので特に説明の必要もなくて――、


 なにはともあれ調理に入ろう。


 まず取り掛かるのは、サンドイッチにもスープにも使うじゃがいもの皮むきだ。

 美味しいゆでじゃがの作り方は、皮のまま蒸す方法や茹でるなど、いろいろな方法があるのだが、今回はちょっと強めに塩味をつけたいとのことで、皮をむいてから賽の目状に切って多めの塩で茹でていくことにする。


 因みに前段階の皮むき、賽の目状のじゃがいも作りで一番活躍したのは魔王様だった。

 生まれてからずっと森の中で生活をしているだけに、それなりの料理経験があるのだろう。

 一方で、マリィさんとアニマさんは素人なりに上手いというレベルである。

 マリィさんは元お姫様、アニマさんもつい数日前に料理を始めたばかりということであるのなら仕方がない。

 因みにではあるが、包丁を使っていて指を切ってしまうなんてベタなハプニングは起こらなかった。

 素人には難しい皮むきにはピーラーを使ったし、じゃがいもを賽の目に切り分ける作業も、素人なりにちゃんと気をつけて料理をすれば、指を切るなんてハプニングはそうそう起きないものなのだ。


 さて、そんな風にじゃがいもなんかの準備が終わったところで、ニンジンも同じように処理をして、次に取り掛かるのはサンドイッチやポテサラなんかに入れるキャベツの千切りだ。

 そうそう、ポテトサラダにキャベツとはこれ如何にと、人によってはそんなツッコミが入るかもしれないけれど、個人的にポテサラの中に塩もみのキャベツを入れるのは、キュウリなどの代用として意外と悪くない選択だと思っている。

 なにより冬のキュウリは高いのだ。


 とまあ大量の金貨を持っている僕がそんなケチくさいことをと思わなくもないのだが、小さな緩みが浪費癖に繋がってしまうということで、予定通りキャベツの千切りを作っていこう。


 と、ここで登場するのが野菜の皮むきにも使ったピーラーだ。

 これを使えば素人にも簡単にふわっふわのキャベツの千切りが作れる。

 やり方は至って簡単、芯を抜いたキャベツを四分の一にカットして、その断面をピーラーで削いでいくだけだ。下に水を注いだボールをセットすれば、それだけでシャキシャキのキャベツの千切りが完成するのである。

 これには特にアニマさんが驚いていた。キャベツの千切りとはこんなに簡単にできるのかと、この料理教室の中で一番反応が良かったのではないだろうか。


 でも、賢者様の世界ならこういう調理器具なんてふつうにありそうなものなんだけど。

 一緒に暮らしているのが料理をしない賢者様にホリルさんだから、研究所に置いてなかったというのが真相だろう。


 因みにこのピーラーは授業料後にお三人に授与するつもりだ。

 もともと僕の世界で売られていたステンレス製のピーラーは、魔法金属化させた上で〈整備〉の魔法式が刻み込まれていて、切れ味が悪くなったら魔力を流すだけで新品同様の切れ味を取り戻すという魔改造がなされていた。これで生涯野菜の皮むきには困らないと思われる。


 そんな感じでキャベツの千切り製作に没頭ところ、セットしておいたキッチンタイマーがピピピとじゃがいもの茹で上がりを知らせてくれる。

 僕達は竹串を使ってじゃがいもが茹で上がったことを確認すると、大量に作った千キャベツの一部に軽く塩を振り、いい感じで茹で上がっていたじゃがいもを鍋の中からザルで引き上げる。

 そして、ザルにあげたじゃがいもをボールに移し熱い内にマッシャーで潰していくのだが、この時、一緒に茹でていたイチョウ切りにした人参は邪魔になるので一旦トレイに避けておく。

 そして、じゃがいもを粗方つぶし終えたところに、人参を戻し、万屋から持ってきたハムを細かくしたものと塩をふっておいたキャベツを軽く絞って投入する。

 後は粗挽き胡椒とマヨネーズで味を整えていくのだが、この時にじゃがいもがある程度冷めていないとマヨネーズが分離してしまうおそれがあるから注意が必要だ。

 そんな注意事項を教えながらも三人には魔法を使って粗熱を取ったマッシュポテトをお好みの味を調整してもらう。

 魔王様はマヨネーズ多めのハイカロリーなポテサラがお好みで、後の二人はじゃがいもそのものを楽しめるあっさりめの味付けがお好みのようだ。


 さて、そんな感じでポテサラが完成したところで、冷蔵庫からハムとチーズを薄くスライスものを取り出して、これですべての具材が揃ったことになる。

 最初に挟むのはポテサラだ。

 これは作りたてのポテサラを使った方がパンに馴染むように乗せられるからという理由がある。

 次に作っていくのは沼サン。

 水分が染み込むのを防止する為にバターを塗ったパンに大量のキャベツを乗せ、お好みでマヨネーズやら濃厚ソースなどをかけると、後は万屋から持ってきてあった保存食を適当に切ったり焼いたりして乗せればそれで完成だ。

 ここに以前作ったファラフェルやコロッケなんかの揚げ物を挟んでも美味しかったりする。

 と、そんなアドバイスをしながらもマリィさんに魔王様、そしてアニマさんと自分の好みに合わせて具材を乗せていき――、


「虎助、こんなに挟んで大丈夫ですの?」


「意外といけますよ」


 溢れ出すほどに盛られる具材にマリィさんから不安そうな声をかけられるが、これが思いのほか大量の具材を乗せても、強引にプレスしてしまえば意外とどうにかなったりするものだ。

 そして、はち切れんばかりに具材を詰め込んだ沼サンを無理やりサンド、後は適度な重さの皿を逆さに乗せてプレスしておけばいい。

 こうすることによって具材がパンと馴染むのだそうだ。


 最後にハムとチーズのシンプルなサンドイッチを作っていこう。

 とはいっても、このサンドイッチはそのままで、ただ用意しておいたハムとチーズを挟んで完成という本当にシンプルなサンドイッチだ。

 しかし、それだけでは手抜き過ぎるだろうということでここで一工夫。

 とり出したるは四角いフライパンが二つくっついた不思議な調理器具。そうホットサンドメーカーだ。

 「なんですの?」と興味深げにホットサンドメーカーを見つめるマリィさん達を前に、僕は用意した携帯用の魔導コンロでホットサンドメーカーを軽く熱し、そこにバターを落として広げてからパンをセットする。

 後は弱火から中火で片面を二分づつ、軽く焦げ目がつくくらいまで焼き上げて、取り出したところでナイフを入れる。

 すると、その断面から――、トロリ。とろけるチーズがこぼれ出して、自然と拍手が巻き起こる。


 因みにコンソメスープはじゃがいもを茹でるのと並行して煮込んでおいたので既に完成している。

 後はいい感じに盛り付けて食べるだけだ。


 すっかり日もくれた頃、完成した料理を手に和室に戻った僕達はちょっと早い夕飯を取ることにする。

 まず、みんなが手を付けたのは焼きたてのホットサンドだ。


「焼き上げるだけでこれだけ違いますのね」


「驚きです」


「(コクコク)」


「圧縮されてパンの味が濃くなったってのもあるでしょうね」


 マリィさんの感想にアニマさんと魔王様が同意を示す。

 特に魔王様には好評みたいで、ホットサンドメーカーの購入を決めたみたいだ。

 そして、次に手をのばすのはコンソメスープ。

 他のサンドイッチを味わう前にこってりとしたチーズの風味をリセットしたいのだろう。


「んんっ? こちらも短時間で作ったものにしては美味しいですわね」


「ブイヨンの素ですか。スープ自体は我々の世界にも似たようなものがあるのですが、手間を掛けずにここまでの味が出せるとは――」


「因みにこれは動物の骨と野菜くず、あと少量の塩さえありましたら錬金術でも作れますので後でレシピをお渡ししますね」


 ということで、コンソメスープならぬ、コンソメの素の錬金レシピを渡す約束をしたところで安定のポテサラサンドを食べて、最後に沼サンといこう。


「これはまた凄いボリュームですわね」


 マリィさんがキャベツがぎっしり詰め込まれた断面を見てため息を漏らす。


「仕事にかまけて食事をロクに取らない旦那さんの為にその奥さんが開発したサンドイッチだそうですからね。ソースや具材はなんでもOK。色々とアレンジが効くサンドイッチですよ」


「マスターにピッタリの食べ物ですね」


「……虎助、キャベツの種ある?」


 どうやら魔王様の世界にはキャベツが存在しないようだ。

 いや、違うか……。

 魔王様の世界にないというよりも、魔王様達が暮らす深い森の中には無いといった方が正しいのかもしれない。

 とはいえ、ホームセンターで適当に種を買ってしまうと一代限りの種(F1種)にしなならないということで「今度しっかりと探しておきますね」答えておいて沼さんにかぶりつく。

 口の中にシャキシャキとしたフレッシュな食感と、乗せた具材から染み出すうま味が渾然一体となってハーモニーを奏でる。


「しかし、これは、てっきりキャベツ味に埋め尽くされるかと思っていましたが、これは思った以上に計算された料理ですわね」


 マリィさんにも好評がいただけたようでなによりだ。

 そんな感じであっという間に全てのサンドイッチを食べ終えて、


「では、私はマスターとホリル様にこのサンドイッチを試食してもらおうと思います」


「ご武運をお祈り致しておりますわ」


「……頑張って」


 マリィさんと魔王様と作った料理を持ち帰るアニマさんを見送って、皿を洗おうかとなったところでハッと思い出す。


「あっ、元春の分も食べっちゃた」


 その後、元春がやって来るまでに適当にホットサンドをでっち上げ、晩飯前の軽食として出してあげるのだが、


「おお、ちょーうめーじゃんか。で、これは作ったのは誰なんすか。マリィちゃん? それともマオっちとか?」


 知らぬが仏とはまさにこのことだろう。

 ニコニコとなにも言わない二人を前に喜んで僕が作った(・・・・・)サンドイッチを食べる元春なのであった。

◆懐かしの――と言っていいのでしょうか沼サンです。作者は野菜取ってないなと感じる日によく作ります。

 ピーラーでキャベツの千切りを作って余り物を乗せる。時間がかからないお手軽料理は重宝します。

 寒い日はホットサンドにするのがいいですね。冬になるとホットサンドメーカーが大活躍します。

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