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サラマンダーのスケイルリメイク

先週からの続きです。

ちょっと長めのお話です。

 サラマンダー襲来から約一時間、

 途中で常連以外のお客様がゲートを通ってやって来てしまうというハプニングに見舞われながらも、ストーンヘンジのようなゲートを埋め尽くしていたサラマンダーの大群の撃退に成功する。

 その大半はただゲートを通じて送り返しただけというものの、サラマンダーの討伐数は、最終的に三桁を越えるものとなってしまった。

 さすがに数が数だけに無傷とはいかず、途中で火炎放射や噛み付き攻撃、強烈な尻尾による打撃などで、それなりの怪我を負ってしまったのだが、そこはポーションで乗り切った。

 と、そんな風に退治したサラマンダーだが、亡骸をそのまま放置しておくと自らの熱で焼けてしまうらしい。

 特にフレアさんが最初の頃に倒したサラマンダーは完全に消し炭状態となってしまった。

 ほぼ完全な状態で残ったのは僕が特殊な活き締め状態させた数十匹だけだった。

 そんな風に並べられたサラマンダーに「こんな方法があったとは――」と漏らすのは、掃討戦の途中でこの世界にやって来たお客様だ。

 彼等は大量発生したサラマンダーがもともといた世界で、その討伐を依頼されたハンターの方々だそうだ。

 何でも功を焦って飛び出したところ、発生した次元の歪みにサラマンダー諸共巻き込まれてしまったのだという。

 サラマンダーが殺気立った状態でやって来た原因はその掃討作戦にあったのだろう。

 しかし、そういう状況なら得物をかっさらったみたいで悪い――いや、送り返しちゃったのはマズかったかもしれない。彼等の話を聞いてそう思ったりもしたのだが、どうやらその心配は無いようだ。

 聞くに、元の世界ではサラマンダーの大群はアヴァロン=エラにやって来た数倍の規模を誇るらしく、その大群を取り囲むように、その数倍のハンターが配置されているのだという。その数、数千人規模だというから驚きだ。

 どうやらこのサラマンダーの大量発生は数年に一度の規模で訪れる、一種のイベントのようなものらしい。

 今回、次元の歪みが発生してしまったのは、サラマンダーの大量発生とサラマンダー住まう火山の活動期と重なったことで、いつになく大量のサラマンダーが生まれてしまい、周辺の魔素濃度が跳ね上がってしまったからではないか――というのが彼等を束ねるギルドの見解らしい。

 とはいえ、次元の歪みに巻き込まれてしまった彼等を心配している人もいるだろうし、できるだけ早く帰さねばなるまい。

 と、彼等には半焼状態のサラマンダーや消費しきれないサラマンダーや、巻き込んでしまった迷惑料にと万屋オリジナルの魔法鞄。そして、興味があると彼等が言うので、サンプルとして僕が使っていた千枚通しを数本、手土産にして彼等の帰還を見送ったのだが、

 そこにはまだ数十体のサラマンダーが転がっていて、


「しかし虎助、こんなにサラマンダーをどういたしますの?」


「折角ですからマリィさんが言っていた鎧でも作れないかと思いまして」


「虎助は本当にいろいろできますのね」


 サラマンダー討伐に入る前、聞かされたスケイルアーマーの作り方を試してみたいと言う僕に、マリィさんが吐息混じりに呟く。


「いや、さすがに鎧作りなんて初めてですよ。でも、ここには優秀な先生達がいますから」


 と、僕が視線を向けるのは、黒焦げや生焼け、様々な焼き加減で転がるサラマンダーの死体を集めるベル君やエレイン君達だ。

 この万屋で販売しているアイテムを作っているのはエレイン君達量産型のゴーレムだ。

 その技術は彼等の司令塔ともいうべきベル君にも伝わっていて、

 それに、素材がこれだけの量があれば、多少失敗しても無問題(モーマンタイ)

 ということで、早速サラマンダーの解体をしようという話になったところで、ベル君が大きく開けた口の中からサイズ調整を間違えたような巨大な骨を取り出しくれる。


「な、何事ですの!?」


「解体する前に血抜きをしようと思いまして」


 取り出された巨人サイズの骨達に驚声をあげるマリィさんに冷静に応じる僕。


「それとこの骨と何の関係が?」


このアヴァロン=エラには大きな木がない。血抜きをする為に櫓を組まなければならないのだ。そこで適当なものをとなると大型の魔獣の骨が丁度いいとなってしまうのだ。

 そんな資材で組み上げられた櫓は、何か悪魔を呼ぶ儀式のような光景なのだが、そこはご容赦願いたい。

 と、そんな説明をしながらも僕はベル君を手伝って、巨骨の櫓にサラマンダーを吊るし上げると、


「では、フレアさんお願いします」


「俺がやるのか!?」


「はい。綺麗に一刀両断するならフレアさんが一番かと」


 フレアさんを言葉巧みに乗せてサラマンダーの首を斬ってもらう。

 居合い斬りとはまた違う。スピードのみで斬るというような水平斬りによってゴトリとサラマンダーの首が落ち、血が滴り始める。

 だが、次の瞬間、


「何事だ」「血が……」


 サラマンダーから流れ出した血が炎となって、落ちた頭を焼いていたのだ。

 と、ここで僕達の声に再起動したマリィさんからご高説が入る。


「サラマンダーなど、一応は火竜に属する魔獣の血は火血(ひけつ)と呼ばれていまして上級火炎魔法の触媒に使われたりしますの。というか、貴方、あれだけのサラマンダーを斬っておいて気付きませんでしたの?」


 どうやら火竜の血にはニトログリセリンに似た性質があるらしい。

 成程、フレアさんがバッサバッサと斬り捨てていたサラマンダーが自然にローストされてしまったのにはそういう理由があったのか。


「なら、これも確保しておいた方がいいですかね。でも、どうしたらいいんでしょう」


 もしかしなくてこれも貴重な素材ではないのか。

 けれど、普通に受けたらその器が燃えてしまう。何か対処法はないのか訊ねる僕に、【亡国の姫】として得た知識だろうか、マリィさんが教えてくれる。


「高級魔法薬に使われる停滞の式を刻んだ容器でなら保存できると聞いたことがありますの」


「それならいくつかストックがありますよ」


 僕がベル君にお願いして出してもらったのはドラム缶サイズのガラスの容器。その表面には小さな魔法式が刻み込まれていた。

 ベル君が自分よりも大きなガラス容器を口の中から取り出したことで、フレアさんに驚かれてしまったけれど、なにを今更、このくらい今まで何度も見せてきたと思うんだけど。

 実際、マリィさんも肩を竦めるくらいだ。


「そうでしたわね。万屋ならそれくらい常備してありますよね」


「次は解体ですね。あっ、ベル君僕がやるから」


 僕は火血の下にガラス樽をセット、前に出ようとしたベル君を制して、腰に取り付けられた鞘からナイフを取り出す。

 これは万屋オリジナルとして制作した解体用ナイフの試作品。肉厚の片刃にノコギリのような背、ヒルトに巨大な魔獣の鱗も剥げるようにと鉤爪のような装飾が施したサバイバルナイフだ。

 僕はナイフの使い心地を確かめながら、ベル君のフォローを受けてサラマンダーの鱗皮を剥ぎ取っていく。

 しかし、この鱗剥ぎとかに使えるようにした引っ掛け部分は解体の時にちょっと邪魔かもしれないな。

 やっぱり、鱗剥ぎは鱗剥ぎで役割を分けて別の道具にした方がいいのかもしれない。

 少し機能を詰め込みすぎた解体用ナイフ改善点を洗い出しながらも、鱗皮の裏側に残った余分な肉や脂をこそげ落としていく。

 そして、サラマンダーの巨体を肉と鱗皮とその他内蔵などに寄り分けていくのだが、

 戦ってお腹が空いたのか、フレアさんがより分けられた肉をじっと見ながら聞いてくる。


「肉と内臓はどうするのだ?」


 フレアさんとしては、いらないのなら自分が食べるとでも言いたいのだろう。

 とはいえ、せっかく綺麗に削ぎ取ったサラマンダーの肉を渡しても、フレアさんがまともに調理できるとは思えない。


「肉はジャーキーか燻製にでもしようかと、内臓は錬金術の素材とかに使えるとか――ですよね」


「ええ、確か活力薬などに使えると聞きましたの」


 僕はマリィさんに、フレアさんの気を逸らすような話題をふりながらも、何か調味料だけ渡してその辺に転がっているローストサラマンダーからいい部分だけ切り取って食べてもらった方がいいのでは?そう考えて、ベル君にアイコンタクト。万屋でも好評な大型量販店ド定番の大容量ミックスソルトを出してもらって、「これを使えば、ちょっと焦げたお肉でも美味しくいただけますよ」と、自己ロースト状態のサラマンダーを指差し、体良くフレアさんを追い払う。

 そして、地面に広げられたサラマンダーの鱗皮を見下ろし、「ここからですね――」と、気合を入れ直す。


「虎助……、私、貴方もなかなか酷いと思いますの」


 マリィさんから何やら非難めいた声が聞こえてくるけど、


「マリィさんも大概だと思いますよ」


 と、華麗にスルー。それよりもサラマンダーの鱗皮の加工である。

 ベル君によると、これが毛皮だった場合、巨大洗濯機みたいなナイフなどで取り切れなかった肉片や脂などを洗い流して、石灰につけて革を柔らかくしたり、更に余分な部分を削って、後は防腐処理という流れらしいが、それは蛇革やワニ革もさほど変わらないみたいで、サラマンダーの鱗皮もそれは同様だろう。

 しかし、それはあくまで僕達の世界でもやれる基本的な加工方法であり、魔法技術が発達した世界ではその限りではない。

 僕はベル君に頼んでとある浄化の魔法式が組み込まれた指輪を取り出してもらう。

 浄化魔法といえば、魔法世界の人間なら八割は使える生活魔法で、実際に僕も魔具の補助なしに使えたりするのだが、ベル君に取り出して貰ったこの魔具に刻まれている魔法式は、革製品を作る為だけに開発された特殊な浄化魔法で、浄化と同時にコラーゲンの分解や削ぎ残しの脂や肉片の排除をしてくれるという優れものだ。

 そんな浄化魔法をかけることによって、本来なら一週間近くかかるような工程が数秒で完了してしまう。やっぱり魔法は便利である。

 と、続いて防腐処理となるのだが、ここでまたちょっとした魔法的――いや、錬金術的な裏技を使わせてもらう。


「錬金釜など取り出してどう致しますの」


「これで防腐処理をしてしまおうかと思いまして」


「そういえば、ドラゴンの革など加工が難しいものは、そのようにすると聞いたことがありますの」


 そう、錬金してしまえば時間のかかる防腐処理も簡単できてしまうのだ。

 まあ、ポーションを作ろうとしてハイポーションにしてしまうような僕だから、失敗する可能性もなくはないが、その時は万屋の横にズラッと並んだサラマンダーの一体を解体してしまえばいい。

 という訳で、錬金釜を水で満たし、そこに大量の紅茶葉を投入する。

 今から行う防腐処理は昔ながらのタンニンなめしというやつだ。

 とはいっても、僕が実際にやったことはなくて、ベル君達の持つ知識と技術。ついでに変なところで格好つけな友人が、モテるからと作りに行った革の財布の工房で聞き齧ったウンチクが頼りであるが、

 と、錬金釜に魔力を流して紅茶を煮出し、抽出でその成分を限界まで絞り出すと、どうせだからとここで魔力付与。ポーションをハイポーションにしてしまったような効果を期待しながら、茶葉を取り出すのも面倒だなとそのまま融解の魔法式を発動する。

 完成させたのはまさに紅茶。澄み切った琥珀色の液体だった。

 正直、これでちゃんと革をなめすことができるのか心配だな。

 すると、そんなところに愛刀に肉を焼き鳥のように突き刺したフレアさんが戻ってきて、


「紅茶に皮をつけてどうなるというのだ?」


「皮が腐らなくなるんですよ」


「ただの紅茶でか?」


 ただの紅茶と言われれば、そうではないんだけど……。


「舐めてみるといいですの」


 マリィさんに言われてその液体を舐めたフレアさんが悶絶する。

 本当になんというか――残念な人だ。ある意味で元春と通じるところがあるんじゃないのか。

 というか、マリィさんも結構ひどいです。

 そう思う一方で、フレアさんのリアクションを見るに、

 うん。タンニンの抽出は充分みたいだ。

 尊い犠牲によって防腐液の出来を確認したところでサラマンダーの鱗皮を投入する。

 本来なら徐々にタンニンを濃くしていかないと、革の内部までその成分が行き渡らないとのことらしいのだが、錬金術を使えばその限りではない。

 〈浸透〉の魔法式を発動させて待つこと三分、例の魔石が光ったのを合図に取り出してみると、錬金前よりも若干オレンジの発色が強くなったサラマンダーの鱗皮――いや、サラマンダーの革が出来上がったみたいだ。


「おお。出来てます?」


「これなら申し分ないかと、しかし、あっという間にできてしまいましたのね」


 ぐいんぐいんとゴムのように伸びる朱色の革はかなり丈夫そうな手応えだ。

 しかし、カップラーメンまでとは言わないまでも、まさかここまで簡単に作れるとは思わなかった。

 まあ、それもこれも魔法や錬金術のおかげでもあるのだが、


「けれど、サラマンダーの革って意外と薄いですね。フレアさんのと比べて半分以下のような気もするんですが、素人仕事ですからね。やっぱり耐久力も劣るのでしょうか」


 僕が太陽に透かしてサラマンダーの革を見ていると、タイミング悪くも超濃縮タンニンのダメージから復活してきたフレアさんが言ってくる。


「何を言っているんだ虎助は――、俺のはレッドドラゴンの鱗だぞ。サラマンダーの革の方が耐久力が劣るなんて当たり前ではないか」


「いいえ。それはサラマンダーの革ですの。おそらくは加工方法の違いでしょう」


 どうやら、フレアさんは自分の鎧がサラマンダーの鱗皮で出来ている事に気付いていないらしい。


「聞き捨てならないな。俺の鎧がサラマンダーの鎧だと、見ろ!この紅い鱗を――、確実にレッドドラゴンの鱗ではないか」


「いいえ。それはサラマンダーの革が鋼の鎧に貼り付けられているだけですの。鎧の裏側を見てみれば分かるでしょうに」


 実際、鎧の裏を見ればフレアさんの鎧は薄い金属で覆われているのが見て取れる。

 だが、フレアさんはこう反論する。


「これは補強だ。形が不揃いな鱗だけでは鎧など作れないからな」


 ぱっと聞く限りではフレアさんの主張にも説得力が無い訳ではない。

 しかし、武器だけではなく鎧にも精通しているらしいマリィさんとしては、過大広告な鎧の評価を放ってはおけないのだろう。


「その前提が既に間違っているのです。そもそもレッドドラゴンの鱗ならばもっと鱗一つ一つのサイズが大きい筈ですの」


 ここはお互いに譲れないところなのだろう。ムムムと睨み合う二人。

 そして、フレアさんから飛び出したのはこういう場面での常套句だった。


「証拠は証拠はあるのか」


 普通ならばドラゴンの鱗の現物なんて、そう簡単に用意できない。この一言で全てが決まってしまうのだが、

 このアヴァロン=エラという場所は知っての通り、他の世界で希少とされるアイテムでも、割りと手に入ったりする場所だ。


「えと、証拠ならあるんですけど」


「えっ――」「ありますの?」


 気の抜けたようなフレアさんの声の後、しがみつくように聞いてきたのはマリィさんだった。


「はい。ベル君」


 マリィさんの気圧されながらも、僕はすぐ傍らに立つベル君にご所望の品を取り出してもらう。

 それは血のように紅い鱗だった。その大きさは僕の手の平よりも大きく、団扇とか下敷きとかと言った方が適当なサイズの鱗だった。


「これが――」


「はい。たぶんこれがレッドドラゴンの鱗かと――、ゲートを通じて紛れ込んでたものですね」


 朽ち果てたドラゴンといえば骨しか残らないというイメージだが、素材そのままを鎧に使われるだけあって、鱗や一部表皮などは長い年月経った後でも朽ちずに残っていたりして、

 オーナー曰く、どこかに竜の墓場のような場所でもあるのではないか?時折、迷い込む竜の死骸からそれら素材が取れたりすることがあるらしいのだ。

 そんな風に手に入れたドラゴンの鱗を、恐る恐る受け取ったマリィさんは、唖然とするフレアさんの鎧と見比べられるように近付けて、


「見なさい。これが証拠というものですの。大きさが全く違うでしょう」


 フレアさんの鎧を覆う鱗はよく言って小指の爪サイズ。実際のレッドドラゴンの鱗は軽くその百倍の大きさだ。

 もはや疑う余地はないと、マリィさんが自分の手柄のように言い放つ。

 かたや、フレアさんはというと、これは悪夢だと言わんばかりにいやいやと頭を振りながら、


「違う。これは何かの間違いだ」


「何を言っていますの。削り出すだけで聖剣にも匹敵すると言われるドラゴンの鱗ですのよ。それがそんな小さな鱗の訳がありませんの」


 マリィさんの話が本当なら、その竜の鱗で作った剣というのは蛇腹剣みたいな剣になるのかな。

 そういえば、ゲームとかでも龍の鱗を使った剣はギザギザになったようなデザインになっていたな。

 現実的に考えるとサバイバルナイフみたいに、一塊から削り出した懐剣の方が実用的かもしれないけど……。

 と、僕がドラゴンの鱗に関する利用方法を考える一方で、

 もしかするとその鎧を買う時に相当の金額を支払ったのではないだろうか。フレアさんはどうしても自分の鎧がサラマンダーの革で作られた鎧だと認めたくないようで、


「これは絶対レッドドラゴンの鎧なんだ。そうじゃなくちゃいけないんだ」


「考えてもみなさい。貴方の鎧を覆う鱗の大きさと他の下等竜種を比べてどうですの?」


「大きいばかりじゃドラゴンじゃないだろう」


 確かにファンタジー系の物語なんかだと、マスコットキャラとして手乗りサイズのドラゴンもいたりするけど、そのへんはどうなんだろう。

 と、いけない。そろそろ止めないと、何気にフレアさんが涙目だ。


「本当に聞き分けのないお馬鹿さんですの――」


「でも、サラマンダーって竜種なんでしょう。フレアさんの鎧もそれに該当するんじゃ――」


 これ以上はフレアさんの心が持たない。最早、反論する気力も萎えてそうなフレアさんのご様子に、僕はドクターストップ(?)をかけようとするのだが、マリィさんは止まらない。


「虎助。魔獣に属するサラマンダーと竜種(ドラゴン)と呼ばれる存在は全くの別物ですのよ。形式上、下等竜種とされていますが、その実、人と神くらいの差がありますのよ」


 それは僕も何となく分かります。分かりますけど――、


「と、ともかくサラマンダーの革も一応貴重な素材なんでしょう!?」


 フレアさんのライフはもう0です。

 ここになって、必死で話題を逸らそうとする僕の意図に、マリィさんも遅ればせながらに気付いてくれたみたいだ。


「そ、そうですわね。この議論はそう簡単に決着がつかないものですの」


 これ以上、僕達に出来る事はない。忘れよう。じゃなくて、そっとしておこう。

 いつの間にか膝を抱えしゃがみこんでしまったフレアさんには悪いんだけど、マリィさんが落ち着いたところで、これ以上のフォローは難しい。

 だから、基本は無視――ではなく、そっとしておくという方向で――、

 気を取り直して鎧作りに取り掛かろうというのだが、

 はてさて、このままサラマンダーのスケイルメイルを作ってしまって大丈夫だろうか。

 フレアさんの鎧を見る限りでは、革をリベットかネジで止めているだけのようで、万屋で売っている軽鎧を軽くリメイクするだけで作れそうなのだが、

 あっさりと素材から同じ鎧を作ってしまったら、またフレアさんがショックを受けてしまうかもしれない。

 そうなると、ランクを落とした装備を作るのが無難だろうか。

 だとしたら魔獣の革と縫い合わせたレザーアーマーくらいが妥当かな。

 それならベースに使う魔獣の革鎧も万屋にストックが有るし、縫い合わせるだけだから金属製の鎧よりも簡単に作れる。

 何より、失った鎧の代用品として革の防具は、安価に買えると万屋で好評を得ている商品だ。そこに火耐性が加わるなら少々値段を釣り上げても買ってくれる人は沢山いるだろう。

 しかし、それだと逆に僕が作るより、エレイン君達職人ゴーレムに作ってもらった方が良くないだろうか。

 加えて万屋にストックされる魔獣の革は、下手をすると普通の鉄鎧よりも防御力が高い場合があったりする。フレアさんの心情を考えると、こっちの鎧も新たな地雷になりかねない。

 それに、どうせこの革は練習とか実験で生まれた産物なのだから、もっと新しい試みにチャレンジしてみてもいいのではなかろうか。

 うん。折角だから、ここは普段作らない盾というのはどうだろう。これなら結構な素材を使って作っても痛手にはならないし、最悪、フレアさんに譲ることだって出来る。

 とはいえ、あんまり強力な装備を作ったところでフレアさんがいらないといったらそれまでだし、店に出して売れるとは限らないか。

 それでなくとも盾はあんまり人気商品でもないらしいからな。

 そもそも盾の防御というのが、対人間、対飛び道具の防御に特化していて、それこそここのゲートと繋がるような魔素の濃度が高いダンジョンなどに住む魔獣などには、各種魔法効果を持った盾でも無い限り、あまり役に立たないらしいのだ。

 まあ、素材なんてほぼタダみたいなものだから、単に趣味と割り切るのも別に構わないんだけど、やっぱり道具ってものは使われてこそだと思うんだよね。

 しかし、そう考えると、作るのは需要があって安価なものってところか。

 うーん。だったら、Yシャツみたいにしてインナーを作ったらどうだろう。これだけ薄くて伸縮性と強度を併せ持っているのなら、鎖帷子の代わりに使えるんじゃないだろうか。


「でも、このままだとベタつきそうだな……」


「何がベタつきますの?」


 と、何を作るのかを考えるのに夢中になるあまり、ついつい独り言となって心の声が出てしまっていたらしい。サラマンダーの鱗皮を引っ張りながらの小さな声に、マリィさんが頭上に?マークを浮かべて聞いてくる。

 だからと僕は斯く斯く然々、頭の中でこねくり回していたアイデアをマリィさんに相談してみると、


「ならばその革鎧のように既にある服に縫い付けてしまうのはいかがです」


 ふむ。確かにそれならある程度の通気性を確保しながらも簡単に作れそうだ。

 マリィさんからのアドバイスに手応えを感じた僕は早速と、マリィさんにお礼を言ったその足でゲートに向かい、一旦自宅に帰ると、買ったのはいいものの色が派手過ぎて一度も使わなかった母さんのジャージを手にアヴァロン=エラに帰ってくる。

 後はこのジャージを各パーツごとにバラバラにして、それに合わせてサラマンダーの鱗皮を裁断、重ねて縫えば簡単にもサラマンダージャージが作れると思っていたのだが、

 普通のハサミではサラマンダーの鱗皮に歯が立たなかったのだ。

 ベル君によると、強い魔獣の革なんかには、以前手に入れたアダマンタイトなどから作ったハサミでないと切れないらしい。

 そんなフキダシと共に真紅の金属で作られたハサミが手渡される。言わずもがなアダマンタイト製のハサミである。

 と、マリィさんから悲鳴のような叫びが聞こえてくるが、敢えてここはスルー。

 まあ、武器マニアのマリィさんからしてみたら『アダマンタイトをなんて勿体無い』とか、そう言いたいのだろう。

 だがしかし、加工次第では世界最硬に届く金属でハサミを作る。これはこれで正しい使い方なのではないだろうか。

 そんな色んな世界を見て回ってもそうそうないだろうアダマンタイトのハサミで、サラマンダーの革を紙切れをきるように裁断。これまたアダマンタイト製で出来た針を使い、それぞれのパーツを縫い合わせて元のジャージに戻していく。

 アダマンタイトで出来たミシンとかあればな。とか余計な事を考えながらも、チクチク、チクチクと――、

 そのあまりに地味な作業に冷静さを取り戻してくれたのか、マリィさんが言ってくる。


「い、意外と上手ですのね」


「こういう細かい作業は得意なんですよ」


「そういえば以前にカゴを編んでいましたものね」


 雑談を交わしながらも、縫い戻し自体はそんなに難しい裁縫ではない。ものの数分でサラマンダージャージが縫い上がる。


「よし。完成――したけど、なんだか悪趣味な感じになっちゃいましたね」


 出来上がったジャージは、サラマンダーの革が持つ風合いも相まって、なんだかポップの帝王とかそう呼ばれそうなレザージャケット風になってしまっていた。

 しかし、そんな印象を抱いてしまうのは僕が実物を知っているからで、おそらくジャージなんて初めて見るだろうマリィさんには目新しく映るみたいだ。


「格好いいですの。私も、その衣装を一つ頼みたいくらいです」


「なら、これはマリィさんにプレゼントしますよ」


「いいんですの!?」


「ええ。僕が着ても似合わなそうですし、それにこの服はレディースですからね」


 作るのに夢中ですっかり忘れていたが、母さんの服を僕が着れる筈もないし、店に出すにも立地上女性のお客様は少ない。胸のサイズ的にマリィさんに譲るのもどうかとは思うが、ローブみたいに羽織るようにして使う分には問題ないだろう。


「僕用にはまた新しいのを作りますから貰ってやってください」


 とはいえ、あまり派手好きじゃない僕にとって、この紅い革はちょっと難しいかもしれないな。

 何か作るなら染めたりしてからになるだろうけど……革ってどうやって染めたらいいんだろう。

 そんな僕の考えなど露知らず、マリィさんはほくほく顔で出来たてのジャージを羽織ってポーズを決めたりしていた。

因みに、自分が騙されて、サラマンダーの鎧を買わされたと気付きたくなかったフレアさんが我を取り戻したのは、翌日になってからのことだったという。

 普段の言動から惑わされがちですが、身内と敵対者に厳しいのが虎助という少年です。

 さて、フレアはどちらでしょう?


◆用語解説


〈錬金術〉……魔法の力によって物質を変化させる技術。〈付与魔法〉も〈錬金術〉分類に入ります。

      錬金釜は〈錬金術〉を効率的及び効果的に使う為の魔法装置に過ぎません。


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