女性冒険者御用達装備
◆今週の二話目です。
「ふむん。俺もこういう装備を買うべきなのか」
そう言って元春が物色するのは、薄金やアラクネなどの特殊な種族が紡ぎ出した糸で作られた下着類。異世界の女性冒険者や探索者さん達が御用達にしているといわれる貞操帯だ。
傍からその姿を見ると完全に不審者そのものなのだが、それはいつものことということで、
どうしてそんなアイテムが異世界の女性達の御用達になっているのかというと、魔獣やら盗賊やらとなにかと性的な危険が多い世界では、自分を守る必要があるからだ。
ソニアが言うには、とある世界では寒村に住む村娘でも、年頃になると、親からその手の下着が贈られるというのだからその重要性が知れるというものであろう。
「つか、貞操帯なんて最初はどんなネタ装備だよなんて思ってたけどよ。 いざ、自分がその立場になってみると、そのありがたみが分かるぜ」
元春が貞操帯という装備に軽くツッコミを入れながらも青い顔をするのは、先日のインキュバス騒動を思い出してのことだろう。
薄く伸ばされたムーングロウの板で作られた貞操帯を手にしながら呟く。
「というか、それって全部女性用の装備なんだけど、さすがに買う気じゃないよね」
「あ、あったりまえだっての。俺がこんなの履いてたら気持ちわりーだろ。これを見本にして似たようなパンツをお前らに作ってもらうんだよ」
念の為にしてみた確認に元春の顔色が青から赤へ、軽量でありながらしっかりと金属製の下着を突き出し言ってくる。
うん。元春が貞操帯を装備するだなんて気持ち悪すぎるからね。
「……でもよ。これってふつうに高くねー?」
気持ち悪い友人の図を脳裏に描く僕に元春が聞いてくるのは貞操帯の値段のこと。
貞操帯は安いものでも銀貨数十枚、高いものとなると金貨数枚という値段になる。
元春が高いと感じるのも当然だろう。
だが、そんな値段になってしまうのにはもちろん理由があって、
「異世界の貞操帯は魔法的に加工するのが定番だって言うからね。付与される効果によっては希少な素材も使わないといけないから、どうしても高くなっちゃうんだよ」
万屋に限らず、魔法世界で売られる各種貞操帯は、魔具や魔導器と呼ばれるマジックアイテムの場合が多かったりする。
「因みに、ここに置いてあるヤツにはどんな効果があったりするん?」
「基本的には魔石や魔法金属の欠片を仕込んでおいて、一定時間結界を構築するものだったり、いざという時に相手のナニを消し炭にするものだったり、電気ショックで動きを封じるものになるかな。
あと珍しい効果ってなると、相手を不能にする煙を噴射するものとかもあったりするね。
ああ、元春が持ってるそれが丁度その珍しいタイプの貞操帯だね」
「って、不能とかってヤバすぎんだろ。他に売ってる魔剣とかみてーに注意書きしとけよ」
アレコレ指差しながら貞操帯の仕様を教えてあげる僕に、元春は手に持っていた下着を放り出して叫ぶ。
僕としてはナニを消し炭にするタイプの貞操帯が一番凶悪だと思うんだけど、元春が過剰な反応を示したのは意外にも相手を不能にする煙を噴射タイプの貞操帯だった。
まあ、普段からマリィさんに燃やされ慣れている元春が、消し炭にされるよりもそっちの方が危険だと感じてしまうのも仕方がないのかもしれないけど。
「大丈夫だよ。そこは女性が身に着けていないと効果が出ないって条件付けがされてるから、それに、もしそうなったとしても回復魔法や魔法薬で直すこともできるからね」
とはいっても、その状態異常を直すには、高度な状態回復の魔法か、その貞操帯の数倍はする魔法薬が必要という悪辣な罠が待っているんだけど。
と、そんな情報を省いて伝えた説明を聞いた元春は、安心したように「おおう」と放り投げた貞操帯をきちんと棚に並べ直して、
「しっかし、女子が履くまで魔法効果が出ないとか、いくらなんでも都合が良すぎね」
たしかに、女性限定で効果を発揮し続けるマジックアイテムなんて都合がいいような条件にも思えるが、以前その辺のことが気になってソニアに聞いてみたところ、どうもそこには子供を生み育む女性特有の魔力が関係しているとのことらしく。
「その辺りは貞操魔法の効果さまさまですわね」
「貞操魔法?」
「先のインキュバスなどもそうですが、一部の魔獣や盗賊の被害にあった女性の末路は悲惨なものですもの。生き残った人達が被害をなくすべく、あるいは復讐の為に血を吐くような思いで完成させた系統魔法です」
時にそれら醜悪な存在は、地獄すらも生ぬるいおぞましい被害を、女性本人に――、そして、その身近な人に及ぼす場合がある。
それが対策可能な規模の被害であったとしたら――、
いや、対策できないものだったとしても、どうにかしようと考える人が出てくるのは当然の流れなのだ。
そうして生まれたのが貞操魔法。
まあ、同じような経験を経て、貞操魔法を研究するようになった人達の中には、復讐心がいきすぎて、襲いかかった者に七日間の苦痛を与えた上で死に至らしめる呪いを付与した自動人形なんてものまで開発した人物もいるというのだから、その絶望たるや想像に絶するものなのだろう。
因みに件の自動人形は、彼女を生み出した錬金術師が亡くなった今も動き続けて、その使命を果たし続けているという。
そんな過激な人達も含めて、多くの魔術師・錬金術師達による長い研鑽の歴史によって、多くの魔法世界ではこれら蛮族共による性的被害への対抗魔法がかなり発達しているという。
「つか、こういうのってさ。俺等の世界でもふつうに欲しいって思う女子もいるかもな」
「あら、虎助達の世界は安全な世界と聞いていますが」
元春が何気なく呟いた言葉にマリィさんが疑問する。
マリィさんの意識では僕達の世界はそういった悲劇と無縁な世界だというイメージがあるのだろう。
「それでも中には危ねーヤツもけっこういるんすよね」
「貴方がそう言うということは切実な問題なのですね」
新入学の季節なんかは大学生なんかが酒に酔わされて被害にあったりするなんてのはよく聞く話だし、中にはファンタジー小説に登場するような盗賊よろしく、集団で女性に襲いかかり警察に捕まってしまったなんてニュースもたまに見たりする。
つまり、この手の輩は世界や時代が変わってもどこにでも現れるということだ。
「そういえば最近、ウチの学校でもそれに近い噂があったりするよね」
「ああ、二年の田島な――、クソイケメンが調子に乗っていろいろやらかしてるって話だな」
なんでも自分がモテることをどう勘違いしたのか、その田島という先輩は、女性のことを自分がちょっと話しかければホイホイ乗ってくる生き物と思い込んでいるんだそうで、最近では部活の仲間と組んで、とあるマンションの一室に強引に女性を連れ込んで、乱痴気騒ぎを繰り返しているという噂があるらしいのだ。
まあ、その噂がどこまで本当なのか分からないけれど、そんな噂話あると聞かされたマリィさんからしてみたら、それは面白い話ではないらしく。
「あら、そんなクズ。見つけたら燃やしてしまえばいいではありませんの」
さすがは封建社会に生きる元お姫様は言うことが違う。
しかし、ただの噂話だけで問答無用で焼却処分をしてしまえというのは、いささか過激すぎるのでは――、
そう言って僕がマリィさんを宥めたところ。
「ならば去勢してしまえばいいのではなくて」
いや、それもどうかと思いますけど――、
とはいえ、シチュエーションの違いはあるものの同じような事件があったと聞いたことがあったような――、
だけど、それはあくまでそれは犯罪であって、さすがに同じようなことをするのは難しいと説明すると、
「女の敵に情けは無用かと思うのですけど」
マリィさんは自分の意見を変えるつもりが無いらしい。
だが、それでも加害者に手厚い保護がされているのが日本という国である。疑わしきは罰せずなんて言葉もあるなんて話をすると、それを聞いたマリィさんは「それで良く社会が形成できていますわね」呆れてしまう。
その一方で、元春が「あっ」といいアイデアが思い付いたとばかりに声を上げて、
「つか、去勢ってんなら、さっきのが使えねーか」
「さっきのってもしかして貞操帯の魔法効果のこと? けど、それって去勢と同じようなことだと思うけど」
「使うのは魔法だし、どうせバレねーよ。それにずっとやるって訳じゃねーし、魔法薬で解除できるんだろ。先輩が卒業するまで不能になれば落ち着くんじゃね」
ふむ。元春のアイデアにしては比較的まともな方である。
「っていうか、妙に接触的だね。何か理由とかあったりするの?」
もしかして元春の知っている人の中にそういう被害者がいっていう心当たりがあるとか?
言葉の裏にそんな考えを潜ませながら聞いてみると。
「普通にこの噂が本当だったら放っておけねーだろ。それに考えてもみろよ。例えばクラス一の巨乳の満川さん。将来俺のカノジョになるかもしれない満川さんが田島の被害者になったとしたら、お前は発狂せずにいられるか。いや、いられねーだろ」
いや、あえて満川さんで想像しなくてもいいと思うんだけど……、
しかし、実際問題、身近な人物が被害にあってしまうかもしれないということを考えると、捨て置け無いという元春の主張は正しいのかもしれないな。
とはいえ、誰かを罪を暴き勝手に裁くなんてことはただの高校生である僕達には荷が重い。
そうなるとだ。
「どっちにしても証拠がないとどうにもならないし、普通に警察に相談に行くとかじゃダメなの?」
「いや、俺等が言って警察が動いてくれるのか?
つか、いきなりそんなこと言いに出向いても、なに言っちゃってんのコイツって感じになるだろ」
たしかにそれはそうだよね。
ただ、こういう噂話がありますよって言っても警察が動いてくれる訳がない。
そうなると現状僕達が打てる対策といえば――、
「母さんからそれとなく警察に伝えてもらうしかないかな」
僕がそう呟いた瞬間だった。元春が慌てたように身構えて、
「おま、それ、確実に血の雨が降っぞ」
さすがにそれは――と、言い切れないのが母さんかな。
でも、たかが噂話を伝えるのに警察関係者とアポイントが取れる人といえば母さんしかいないし。
「別にその先輩にやましいことがなければなんにもなんないだろうから、大丈夫なんじゃないかな」
「お前、そんな軽い感じで重要なことを……、
うわぁ、これ、終わった。確実に死人が出るパターンだぞ」
僕としては、さすがの母さんとはいえ死人とかそこまでのことはしないだろうと思いながらも、最終的に何気ない話の脱線から始まった噂話はその当人にとってはシャレにならない結論に落ち着き、僕達は「結果は追って報告してくださいね」とマリィさんからの念押しもあったということで、すぐに母さんに伝えることになったのだけれど……、はてさて、この件がどういう結果に落ち着くのか、それは顔も知らない先輩の日頃の行いにかかることになりそうだ。