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インキュバス

 放課後、僕と元春とマリィさんがいつものように万屋でのんびりした時間を過ごしていると、正午を知らせるチャイムとまではいかなものの、すっかりおなじみの警報音が店内に鳴り響く。

 僕達がゲートに赴くと、そこにいたのは一人の青年だった。

 サラサラと柔らかそうな銀髪にタレ目気味の甘いマスク、そして細身ながら筋肉質な体と、外国のイケメンモデルでもそんなに居ないだろう半裸の美男子がそこにいたのだ。


 あれ、警報って魔獣が現れたんじゃなかったの?

 思い当たるとすればブラックリストに入れられたお客様か……。


 そこにいた人物に、そう疑問符を浮かべた僕が改めてエレイン君から送られてきたフキダシを読み直してみると、そこには確かに魔獣がこの世界にやってきたことが書いてあって、


「これはちょっとマズいかもしれないね」


「なに、あのクソイケメンってそんなにヤベー奴なんかよ」


 僕の呟きに軽い感じで聞き返してくるのは赤銅色の鎧に身を包んだ元春だ。

 警報音と一緒に現れるフキダシから、敵のレベルが低いと読み取って物見遊山に来てみたものの、マズいという僕の言葉を聞いて即着替えたみたいだ。こういう状況では本当に素早い、さすがは【G】の実績を持つ男である。


「ううん。そんなに強い敵じゃないんだけどね。あの人(?)インキュバスみたいなんだよ」


「ああ、それは面倒ですわね」


 インキュバスという名前を聞いて忌々しげに呟くのはマリィさんだ。

 本当なら、お客様であるマリィさんは、万屋でまったりお菓子をパクついてでもしてくれていて欲しいところなのだが、マリィさんにとって魔獣来襲はストレス発散の大チャンス。やんわりと万屋に残るように言う僕のお願いを華麗にスルーしてここまでやって来たはいいものの、相手がインキュバスとなると話は別なのだろう。

 敵の正体を聞いて微妙な顔をするマリィさんに、元春が「インキュバス?」と無駄に可愛らしく小首をかしげる。

 僕はそんな元春の仕草に若干モヤッとしたものを感じながらも「サキュバスの男バージョンだよ」と教えてあげる。

 すると、


「おいおい。それって――」


 うん。そうなのだ。インキュバスとは、夢で――、現実で――、男を惑わし、その精を貪り吸うというサキュバスの男性バージョン。即ちそれは女性にとっての天敵であり、決して存在を許してはいけない相手なのだ。


「取り敢えずマリィさんは万屋に戻った方がいいでしょうね」


「別に燃え散らすこともできますが」


 そう言って開いた手の平に炎をゆらめかせるマリィさん。

 たしかにマリィさんの実力ならば滅多なことでやられることは無いと思うのだが、


「万が一のことがありますので、できれば僕達に処理を任せてもらえませんか」


「仕方がありませんわね」


 僕の言葉を受け、マリィさんは残念そうに肩を落とす。

 だが、相手がインキュバスというだけに変な能力に警戒しているのだろう。マリィさんはクマと対峙した時かのようにインキュバスに意識を向けたままじりっと後退、危険がないと判断した距離まで下がったところで振り返り、万屋に向かって歩き出す。

 一方、現場に残った僕達はというと、何故か僕達の方をじっと見て動かないインキュバスに警戒しながらも、ここからどうしようと意見を交わす。


「それで元春はどうするの?」


「っていわれてもな。俺もマリィちゃんと一緒に逃げるのがいんじゃねーの」


 討伐対象が人間型の敵ということもあるだろう。乗り気じゃなさそうな元春。

 その気持ち当然のことなのかもしれないが、もしかして気付いていないのか?


「いや、彼さ。サキュバスと同系の存在だから、元春が言ってたみたいな例の権能が取れるかもしれないんだけど」


 別にこれは気付かせてあげる必要はないのだが、後で文句を言われても面倒だ。

 いまだよく分かっていない元春にインキュバスがどういう存在なのか、改めて教えてあげると。

 少しして、その言葉の裏にある意味に気付いたのだろう。ハッと息を呑んだ元春が僕を押し倒さんとばかりの勢いで聞いてくる。


「もしかしてアイツを倒せば〈魅了〉とか、そういう権能が手に入るってことなのか?」


「あくまで可能性の話だけどね」


 そうなのだ。もしも元春が言う通り〈魅了〉なんて名前の権能が存在するとしたら、サキュバスと同格の存在であるインキュバスを倒したという実績から得られる可能性があるのである。

 僕が改めてどうするのかを元春に確認しようとしたところ、その質問を投げかけるよりも先に元春は飛び出して、


「死に晒せや――っ!!」


 モテるためなら殺人(?)すらも厭わない。そんな勢いでインキュバスを殴り倒しにいく。

 鎧の補助を存分に発揮して一足飛びにインキュバスの懐に潜り込んだ元春はそのままアッパーカット。

 顎を打ち抜かれ仰け反るインキュバス。

 もしかしたらこれで終わりかと思ったりもしたのだが、インキュバスは殴られた勢いに乗ってバク転。殴られた顎を軽くこすりながらも、挑発なのか元春に向けて爽やかな笑みを浮かべる。


 タフだな。


 かたや笑みを向けられた元春はというと――、


「元春」


「なんだよ」


「装備が奪われたみたいだよ」


 僕に言われてチラリと自分の体を見下ろすようにする元春。

 その手の片方、赤茶色のガントレットが無くなっていた。

 因みに無くなったガントレットは元春の足元に転がっていた。


「どうなってんだコレ?」


「魔法か、技術(スキル)か、どっちかは分からないんだけど、結果から考えて〈装備解除〉を使われたみたいだね」


 インキュバスの動きに警戒しながら元春がしてきた質問に、僕はいまの状況から考えられるだけの答えを返す。

 そうこれは、空間魔法や風魔法の使い手が好んで使うといわれる〈装備解除〉に似た現象だ。

 強奪系や装備破壊の技術でなかったのが唯一よかった点か。

 とはいえ、基本的に、装備頼りでゴリ押しをする戦闘スタイルの元春にとって、装備の一部を奪われたこの状況は手痛い流れだ。

 いつもの元春なら、ここは撤退を考える場面だが、目の前に素晴らしい権能が手に入るかもしれないという餌をぶら下げられた元春の目は曇っていた。


「チッ、卑怯な手を使いやがって」


 いや、君がそれを言うのかい?


 舌打ちしながらも元春はまだまだ諦めるつもりは無いらしい。


 だったらここは――、


「元春、援護しようか」


「手出しは無用だぜ。これは俺一人でやらなきゃなんねーんだ」


 腰のマジックバッグから魔法銃を取り出す僕に、元春はバッと手を横に広げて拒否の姿勢を示す。

 この場面だけを切り取るとカッコイイことをしているように見えるのだが、実のところは、自分一人で倒した方がいい実績が手に入る確立が高いことから僕の助けは邪魔といったところだろう。

 相手の力量をみるにどう考えても不利な状況なのに、まったくしょうがない友人である。


「だったらアレを使ってみたら」


「アレか、ぶっつけ本番で使うってのはどうよ?」


 援護がダメなら自分自身でなんとかしてもらうしかない。僕のアイデアを聞いて元春が少し不安そうに聞いてくる。


「そこは能力の方でなんとかする方向でいけばいいんじゃない。〈メモリーカード〉に送っておいた説明書は読んだんでしょ」


「それなりにな」


「なら使わない手はないと思うけど。

 どっちにしろ一人でやりたいんでしょ」


 すると元春は僕の言葉に少し迷うようにしながらも、最終的に「しゃーねーか」と何事かを呟き、どこからか召喚するように金属製のボールペンを取り出す。

 それは――、


「伸びろ如意棒」


 元春の声を受けて、手の中にあったボールペンが長さにして二メートル程の金属棍に変化する。

 そう、これは元春の相談を受けて作り出した元春専用武器。

 地球でも持ち歩いていておかしくないようにとペンの形に擬態した伸縮自在の棍棒。如意棒だった。

 因みに元春に作ってあげた如意棒には、本家の如意棒と違って様々な魔法効果が付与されている。

 急に手元に現れたのも如意棒に付与された魔法によるものだ。

 そして、戦闘でも特に有用だと思われる能力がこれである。


「行くぜ。雷撃棍」


 元春はカッコよく『雷撃棍』を口にしているが、ぶっちゃけただ麻痺(パラライズ)を如意棒に付与しただけである。

 元春がむやみに悪用しないようにと、やや抑えた力にはなっているが、継続的にあの攻撃を食らわせれば相手を拘束することも可能な麻痺効果だ。

 元春は如意棒の両端に電気のようなエフェクトをまとわせ、改めてインキュバスへと向かっていく。

 お世辞にもカッコイイ突撃とはいえないが、鎧による身体能力の底上げで補っているということもあってそれなりのスピードはあったりする。

 突撃のスピードに乗せて如意棒を振り下ろす元春。

 対するインキュバスは危険性の高い鎧を全部剥ぎ取ってから攻撃しようという腹づもりなのだろう。サイドステップで大きく元春の攻撃を避けたかと思いきや、攻撃力もなにもないタッチを試みる。

 しかし、インキュバスが武装解除を狙ってくることは元春とて承知の上、だからとばかりにコンパクトな振りでインキュバスへと雷撃(麻痺効果のみ)を食らわせてやろうと、振り下ろした側とは反対の先をインキュバスに突きつける。

 すると、その目論見はあたり、インキュバスに雷撃の餌食に――、

 だがそれは、あくまで弱い麻痺効果でしかない。

 インキュバスは一瞬の隙と引き換えに元春の手から如意棒を弾き飛ばす。

 武器を失った元春は慌てて如意棒を拾いに動く。

 だが、インキュバスがこのチャンスを逃す訳がない。如意棒を拾おうとする元春の全身を素早い動きで次々とタッチしてゆく。

 ヘルムにメイル、ガントレットにフォールドと、武装解除の力が元春の鎧を剥ぎ取っていく。

 しかし、さすがに足元の装備を剥ぎ取るのは難しかったみたいだ。下半身に伸ばされたインキュバスの手が剥ぎ取ったのは、鎧のレッグパーツではなくズボンだった。

 ズボンを剥ぎ取られた元春は、上半身は学生服、下半身はボクサーパンツ、しかし足元は鎧で固められていると、珍妙な姿になってしまった。

 だが元春は、その変態的な格好の引き換えに如意棒を拾い上げる。

 そして、変態スタイルのままでインキュバスへと再度襲いかかる。

 今度こそ如意棒を弾かれてなるものかと慎重な攻撃を心がけ、鎧の機動力を武器にしてインキュバスを地面にひれ伏せさせることに成功する。

 さて、後はこれをどう料理するかだが、

 しかし、やはり人間の姿をした魔物を殺すに躊躇いをおぼえたのだろう。

 インキュバスに止めとなる一撃を入れようとした元春の動きが少し鈍る。

 その隙をつくようにインキュバスのしなやかな腕が元春の足を絡め取る。

 その場に引きずり倒される元春。

 そして始まるグランドでの攻防。

 半裸のボウズと半裸のイケメンが絡み合う耽美な世界が繰り広げられる。

 しかし、この状況がインキュバスにとって有利に働く。

 そう、グランドワークなこの状況は性魔インキュバスの土俵なのだ。インキュバスが元春に押されていたのは、ひとえに元春が装備する鎧の機動力に撹乱されていたからなのだ。

 しかし、寝技勝負となった今となっては元春のグリーブも全く役に立たない。

 それどころか、喜々として絡みついていくインキュバスには武装解除という特技があるのだ。

 もみ合いながらも元春の装備を引き剥がしていくインキュバス。その表情には愉悦が浮かんでいた。

 如意棒に学ランと、元春が身につける装備が服が次々と消えていき、ついに服までも剥ぎ取ったかと思いきや、抱きついてからの首筋にキス。

 そして、男性としては綺麗に見えるその手を下半身の方へと持っていって――、


 ――って、ちょっと待つんだ。


 僕が自分の脳内実況にツッコミを入れたその時、ついに裸グリーブというマニアック過ぎる格好になってしまった元春から声がかかる。


「虎助――、ヘルプ。ちょ、コイツやべーから」


 途切れ途切れの元春の声に、僕の意識が現実世界に戻ってきた時には、何故かインキュバスまですっぽんぽんになっており、元春がバックを取られている状況だった。


 これはマズい。


 もしも、この姿をマリィさんが見ていたら、確実にこの一帯は灰燼と化していただろう。

 これ以上はR指定になってしまう。

 僕は元春に夢中になっているインキュバスの首を腰から抜き取った空切で跳ね飛ばす。

 そして、ここからどうしたらいいものやらと一瞬の躊躇――、

 だが、そんな躊躇いも吐息混じりの元春の声に吹き飛ばされてしまう。


「ちょ、虎助――、ヤバイから、ヤバイから。

 コイツ、マジで――、

 あ、熱い何かが俺の尻に、うおぉぉぉおお――、

 虎助、早く――、早くコイツ殺してくれ――」


 見ると、インキュバスは首を刎ねたれたにも関わらず、手の感覚だけで元春の体を弄り、なんていうか、その、欲望のまま元春に止めを刺そうと(・・・・・・・)していたのだ。

 正直、僕も人の姿をした生き物を殺すのには忌避感がある。

 けれど、友人の貞操が奪われるのを黙ってみているのは忍びない。

 というか、目の前でそんな光景が繰り広げられた時、僕はどうリアクションしたらいいんだろう。

 そして、全てが終わった後、元春になんと声をかけていいものやら。

 想像しただけで気が滅入ってしまう。

 一応、麻痺を試してみたけれど、人間の精神を惑わす妖魔だけあって異常状態に対する免疫があるみたいだ。

 止まる様子は見られないし……、


 うん。殺るしかないみたいだね。


 僕は「ハァ……」とため息を一つ、覚悟を決めた僕は千本通しを取り出して、ついに本丸に手をかけたインキュバスの心臓を後ろから狙い撃つ。

 すると、地面に転がったインキュバスの生首から苦悶の声が漏れ聞こえ、次の瞬間、元春に襲いかかっていたインキュバスの体と共に煙のように消えてなくなる。

 インキュバスが消えたそこには、粉々に砕け散った宝石のようなものが散らばっていた。

 成程、インキュバスは魔素によって生まれた存在で、精霊に近いタイプの生物だったみたいだ。

 どちらにしても死体が残らないというのは心理的にはありがたい。

 僕は唯一残った魔石らしき欠片を回収して、貞操の危機にあった元春に声をかける。


「大丈夫だった?」


「おう……、その、ありがとな。変な役目まかせちまって」


「いいよ。友達でしょ」


「ああ――、マジでありがとな」


 僕の声に答えながらも、光の無い瞳でパンツを見つけ、もそもそと自分が無事であることを噛みしめるようにそれを拾い上げる元春。その後ろ姿には哀愁を感じてならない。

 そして、グリーブを外した元春はパンツにズボンと大切な何かを守るように履いていって、


「で――、どんな権能が手に入ったん?」


 最初に聞くことがそれなのかい?

 いや、どちらかといえばついさっきまでの悪夢をなにか別のことで上書きしたいのだろう。

 僕は現実から目を逸らすように結果を求めてくる元春に同情しながらも、そっと〈ステイタスプレート〉を差し出してあげる。


 すると、〈ステイタスプレート〉を受け取った元春は魔力を流して【魔獣殺し】の増えた権能を確認。

 その結果、〈繁殖〉という権能が増えていることが判明する。

 因みにその効果は『どのような生物を相手にしても子供を作ることが可能になる』というムチャクチャなものだった。

 正直、こんな権能をもらっても嬉しくないんじゃないかなと僕としては苦笑いを浮かべるしかなかったのだが、元春にとってそれは洒落になっていない効果だったみたいだ。青い顔をして聞いてくる。


「ってことは何だ。もしも俺があのままやられてたら――」


「検証ができないから多分になるんだけど、世にも珍しい男性妊婦が完成するところだったね」


 そう、その権能の恐ろしい部分は『どのような生物を相手にしても』というところである。

 それは異性に限らず、同性すらも生物という範疇に当てはまってしまうことである。

 それを改めて思い知った直後、絹を割いたような悲鳴が荒野に響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 あ、因みにではあるが、僕が獲得した権能は〈繁殖〉ではなく〈脱衣〉というものだった。

 詳細が気になるが、どちらにしてもロクな権能じゃないことは確実だろう。

◆この戦闘で虎助が入手した権能は〈繁殖〉ではなく、〈脱衣〉という装備解除(服を脱いだり脱がせたり)に関わる権能となりました。

 正直、虎助も同じく〈繁殖〉をゲットでもよかったのですが、仮にも物語の主人公がそういう力を手に入れてもいいのだろうかと思い、そういう設定にしてみました。

 まあ、〈脱衣〉も〈脱衣〉で主人公が使う力としてはどうかと思うんですけど……。


◆次話は水曜日あたりに投稿予定です。

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