魔法薬の現在
◆今週の二話目です。
白い粉から始まったよもやま話も一段落、そのすぐ後にやってきた迷宮都市アムクラブからの団体のお客様を見送ったところで、カウンターの前から立ち上がった僕は和室にいるマリィさんに声をかける。
「少し家の方に戻って買い物してきますけど、何か買ってくるものとかってあったりします?」
「買い物? もしかして夜飯か?」
聞いてきたのは、和室の掘りごたつに入り、僕のノートを写していた元春だ。
「違う違う。今のお客様でスタミナ回復ポーションの在庫がなくなっちゃったみたいだから、ちょっと仕入れにいってこようかと思ってね」
「ポーションの材料って向こうでも手に入るん?」
手を振ってその言葉を否定する僕に、元春が新調したばかりのペンをくるくると回しながら聞いてくる。
「あれ、元春には言ってなかったんだっけ? 前に栄養ドリンクから魔法薬を作り出したことがあったでしょ。実はあれから色々と実験しててね。いくつか普通のジュースからでも種類によってはポーションが作れることが分かったんだよ」
「マジかよ!?」
「うん。因みにいま売れ筋の魔法薬の材料はライフチャージになってるね」
「って、ライフチャージってあのライフチャージか!?」
驚く元春。
だが、そんなリアクションになってしまうのも無理もない。
何しろそのライフチャージというジュースは、元春が好きでよく飲んでる栄養ドリンク風の炭酸飲料だからだ。
それが、お手軽な錬金魔法だけでファンタジーゲームなんかでお馴染みのポーションに生まれ変わってしまうのだから、地球の飲料メーカー恐るべしである。
「基本的に滋養強壮に効果があるって言われているような成分が入ってる飲み物なら、結構な確率でポーションかスタミナポーションに加工できるみたいだよ」
因みに漢方薬の類が入っている飲み物は、マナポーションや状態異常を回復させるポーションになったりする。
とはいっても、あくまでこれらは結果論であって、中には似たような成分が入っているにも関わらず、毒にも薬にもならなかったりするものもあるのだから不思議である。
そんな感じで改めて地球に存在する飲み物と魔法薬の関連性を僕が説明したところ、元春がチャリンと指で輪を作り、僕の方に見せるようにして、
「つか、それってボロ儲けじゃね?」
何かを期待するような目線を僕に向けてくるのだが、
「魔法薬が作れても、ポーションの瓶を用意したり入れ替えたりってのがけっこう手間でね。そこまでの儲けにはならないと思うけど」
このアヴァロン=エラに限って使用するなら、買ってきたまんまのボトルで魔法薬を作り、それを保存したところで問題ない。
しかし、それを他の世界に持っていくとなると、きちんと魔素が漏れ出すのを防ぐ処理を施した瓶に移し替えなければならないのだ。
「でもよ。その仕事は殆どエレイン共がやってんだろ」
それはそうなんだけど――、
「僕も瓶の準備とかいろいろとしなきゃいけないことがあるから、エレイン君達だけに押し付けてるんじゃないんだよ」
ある程度はアヴァロン=エラに流れてくる素材やら、万屋の買い取りでどうにかなるものの、それでも必要なものは他所から手に入れてこなければならないのだ。
「そっか――、けどよ。どっちにしてもジュース一本で銀貨何枚とか完全にぼったくりじゃね」
今日はなかなかしつこいじゃないか。
聞き方によっては言い訳ともとれるその説明に、疑わしげな目線を緩めない元春を僕は面倒臭いと思いながらも「これでもポーションとしては安いほうなんだけどね」と金額的な方向から切り崩していこうとしたところ。
「ですわね。たとえばこの銀貨二十枚で売り出されているポーションを私の世界で買い求めるとしたら金貨相当の魔法薬になってしまいますのよ」
おっと、ここでマリィさんがフォローを入れてくれるみたいだ。
「正気かマリィちゃん。適当に作ったポーション一瓶が十万とか大丈夫かよ」
ベル君が用意してくれた緑茶のおかわりを、「ありがとう」と受け取りながらマリィさんがしてくれたオープン・ザ・プライスに驚きを声を上げる元春。
だが――、
「元春はそう言うけどさ。例えば、そこの棚にあるポーションを使えば、部位欠損でもしない限り殆どの傷を回復できるんだよ。そう考えると十万円っていっても安く感じない」
そうなのだ。万屋では下級のポーションとして扱われるこれらの魔法薬。
だが、そこは大気中の魔素が豊富なアヴァロン=エラで作られた魔法薬であって、他の世界に持っていけばワンランク上、ツーランク上の評価を受けてもおかしくないのだ。
と、カウンターのすぐ近くにある棚を指差しながら説明したところ、また元春がいやらしい顔を浮かべて、
「それなら、ここの魔法薬を買ってって、俺等の世界に持ってって売ったらスゲー儲かるんじゃね」
この金の亡者め。
残念な友人はポーションの転売を考えているらしいが、
「元春がやりたいなら別に止めないけど、気をつけてよね」
「気をつけろって?」
「もちろん警察に捕まらないようにだよ」
素人が薬を売りさばく。それはもう完全に薬事法違反なのである。
「でもよ。俺が個人的に売るってんならいいんじゃねーの。別に変な副作用とかもないんだろ」
「まあね。 でも、個人っていっても、あんまり手広くやりすぎると変な人に目をつけられたりすることがあるから程々にしないと、別に慈善事業じゃないんだからさ」
第一は商売目的であるが、人を助けるための薬を売って、結果的に変な事件に巻き込まれたなんてことになってしまったら目も当てられない。
それなら最初から助けようとしない方がいい。
さすがは長年の友人なのだろう。そんな僕の心情は元春にも伝わったようで、
「お前、意外とそういうとこドライだよな」
「その手の面倒事は母さんの仕事を通じて知ってるからね。
人間、まっとうに生きていくなら程々が一番なんだよ」
それでも自分の手に余るかもしれない何かをしようとするのなら、群がる有象無象を踏み潰すくらいの力を持たなければならない。母さんが常日頃言っていることである。
「ですわね。どんなに頑張ったところで個人の力などたかがしれていますもの」
数の力による暴力。それはマリィさんにとっても身近な問題なのだろう。
マリィさんは僕の意見にため息でも吐くようにそう呟く。
「でもさ。魔法薬の販売なら、元春ってもうやってなかったっけ?」
これは話している途中に思い出したのだが、怪しい薬の販売というなら元春は既に手を出していたハズだ。そう、各種栄養ドリンクから作り出した夜のお供的な魔法薬である。
以前、何気ない思いつきで作り出した魔法薬を思い返して聞いてみるのだが、実際は僕の認識と少し違っているみたいで、
「いやいや、お前――、あれからあの薬作ってくんねーじゃん」
元春としては例の栄養ドリンクを錬金した魔法薬で商売をする気満々だったのだが、あれから新しい魔法薬が仕入れられずに困っていたらしい。
誰に売ったのかは知らないが「同じ薬はもう手に入らないのか」と売った相手からせっつかれていたというのだ。
しかし、そんな話を聞くと、ついさっきの白い粉騒動はなんだったんだっていう話になると思うんだけど――、
こっちはこっちであくまで魔法的に強化した栄養ドリンクでしかないからね。
僕は元春の言い分に若干の文句を心の中で零しながらも、
「別に僕に言わなくても工房のエレイン君の頼めばいいじゃない。お金と材料を用意すれば作ってくれるよ」
材料を持ち込んで手が空いている時に頼めばエレイン君達は喜んで手伝ってくれる。そんな当たり前のことを教えてあげると、元春は何故か鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、
「つか、勝手にそんな頼み事して大丈夫なのかよ」
何を今更――、
「工房に出入りしているんだから、ちゃんと報酬さえ出せばエレイン君が道具を作ってくれるようになってるよ。マリィさんだって魔法剣を作ろうってこと、僕に言ってないでしょ」
そう、工房への入場許可を得ている人物は、エレイン君に頼んでオーダーメイドのアイテムを作る権利を持っている。
事実、僕が知らない内にマリィさんが大量の魔法剣を発注しているなんてことはよくあることなのだ。
だが、元春は工房がそんなシステムになっていることなどまったく知らなかったみたいだ。
「そういう大事なことは先に言っておけよな。ったくよ――」
文句を言ってくるのだが、僕の記憶によると工房の説明は初めて元春を案内した時にしてあったと思う。
単に忘れているだけなんじゃないのか――と、そんな考えが脳裏に浮かぶのだが、相手が元春となるとそこに追求したところで時間の無駄に終わってしまうだろう。
「でも、そういう事なら元春も錬金術を憶えたらどう?自分で作れば自宅でも研究ができて捗ると思うんだけど」
だから、アプローチを変えて錬金術を憶えることを薦めてみると、元春が「う~ん」と迷うような素振りをみせて、
「虎助はいかにも簡単に言っていますが、虎助の錬金術の腕は異常ですからね。あまり参考になりませんわよ」
「そうなんすか?」
「私も、たまに錬金を一緒にやらせてもらっているのですが、もう虎助の腕には敵いませんもの」
「いや、僕の腕はあの錬金釜があってこそですよ」
マリィさんは僕の素人らしからぬ錬金術の腕を褒めてくれるが、あれは僕が――というよりも、エレイン君がたまたま発見してくれた特別製の錬金釜があるからこそだと考えている。
そして、そんな僕とマリィさんの話を聞いて元春が言ったことは、
「つか、俺が知らねーとこで二人でんなことしてたのかよ。誘えよ」
「誘えって……、さっきも言ったけど、工房の作業をする時なんかに元春もどうかって何回か誘ってるんだけど」
「そだっけ? まあ、今度なんかあった時は俺も誘ってくれや」
ということで後日、マリィさんと一緒に工房へ行くことになった時に元春も誘ってみたりもするのだが、結局いつものように「また今度」と素気なく断られてしまったことは言うまでもないだろう。




