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白い粉

 夕方、僕に元春にマリィさんと、それぞれがまったり過ごす店内に金属鎧で身を固めた厳つい男達が入ってくる。

 僕は見覚えのある(・・・・・・)お客様達に「いらっしゃいませ」と定番のご挨拶で頭を下げる。

 すると、三人組のお客様の真ん中、戦斧を背中に担いだお客様が挨拶もそこそこにカウンターの前までやって来て、「例の粉はあるか?」と渋い声で訊ねてきたので、


「どれくらいご用意いたしましょうか?」


 訊ねた返したところ、彼の隣りにいた盾持ちのお客様から一枚の金貨が差し出される。

 どうやらこれで買えるだけということみたいだ。

 そして、もう一枚、金貨が差し出されて、


「あと、これで前みたいな入れ物とポーションの類をいくらか用意できるか?」


 戦斧を担いたお客様がそう聞いてくるので、僕は「そうですねぇ」とベル君の方を見て、


「ケースの方は大丈夫ですよ。

 ポーションは質と量――どちら優先させた方がいいでしょうか?」


 戦闘スタイルや対峙する相手、その他もろもろによってベストなポーションの種類や等級が変わってくる。

 僕の確認に戦斧を担いだお客様は思案するように黙り込み。


「ブツを受け取れば後は帰るだけだからな……量の方で頼む。

 あと鉱物毒を回復するポーションもあればだな」


「かしこまりました」


 お客様からのリクエストに僕は軽く頭を下げるとすぐ傍のベル君を呼び寄せて、幾つかのアタッシュケースを出してもらい、その中にご注文の品を敷き詰める。

 そして、いくつかのポーションを見繕うとそれをカウンターの上に並べて商品の説明を行って、


「以上でよろしいでしょうか」


「ああ」


 精算を済ませると、お客様達はそれぞれにポーションを受け取って、白い粉がいっぱいに詰め込まれたアタッシュケースを両手に踵を返してゲートに向かう。

 僕はそんなお客様達を「毎度ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」と、頭を下げて送り出し、ふぅ――と腰を落ち着かせようとしたところで、一連のやり取りを見ていた元春がわなわなと震えるようにこちらを見ていることに気付く。


「えと――、なに?」


 疑問する僕に元春は失礼にも指を向けてきて、


「ななな、何ってお前――、今のなんなんだよ」


「なんだよって普通に取り引きだけど」


「取り引き!? それって大丈夫なのかよ。俺はお前をそんな風に育てた憶えはねーぞ」


 育てたとか言われても――、僕は単にいつものようにしただけで、


 って、あ、もしかして――、


 ふと思い当たる理由に、ポンと手の平を叩いて。


「因みに、いまの白い粉は別に危ない薬とかじゃないよ」


「だ、だったらなんだってんだよ」


 まさかと思いながらも白い粉の疑いを否定すると、どうやら本当に勘違いしていたらしい。元春は僕の軽い対応に訝しむような目を向けながら聞いてくるので、


「あれは、うま味調味料だよ」


 僕がそう答えたところ、「はっ!?」と元春の目を点になる。

 そして暫く呆然とした後、マシンガンのようにつばを飛ばして言ってくるのは、


「うま味調味料ってあれだろ味○素

 ――それで金貨一枚って高過ぎじゃね」


 うん。イメージ的にやっぱり高く見えちゃうか。


「でも、アタッシュケース四個分のうま味調味料だから、そんなに暴利でもないと思うけど……。

 それにそういう危ない薬ってもっと高いんじゃなかったっけ?」


 その手の薬が末端価格にして何億で売られているなんて話は、事件ニュースやテレビドラマなんかでたまに見かける話である。

 それに対して僕が金貨一枚で渡した量は多すぎるのではないか。

 まあ、それでも地球で普通にうま味調味料を買うよりも遥かに高い価格になってはいるものの、そこは希少性やらなんやらと考えた末の値段と理解して欲しい。


 そう僕が軽く言ってみたところ。


「で、でもよ、マリィちゃんや師匠なんかと違って、他の世界からだとここってかなり来づらいところなんだろ、そんなとこまできて調味料だけ買ってくってどういうことよ」


「あら、それくらいのことはしますわよ」


 調味料の価値を軽く考える元春の考えを正すマリィさん。

 賢者様のような発達した魔法世界ならまだしも、まだ発展途上の異世界において、カレー粉しかり、あの手の調味料は金の種になったりすることがままあることなのだそうだ。


 ――ライトノベルとかでも調味料チートはよくある話だしね。


 故に黄金を求めるように調味料を求めて危険地帯に足を踏み入れるなんて人もかなり多くの数がいて、


「それに、お客様達からしてみたら、あのアタッシュケースもまた魅力的な素材みたいだからね」


「はっ!? どういうこった?」


 そう、意外にも、カレー粉やその他調味料を売る際に、帰る途中で袋を破いてしまわないようにと始めたアタッシュケース売出しのサービス。これが意外にも好評で、むしろこのサービスをそのものを求めて大量の調味料を買っていくお客様まで居たりするのだ。


「錬金術の発展を考えると必ずしもじゃないんだけど、少なくともマリィさんの世界や今のお客様が拠点としているアムクラブじゃあアルミニウムの製法が発見されてないみたいなんだよ。だからアレも持って帰った後は盾とか鎧とかに加工されるみたいなんだよ」


 実際、僕の世界でもアルミニウムの製造方法がきちんと確立されたのは二百年くらい前なのだという。

 そんなウンチクをちょっと語ってあげたところ、元春としてはあまり興味が無い話だったようで「はぁ、そうなん?」と適当な相槌をうちながらも話題を代えるようにして、


「しっかし、アタッシュケースもそうだけどよ。

 よくも、あんだけの量の味○素を用意できたな」


「ああ、それね。最初は近所のスーパーなんかでちまちま買ってたんだけど。欲しいって人が増えてからは自分達で作ってるんだよ」


「アレを自分でか?」


「近所のスーパーの調味料を買い占める訳にもいかないしね。

 そうはいっても僕達の世界でやられているような製法じゃなくて錬金術を使ったものだから、厳密には本物とはまた別物になってるんだけど。今はマリィさんのところのメイドさんに教えるついでに大量に作ってるんだよ」


「いや、メイドさんに教えてるって――、

 もしかしてトワさんも習ったりしてんのか?」


 え、食いつくところはそっちなの?

 メイドさんというキーワードを耳に予想外の方向に食いついてくる元春に僕は苦笑いをしながらも。


「元春には残念かもだけど違うよ」


「トワはあちらでの仕事が忙しいですからね」


 最近はじめた転移の鏡を通して行ける異世界の調査は勿論のこと、城の管理やマリィさんが領主となっている寒村の財務管理など、マリィさんが軟禁される城付きのメイドをまとめる立場にあるトワさんには様々な仕事があるらしい。

 本当なら領地に関するあれこれはマリィさんの仕事であるのだが、会計やら細かなお金の計算はトワさんの方が得意なのだそうで、かつ、下手にマリィさんが財政などに手を出してしまうと、マリィさんを疎んじる叔父が難癖つけてちょっかいをかけてくるとのことから、それを防ぐという観点からも、マリィさんはその時その時の最終決定と領地経営のアイデアを出すだけで、後はトワさんが担当しているのだという。

 と、そんな領地関係に関するアレコレも元春にとってはどうでもいい話みたいだ。

 いや、どちらかというと小難しい話は聞いても眠くなるだけなのだろう。話題を本筋のうま味調味料に戻して、


「でもよ。わざわざ作るよりも通販とかで買った方が簡単じゃね」


「ああ――」


 たしかにインターネット通販などを使えば、その手の調味料を大量購入することも可能だろう。


「でも、通販だと受け取りがね。もうカレー粉だけでも相当な量を頼んでるし、義父さんや義姉さんは勿論だけど、母さんも最近は警察関係の仕事でけっこう家を空けることが多くなったからね。ちょっしゅう使うって訳にもいかないし、それに魔獣系の素材を消費したかったってのもあるかな」


 それも、自宅の前に荷物の受け取りボックスのようなものを設置すれば解決できる問題なのだが、サラマンダーにオークにビッグマウスと、ああいう強くも弱くもない魔獣の骨は余りがちなのだ。魔素に還元するのも面倒だし、なにか利用法はないものかと考えていたところに思い付いたのがうま味調味料への錬成だったのだ。


「そういうことかよ。

 でもよ。あれって確かサトウキビとかから作ってんじゃなかったっけか」


 おっと、元春にしてはよく知ってたね。


「昔は豚の成分を使って作ってたって話もあるんだよ」


 それはあくまで豚由来の成分を触媒にうま味調味料を合成していたって話なのだが、どうもそれが一部の宗教の教義に引っかかるということらしくて、今はサトウキビの糖分を利用して作る方法に転換したということである。


「ふ~ん。そんな話があったんか」


「とはいっても、万屋で作ってるのはそれとはまた別の方法をとってるんだけどね」


 本物の方は確か微生物の反応を利用して作る方法を取っているとの話なのだが、錬金術で作るうま味調味料は単純に〈抽出〉や〈結合〉などの錬金魔法を使って、まさに錬成していたりするのだ。


「しかし、宗教的な問題ですか? (わたくし)共の方でも表に出す時は素材を気にした方がいいのかもしれませんわね」


 おっと、マリィさんの方でもうま味調味料を売り出す計画があるみたいだ。

 自分達で使う分だけを作る為に、何人かのメイドさん達にその作り方を教えるというのも無駄だからね。


「けど、マリィさんの世界でもそういうのがあるんですね?」


 いや、封建社会だからこそ宗教が力を持つのかもしれないな――と、そんな僕の問いかけにマリィさんが言うには、


「さすがに豚を神聖視するという宗教はありませんが、狼などを神の使いとして崇める宗教などはありますから、面倒なことになる前に気付けてよかったですわ」


 なんでも、マリィさんの世界には狼族すべてを神狼として崇める組織があるみたいだ。

 そしてその組織がまた傍若無人な組織だそうで、例えば凶悪な狼型の魔獣に襲われている村が、冒険者や傭兵にその討伐を依頼しようと動いたところ、我等が神獣の眷属に牙を向けるとはけしからんと逆に村を滅ぼしてしまうような集団らしい。


 うん。僕達の世界にいる某動物愛護団体も真っ青なくらいの傍若無人っぷりだな。


 因みに豚を崇める宗教がないとマリィさんが言い切ってしまった理由は簡単で、種類によっては女の天敵になりうるオークという存在があるからだそうだ。

 なんにしてもどこの世界でも宗教問題は難しいみたいである。

 僕もまかりなりにもこの店を預かるものとして気をつけないといけないな。

◆うま味調味料が一キロで千円くらいとして、アタッシュケースには十袋以上、それが一人が二つのアタッシュケースを持って帰ったとしても、ちょっと暴利ですかね。まあ、そこは観光地なんかで買うような商品ということでご容赦願います。時価換算の金貨の値段を決めるのは難しいです。


◆次回、投稿は火曜日になります。

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