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生命の果実

「昨日は美味しい料理をありがとうございました。トワも喜んでいましたわ」


 カウンターの上に麻袋が並ぶこの光景、昨日も見たような気がするけどデジャブではない。

 マリィさんが言うお礼というのは、ひよこ豆から作ったコロッケのような食べ物であるファラフェルのことである。

 マリィさんの世界でも取り揃えられそうな食材を使ってできそうなレシピを一緒に渡したら、とても喜ばれたみたいである。今度は自家製の野菜を持ってきてくれたみたいだ。

 しかし、お礼のお礼がお礼になるなんて、古き良き日本人的な無限ループに陥っているような気もするけど、まあ悪いことではないので、ここは甘んじて受けるべきだろう。


「そういやさ。マリィちゃんの世界にはファンタジー野菜とかあったりするん」


 僕が麻袋いっぱいに詰め込まれた野菜を確認する傍ら、そう言ってくるのは元春だ。

 因みに、元春が言うファンタジー野菜というのは、ファンタジーゲームや漫画なんかに登場する時に人間に、時に魔獣にと、都合が良すぎる植生を持つ植物のことを言っているのだろう。

 そんな元春からの質問にマリィさんは難しい顔をしながらも答えてくれたのは、


「たしかに虎助達からすると、(わたくし)共の世界には奇妙な植物があるのかもしれませんわね。

 しかし、そう言い出すのなら虎助達の世界の作物も大概ですわよ」


 マリィさんが言うには、不思議な植物というのはなにも魔法世界だけではなく僕達の世界にもあるという。

 身近なところでいうとナスなんかがそうみたいだ。

 僕としてはナスなんてかなり昔からあるものだと思っていたけど、所変われば品変わる。調理法によって変わる食感といい、その美味しさといい、あんな珍妙な植物はマリィさんが知る限りでは、その世界には存在しないものだという。

 そして、なんといっても羨ましいのがフルーツなのだという。

 コンビニスイーツを彩る色とりどりの果物。それは元王族だったマリィさんでも食べたことが無いものが多いのだそうだ。

 特にマンゴーやバナナなど南国のフルーツがそうらしい。

 考えてもみればバナナも昔は高級品だったなんて話を母さんの知り合いから聞いたことがある。

 今は今で、特定のバナナの木だけがかかる病気が流行したりだなんだのと、価格が高騰するかも知れないとかいう話があったりするのだが、それはまた別の話であって、

 しかし、それならいっそのこと、その辺の果物をマリィさんの城で育ててみてはどうだろうか、そうも考えたりしたのだが、そこでとある疑問――というよりかは懸念が僕の脳裏を過る。


「そういえば僕、マリィさんとか魔王様に地球でとれる野菜の種なんか渡しちゃってますけど、大丈夫なんすかね」


 外来生物が現地の生態系を乱したなんて話は僕の世界でも枚挙にいとまがない。

 もしかするとマリィさんの世界でも同様の事がおこるのではなかろうか。

 気になって聞いてみると、マリィさんは『この人は何を言っているのだろう』と言わんばかりの顔をして、


「きちんと管理しなければ育たない時点で問題ないのではありませんの? どうしてそんな事を気にするのです?」


 分かりきっていたことなのだが、マリィさんの世界にはそういう国際機関や規約のようなものが存在しないという。

 そもそも魔獣や龍種など、武装した人間よりも遥かに強い生物が数多く存在する魔法世界では、弱い生物が淘汰されるなんて話は割とよくあることで、その辺の保護活動を行う機運など全く無いのだそうだ。

 まあ、絶滅だのなんだのっていうのは、これまで人間が行ってきた環境破壊への贖罪を込めた自己満足でしかないのだから、場合によっては自分達も明日は淘汰される可能性がある魔法世界の人達にはそんな事にかまけている暇などないのかもしれない。


「で、話は戻すけどよ。 結局、マリィちゃんの世界にはファンタジー野菜みたいなのは無いみたいな感じなん?」


「どうでしょうかね。そもそも元春が言う野菜の概念がちょっと理解できませんが、植物系の魔獣から取れる素材がそれに当たるのではなくて?」


 改めて話を本題へと戻す元春にマリィさんが曖昧にではあるがそう答える。


「ああ、野菜が襲いかかってくるとか定番っすね」


 例えば空飛ぶキャベツとか、ミサイルみたいな人参とか、そんなイメージだろうか。


「今の所、アヴァロン=エラにはそういう魔獣は来たことがないと思いますけど、植物系の素材というのなら世界樹なんかがそれに当たりますかね。……マリィさんの世界の素材ではありませんけど……」


 魔獣というわけではないのだが、異世界からの不思議植物というのなら、あの高慢なエルフの剣士から没収した世界樹がそれに当たるのかもしれない。

 そんな僕の呟きに二人は納得したようにしながらも、元春がふと思い付いたかのように言ってくるのは、


「そういや、あの樹は実とかつけねーの?」


「食べられるものかは知らないけど、種があるんだから実をつけるんじゃないかな。

 だた、マールさんが育ててる世界樹はまだ苗木だからね実をつけるのは当分先になると思うよ」


「あれでかよ」


 場所が場所なら御神木などと呼ばれるくらいの大きさになっている世界樹を苗木と呼ぶには違和感があるのだろう、驚く元春に僕が苦笑いを浮かべていると。


「あの、一つ思ったのですけど、植物系の魔獣(?)といいましたら、マール様が一応それに当たるのではなくて」


「言われてみればそうですね。生命の果実なんてまさに伝説の素材なんですし」


 本人にしたら失礼に当たると思うのだが、ドライアドは世界によっては魔獣指定される精霊だ。

 たしかにその考えでいくとなると、マールさんもファンタジー植物の一員に入ってしまうのか。


「でもよ。あの実って食えるのか? たしかオリハルコンとかの材料にしてんだろ」


 伝説の金属の素材になり得る植物が食べられるのか、元春の心配は尤もだ。

 だがしかし、


「たしか食べられるハズだよ。前に鑑定をしてみた時に過食可能ってでてたし、食べてみる?」


「そうだな。お前がいいってならいいんじゃね」


 僕の提案に元春が軽い感じで応えると、


「あの、二人とも軽くおっしゃっていますけど、ものは生命の果実ですよ。伝説の霊薬などとも呼ばれているそれを簡単に食べてみるとか、どうなのです?」


 マリィさんがこう言ってくるけど、元春にとってはそれほど貴重なものという意識はないのだろう。


「伝説の霊薬っすか。栄養ドリンクのものすげーヤツって感じっすかね?」


 さすがにそれはあんまりにもな表現だと思うけど……。

 マリィさんは真面目に、


「そもそも入手することすら難しいものですから、詳しい話は伝わっておりませんが、名前から察するに上位魔法薬のような効果をもたらすものに違いないでしょうね」


 成程、僕達だってたまたまここにマールさんが迷い込んで来てくれなかったら、たぶん一生食べられなかったものだけに、かなりレアな効果を持っているのかもしれない。


「どちらにしても食べてみればハッキリするでしょう。じゃあ、ちょっと裏の倉庫に行って取ってきますね」


 イマイチ噛み合わない二人の会話をそう打ち切った僕は、作ったばかりの冷蔵施設におもむき、保管していた生命の実を一つ持って万屋に戻る。

 因みにマールさんの本体は桑の木なので、マールさんから取れる生命の果実はマルベリーを巨大にしたような果実である。

 いや、ここまで大きくなると、もう、ぶどうと表現した方が正しいのかもしれないな。

 そして、冷えている内にと皿に盛った実の一つを三人がそれぞれに手にとって、食べてみようとなったその直前になって元春が、


「そういや、マールちゃんから種を植えるとどうなるんだ。マールちゃんみたいなドライアドが生まれるん」


 もしかして元春は自宅で精霊少女でも育てようなんて考えているんだろうか。

 元春が赤く透き通ったマルベリーの一つをしげしげと眺めながら聞いてくるのだが。


「残念だけど、マールさんから取れた種を育てても、ただ桑の木が生えてくるだけだと思うよ。ドライアドは木に精霊が宿ってこそ生まれる種族だからね。親がマールさんだけに丈夫な桑の木が育つくらいにはなると思うけど」


「ですわね」


 精霊が宿っているからこそドライアドとして顕現しているのであって、木そのものは特別なものでは無いという。


「ってことは、逆にふつうの木でも精霊が宿ればってマールさんみたいになるってことか……」


「それはそうかもなんだけど……、植物に関係する精霊をより分けて宿らせるなんて、失敗したらどうなることやら」


 元春は〈スクナカード〉に精霊を宿らせたように、適当な木にも精霊が宿らせられないかと考えているのだろう。

 だが、それは難しいと思われる。

 それどころか失敗して凶悪な魔獣を生み出してしまう可能性だってあるったりするのだ。

 まあ、僕がアクアにやってあげたように、精霊を使役してから他の触媒に精霊を移し替えるなんて方法もなくはないのだが、そもそもそうして顕現している精霊は既に自らが属する物質に宿ることが普通であって、アクアはアクアで水を触媒に宿っていたんだから、木の精霊が存在していたとしても、その精霊はすでに木に宿っていて、ドライアドになっているのが普通なのである。

 そうした話を元春にでもわかりやすいように説明してあげたところ、さすがに諦めてくれたみたいだ。


「はぁ、やっぱし無理か」


 残念そうにしながらも、駄菓子でも食べるかのごとく、指で摘んでいた生命の果実をひょいと口の中に放り込む。

 そんな行儀の悪い食べ方を見て軽く眉をひそめるマリィさん。

 だが、注意したところで意味がないと思ったのだろう。マリィさんは小さくため息をつくと、元春と違ってお行儀よく生命の果実を口に運ぶ。

 そして、次の瞬間、その口元を手で抑えて、


「美味しいですわね」


「そうですね」


 たしかに口の中で弾ける果実は甘酸っぱくて美味しいけど……。


「でもよー。ドラゴンの肉を食った時とかみたいに、『う~ま~い~ぞ~』とかそういう感動みたいなのは無いよな」


 また古いネタを……。

 わざわざ魔法を使って目を光らせる元春の言う通り、その味はブランド物のフルーツといったレベルがせいぜいで、龍種などの肉を食べたような感動は得られないものだったのだ。

 それにはマリィさんも異議がないようで、


「たしかにこの美味しさならば、その実からできる加工品の方をとりますわね」


「でも、この実自体にもすげー効果があるって言ってなかったっすか」


「そっちはいま調べてるところだからちょっと待って」


 言いながらベル君からスキャニングレーザーを浴びる僕。

 その結果が出るのを生命の果実を食べながら待っていると、暫くして手元に小さなフキダシがポンと浮かび上がる。

 その報告を読んでみると、


「魔力の活動量が上がってるみたいだね」


「魔力の活動量?」


「全身に流れているのは知ってるよね。その動きが活性化しているみたいなんだ」


「魔法の効果が上がっていたり、それ以外にも、身体能力に魔力回復量、その他諸々が上がっているのでしょうね」


 難しいことはわからない。頭上にハテナマークを乱舞させるような元春に半眼のマリィさんが補足を入れてくれる。


「それってすげくねーか」


 すると、それを聞いた元春が大袈裟に驚いてみせるけど。


「凄いね。でも、あくまで一時的な効果みたいだから、エリクサーやオリハルコンが手に入るっていったら、そっちの方が得なんじゃないかな」


「ああ、それはそうかもな」


 エリクサーは万能の回復薬、オリハルコンなどの伝説の金属、これらレアなアイテムと一時的な効果を持つ珍しい果実、どちらを取る方が得なのかは考えるまでもないだろう。

 結局のところ、生命の果実は錬金加工するのが一番だという従来の結論に落ち着いて、残った果実は僕達の口に入らず全てエリクサーの製造に回されることになるのだった。

◆次話は水曜日に投稿予定です。

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