冬の風物詩
万屋のカウンターサイドには、田舎の個人商店なんかで見かける小さなガラス張りの冷温庫が置かれている。
その日、日暮れ時に万屋を訪れたマリィさんは、店に入るなりエクスカリバーに軽く挨拶、カウンターに座る僕に声をかけようとして、ふと冷温庫の異変に気付いて聞いてくる。
「虎助、ガラスケースの中の飲み物の種類が随分と変わっているようですが、どういたしましたの」
「寒い季節になってきましたから、温かい飲み物に切り替えてみたんですよ」
「あら、これは冷やすだけの機械ではなかったのですね」
魔法的なエアコンが完備されている万屋の中で温かい飲み物の需要はあまり無い。
だが、この万屋には外からやって来るお客様が沢山いる。
今迄の統計から、一部例外はあるのだが、基本的にこのアヴァロン=エラと繋がっている世界では同じような季節のめぐりをしている場合が多い。
そうなるとだ。外からやってくるお客様の為に、そろそろ温かい飲み物に切り替えておいた方がいいのではと思ったのだ。
因みに万屋で売られている飲み物は、銅貨一枚と、日本円に換算するとディスカウントストアで箱買いしてきてようやく利益がトントンという価格設定になっている。
これはジュースやら食料やらでそんなに儲けようなどとは考えていないのと、そもそも銅貨を沢山手に入れても、あまり使い道が無いが故の措置である。
そんな万屋側の事情はさておいて、僕がマリィさんと冷温庫に関する話をしていたところ、和室の片隅で寝転がって漫画を読んでいた元春が話に加わってきて、
「そういやさ。万屋じゃ、肉まんとかおでんとかはやんねーの? こういう店だとわりと定番だけどよ」
もともと青果店だった建物を田舎の駄菓子屋っぽく改造したのが万屋である。
元春がそういうイメージを持つのも当然ではあるかもしれないのだが、
「あー、うん。元春の言いたいことは分かるけど、万屋の場合、いつお客様がくるかわからないから、食品関係は保存食以外あんまり手が出せないんだよね」
万屋はゲートという特殊な移動手段によってお客様を確保している。
なので、日によっては常連のお客様以外に一人も訪れないなんて日もあって、肉まんなど、その日に消費してしまわないといけないような商品は、なかなか並べられないのである。
「でも、冷凍モノでいいのなら、肉まんなんかはすぐに用意できるけど」
それを聞いて「マジで」と素早い反応を見せる元春。
僕は元春の期待に応えるようにカウンター奥の小さなキッチンスペースの片隅に置かれた冷蔵庫の中から、冷凍の肉まんを取り出してみせる。
すると、それを見たマリィさんが「それはどういうものです?」と聞いてくるので、
これは説明するよりも実際に見てもらった方が早いかな――と、肉まんの一つをレンジで温めた僕はそのまま元春にパス。
真ん中で二つに割ってもらって中華まんがどういうものかを知ってもらった上で、
「他に肉まんにあんまん、ピザまん、カレーまん、チャーシューまん、カルビまん、チョコまんっていうのがありますけど、どれが食べたいですか?」
改めてマリィさんに訊ねると、何故か元春の方が食いついてくる。
「ちょ、なんでそんなに種類があんだよ」
「ほら、物見駅の北側に冷凍食品がいっぱい売ってるスーパーがあるよね。前に母さんと買い出しに行った時にいろんな種類があるのを見つけてね。買ってきたんだよ」
以前、特殊部隊の皆さんの夕食をお願いされた時に訪れた業務スーパーの話をすると、元春は「ああ、あそこか――」と、納得したような声を上げながらも熱々の肉まんにかぶりつき。
その一方でマリィさんはというと――、
「それで虎助が好みのものはどれですの?」
「個人的にはピザまんが好きなんですけど、マリィさんは和菓子系のスイーツが好きみたいなので、あんまんがオススメですかね」
白玉あんみつにどら焼き、そして栗羊羹と、和スイーツを好むマリィさんならあんまんがベストチョイスだと思ったのだ。
「では、それをいただけますか」
マリィさんのオーダーに、僕はすぐに簡易キッチンに戻ると、冷蔵庫から取り出したあんまんを電子レンジでチン。
「熱いので割って食べた方がいいと思いますよ」
熱々のあんまんというのは時に兵器になるくらいの熱を持っている場合がある。
定番の注意事項をマリィさんに伝えて、「それじゃあ僕も――」とピザまんをレンジに入れたところで、元春が言ってくる。
「そういえば、あんまんっていえばよー。白玉入りのがあったよな」
「うん? それって栗がはいってるんじゃなかったっけ?」
「だっけか。つか、コンビニによっていろいろあるからごっちゃになるんだよな」
コンビニの中華まんというのは新しい味が毎年のように更新される。
僕達がマリィさんのあんまんが出来上がるのを待つ間に、何気なくこんなあんまんがあったと言い合っていると、マリィさんが慌てたように聞いてくる。
「ちょっとお待ちなさい。その白玉入りのあんまんはここにありますの?」
「残念ですが、僕が買ってきたのは普通のあんまんだけですね」
割って入ってきた声に僕がそう答えると、あからさまにガッカリするマリィさん。
しかし、そんな顔をされてしまっては期待に答えたくなってしまうのが男というもの。
「えと、今度売っていたら買ってきますから、今日のところはそのあんまんで我慢してくれますか」
「わかりましたの」
残念そうにしながらも、今ここに無いのならば仕方がない。マリィさんはようやく熱が取れてきたあんまんをその小さなお口にお行儀よく運び、ほにゃっと幸せそうな笑顔を浮かべる。
そして、なんでもない雑談をしながら三人で中華まんを楽しみ、晩ごはんは大丈夫なのだろうか、元春が次はカルビまんをと注文したところで、マリィさんがため息をこぼすように言ってくる。
「しかし、このあんまんという食べ物は美味しいものですね。私の世界でも食べられればいいのですけど」
「作り方は調べればわかると思うんですけど、小豆とか――、ベーキングパウダーになるのかな? 材料の入手が万屋からしかできなさそうですからね。気軽に作るのは難しいかと」
詳しい作り方は知らないけど、マリィさんの世界でこれを作るとなると難しいのではないか。
僕の指摘にマリィさんは「そうですか」とまた少し落ち込むようにして、
「ですが、もしかするとウチのメイドなら一度食べれば同じような料理が作れるかもしれませんわね。一度持って帰った方がいいかしら」
呟き、すぐに顔を上げたマリィさんはメイドさん達の為に全種類の中華まんを持ち帰りたいと言い出すのだが、それを聞いて元春ができあがったカルビまんを一口頬張り。
「でも、こっから持ち帰るって普通に冷めちまわねーっすか。ゲートまでの距離もそれなりにあるし、持って変えるのはメイドさんの全員分でしょ。全部温めるのに結構時間がかかると思うんすけど」
それはたしかに元春の言う通りかもしれないな。
電子レンジがマリィさんの世界でも使えれば簡単なんだけど、発電設備のないマリィさんの世界では使えないし。
そうなると、別の手を考える必要があるか。
魔力で動く電子レンジはすぐに作れないから、また今度にするとして――、
僕は元春の指摘にインターネットで中華まんの作り方を検索しながら考えて、
「とりあえず、今日のところは、せいろでも買ってむしてもらいますか」
「せいろ?」
言葉としては伝わったのだが、それがどういうものなのか分からない。
ボリューミーな金色のドリルを揺らして小首をかしげるマリィさんに、僕はやや困ったようにしながらも。
「えと、蒸し器ってわかりますか? 水蒸気で調理する器具なんですけど――」
蒸し器による調理が僕達の世界で広まったのは何時の時代のことだっただろうか。
こう言ってもマリィさんはまだピンと来ていないようなので、やっぱりここは一回見せた方がいいかなと、僕はいったん自宅へと戻り、少し離れた場所にあるホームセンターで手頃な価格のステンレス製の蒸し器を購入。ついでとばかりにスーパーで冷凍のえびシュウマイやら小籠包やらを買い込んで、アヴァロン=エラに戻ると夕飯代わりにそれを振る舞ってみる。
すると、マリィさんは初めてできたてを味わった蒸し料理に大興奮。
最終的にマリィさんはその蒸し器を僕から買い取って、どうせだからとサービスした、余ったシュウマイやら中華まんを持って、喜色満面で自分の世界へと持ち帰っていった。
因みに、後日来店した魔王様に中華まんを試してもらったところ、魔王様にはカレーまんがベストチョイスだったみたいだ。ゲームの片手間に食べられるのがいいのか、買ってきてあった六個入りのカレーまんを一袋、全て食べつくしてしまった。
そして、その臭いに誘われて、アムクラブなどからやって来たお客様の中にもチラホラカレーまんやら肉まんを頼むお客様が増えていき、いつしか、彼等が帰還した世界でも作られるようになったということを後日きくことになるのだが、それはまたもう少し先の話。
◆そろそろ中華まんが美味しい季節ですね。
変わり種の中華まんが美味しかった時、短い期間で無くなってしまうのが残念です。
次話は一日あけて火曜日に投稿予定です。
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