スカイウォーク
その日、僕達は、工房の真裏に存在する世界樹からさらに南に五百メートルほど離れた広々とした荒野にいた。
同行するのはマリィさんに魔王様に元春といつものメンバー。
僕達がこんな何もない場所で何をしているのかといえば、新しく開発した幾つかの魔導器を試す為である。
それなら訓練場などでやればいいじゃないかと、万屋の施設事情を知る人ならそう思うのかもしれないが、今回テストする魔導器がちょっと特殊な魔導器ということで、広い場所に来る必要があったのだ。
興味津々でついてきたいつものメンバーに、まず僕が渡していったのはミサンガ型の魔導器だ。
これはミストさんが生産してくれる糸とミスリルの糸を特殊な方法で編み上げることで、使用者から微量に漏れ出す魔力を吸い取り、重力系の魔法式など複数の簡単な魔法が状況に応じて自動で発現するという見た目よりもかなり高性能な魔導器だったりする。
今日行う魔導器の実験にはこの安全装置が欠かせないのだ。
全員にこのミサンガ型の魔導器をつけてもらったところで、「じゃあ、さっそく試していきましょうか」そう言って僕が腰のポーチから取り出したのは、靴の中敷きのような形をした透明なシール。
そこには複雑な二次元式のバーコードが印刷されていて、それを見た元春が聞いてくる。
「あれ、今日試すのって前に言ってた武器じゃねーの?」
「ああ、あれはまだ開発中――、
というか、そもそも元春はまだどんな装備を作るのか決めてなかったでしょ」
「それもそっか」
元春が言っている武器というのは、先日のアルケミックポットとの戦い(?)の後、マリィさんが失ったオペラグローブの代わりに作る事になった杖剣のついでとばかりにねだられた武器のことだろう。
あれから数日たった今――、マリィさんの為の新型オペラグローブ開発は着実に進んでいるのだが、元春の装備開発はというと、地球で使用するかもしれないという兼ね合いもあって、なかなか思うような装備が思いつかないと、初っ端の時点で詰まってしまっているのだ。
「そんじゃ、今日のこれはどんなアイテムなんだ。
見たトコ、あんま危ねー感じでもねーんだけど」
シール状の魔具をまじまじ見ながら気を取り直したように聞いてくる元春に、「直接的に危ない魔具じゃないんだけどね」僕はそう微笑みながらも、このインソールのような魔具がどんなものなのかを簡単にではあるが説明していく。
「前に賢者様を救出にいった時、空飛ぶ魔具なんかの手持ちがなくて、脱出がちょっと派手になっちゃったことがあったよね。だから、簡単に携帯できるような魔具があれば便利かなって思って、オーナーにお願いして簡単に持ち運べる空飛ぶ魔具を作ってもらったんだよ」
「それがこれってことか?」
「ですが、これはどのように使いますの?
見たところ靴の中敷き――のような形をしていますが……」
元春の質問に「うん」と答える僕の横で首をかしげるマリィさん。
「これはですね。靴のソールに貼り付けて使うんですよ。魔力を流すと、小さな結界を作り出してそれを足場に空中を歩けるって魔具になります」
僕が興味深げに覗き込みながらのその質問に答えると、マリィさんは目を丸くする。
僕としては、こんな単純な効果の魔具なんてどこの世界にでも普通に存在するのではと思っていたんだけど、やっぱりマリィさんの世界にも無かった発想みたいだ。
ソニアにも魔砲少女系のアニメなんかを参考に『こういう効果を持った小型の魔具が作れないかな』と相談にいった時に物凄く驚かれて、逆にこっちが驚いてしまったくらいだから分からないでもない。
「それで、これは私が試してみてもいいものですの?」
はじめて見るタイプの魔具に使ってみたいと身を乗り出してくるマリィさん。
そんな期待に満ちた目を向けられると『勿論――』と言いたくなるところなのだが、まずは僕がテストしてからでないと駄目だろう。
品物がここにあり、お披露目している以上、この魔具は既に完成品というところまで仕上がっているのだが、ものが空中を移動する魔具だけにしっかりとした安全確認を行わなければならないのだ。
まあ、安全対策であるミサンガ型の魔導器も渡したし、万が一の時には工房勤めのエレイン君達がフォローに入ってくれているから、危険な事故なんてことにはならないと思うんだけどね……。
僕はマリィさんに説明をしながらも、あらかじめ持ってきておいた大きめのウェットティッシュで靴の裏を綺麗に拭いて、その上にシール型の魔具を貼り付ける。
そして、いざ実験開始というその直前になって、
「でも、お二人なら魔法の箒とか、そういう魔導器を持っていそうですが、そこまで興味がありますか?」
マリィさんならふつうに魔法の箒、魔王様ならリドラさんと、この二人が今さら空を飛ぶ魔具くらいで興奮するのはちょっと過剰な反応じゃないのか、なんとなく気になったことを聞いてみると、
「箒と靴ではまったく違いますわ。それに、あの城に閉じ込められて以来、その手のマジックアイテムはチェックが厳しくて――」
言われてみれば、空飛ぶ箒なんてものが簡単に手に入ったら、お城での軟禁なんて全く意味のないものになっちゃいからな。
一方の魔王様はといえば――、
「……こっちの方が森の中で移動しやすそう」
確かに魔獣なんかが跋扈する深い森の中ではこっちの方が使いやすいのかもしれないな。
なにより靴という形なら常に身に付けておくことも出来るだろうし、魔王様ならすぐに魔具の補助なしにも使えるようになるのではないかと、二人それぞれの理由に納得しながらも靴の裏に貼り付けたシールに魔力を流す。
因みに足の裏から魔力を流すにはちょっとしたコツがいるらしいのだが、何故か僕は最初からこれができた。
ソニアに言わせると、靴を履かずに過ごす時間が多い日本人だからこそ出来るのではないかということだ。
僕としては靴を履きなれている人の方が魔力を込めやすいとは思うのだが、
まあ、そんなソニアの予想は元春で確かめるとして、
僕は脳裏に浮かんだ埒もない思考をそんな心の声で適当に打ち切ると、改めて何もない虚空へと足を踏み出す。
そして、一段、二段と階段をのぼるように空へと登っていく僕を見て「おおっ、マジで歩けてるな」と元春が驚き、マリィさんが「結界をあんな風に利用するとは盲点でしたね」と関心、魔王様が「……かっこいい」と瞳の奥を輝かせる。
因みにソニアが言うには、足元の結界構築に慣れれば結界の強度や質感なども調整できるようになり、トランポリンみたいな結界を作って大ジャンプ――なんてことまで出来るようになるという。
けど、実際使ってみた僕の感覚からすると――、
「う~ん。これは相当練習が必要そうですね」
「そうですの?」
足元から聞こえてきたマリィさんの問いに、僕は足裏の結界を解除、落ちるように地上に降りると、
「なんて言いますか、魔法の強度なんかはともかく、発動のタイミングなんかが難しいんですよね。足をどこへやった時に結界を出すかとか、意識的に行わないといけないので、歩くのはどうにかなるとして、走りながら結界を展開っていうのは慣れないと失敗しそうですね」
「成程――」「……やってみてもいい?」
魔具を使ってみた僕の感触を聞いてマリィさんが唸る中、重なるように、自分もこの魔具を使ってみたいと名乗り出たのは魔王様だ。
「あまり高く上がらなければ大丈夫ですよ――と、ちょっと待ってくださいね。いま魔王様のサイズに合わせた靴を出しますから」
僕は魔王様のおねだりに、あらかじめ聞いておいた魔王様の御御足に合わせた小さめの靴をマジックバッグとなっている腰のポーチから取り出す。
シール式のものでもよかったのだが、魔王様の足のサイズを考えると、靴の裏に貼り付けた場合、空中で剥がれてしまうかもしれないと考えたのだ。
魔王様は僕が取り出した靴の中からトレッキングシューズのようなデザインの靴を選ぶと、空中で靴が脱げてしまわないようにベルトのようようなデザインになっている留め具でしっかりと足を固定。トントンと地面をつま先で叩くように靴の具合を確かめて、まるでアクションゲームなんかにありがちな多段ジャンプで空中を飛び出していく。
と、そんな魔王様の姿を見て、
「ああ、そうやって使えばいいんですね」
僕は納得に手の平を叩くけど、元春の意見は違うらしい。
「つか、ふつうの人間にあの無理な動きじゃね」
いや、それはどうだろう?
元春はこう言うけれど、実績によって多く恩恵を受けている人物なら魔王様と同じような動きをするのはそう難しくないのではないか。
それに、
「元春も鎧を装備すれば似たような動きはできると思うけど」
僕の考えを聞いてハッとしたような表情を浮かべる元春。
そうなのだ。素の身体能力では無理だとしても、元春には半自動で超人的な動きをサポートしてくれる魔法の鎧の存在があるのだ。
あの鎧を利用すれば、魔王様と同じ動き――とまではいかないものの、充分にその効果を活用できるのではないか。
だが、そんな意見に異議を唱える人がいた。マリィさんだ。
「ですが、鎧とこの結界の魔具を同時に扱うのは難しいような気もしますけど」
マリィさんが指摘したのは複数の魔具・魔導器を同時に操る難しさだ。
たしかに鎧の制御に結界の維持、この両方を自然にこなすのは、魔具・魔導器の扱いに慣れ始めた僕なんかでも難しい作業である。
それが、使い捨てのディロックや、ただ魔力を込めてトリガーを惹くタイプの魔法銃ならまだしも、いろいろと能力が詰め込まれた魔導器となると考えることが多過ぎて、幾つかの機能が発動失敗なんてことにもなりかねないのだ。
そして、魔法の鎧なんていう高度な魔導器――いや、半魔動機のようなものなら、特にそれは顕著であり。
元春も魔法という技術には――いろいろな意味で――興味があるようで、学校の勉強とは比べ物にならないくらいしっかりと取り組んでくれるのだが、元春が魔法を使い始めてまだ数ヶ月、しかも、部活動がない放課後などの短い練習時間では使いこなすまでの域には達していないのだ。
「でも、練習して、まかりなりにもあの魔具を使えるようになれば、不格好でも鎧と並行してい使えるようになると思うんですけど――」
「そうですか? この男にそこまでのことができるとは思えませんの」
「いやいやマリィちゃん。俺はやる時はやる男だよ」
そして、そんな元春の無駄なやる気が本物なのかを確かめる為にもとまずは実践となるのだが、
早速とばかりに空へと歩き出すマリィさんと魔王様とは違い、なぜだろう。元春はなかなか練習を始めようとしない。
そんな元春の動きを不審に思った僕が、もしやと思って妙に真剣な顔つきで空を見つめる元春の視線を追いかけると、そこにはマリィさんの姿があって――、
「そういえばだけどさ。元春――」
「なんだよ。いまからいいところなんだから邪魔すんなよ」
「うん、実はね。元春にも嵌めてもらったミサンガだけどさ。墜落防止以外にも特殊な光魔法が込められていてね」
「光魔法?」
光魔法は元春の得意属性だ。凄い安全装置だと説明された魔導器にどんな魔法が込められているのか気になったのだろう。聞いてくるのだが、
「アニメとかにさ。見えちゃいけない部分が移りそうになった時にレーザー光線みたいなのが光が出る時があるでしょ」
「ちょっと待て、それって――」
「うん。このミサンガみたいな魔導器には、アレを自動的に発動させる光の魔法が組み込まれているんだよ」
残念と僕が言ったお知らせに、元春が慌ててマリィさんのとある部分に視線をフォーカスする。
すると、次の瞬間、元春の顔には驚愕が浮かび、追いかけるように絶望が染め上げられる。
そして瞬間沸騰。
「こん、裏切りモンが――、なんてことしてけつかりやがる」
どこで仕入れてきたネタなのか。古いタイプのチンピラのような事を言い、胸ぐらを掴んでくる元春。
そうなのだ。このミサンガはこの空中を移動する魔具の為の安全装置。落下による怪我の防止は勿論のこと、空中移動をしている間の不都合も解決できるように様々な機能が仕込まれているのだ。
「でもさ。裏切り者もなにも、こういうシチュエーションは前に一回あったことだからね。元春が不埒な事を考えるのなら商品を作る者として対策を取るのは当然だよ」
そう、元春が空飛ぶマリィさん達の下着を覗こうとするのは、宇宙的三次元スカッシュ装置で予習済み。僕はその対策を取ったに過ぎないのだ。
僕はそんな元春の恨みがましい追撃を逃れる為に、彼の腕をするりと抜け出し、空中の散歩を楽しむマリィさんと魔王様と合流するのだった。
◆改めて魔具・魔導器の説明。
単一の魔法式が込められているのが魔具で、複数の魔法式が相互に連携して効果を生み出しているのが魔導器です。
因みに複数の魔法式を改変・合成させることによって大魔法に昇華してしまった場合は魔導器ではなく魔具となってしまいます。
単純に一つの現象に特化したものが魔具、様々なオプションが追加されたものが魔導器とも考えられますね。
魔法銃を例に取るなら、炎の弾丸だけを発射できるのが魔具。複数の弾丸を切り替えて発射できるのが魔導器。火と風、複数の魔法式を書き込んだはいいものの、結果的に強力な熱線を放つだけ魔法銃が生まれてしまった場合、魔導器ではなく魔具となります。
そして、魔石などからエネルギーを補填して使用する魔動機や、使い捨ての道具(魔法薬やディロック)に切り替え式の魔法銃など、魔法の習得を考えていないような設計のものや、おおよそ普通の人間の脳では処理しきれない魔法現象を引き起こす魔導器などを総じてマジックアイテムとなります。
(しかし、実績の獲得により強化された場合、その範疇から外れることもあります。例えば【爆炎の魔導師】など……)
あと、魔具や魔導器を使っていると、その補助無しにも魔法が使えるようになりますが、道具そのものがあった方が魔法の効果(攻撃力)の増大や持続時間が長かったりとメリットがあったりします。