サラマンダー来襲
どうやら今日の客入りは午前中に集中していたらしい。
学校を終えて店に顔を出すなり、エクスカリバーを挟んでいがみ合っていたマリィさんとフレアさんに適当に挨拶をした僕が、万屋のバイトリーダー的存在であるベル君からそんな報告を受けていたところ、突然の警報が鳴り響く。
「何事ですの?」
「マリィさんは初めてでしたか?エレイン君だけじゃ対処できない敵の襲来ですね。大群で迷い込んできたみたいです」
いきなりの電子音に警戒の声を張り上げるマリィさんに、僕は努めて冷静な声で応じる。
どうして僕がそんなに詳しい状況把握ができているのかといえば、ベル君の頭のすぐ横に浮かぶフキダシに『魔獣襲来・下位の個体が多数出現』と表示されているからだ。
これは彼等ゴーレムに備わる情報共有システムによってもたらされる通信。
多分、ゲート近くに配備される量産型ゴーレムであるエレイン君から、テレパシーのような状態で送られてきた報告だろう。ベル君はそれを知らせてくれているのだ。
店の外を見れば、確かにゲートから連続して光の柱が立ち上っているのが確認できる。
と、そんな異常事態に、万屋から真っ先に飛び出したのはフレアさんだった。
「俺は出る」
「単独行動は危険です」
「もう、仕方ありませんの」
さっきまでエクスカリバーに齧りついていたというのに、迷うことなく店を飛び出すフレアさんに、僕が心配の声を飛ばし、マリィさんは渋々といった体で内心ワクワクとその後を追いかける。
と、巨大なストーンヘンジの如きゲートまでの長い直線の彼方、大量の魔獣がゲートから溢れていた。
「サラマンダーだな」
先頭を走るフレアさんの言う通り、大量出現した魔獣はサラマンダーという魔獣だった。
体調はおよそ5メートル。赤い鱗で覆われた火を噴くコモドオオトカゲのような魔獣で、下等竜種ともよばれる魔獣のようだ。
「どうやら自然発生した歪みに巻き込まれたみたいですね」
「どうしますの?」
下位の魔獣は総じて知能が低い、自らやって来たとは考えられないと、僕が示した大量発生の原因に、マリィさんが原因はいいから、どう対処すればいい?そう訊ねるように言い返してくる。
「取り敢えず、ゲート周りの結界を発動します」
僕が直接指示を出すまでもなく、すぐ後ろをついてきていたベル君が結界を発動してくれたみたいだ。
言い終わるが早いか、前方の巨大ストーンヘンジに魔素が満たされ、オーロラのような光のカーテンがその外周部を覆っていく。
「いつもなら、後は魔獣を送り返してしまえば、それで解決なんですが――」
問題なのはその数だ。
僕がいま言ったようにゲートを使えば元の世界へと送り返せる。しかし、本能に従い襲いかかる魔獣を手作業で通して送り返すのはなかなか骨の折れる作業なのだ。
実は既にその対処は始まっていて、ゲート近くで次元の漂流物の運搬及び監視任務についていたエレイン君が、ひっきりなしにゲートから現れるサラマンダー達を強制的に送り返してくれているみたいなのだが、それよりもこの世界にやって来るサラマンダーの数の方が多いらしく、追い返しても追い返しても増えていくというキリがないという状態になっているみたいなのだ。
たぶん何らかの理由で移動中だったサラマンダーの前に歪みが出現したか、どこかの世界にいるサラマンダーの大群の中に移動性の歪みが発生したかのどちらかだろう。
「これは間引かないとどうにもなりませんね」
走りながらも情報把握。出した結論に「そうだな」「ですわね」と二人分の同意が返って来た――かと思いきや、睨み合いを始めてしまう二人。
そんな二人に挟まれて、僕は小さく溜息を漏らす。
別にこんな状況でいがみ合う二人に呆れているのではない。これから行わなければならない作業を考えて、つい気が滅入ってしまったのだ。
そう、間引くとはつまり、ゲートに溢れるサラマンダーを殺していくということである。
現代日本人らしく、生き物の命を奪うことに少なからず忌避感を覚える僕にとって、あまり気の進まない作業をこれからしなければならないのだ。
まあ、幸か不幸か僕の場合、母の教育方針によって、命を奪って食べるという通過儀礼をハンティングという形で行っているという事から、釣った魚の首を落とすことは出来るが、食肉加工される豚や牛の惨状は知りたくないなんていう、現代日本人的な柔な考え方をするつもりはないが。
それに、この世界において命のやり取りなんて日常茶飯事だ――とまでは言わないものの、それなりに経験してきたことだ。可哀想とか、そんな甘っちょろいことを言っていたら、命がいくつあっても足りなくなってしまう。
だがそれも、オーナーによる魔法の支援が常に受けられるこのアヴァロン=エラでは意図的に追い込まれない限りはその心配も薄いのだが、
「では、先に行かせてもらうぞ。この状況で、ゲートを通じて誰かが来てたらどうなるのかなど火を見るよりも明らかだからな。勇者としては見過ごせん」
そう言うとフレアさんは、躊躇うこと無く一方通行の結界をすり抜け、結界に足止めされたサラマンダーの大群に突っ込んでいく。
そして、一斉に放射される火炎放射を背中のマントで振り払うように、その頭を、尻尾を、落としていく。
確かにフレアさんが言うように、サラマンダーが大群が溢れる真っ只中にお客様がワープして来てしまったら、阿鼻叫喚なんてことにもなりかねない。
そんな不測の事態に対処する為にも、ゲートの中心にエレイン君を配置してあるとしても、さっさと片付けた方がいいに決まっている。
しかし、だからといって何も考えなしに突っ込んでしまうのはいただけない。
「本当に困ったお馬鹿さんですの。通常であれば範囲魔法で数減らしてからの一掃となるでしょうに」
こういう時のセオリーは、出頭に大きな魔法を一発撃ち込んで、そこから掃討戦をするというのが、魔法戦略上、よく使われる手段なのだという。
敵の中に味方が紛れていてはそんな基本戦術も迂闊に使えないのだ。
とはいえ、フレアさんの失策をグチグチ言っていても事態は解決しない。
「下位の魔獣とはいえ、竜の眷属であるサラマンダーの素材はいろいろと使えそうですから、店の方としては傷が少ない方がいいという面もありますけどね」
僕は取り敢えずのメリットを口にして、マリィさんを落ち着かせてみた上で、大規模魔法を放った場合のデメリットも軽く指摘してみる。
どうせ殺すのなら可能な限り有効利用してあげようというのが、端くれとしてだけど【商人】としての人情だ。
「サラマンダーの鱗皮はあの男の鎧にも使われていますしね」
「そうなんですか?」
マリィさんによるとフレアさんの鎧は、金属板を重ねた鎧の上にサラマンダーの鱗皮を貼り付けて、火耐性を上げているのではないかということらしい。
ゲームとかのイメージやその見た目から、てっきり火竜とか何かの鱗から作っているのだと勝手に思っていたけれど、どうやらその下位互換ともいえる代物だったみたいだ。
しかし、魔法の鎧でなくても素材の組み合わせによっては他の付加価値がつけられるのか。
意外な事に武器以外にも造形が深いマリィさんに感心していると、やや皮肉めいた声が聞こえてくる。
「それで、あのお馬鹿さんの所為で大規模な魔法が使えなくなってしまった私は何をすればいいのかしら」
「そうですね。マリィさんはお客様ですし、ゆっくりしていてもらいたいんですが……」
「私も戦いますの」
ですよね――、だけど、
「人手が足りないのは本当ですから、万屋の方にやってくるサラマンダーに対処していただければいいかと」
マリィさんは【亡国の姫】という肩書を持つ人には思えないくらいに英雄願望の強い人だ。
だから、サラマンダーという手頃な獲物を前に、素直に聞いてくれるかと少し心配だったのだが、
「私としては、サラマンダーの素材も気になりますし、今回のところは引いて差し上げましょう。
それで虎助はいかがいたしますの?」
マリィさんもサラマンダーから取れる素材が気になるみたいだ。
勇者を自称するフレアさんが鎧に選ぶくらいの素材なのだから、それなりのものなのだろう。
だったら、これは多めに確保しておいた方がいいのかもしれないな。
「じゃあ僕は、ベル君やエレイン君達を手伝って一匹一匹確実に倒していきましょうかね。後はフレアさんのフォローですか。出来るだけ素材が確保できるように綺麗に仕留めます」
と、僕は丁度近くまでやって来て結界に阻まれたサラマンダーの人間で言うところの延髄に、試作した千枚通しを投げて突き刺す。それだけでサラマンダーはビクンと体をのけぞらせ、動かなくなる。
「お見事ですわね。殺しましたの?」
「いえ、この針には特別な魔法式が刻まれていまして、神経の一部を破壊しただけですよ。まだ生きています」
「神経といいますと?」
僕の説明にマリィさんが小さな頭を傾ける。
僕はそんなマリィさんの可愛らしい仕草に少しドキッとさせられながらも、
えと、神経の役割が解明されたのがいつ頃だっけ?解体新書より前?後?やっぱり回復魔法やポーションみたいな魔法薬があっても、体の仕組みとか分かってないのかな。
とはいえ、詳しく説明している場合でもないか。すぐにその考えを振り払って、
「神経っていうのは、頭で考えたことを実行に移す回路のことで、それを破壊する事で相手の動きを封じた――って感じですか」
「成程。魔力回路の破壊によって動きを封じたということですか?要はその針にはルナティック――月の系譜の魔法式が刻まれているということですね」
翻訳魔導器があっても、その人の知識の中に存在しない情報を説明するのはなかなか難しい。
魔法といえども万能ではないな。改めて思い知らされた僕は「似たようなものです」曖昧な返事で説明を諦めて、
「では、僕はじゃんじゃん倒してきますので、万屋の防衛の方をお願いします」
「こちらは好きに倒してしまってもいいのですよね」
何処かで聞いたような不吉なセリフを口にするマリィさんに多少の不安を感じながらも、既に乱戦の只中にいるフレアさんを追いかけて、サラマンダーの群れに飛び込んでいく。
今週はここまでです。
ちょっと続きっぽくなってしまいましたがご容赦を。
ぎりぎり間に合った。
◆用語解説
〈フキダシ〉……ベルやエレインに装備された魔法の一つ。大小様々なシステムウィンドウ(魔法窓)を呼び出し、〈調査〉など探索系の魔法と連動、情報などを伝えることが出来る。虎助はフキダシによってサラマンダーの情報を確保した。
【商人】……職業実績。
〈ゲートの結界〉……儀式場として作られたストーンヘンジに刻まれた魔法式によって一方通行の結界を生み出せる。裏表があり、表が反射、裏が透過といった風に性質が分けられている。表裏反転可能。
〈魔法回路〉……血液のように全身を流れる魔力の経路。不可視の血管のようなもの。
◆
フレアの装備……フレイムタン(片手剣・やけどの追加効果)、極光の盾(魔法の丸盾・〈閃光〉付与)、レッドスケイルアーマー、抗魔のマント(耐魔法)、疾風の腕輪(俊敏向上)