冷蔵施設
◆少々遅れてしまいました。今週の二話目です。
ここは万屋に近い工房エリア。
新たに作られた倉庫の前に僕と賢者様は立っていた。
「なるほどな。これが異世界の空間魔法か、なんてゆうかシンプルな魔法式だな」
賢者様が見上げるのは倉庫の内部、むき出しの状態になっている魔法金属の骨格に刻まれている魔法式。
これはマジックバッグなどと同じ空間拡張の効果を発揮する魔法式だ。
この度、異世界の宇宙人(?)であるアカボーさん達から教わった空間拡張技術の実用化の目処が立ったということで、その実験として、工房の片隅に空間拡張の魔法式を施した倉庫を建ててみたのだ。
とはいっても、厳密にいうとこの倉庫に施される魔法式そのものは、アカボーさん達から教えてもらったものとは違い、アカボーさんの世界の空間拡張技術をソニアが魔法技術で再現したものというのが本当のところらしい。
だが、宇宙的、魔法的な技術の違いを説明しろといわれても、僕にはまだ及びもつかない世界だということで、その解説は割愛させてもらっている。
僕に理解できるのは、目の前のずんぐりむっくりとしたガスボンベのようなものが、大気中の魔素を魔力に変換する装置であることで、そこから倉庫を支える鉄骨に魔力を流すことで、倉庫全体に空間拡張の魔法を発生させることができるということである。
因みにただ空間拡張の効果を発揮させるだけならば、四方の壁に魔法式を施す必要はなく、東西南北どれか一方の壁に魔法式を施すだけでも充分な効果を発揮するらしいのだが、ソニアはその魔法を四枚重ねがけをするように設計していた。
同じ魔法式を四つも重ねがけするなんて、ちょっと無駄なような気もしないでもないのだが、なんでも、ひとたび空間拡張がダメになると、拡張された空間の中に大量に詰め込まれた物品が一気に溢れてしまい、もしも倉庫の中に人がいた場合、圧死してしまうなんてことにもなりかねないから、必要な処置なのだという。
とはいえ、ソニアが設計したこの倉庫には、内部の生物を守る結界が常時展開するという仕掛けも施されていて、事故に巻き込まれたとしても死ぬようなことはほぼ無いのだというが……。
と、そんな僕でもできる説明をしながらも、賢者様と一緒に完成間近の倉庫を見て回っていたところ、賢者様が魔法式が施された魔法金属の鉄骨を一撫で、ポツリとこんなことを口にする。
「未知の世界に未知の技術か……、
俺もソイツらと会ってみたかったな」
錬金術師として新しい魔導器を作り出す技術というものは、いつ何時も仕入れておきたいものなのだろう。
「でも、あの時は賢者様が忙しそうでしたから」
実はアカボーさんがこの世界に漂着(?)していた頃、賢者様はホムンクルスであるアニマさんの最終調整にかかりっきりで、万屋に顔を出していなかったのだ。
「基本的なデータはまとめて和室のパソコンに入れてありますから。
よかったら帰る前に〈インベントリ〉にダウンロードしていってください」
付け足した僕の話を聞いて、賢者様は「ありがてぇな」といいながらも腕を組み「で、これはまだ完成じゃねえのか?」と聞いてくる。
「実はこの倉庫は巨大冷蔵庫にしようと思ってまして、仕上げにソニア特製の冷却魔導器を組み込まないといけないんですよ」
「そういや肉の類がクソ余ってるとか言ってたな」
実は肉だけではなく血や涙など体液や、その他にも眼球やら内臓やらと鮮度を保たなければならないものが沢山余っているのだが、それらは現在バックヤードに保管され、時間停止の魔法やら永久凍結の魔法やらで処理されている。
しかし、その処理を施せるのがソニア一人ということで、大部分は普通にエレイン君達が保存が効く処理を施したり、作り出した氷などを周りに置いて誤魔化していたりするのが現状だったりするのだ。
まあ、どう考えても保管しきれないというものは、燻製やら缶詰やらと保存食に加工して、お客様に大人気となっているので、全部が全部保存されているという訳ではないのだが、それにも限度があるということで、
「賢者様もどうですか。ベヒーモにドラゴンといろいろな肉を取り揃えてますよ」
「ベヒーモ肉とかドラゴン肉とかどこの人外魔境だよ。どっちにしても俺ができるのは錬金術だからな。肉なんか大量にもらっても持て余しちまうのがオチだろ」
高級肉を進める僕に、賢者様は軽く呆れながらも使い切れないと肩をすくめる。
龍種などから作れる魔法薬は、その他の材料にも希少な素材が使われる場合が多いので、結局、料理ができないと持て余してしまうのだ。
「だが、ドラゴンの内蔵に含まれる成分を抽出錬金するだけでも、それなりに強力な強壮薬なんかが作れるか……。 これから必要になるかもって考えると、保存ができれば貰っておいても損はねぇか」
なにやら不穏な事を呟く賢者様。
「因みにアニマさんの料理は――」
「簡単な料理はできるようになってきたがよ――まだまだだな。
なんつーか、味付けがシンプル過ぎるというかガツンとこねーんだよな」
料理を憶え始めたばかりの人に無茶を言ってはいけないか。
「でしたら、焼くだけのベーコンやハム、タレ漬け肉や缶詰なんかを持っていきます?それなら、焼くだけ、温めるだけでも美味しく食べられますから」
「悪いな」
「いえいえ」
こちらとしても売る分だけではぜんぜん量が減っていかないのだ。
常連のお客様に手伝ってもらわなくては魔素に還元するなんて手段も取らなくてはいけなくなってしまう。
ものが龍種の素材となると還元にも手がかかってしまうのだ。
しかし、そうなると、やって来るお客様すべてに無料で配ってもいいのでは――ということも考えない訳ではないのだが、
さすがにお客様に大盤振る舞いなんてやっていたら他の商品まで『無料で配れ』なんて言い出すお客様が現れかねない。
その点、常連のお客様ならその辺の事情を理解してくれているので貰ってくれるのはありがたいのだ。
因みに、その常連というくくりの中には元春も含まれており、時にヴリトラやベヒーモの肉を持ち帰ってくれたりしているのだが、これを消費してくれる元春の両親は、僕の母さんが森で取ってきたジビエ肉のようなものだろうと思っているという。
松平家には前からウサギ肉やらなんやらと渡していたりするから、そう勘違いするのも無理はない。
実はその肉、ドラゴンのお肉なんですよ――なんて本当のことを教えたらどんな顔をするだろうか。
まあ、おじさんはともかくとして、おばさんなら「あらあらドラゴンって美味しいのね」と軽く受け流しそうではあるけれど……。
と、僕が万屋の優良在庫の話から埒もない想像に思いを馳せていたところ、エレイン君が件の冷却用の魔導器を持ってきてくれたみたいだ。
後はこれを倉庫の四方に設置されているガスボンベのような魔力変換器にはめ込んで、魔法窓から施設内の温度管理やら各種設定をしてあげれば倉庫の可動準備は完了だ。
そして、いったん倉庫から出て、|魔法窓から倉庫に仕掛けられた魔導器を起動、冷却用の魔導器を持ってきてくれたエレイン君の先導で倉庫の中に入ってみると。
「特に違和感みてぇなもんはないんだな。こういう拡張空間は、発動時や入った時に違和感なりなんなりを感じるもんなんだが」
「そういうものなんですか」
賢者様が言うには、空間系に限らず魔法処理が施された場所に入る時には水の中に入るような微妙な感覚があるという。
「たぶんオーナーの腕がいいんだろうよ。羨ましいぜ」
ソニアが褒められるのは悪い気はしない。
「しかし、起動させたばっかなのにちゃんと寒くなってるな。
それに妙な力の気配を感じるぜ。
これが万屋のオーナーが開発したっつ冷却魔法の効果か?」
賢者様の疑問符に「それはですね――」と答える僕。
実はこの冷蔵倉庫には各世界の魔法技術はもとより、CAS冷凍などといった現代地球で開発が進んでいる冷凍技術も取り入れられて、ほぼ欠損なしに保存できるようになっているのだ。
そんな説明をしたところ、賢者様もこの冷蔵施設に興味を抱いたみたいだ。
「へぇ、そんな便利な冷蔵施設なら俺ん家にも欲しいな。 錬金素材の保存も簡単になりそうだし」
「小型のものならこっちで作って運ぶってこともできますよ」
例えば家庭用の冷蔵庫サイズならマジックバッグなんかで簡単に持ち運びができるだろう。
賢者様の世界の場合、アヴァロン=エラよりも格段に魔素の濃度が低いという問題はあるのだが、その辺りは一番エネルギー消費が大きい空間拡張の部分を減らしてやるか、乾電池の魔力版ともいうべきドロップを使って補ってもらえばいいだろう。
「んで、そいつは幾らくらいで作れるもんなんだ?」
「小型冷蔵庫くらいのサイズならムーングロウ製の〈メモリーカード〉で魔力変換器の代わりができるでしょうから、金貨数枚程度の出費で大丈夫だと思いますよ」
ちょっと高価な冷蔵庫を買うと考えれば安いものだ。
「意外と安いな。 うん。ちょっと帰ってアニマに相談してみるわ」
価格を聞いてすぐに店を飛び出す賢者様。
そんな賢者様の後ろ姿を見て僕が呟くのは、
「しかし、アニマに相談してみるね……」
例の救出作戦から数日、賢者様の様子を見る限り、そのお財布の紐はすっかりアニマさんに握られてしまっているみたいだ。
◆タイトルに誤字があるというご指摘をいただき。修正いたしました。
ご指摘ありがとうございます。