アルケミックポット
その日、僕達がいつものように万屋でくつろいでいると、ゲートを警備するエレイン君から妙なメッセージが送られてくる。
なんでもユニークな敵がゲートを通じてやって来たから、すぐにゲートまで来て欲しいとのことらしい。
普段なら魔獣がやってきたとか、単純な報告だけなのに、わざわざ来て欲しいと指定してくるなんて珍しい。
ということで、興味津々なマリィさんと怖いもの見たさからついてくるという元春を引き連れてゲートに赴くと、そこに小さな結界とその中でプカプカと空中に浮かぶ黒い鉄瓶があった。
南部鉄器のようなそれが何なのかというと――、
「アルケミックポットですの?」
「はい。錬金術師が使っていた釜が魔法生物化してしまったものだそうです」
「しかし、わざわざ結界で囲むなんて、それほど危険な魔法生物なんですの?」
「ああ、それは安心して下さい。この結界はアルケミックポットを逃さない為に張られているんです」
「どういうことですの?」
「実はこのアルケミックポットはですね。錬金釜が魔法生物化したものだそうで、アイテムを投げ込むとそれを取り込んで錬金してくれるんです。
でも、その錬金したものを入手するには、アルケミックポットの限界を超える量のアイテムを投げ込まなくてはいけなくてですね。
ただ、アイテムを投げ込むという行為は、アルケミックポットからしてみたら攻撃されているということになり、危険を感じて逃げようとするみたいなんですよ」
つまりこの結界は錬金の最中にアルケミックポットが逃げ出さないようにと張っているものなのだ。
「なんかRPGとかに出てくる合成モンスターみてーな魔獣だな」
「成り立ちが成り立ちだけにね。そんな性質を持つのも仕方がないと思うよ」
なんでもこのアルケミックポットという魔法生物は、日本で言うところの付喪神とかそういうものに近い存在らしく、錬金術師が長年愛用していた錬金釜に何らかのきっかけで魔法生物化したものなのだそうだ。
そもそも錬金釜なんてものは、魔力という無限の可能性を持つエネルギーを数年・数十年と浴びせ続けるのだから、メンテナンスなどを怠たると、ふとしたきっかけで魔法生物と化してしまうなんてことが起こりえるのだそうだ。
「それで逃がさないようにしてるってことは合成すんだよな。 なにを合成するんだ?」
いや、正確には合成じゃなくて錬金なんだけどね。
僕は元春の声にそう心の中で呟きながらも腕を組んで、
「そこが難しいところなんだよね」
「難しい――とは、どういうことですの?」
錬金するならもちろん剣なのではありませんの?
そう首を傾げるマリィさんに、僕はピッと人差し指を立てる。
「たとえばマリィさんなら剣や鎧が欲しいでしょうから、それを投げ込みますよね」
「ですわね」
当然とばかりに頷くマリィさん。
「でも、このアルケミックポットで出来上がるアイテムは、これまでにアルケミックポットが吸収したアイテムの中からランダムで決まるみたいなんです」
「つまり、このマジックポットが他から逃げて来たものなら、すでに大量のアイテムが投げ込まれた後で、最終的に出来上がるアイテムが剣でない可能性が出てくるということですの?」
マリィさんの声に「ですね」と頷き返す僕。
そして、
「それでどうしましょうか――、僕としては適当に不用品なんかを投げ込んで、ランダムでアイテムを作り出すのは面白いって思うんですけど」
「確かにそれは面白そうですわね」
「俺もレアなアイテムとかゲットできるチャンスがあるならやってみたいぜ」
しかし、元春はそう言った後、悩ましげに眉根をよせて、文句とまではいわないまでもやや不満げにこう呟く。
「でもよ。みんながみんなやりたいっていっても、アルケミックポットだっけ? コイツは一匹しかいねーんだから、そこんとこどうすんだこれ?」
元春からの疑問符に僕は「そうだね」と一言、間を開けて、
「だったら、ここにいるみんなで好きなアイテムを投げ込んでいって、最終的にアルケミックポットを倒した人にアイテム獲得の権利があるってことでどうかな?」
「そうですわね。私はそれで構いませんの」
僕の提案に乗ってきてくれるのはマリィさんだ。
しかし、元春としては不満なようで、
「つか、そのルールだと、俺が一番不利じゃねー?」
まあ、この方法でいくとなると、投げ込むアイテムが多い人間が有利なようにも思えるけど。
「いや、このアルケミックポットの限界には目安はあってね。完成に近付くとあのアルケミックポットの真ん中に見える魔石が光るようになっているみたいなんだよ。だから、僕がその限界ギリギリまで万屋のバックヤードにしまわれている不用品なんかを投げ込んでいって、魔石が光ったタイミングで、みんな好きなアイテムを投げ込んでいくって感じでどうかな?」
「な~る。それなら俺も文句はねーぜ。けどよ、お前はそれでいいのかよ。それじゃあ、お前にあんま特はねーだろ」
元春の言う通り、この方法は一見すると僕にメリットがあんまり無いようにも見えるのだが、
「どっちかっていうと僕の目的はアルケミックポットを倒した時の実績だからね。 たくさんアイテムを投げ込めば、それだけ実績がゲットできる可能性が高くなるから、アイテムは、別に手に入れられなくてもいいんだよ」
「どういうことだ?」
イマイチわからないと頭の上に疑問符を浮かべる元春に、僕はこう続ける。
「実はこのアルケミックポットをこの特殊条件で倒すと錬金術に関係する権能が手に入るみたいでね。どっちかというと僕の狙いはそっちなんだよ」
そう、アルケミックポットをこの錬金に関わる方法で倒すと錬金術に関わる権能が手に入るらしいのだ。
ふだんから錬金術をよく使う僕としては、何が出るかわからないアイテムよりも、確実に錬金術に係る権能が手に入れられた方がメリットが有ると考えたのだ。
「ってことは俺も錬金術とかが使えるようになるってことか」
はて、元春も錬金術に興味があったのだろうか? 思いの外、アルケミックポットから獲得できる権能に興味を示す元春に僕は意外に思いながらも。
「それはさっきも言ったけど、実績の獲得は投げ込んだ質と量によって決まるから、今回の場合だと、たぶん僕しか実績が手に入らないんじゃないかな」
「でも、可能性がゼロって訳じゃないんだよな」
「うん」
「んじゃ、まあ、ゲットできたらラッキーって感じでやっちまうか」
ふむ。よくわからないが、元春もやる気になったところで、早速アイテムを投げ込んでいこうと、僕がバックヤードに死蔵されている装備などをエレイン君に取り出してもらったところ、マリィさんからストップがかかる。
「虎助。 在庫整理というのなら工房にある失敗作を使ってくださいまし」
マリィさんが言った失敗作というのは、たぶん、マリィさんが日々、設計に――、製作に――と、精を出している魔法剣の失敗作のことだろう。
「でも、いいんですか? 失敗作といってもあれは――」
「ええ、いくら強力な魔法剣だったとしても、表に出せないくらいならば新しいアイテムに生まれ変わらせて上げた方が彼等のとってもいい筈です」
躊躇いがちに訊ねる僕にマリィさんは少し寂しそうにしながらも頷いてみせる。
そう、マリィさんの作った失敗作というのは、性能がピーキー過ぎて、常人には軽く扱うことすら不可能な武器で、たとえ使い手が現れたとしても危険すぎて渡せないような魔法剣ばかりなのだ。
「だったら、その剣はマリィさんの手で投げ込んで下さい」
その方が作り出された剣も喜びますから――と、エレイン君にバックヤードに保管してあったマリィさんの魔法剣を取り出してもらったところで、僕はアルケミックポットを閉じ込めている結界の中に入り、そこからバックヤードに眠る装備品にソニアが作った規格外の魔導器と、大量のアイテムを放り込んでいくのだが、
「えっと、完成間近になるとあの真ん中にある宝石が光るんだよな。
全然その気配がねーんだけど……」
「まだ、生まれてそれほど経っていないのでしょうか」
それはどうなんだろう。
「珍しい魔法生物なだけに細かい生体なんかは分かっていないみたいなんですけど、とある世界では最強の武器を求めた武器商人が財産を失ったなんて話があるそうですから」
万屋のネットワークから引き出した情報から、僕はそんな言葉をマリィさん達に送る。
そして、アルケミックポットにアイテムを投げ込んでいくのだが、かなりの量を投げ込んでも変化が見られない。
「もう、ここはベヒーモの骨とか、大量にあるけど、あまり使い道のない高級素材なんかを投入する必要がありそうですね」
「そう、ですわね」
マリィさんとしては可能な限り剣が生み出される確率を高めたいと思っているのだろう。
だが、このままでは埒が明かないと、僕の提案に不承不承ではあるのだが了承してくれる。
そして、並の冒険者ではなかなか手が出ない金額が故にバックヤードに保管されていたままになっている、ベヒーモの硬皮やら、ヴリトラを初めとした龍種の鱗の破片、使い所が難しい小さな奥歯やらと、かなり大物の素材を投げ込んでいくと、ようやくポットの中央部に存在する核が完成間近と言わんばかりに明滅を始めたので、
「あっ、そろそろ限界が近いみたいですね」
じゃんけんで元春、僕、マリィさんと順番を決めて、それぞれが手持ちのアイテムが無くなるまで代わる代わる投げ込んでいくことにする。
「じゃあ、俺から行くぜ」
元春が投げ込んだのは懐かしの〈光装飾〉の魔法式が刻まれた指輪だ。
なんだかんだで〈光装飾〉の無詠唱を使えるようになった元春にとっては既に意味のない魔具だったりする。
そんな指輪を投げ込む元春にマリィさんが言うのは、
「貴方、そんな安物を混ぜ込んで、何を考えているのです」
「っていわれてもっすね。 俺が持ってる魔具とかそういうのってこういうのしかないっすから――」
元春はマリィさんの文句にふてぶてしくそう答えながらも「んで、どうなった?」と聞いてくる。
だが、〈光装飾〉の指輪を飲み込んだアルケミックポットに変化は見られない。
「残念だけどダメだったみたいだね」
ということで次は僕の番、投げ込んだのは見本用にいろいろな初級魔法を詰め込んである〈メモリーカード〉だ。
簡易型であるとはいえ、魔導書である〈メモリーカード〉を投げ込めば、もしかして面白いアイテムが出来るのかもしれないと期待して投げ込んだのだが、やはり質量の問題か、限界には達していないようだ。
そして、マリィさんがさっき取り出したばかりの魔法剣の一本を投げ込んで、
「むむ、駄目ですか、粘りますわね」
「よっしゃ。運命の女神は俺を選んだ」
順番は再び元春に――、
元春が無駄にかっこつけてピッと投げ込んだのは僕と同じく〈メモリーカード〉。
とはいっても、その中身はたぶん魔法とかではなく、賢者様と交換する為のエッチな画像データとかそういうものだろう。まるでマジシャンのようなカード投げが台無しだ。
しかし、これでもアルケミックポットに変化はなく。
その後も、僕にマリィさんに元春と順番にアイテムを投げ込んでいくのだが、アルケミックポットに変化は訪れない。
そして――、
「なあ、これって本当に限界があんのか?」
疑いながらも「これがラストだ」と元春が緊急用のポーションを投げ込むも変化なし。
そして、僕とマリィさんが二人で交互に投げ込むことになってから暫く――、
ついにマリィさんも手持ちのアイテムが無くなって、これが最後と愛用のオペラグローブを投げ込んだところで変化が起きる。
ビシッと何かが割れるような音が聞こえたかと思いきや、チカチカと明滅を繰り返していた核にヒビが入ったのだ。
漏れ出す魔力光と共に核に入ったヒビがアルケミックポット全体に広がったかと思いきや――炸裂。
魔力光によるフラッシュが収まったその場に落ちていたのは、マリィさんが最後に投げ込んだオペラグローブだった。
「これは変わっていませんの?」
「いえ、若干ですけど色やデザインが変わっていますし、とにかく鑑定をしてみましょうか?」
「お願いしますの」
出てきたアイテムが剣じゃなかったからだろう。 少し残念そうなマリィさんからのお願いに、僕はアルケミックポットを逃さないようにと展開していた結界を解除。
地面に落ちているオペラグローブを拾い上げると、あらかじめ用意してあった〈金龍の眼〉で鑑定魔法をかけてみる。
「ああ、これは当たりかもですね」
「当たりとは、その手袋はどういうアイテムですの?」
「アイテム名は〈百椀百手の格納庫〉。 武器専用のマジックバッグのような魔導器みたいです」
「まあまあまあまあ、それでこれはどのようにして使いますの」
その鑑定結果にさっきまでの冷静さは一転、大興奮のマリィさん。
使いようによっては大量の魔法剣を常に持ち歩けるその魔導器は、マリィさんのお眼鏡にかなったみたいだ。
使用方法を訊ねてくるマリィさんに、僕は〈金龍の眼〉によって読み取れる〈百腕百手の格納庫〉の使用方法を噛み砕いて伝えていく。
「これを嵌めた手で武器を持って〈格納〉と唱えればその言葉の通りに収納されて、取り出す時は取り出したい武器の名前を呼べばいいみたいです」
「分かりましたの。 一度試してみますわね」
僕の説明に、そう応えたマリィさんは、受け取ったオペラグローブをその手に嵌めると、腰に携えた愛用のエストックを〈百腕百手の格納庫〉に収納して、出しては仕舞い、出しては仕舞いを繰り返し。
「常に持ち歩けるというのがいいですね」
「でも、片方しかなくなってしまいましたね手袋。 これを機に新調します?」
満足そうに愛剣であるエストックを何も持っていなかった手の中に取り出すマリィさんに僕が訊ねる。
たしか、あのオペラグローブには片方つづに火の魔法式と風の魔法式が刺繍されていて、ベヒーモを倒した時のような高出力の魔法を無詠唱で放てるといった代物のハズだ。
それが片方無くなってしまったら困るのではないかという問いかけに、マリィさんはバッと勢いよく僕の方に振り返り、「作ってくれますの?」と飛びかからん勢いで聞いてくる。
そんなマリィさんのリアクションに僕はいつもの営業スマイルを浮かべて、
「はい。 魔法剣と一緒で材料費はいただきますけど構わないと思いますよ」
言うと、それを聞いたマリィさんは、たぷりとその大きな胸を抱え上げるように腕組みをしてブツブツと悩みだす。
「しかし、そうなりますと、前よりも素晴らしいものを作りたいですわね。
ですが、今回は片方だけですから、込める魔法式も厳選しなくてはなりませんね」
僕は頬に手を当て悩むマリィさんの腕に嵌められた〈百腕百手の格納庫〉が目に止めて、ふと一つのアイデアを思いつく。
「でしたら、大魔法専用の杖とかを作ってみたらどうでしょうか。 杖の形なら、たぶんそのオペラグローブにも収納できるでしょうから」
そうすれば、今まで以上に沢山の魔法を威力の高いままに発動できるようになるのではないかと提案してみるのだが、
マリィさんはあまり乗り気ではないようだ。
マリィさんとしてはできるだけ多くの魔法剣を〈百腕百手の格納庫〉に入れておきたいのだろう。
しかし、そんなマリィさんのご希望に答えるアイデアも僕にはあったりする。
それは――、
「だったら剣の形をした杖を作ってはどうでしょう」
そうなのだ。魔具や魔導器といった魔法の発動体は必ずしも杖の形にする必要はないのだ。
ただ、かつて空を飛ぶのに杖を使ったのだとか、偉大な魔法使いはみんな杖を装備していたのだとか、色々な歴史があってその形になっているだけで、別に他の形になっていても、きちんと魔法式が刻まれており、魔力の導線整っていたのなら発動体としての役割を果たすことが出来るのだ。
それは指輪型の発動体やら、今まさに作ろうとしていたオペラグローブ型の魔導器があることからもわかるだろう。
だから、剣型の杖があってもおかしくないのではないかという僕のアイデアに、マリィさんは、右と左で明らかに色の濃さが違う二つの赤いオペラグローブに包まれた手を合わせ。
「それは素晴らしい考えですわね。何故こんな簡単なことを思いつかなかったのかしら」
「まあ、比較的手に入りやすく、安価に魔力の伝導率が高い発動体を作るとなりますと、木材とか繊維という選択になってしまいますからね。固定観念もあるでしょうし、わざわざ武器の形に整形するなんて発想が思い浮かばないのも仕方がないことなのかもしれませんね」
おそらくはそういうことだろうと思う理由を並べ立てる僕に納得の表情を浮かべるマリィさん。
すると、そんな僕達のやり取りを横で聞いていた元春が口を尖らせて言ってくる。
「つか、それってマリィちゃんだけ狡くね」
元春からしてみると、僕がポンポンとマリィさんの装備を整えるというのは贔屓目に映ってしまったのかもしれない。
けれど、
「元春には鎧があるじゃない」
「それはマリィちゃんも一緒だろ」
「別に元春が欲しいっていうなら僕はそれでも構わないと思うけど――、
お金、払えるの?」
僕がマリィさんに新たな魔導器製作を提案するのは、ちょっとやそっとじゃ使い切れないくらいの資金を万屋に預け入れしてくれているからという理由もある。
対して元春が万屋にお金を入れてくれたことは一度もない。
僕の指摘に「う゛っ」と声を詰まらせる元春。
だが、元春は『これが俺の切り札』とばかりにこう言ってくる。
「そこはマールさんの手伝いをしてるからその報酬分で頼むぜ」
元春が言うマールさんのお手伝いというのは、元春が毎日のようにマールさんに提供する生きた魔力のことである。
まあ、本音をいうと、実は、そのお手伝いに対する対価を価値にしてしまうと微々たるものにしかなってなかったりするのだが、以前〈スクナカード〉を渡した時の件を勘違いしているのだろう。
内心でため息を吐いた僕は「仕方がないな。これっきりだよ」と元春に釘を差した上で「それでどんな装備が欲しいのさ」とオーダーを聞いてみる。
すると元春は「そうだな」と楽しげに悩んだようにして、
「俺もマリィちゃんが頼むみたいなかっちょえー剣みたいなヤツとかいいな」
いや、カッコイイ武器と言われても、もっと具体的に言ってくれないと――、
結局その後、マリィさんと元春を工房に連れて行って、いつかのように僕が考えた最強の武器の設計図を書いてもらうことになるのだった。
◆次回は木曜日頃に投稿予定です。




