●幕間・とある風紀委員の観察日記
◆今回の主人公は、以前アップしました『とある男子高校生の一コマ』にチョイ役として登場した風紀委員の宮本理恵という女の子です。
バスケ部のエースにして女癖が悪いと噂される田島。
成績優秀で普段は物静かだが、一度怒り始めたら手がつけられない佐伯。
半グレ集団と繋がりがあるといわれる時任グループ。
そして、悪名高き写真部と――、
この県立物見高校には要注意人物および団体が複数存在している。
そんな要注意人物に、この度、新たに加わった一年の男子生徒がいる。
彼の名前は松平元春。
私が彼に出会ったのは二学期が始まった初日のことだった。
始業式も終わり、各クラスがそれぞれに下校を始めるというタイミングで昇降口で揉め事が起きているという連絡を受け、赴いた現場に彼はいた。
騒動の発端は夏休み中、彼等が訪れたプールで起こったナンパを巡る諍いなのだという。
何をくだらないことを――、
呆れながらも注意に入ったところ、私は逆上していた男子生徒に襲いかかられ、彼に助けられた。
本当なら、そこでお礼を言わなければならないところだったんだけど、その時、私は、ふるわれた暴力から茫然自失となってしまって、声をかけるタイミングを失って、そのまま彼を見送ってしまったのだ。
次の日、彼にお礼を言いに行こうとしたのだが、相手は不良を一発で殴り倒してしまうような凶暴な人間だ。正面からいったら昨日みたいになってしまうかもしれないと、前日の、思いもよらぬ暴力から、不安に思った私は、まずは彼がどんな人なのかと軽く情報を集めたのだが、それが失敗だった。
結果、彼がとてつもなくダメ人間ということが判明したのだ。
授業を受けたら寝てばっかり、放課になると女子にいやらしい目付きを向け、部活動では何か怪しげな情報を売り買いしているみたい。
助けられた時は、一瞬――、ほんの一瞬、格好良く見えたんだけど、その本質は、まるで生ゴミのような存在なんだと気付かされてしまったのだ。
なによりあの悪名高き写真部の一員であるというのがいただけなかった。
これは写真部の更生を同時に彼の更生もしなければいけないと思った。
それこそが助けてもらったことに対する恩返しに繋がると思った。
だから私は、正々堂々、彼に助けてもらったお礼を言うと共に「アナタを更生させてみせるわ」と宣言したの。
でも、相手は一筋縄ではいかない相手だった。
いや、情報を集めている時から、彼が厄介な存在であるということは分かっていたのだ。
しかし、現実は遥かに厳しかった。
注意をすると逆にナンパされ、それを咎めてもまるで嬉しそうにして全然いうことを聞いてくれない。
本当に何なのかしらこの男の子は――、私は怒っているのよ。
そんな態度を全面に押し出してもニヘラを笑って誤魔化すだけ。
これは普通のアプローチで彼を更生に導くのは無理だと思ったの。
そこで私が目を付けたのは彼の交友関係。
本人こそGのような人間であるけれど、その交友関係は意外にも普通そのもので、どちらかといえば悪友のような存在が多いような印象を受けるけど、中にはまっとうな人も多かったのだ。
私は彼等に協力を仰ぎ、外堀を埋めることで彼を改革していこうと考えたの。
その中でも私が注目したのは間宮君という男の子。長年にわたって彼と交友関係を結び、保護者なんて呼ばれる彼の幼馴染だ。
基本的に間宮君は真面目な男の子で、大人しい性格なのか、いろいろな厄介事を押し付けられるタイプみたい。
でも、怒らせると怖いと噂される男の子。
そんな彼を味方に引き込むことが出来たのなら、彼を更生させる突破口になるんじゃないかと思ったのだ。
しかし、いざ間宮君と接触しようとしてみたところで問題が発生した。
彼がまるで私の行動を先読みしたようにどの現場にも現れるのだ。
もしかして、こちらの動きが察知されているとでも言うの?
彼の動きから、そうも思ってみたんだけれど、どうも違ったみたい。
彼はただ可愛い女の子に反応して本能的に動いているだけだという。
別に私が可愛いとか言っているんじゃないのよ。
ただ、彼が好みのタイプが単に私のようなカッチリしたタイプってだけで、別に自画自賛してる訳ではないの。
けど、そうと分かれば話は簡単、別に私が間宮君と接触する必要はないのである。
ということで、間宮君には後輩の男子に接触してもらったんだけれど――、その結果は予想外のものだった。
間宮君は、ちょっとした協力どころか、全面的な協力を申し出てくれたらしいのだ。
そして、教えられたのがこのアプリ。
間宮君と接触してくれた後輩曰く、これを見れば、彼の現在地がわかるのだという。
でもいいのかしら?こっそり居場所を探知するとか、プライバシーの侵害とかにならないの?
後輩にその辺の確認をしてきてもらったんだけど、それはまったく問題ないみたい。
なんでも彼のご両親も――、というか特に彼のお母さんが彼の更生に協力的で、このアプリも彼のお母さんから許可を受けた間宮君がこっそり仕込んだものだっていうの。
退学にならない程度にお仕置きをしてやってくれとお願いされてしまった。
苦労しているのね。
それでこれはなんなのかしら?
アプリと一緒に渡された取扱説明書のようなものを見て聞くと、後輩の男の子から、これは彼の取扱説明書なんだと教えられる。
取扱説明書って……、
でも、後輩の男の子からどうしてもと進められて説明書を呼んでビックリした。
そこには彼が何を考えてどのように行動をしているのかが事細かに書かれていたのだ。
そんな生態調査とも呼ぶべき取扱説明書を読んでみて、私が最終的に学んだことは、彼は基本的にエッチなことばかり考えてるのね――ということ。
そして、女子の悲鳴を聞いたらまず居所を確認するのが重要だということ。
彼はいったい学校になにをしに来ているのかしら?
因みに彼を捕まえたら根気よく諭すように語るのが一番効果的みたい。
強く叱ったりするのは逆効果みたいで、女の子が叱ると逆に興奮してしまう質だから、そこのところは注意が必要だと書いてあった。
理解不能だわ。誰かに怒られて喜ぶ人なんて本当に存在するのかしら?
後輩の男の子に聞いてみたところ、そういう性質を持った人がいるみたい。
SとかMとかっていうのはこういうことだったのね。
ただし調教するつもりなら強気で攻めるのがいいみたい。
去年卒業した間宮先輩のことを例に出して、その辺のことが色々と書かれていた。
でも、間宮先輩って言えば、我が校きっての問題児よね。
どんな関係なのかしらって聞いてもらうと、なんでも彼は間宮先輩の幼馴染にして手下みたいなものみたい。
なるほど、あの先輩にしてこの後輩ありってことね。
そして、この説明書をくれた間宮君は間宮先輩の義理の弟と――、
うん。本当に苦労しているみたいね。切実さが伝わってくるわ。
いいわ。ここは間宮君を救けるという意味でもここは私が一肌脱ぎましょう。
そう決意も新たにしたその時だった。絹を引き裂いたような悲鳴が廊下にこだまする。
これは――、
そうね。悲鳴が聞こえたら、まず、彼の動きを疑えだったわね。
アプリを起動して場所を確かめる。
地図が出てきて学校のどこにいるのかがだいたい分かる。
すると、彼が居たのは女子運動部の部室棟付近。
不埒な目的を持っていなければ、まず男子が近づかない場所に居た。
どうやらこの説明書は正しかったみたいね。
待ってなさい松平元春、アナタをきっと更生してあげるんだから。
私は後輩の男の子を従えて悲鳴の聞こえた方に走り出す。私を助けてくれた残念な後輩の性根を叩き直す為に。
◆次話の投稿は一日あけて、火曜日の朝には投稿したいと思っています。