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●幕間・とあるゴーレムの一日

◆今回の主役は万屋のマスコットであるベルです。

『……Start up』


 ポンと軽快なシステムサウンドと共にそんなフキダシを頭上に浮かべるのは、緑青色をした小柄のゴーレム。万屋の店長補佐であるベルだ。

 稼働時間を迎えたベルが深夜帯の店番を担ってくれていたエレインとタッチ交代、まず取り掛かるのは店の中の掃除である。

 どういう訳か、このアヴァロン=エラと繋がる各世界の時間帯は不思議な事にほぼ揃っている。中には時間軸の異なる世界からのお客様もいるのだが、基本的にこの早朝というのは暇な時間で、店の掃除にあてられているのだ。


 とはいっても、この万屋は店長を務める虎助が綺麗好きということもあり、ダンジョンなどを越えてやってくる探索者、魔の領域などと呼ばれる魔素が豊富な土地から紛れ込んできた冒険者など、過酷な環境からやって来たお客様が多く、床などはすぐに汚れるからと一組客が訪れる度に掃除を行っていることもあって、基本的には汚れていないのだが……。


 しかし、それが掃除をしないことには繋がらないと、ベルは空間魔法が付与される自らの口の中から、バケツとモップを取り出し、店の改築に伴って店の外に作り付けられた、ちょっとした洗い場スペースに取り付けられた水道管型の魔導器から水を調達、床をピカピカに磨き上げる。

 そして、同居人ともいえるマンドレイクに水を与えて、さて、簡単な掃除が終わったところで次にベルが取り掛かる仕事は魔法薬のチェックだ。

 しかし、朝も早いこの時間、チェックするのは並べられている数ではなく、品質のチェック。

 この魔素の豊富なアヴァロン=エラにおいて、魔法薬に含まれる魔力の減衰は殆ど起きないが、下級のポーションといった、低ランクの素材を使った魔法薬そのものの品質の劣化を免れられないのだ。


 そうしてベルが〈金龍の眼〉を利用し、比較的値段の安いポーションの品質チェックをしているところ、ふわりと一人の少女がやってくる。

 白くゆったりとしたネグリジェ一枚と寝起きのままという様相の彼女はソニア=モルガナ。この万屋の店長兼オーナーとなっている(・・・・・)少女である。

 しかし、彼女の姿はふつうの人間に見ることが出来ない。

 見えているのは精霊を宿すベル達とここの店長である虎助、そして精霊に愛されし少女マオくらいなものだろう。

 いや、最近では亡国の姫であるマリィもその一人に加わったか。


 そんな不可視の少女・ソニアが店舗にやって来た理由は、もちろんベルに会いに来る為である。

 数少ない語らい合える存在であるベルと、客の居ないこの時間にお喋りをするのがソニアの日課となっているのだ。

 昨日の報告に始まり、虎助の話、そして常連客がやってしまったアレコレなどを、ベルはフキダシを浮かべるという形で報告する。

 そうしている間にもエクスカリバーやマンドレイクがやって来て、精神体にゴーレムに聖剣、そして植物と、見る人が見たなら側頭しそうなメンバーによるおしゃべりが楽しげに繰り広げられる。


 そんなこんなで小一時間、そろそろ早い客ならやって来るかなといったところでソニアが席を立ち、また静寂の時間が訪れる。

 だが、その日は生憎と(と言っていいものだろうか)一人の来客もなかった。

 つい、一ヶ月ほど前までだったのなら、勇者を自称するフレアがエクスカリバーを抜かんとやって来ていたのだが、いまは自国に帰り、魔王の城に攻め込む準備をしている為、ここしばらくは顔も見ていない。

 だからという訳ではないが、ベルとエクスカリバーがまったりと静かな時間を過ごしていたところ、店の外に光の柱が立ち上り、周囲の状況に合わせた控えめな警報音が鳴り響く。

 魔獣がこの世界に紛れ込んできたのだ。

 すぐに送られてきた報告(フキダシ)によると、今回あらわれたのはサラマンダーだとのことだそうだ。

 しかし、ベルは動かない。

 虎助達がいない今、実績の獲得がなんだかんだという配慮をする必要はなく、単純に追い返すか討伐するかの二択になるからである。

 特に今回は、まだバックヤードに皮などの在庫が残っているサラマンダーが紛れ込んで来たということで、わざわざベルが討伐に出向くまでもなかったのだ。

 結局、大きな個体をだけを討伐したのみで、成長過程の個体はゲートからリリースするに留まったという報告(フキダシ)がすぐに送られてくる。


 そして再び、静寂の時間が万屋に訪れて――、


 お昼を回った頃だろうか、再びの来客があったようだ。

 ゲートにつめるエレインの報告によると、それは小脇に兜を抱えた首無しの騎士だとのこと。

 その特徴から、デュラハンという魔人の可能性が示唆されたのだが、いろいろと照合作業を行った結果、最終的にその首無しの剣士はブラックリスト入りをしたお客だという結論になったようだ。

 因みにその男がゲートに降り立って、最初に口にしたセリフはこれだったと、その時の映像がボール型のドローンゴーレム〈カリア〉から送られてくる。


「ク、ククククク、またここに来られたのか。やはり森の神は私にあのハーフエルフを討てと言っているのだな。フフフフフ、フハハハハハハ――ッ、いいだろう。俺が受けた仕打ちを百倍にして返してやるぞ」


 映像に映っていたのは、アダマンタイト製の兜を小脇に抱え、邪悪な笑い声を上げる細身の剣士。

 そう、やって来たのは、以前この万屋の常連客の一人、マオを貶めたあの嫌味なエルフの剣士だった。

 その事実を記憶していたベルは、すぐにエレインに向けて確保ないし足止めをするように指示を出すと同時に、主の一人たるソニアにもお伺いのメッセージを送る。

 そして、相手の力量も考えてベル自らも万屋を飛び出すのだが、この相手はわざわざベルが出張る必要のない相手だったようだ。

 ベルがゲートに駆けつけた時には、デュラハンエルフともいうべきエルフの剣士は気絶していた。ゲートの警備を任されるエレインによって確保されていたのだ。

 報告(フキダシ)によると、復讐に燃え、奇声をあげているところに、カリアが上空から放った牽制の雷撃が直撃、その隙にエレインが放った急所への一撃によって失神してしまったみたいである。

 おそらく虎助あたりがこの事実を知ったのなら、呆れ、苦笑を浮かべただろうその顛末にも、ベルは動じない。

 気絶したデュラハンエルフの剣士を警戒しつつも、現在この世界にいる唯一の決定者であるソニアの到着を待つ。

 そして、やって来たソニアにエルフの剣士の処分方法を確認するのだが、


「どうするって?いつもみたいにゲートに捨てればいいと思うけど……。

 あ、でも、戻ってこれたってことは常設のゲートがあるのかもしれないか。

 マオの為になにか対策を打っておくべきなのかも。

 なんか魔剣みたいな武器も持ってるし……。

 う~ん。そうなると空間転移に反応して何かしらのダメージを与えるカウンターマジックをセットしておいた方がいいかな。

 貞操魔法の(コード)を流用してっと――」


 ソニアは白目を剥いて倒れるデュラハンエルフに探るような視線を向けると、自分の考えをまとめるかのようにぶつぶつと呟く。

 そして、ベルに出した指示は、万屋の意外な人気商品である貞操帯を持ってきてというものであった。

 ソニアはベルに用意してもらった貞操帯に、魔力伝導性が高いミスリルを使って即興の魔法式を組み込んでいく。


「うん。これで迂闊に次元の歪みに近付けなくなったと思うけど……」


 ソニアがその貞操帯に施した仕掛けは極めて単純、周囲に発生した魔素の揺らぎに反応して貞操帯の内部に衝撃波を発生させるものだった。

 つまりソニアは、魔法や魔法現象が周囲で発生した時に発動するチ○コマシーンを即席で作ってしまったのだ。

 しかも、ご丁寧にもこの貞操帯は兜と同じくアダマンタイトで作られている。

 魔法攻撃が効き辛く、素材そのものの強度が高い為、伝説の金属素材で作った工具か強力な錬金術でも使わなければ簡単に外れないようになっている。

 そうして、しっかりと外れないようにアダマンタイト製のフォールドを取り付けたソニアは、


「取り敢えず作動実験をしてみようか」


 鬼か悪魔か、完成した貞操帯を見下ろすと、平然とそんなことを口ずさみ、モルドレッドを経由して魔法使いなら八割の人間が使えると言われている座標指定の魔法〈目印(ランドマーク)〉を不必要なほどに高出力の魔力でもって発動させる。

 するとその瞬間、ズドンと破滅の音が聞こえてきて、目の前にはブクブクと泡を吹くエルフの生首がお目見えする。

 ソニアはその結果に満足そうに笑みを浮かべて、


「うん。これならある程度の抑止力になるんじゃないかな。じゃあ、後はゲートに放り込んでおけば大丈夫だから」


 再び聞こえてくる破滅の音をBGMにその場を立ち去るソニア。

 一方、それら全ての処理を見届けたベルはというと、ゲートに異常がないことをエレインと一緒に確認して周り、万屋へと舞い戻る。

 その後は、放課後という時間、もう一人の主がやって来る時間までただじっと万屋を待つだけだ。

 その姿がどこかソワソワとして見えるのは、ベルもまたその器に精霊を宿す者だからだろう。

◆ということでベルの一日でした。


 ソニアが作った〈息子殺しの貞操帯(ジュニアキラーベルト)〉は、風の魔法〈空撃(エアロインパクト)〉を利用した魔導器となります。

 その威力はそれほど強力なものではないのですが、ゼロ距離で急所に叩き込まれる衝撃波は男に生まれてきたことを後悔させるくらいの破壊力を持っています。

 ある意味で作中に登場した魔導器の中で一番凶悪な効果を秘めている魔導器ではないでしょうか。


 マンドレイクについて……虎助に引き取られたマンドレイクはカウンター横に置かれる鉢植えとして日々を過ごしています。

 かつて大ヒットしたと言われるフラワーロックのような扱いになっています。日に数時間は万屋前のベンチで日向ぼっこをしている姿が見られます。ある意味で正しいマスコットの姿ではないでしょうか。


目印(ランドマーク)〉……ただ一点の座標を指定する為だけの空間魔法。範囲魔法とセットで使われる場合が多い。因みに範囲指定も含めた魔法はまた別にある。あくまで座標を決めるもので〈《ロックオン》〉のように動くものは効果はありません。


◆次回更新は火曜日の予定です。

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