賢者とエルフの後日談
神秘教会が起こした事件から数日たったある日、賢者様とホリルさんの姿が万屋にあった。
和室ではなくカウンター横にある応対スペースで、のんびりと缶コーヒーを飲みながら、まったりとした午後の時間を過ごしていた。
「全く出鱈目ね。なによあの結界、私達の里が張っている森の結界よりも、よっぽど強力じゃない」
「というか、あんな結界があったんなら今迄の俺の努力は何だったんだって話になるんだけどよ」
「そこはホリルさんがいたからこそ張れた結界なんじゃないでしょうか」
いま僕達が話している結界というのは、神秘教会から賢者様の研究室に逃げ帰ってすぐ、研究室を囲む森に仕掛けた結界のことである。
せっかく魔法の扱いに長けたエルフのホリルさんがいるんだからと、これから追っ手を放ってくるだろう神秘教会への対策に『魔王様の拠点に設置した結界装置を敷いてみたらどうですか』と提案してみたのだ。
すると、その効果は抜群で、神秘教会の追っ手はその結界に引っかかり、森の奥まで入ってこられなくなっていた。
一方、結界の効果をまざまざと見せつけられた二人はというと、これまでのアレコレやら、結界に込められた魔法技術に思うところがあるのだろう。
愚痴のような事を言ってくるのだが、今回使った結界はアヴァロン=エラのゲートを守る結界を参考に、魔王様の為に新たに組み直した特別性の結界魔法なので、僕に文句を言われても困ってしまう。
因みに、その後も神秘教会は定期的に戦力を送って来るのかと思いきや、追っ手をよこしたのは最初の数回だけで、それ以降はぴったりとちょっかいが止まっていたりするみたいだ。
神秘教会の意外な諦めの早さが気になった賢者様がちょっと調べてみたところ、例の拉致事件をきっかけにして、神秘教会に関する問題がいろいろと噴出しているそうなのだ。
賢者様達がかけられた魔女裁判もどきの儀式を見た僕からしてみると、今更なのかという思わないでもないのだが、そこは有名な宗教団体なのだろう。今まではそういった暗部の情報が漏れたとしても、それが表沙汰になるまでに世界で二番目の信者数を誇るそのネットワークを使って完全にもみ消していたのだそうだ。
しかし、そんな神秘教会も、さすがにビルの外壁を斬り裂いてゴーレムがビルの壁面を疾走するなんて珍妙な事件までは揉み消せなかったとのことである。
もしも下に人が居たのならどうなっていたことかと事件を調べ始めた一部のマスコミ(主にゴシップ誌)が、都市伝説がどうのこうのとか、神秘教会の闇やらなんやらと憶測を交えた報道した結果、賢者様達に構っていられない状態になってしまったそうなのだ。
本当にこういう下世話なニュースはどんな世界の人でも好きなんだな。
さて、神秘教会の件がとりあえずの解決を見せたのに、なんでこの二人がなぜ揃ってアヴァロン=エラでまったりしているのかというと、実は神秘教会のゴーレム達が賢者様の研究所に押し入った際に、ホムンクルス製造装置を始めとした巨大な実験機器などを強引に持ち出そうとしたそうで、研究所の内部がかなりめちゃくちゃになっており、現在、人が住めるよな状態にないからだったりする。
どうして神秘教会はそんな面倒な事までしてまで賢者様の研究データを持ち出したのかというと、賢者様が持つホムンクルスなどを作る技術を欲していたからなのではないかと賢者様達は言う。
いや、正確に言うと神秘教会が欲していたのは、禁忌に当たるホムンクルス製造に関する技術ではなく、その前段階で必要な賢者の石を作る技術だったみたいだ。
賢者様が持ってきてくれた数冊のゴシップ誌によると、神言魔法なる大規模な儀式魔法を発動させる触媒に使うつもりだったとか、神秘教会上層部が賢者の石によって不老の体を手に入れようとしていたからだったりとか、いやいや、彼等が崇める光神を現世に顕現させる触媒として賢者の石を使うのだとか、様々な噂が取り沙汰されているそうだ。
もし、その噂が本当だとして、賢者の石を動力源にしたKE11が賢者様を救出に向かったっていうのは、ちょっとした皮肉だったのかもしれないな。
というか、ふつうに賢者様を介してお客様として来てくれていたのなら売れないこともなかっただろうに――。
まあ、神秘教会が裏で行っていた事を考えると、取引が成立しなくてよかったというのが僕の正直な気持ちではある。
ああ、そういえばホリルさんだが、しばらく賢者様の研究室にお世話になることになったそうだ。
脱出の前にホリルさんが殴り倒した――もとい、天井に突き刺したあの嫌味な感じのおじいさんこそが神秘教会の大主教様だったらしく、訴えられたらちょっと面倒なことになるかもしれないと、しばらく誰にも見つからない森の奥に姿を隠すことになったのだ。
それを聞いた元春が「ロリっ子エルフと同居っすか」と羨ましそうにしていた。
だが、賢者様に言わせるとホリルさんとそういう関係になることは考えられないらしい。
たしかに、ここでぐてっとしている二人を見る限り、恋人同士というよりも、悪友とかそんな言葉の方が似合いそうな関係に見える。
そして、もう一人、今回の騒動のきっかけともなったホムンクルスのアニマさんは、迷惑をかけた(?)二人の役に立つ為にとこのアヴァロン=エラで様々な技術を習得している真っ最中だったりする。
今は手始めにと、また今回のようなことがあった時にもっとお役に立てるように戦闘訓練を行っている。
アニマさんとしては我儘を言って潜入について行ったものの殆ど役に立たなかった事を気にしているみたいだ。
とはいっても、生まれたばかりのホムンクルスが潜入作戦に加わって、地味ではあるけどちゃんと援護に回れたというのは、それはそれで凄いと僕なんかは思うのだが、本人がやる気を出しているのだから、それを口にするのは無粋というものだろう。
戦闘訓練の他にもアニマさんは賢者様の健康の為に料理の勉強も始めているらしい。
なんでも賢者様は研究者らしく食にあまり頓着がないらしく、基本的に食事といえば、僕の世界で言うところのインスタントやレトルト食品のようなものばかりを食べるという食生活を続けており、足りない栄養はサプリメントで補っていたのだそうだ。
まあ、以前の賢者様の状況を考えると、神秘教会との関係もあって迂闊に街へ出向くにも行かなかったから仕方のないことなのかもしれないけれど、自分が生まれたからには健康的な食生活をとアニマさんが立ち上がったという訳である。
因みに、この料理に関しては僕達が教えるという訳ではなく、僕達の世界にもあるような料理の作り方動画を見て勉強しているみたいだ。
しかし、料理というなら同居を始めたホリルさんとかが出来そうじゃないかと聞いてみたのだが、基本的にホリルさんは食い道楽の方が専門であり、自分ではあまり料理を作らないのだという。
作れないではなく、作らない。ここが重要なのだそうだ。
個人的にはエルフが作る料理に興味があるので、機会があればぜひ披露してもらいたいものである。
と、そんなお願いは賢者様達の生活が落ち着いた頃を見計らってするとして、
「それで、オーナーから防衛システムはどうしますって話が来ているんですけど」
そういえば、あらされてしまった賢者様の研究室の改修工事はソニア自らが操るゴーレムが行っていたりする。毎度のごとく、改修工事にかこつけて、少しでも異世界の技術を吸収しようとしているのだ。
「とはいってもな。セキュリティっていうなら、あの結界だけで十分な気がすんだけど」
「逆にあれを越えてこられる人物がいたら、今迄のセキュリティじゃ役に立たないみたいないんですよ」
魔王様の世界には魔王様が、アヴァロン=エラにはモルドレッドやベル君達がいるのだが、賢者様の世界にはそれがない。
「でも、あの結界?
私もいろいろ確認してみたけど、私クラスの力を持ってないと突破できないと思うわよ。
いまの人族があの結界をぶち破るとなると、それこそ対巨獣クラスの大型シェルが必要になると思うけど」
「そりゃヤベェな」
その対巨獣クラスのシェルというのがどれ位の兵器なのか分からないが、ホリルさんの言い方から察するに、おそらく超強力な兵器なのだろう。
しかし、どちらかというと、あの結界は物理防御ではなく、空間系や精神系の魔法を複合した特殊な結界なんだけど。
僕は微妙な視線を賢者様に向けながらも、
「それで結局どうします?」
「そうだな。あの結界の特性を考えると、ふつうにKE11をそのまま警備に回すとか、そんな感じでいいんじゃねぇのか」
たしかに、あの結界が超強力なものである以上、それを活かして積極的な警備を行うのはまた一つの手でもあるのだが、
「KE11は遠隔操作のゴーレムですから防御システムにはあんまり向かないと思いますよ。 スタンドアローンタイプにも改造できますけど、改造して買い取るとなると相当お高くなってしまいますからね。 まあ、その殆どが鎧に使われているアダマンタイトの値段ですけど」
なにしろあの鎧は今できる限界まで圧縮したアダマンタイトを使っているのだ。技術料なんかを無料にしても、それこそプライベートジェットが軽く買えてしまうくらいの価格になってしまうだろう。
「――ってゆうか、あの鎧ってアダマンタイト製の鎧だったの。 どこで手に入れてきたのよ」
「どこっていうか――、いろんな世界からくるお客様から買い取ったり、残りはここで作ったものですかね」
そこまで言ったところでホリルさんはガラステーブルに手をついて立ち上がる。
「ちょっと待って、買い取ったってのにも驚きだけど、ここで作ったってどういうことよ?」
「それはですね。普通にドラゴンの血を使ったり、マールさんに――と、ああ、マールさんっていうのは、この世界で暮らしているドライアドっていう精霊の方なんですけど、彼女の本体から取れる生命の実を使えばエリクサーの亜種が作れるんですよ」
エリクサーを使って金属を加工すればアダマンタイトも作れると説明しようとしたところ、ホリルさんは何故か緊張した面持ちを浮かべながらも、ずいと身を乗り出して聞いてくる。
「ド、ドライアド様がここにいるの!?」
精霊は、精霊というだけに珍しい存在なのかもしれないけど、そこまで驚くことだろうか?
ホリルさんの予想外の食いつきに戸惑う僕に賢者様が助け舟を出してくれる。
「精霊っていうと俺等の世界だと何十年に一回くらいのスパンで現れればいいような存在だからな。それにたしかドライアドはエルフの中で神聖視された存在とか聞いたことがあるぞ」
そういえば賢者様の世界って、魔法技術が発達している世界にしては比較的に魔素濃度が薄い世界なんだっけ?
これは賢者様救出の際に赴いたKE11を使ってソニアが色々と調べた結果なのだが、どうも賢者様の世界にとって重要な魔法技術の一つ。魔法電池ともいうべきドロップの製作には大量の魔素が必要となるようで、魔素溜まりとも言うべき場所にその生産拠点を作ることによって周辺の魔素濃度が薄まってしまい。強力な魔獣・精霊といった存在にとって少し活動し辛い世界になっているみたいなのだ。
そして、エルフにとっては滅多に見なくなってしまった精霊は神聖視されていると――、
うん。ホリルさんの驚きも分かる気がする。
しかし、そうなるとだけど……。
「因みにこの世界にはウンディーネにセイレーンもいますけど」
「えっと、ちょっと待って、本当になんなのよここは――」
手を突き出して悩むように首を振るホリルさん。
「でも、これだけ魔素が濃い空間なら不思議じゃないのかもしれないわね」
「取り敢えずセイレーンならすぐ会えますけど、どうしますか」
「お、お願いするわ」
前のめりになるホリルさんに、僕は予想以上の反応だと思いながらも懐からカードを取り出してアクアを呼び出す。
すると、ホリルさんは「ん?」と首を傾げてカウンターの上に佇むアクアをつついて、
「何よ。ただのゴーレムじゃない。ふざけているの」
剣呑な視線を飛ばしてくるけれど。
「いえいえ、そのゴーレムにセイレーンが宿っているんですよ」
「はぁ!? ゴーレムに精霊って、どういうことよ。それ」
そんな文句を言われましても、本当のことなのだから仕方がない。
「ホリル。お前、気付いていなかったのか? ここのゴーレムは精霊が宿って動いてるんだぜ」
「殆どが原始精霊と呼ばれるあやふやな存在なんですけどね」
ここまでくると、ホリルさんはもう声も出ないらしい。
ポカンと口を開けて呆けるホリルさんの目の前で賢者様は手を振って、
「ダメだなこりゃ。しばらく戻ってこねぇぞ」
「じゃあ、その間に僕達でセキュリティの方をどうするのか決めちゃいますか」
「とはいってもよ。さっき言ったくらいしか思い浮かばねぇんだけどよ。研究所の改修やら結界の設置やらで金もあんまねぇし」
「いま思い付いたんですけど、警備にスクナを使うのはどうでしょう」
急にフリーズしてしまったホリルさんにオロオロとするアクアの頭をなでながら僕が言う。
「成程な。精霊を宿したゴーレムならあの結界を管理するのに丁度いいってか」
その後、僕と賢者様はホリルさんの意識が戻ってくるまで、どの魔法金属をベースにしたスクナをどれくらい配備するのか、魔法窓に描き出した賢者様の研究所の周辺地図を参考に検討をしていく。
ホリルさんが正気を取り戻したのは、僕達が研究所周辺の設計を終えた頃だった。
◆少々遅れてしまいました。 次話は木曜に投稿予定です。
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