宗教裁判
◆今回の長めのお話となっております。
人一人が通れるくらいの穴をくぐるとそこは礼拝堂のような場所だった。
ただ、ふつうなら神様を祀っているだろうその場所には、一段高くなった横長の机が置かれており、まるで裁判所のような雰囲気も醸し出していた。
裁判官が座るような長机の中央に座る老人が口を開く。
『これより、異端者『ロベルト=グランツェ』および『ホリル=セントレア』の裁判を執り行う』
そして、老人の口から並び立てられるのは、よく分からない罪状の数々。
かつて行われたとされる魔女裁判はこんな感じだったんだろうか、光神シーラが与えたもうた我等が使命がなんちゃらとか、この世界を取り巻く祝福の恩恵がなんちゃらとか、裁判長のような老人が語る多分にナルシズムが入り込んだ宗教的な話から、僕達でもどうにか意味が理解できる内容だけ切り取って要約すると、つまり『人造人間を作るなんて、神をも恐れる所業だ。 けしからん。 だからお前を死刑に処す』とそんな感じで賢者様の意見を聞くことも無いみたいだ。
僕達はそんな議場の様子を視界に収めながらも、今すぐにでも賢者様を助けたいと、飛び出していきそうなアニマさんを引き連れて状況が見渡せる最後方に陣取り、現状を把握するべく賢者様への念話を繋げる。
「えと、賢者様……、裁判所? ですか、そこへの潜入には成功したんですけど、これってどういう状況です?」
『たぶん少年が見たまま思ったままの状況なんだと思うぜ』
あえて聞くまでもないけれど――、
そんな僕の問いかけに賢者様がおどけるように答えてくれる。
そういう賢者様は神殿騎士と呼べばいいのだろうか、荘厳な白い鎧に身を固めた二人の騎士が持つハルバードに首根っこを抑え込まれて、膝立ちに押さえつけられていた。
「因みに、お隣のエルフらしき女性はお知り合いですか?」
『ああ、コイツはホリル。 俺の知人であり、俺を嵌めた張本人だ』
正直、エルフに対する僕の印象はあまり良くない。
だが、賢者様と同じく二人の神殿騎士に両側からハルバードで押さえつけられている人は放っておくのは薄情だと聞いてみると、なんと彼女があの奇抜な拉致作戦の発案者なのだという。
「でも、どうして彼女も捕まっているんです? 彼女が賢者様を捕まえる作戦を考えたんじゃないんですか?」
『俺を捕まえた方法が神秘教会の教義に引っかかるんだと』
「それを込みで了承したのではありませんの?」
首根っこを押さえつけられていなかったなら肩でもすくめていただろう。
僕の質問に答えてくれた賢者様に聞き返したのはマリィさんだった。
『裁判にかけるところまでが込みだったってことじゃねえのか』
「ありがちな話ですわね」
これも一つのご都合主義か、どこの世界にいっても宗教という正義はそれを信じる人達のみに存在する都合のいいルールでしかないらしい。
マリィさんにもそんな心当たりがあるのだろう。ため息でもつかんばかりのトーンで言うのだが、そんなマリィさんの台詞に重なるように、明らかに怒気を孕んだその声がビリビリと議場全体を震わせる。
『アナタ達、私にこんな事をして覚悟はできているんでしょうね』
それはまさしく怒気と呼ぶにふさわしい圧力だった。
「なんつーか、イズナさんと同じタイプだな」
「というよりも性質的には義姉さんの方が近いんじゃないかな」
元春もメインモニター越しにその圧力を肌で感じたようだ。
以前、母さんから味わった殺気を思い出すかのように見を震わせながら言ってくる。
とはいっても、同じ威圧感でも母さんから発せられる威圧感は、まるで粘度を持った極冷の水が静かにあたりを包み込むような圧迫感だ。
それに対して、あのホリルさんというエルフの女性が放つ威圧感はまさに業火いわんばかりの激しさを持った威圧感だ。
個人的な見解としては、義姉さんが母さんと同じくらいまで怖くなったら、あんな風になるだろうって感じだけど』と、僕はホリルさんから感じる評価を口にしながらも、
「折角ですから、あのおじいさんが長講釈をたれている今の内に助けようと思うんですけど、この場合、彼女も助けた方がいいんですよね」
『さすがに放って帰るのも後味が悪ぃだろ』
動くなら今がベストタイミングなのでは?
そんな僕の声かけに、賢者様は『仕方ねぇな』とばかりの声を漏らす。
まあ、この状況で賢者様だけを助けて彼女をほっぽりだしてしまったら、その怒りが彼女に向くことは想像に難しくないし、その後の結末は言わずもがなだ。
さすがに放って逃げてしまうのは人でなしと言わざるをえないだろう。
『で、どうやってこの状態から逃げようってんだ?』
賢者様からの確認に「そうですね――」と僕は、賢者様とホリルさん、二人を押さえつけているハルバードを持った四人に、これは神聖な儀式ですと言わんばかりに武器を構える神殿騎士達、そしてゴーレム兵士と――、裁判所ともいえるこの場所を見回して、
「普通に閃光弾を投げ込んで、その混乱に乗じて逃げるっていうのが一番簡単な方法だと思うんですけど」
『悪くない作戦だが、それには二つ問題があるな』
それは? 続きを促す僕に賢者様が言うには、
『まず一つに、俺の目の前で馬鹿みたいな長講釈をたれてるジジイが、このエリアの議長とズブズブの関係だってことだ』
議長というのはこの街の最高責任者のことで、たとえ上手くここから逃げ出したとしても、あの老人から連絡がいけば、僕達は街から出る前に包囲網が敷かれてしまい、簡単には町の外へと抜け出すことができなくなってしまうのかもしれないのだという。
『そんでこれが一番の問題なんだが、お前から見て、ホリルが俺の言うことを素直に聞いてくれると思うか』
ああ、たしかにそれは大きな問題だ。
首根っこをガチガチに抑えられながらも、その目に宿る殺意は本当に人を殺さんばかりの力強さを持っている。
彼女がこのまま素直に引いてくれるとは思えない。
唸るように魔法窓に映る彼女の表情を見つめる僕の後ろ、元春が言ってくる。
「そこは、いつもお前やマリィちゃんが俺にするみたいに、気絶をさせて強制的に連れ去っちまえばいいんじゃね」
自分でそれを言うのはどうかと思うけど……、元春の言う手は悪くはない手ではある。
しかし、この中で唯一ホリルさんのことを知る賢者様はあまり乗り気じゃないみたいだ。
『それもありっちゃありなんだが、ホリルはその手の異常状態の耐性が高いからな。
一発で沈むってことはないと思うぞ。
下手したら俺等が殴り倒される羽目になっちまうかもしれねぇし』
「あの、彼女ってエルフですよね。異常状態への耐性が高いのはなんとなく納得できるんですけど、逆に僕達が殴り倒されるって、どういうことです?」
基本的にエルフという種族は魔法特化、技術特化というイメージが僕にはある。
そんな彼女に『殴り倒される』というのは賢者様の比喩表現なのではないか、僕が聞き返すと、
『エルフの中じゃコイツくらいなモンだろ。得意の魔法をぜんぶ肉体強化に傾けるのは』
賢者様が言うには、彼女は典型的な魔法系脳筋タイプで、身体強化のブーストに特化した魔法の使い手らしい。
それが魔法巧者のエルフだから逆に質が悪い。
その戦いっぷりはもはや戦闘狂もビックリのものらしく、巷では戦闘中に振り乱すその長い髪の色からグリーンモンスターや緑鬼なんて呼ばれているとのことだそうだ。
個人的に緑鬼といえば、のんびりウクレレを弾いているイメージなのだが、それはそれは恐ろしい存在なのだと賢者様は言う。
『そういう訳だからよ。なんとかアイツも巻き込める感じで逃げ出せるようにしてくんねぇか』
「仕方がありませんね。 ……そういうことなら彼女にも自主的に協力してもらうことにしましょうか」
『どういうことだ?』
少し間を置いて言った僕の言葉に賢者様が聞き返してくる。
「賢者様は彼女に僕が介入するタイミングを教えてあげて下さい。そこで彼女を解き放てば戦力として期待できるでしょう」
『えげつない事を考えるな』
「僕は最善の策を取っているだけですよ。
どう対応をとるかどうかを決めるのは彼女です」
『お前の場合、解き放たれたホリルがどう動くか分かってる上でそう言ってるからえげつねぇんだよ』
まあ、それは否定はしませんですけどね――と、作戦がまとまったところで準備に取り掛かる。
まず僕はアイテムボックスから〈閃光〉の魔法が込められたディロックをKE11に取り出させ、それを賢者様のお役に立ちたいと僕達の話を聞きながらもウズウズしていたアニマさんに渡して、賢者様達の近くでスタンバイしていてもらう。
一方の僕はというと、KE11に取り出させた鍵型の魔具を使って、賢者様とホリルさんの両手両足を拘束するゴツい手錠に時限式の〈解錠〉の魔法をセット。
作戦開始の準備が整ったところで念話によって作戦開始までのカウントダウンを賢者様とアニマさんに送り。
まだやっていたのか、裁判官のまねごとをする老人の声がテンション高めに響く中、ついにカウントはゼロになる。
次の瞬間、アニマさんによって投げ込まれたディロックが炸裂。その効果によって議場が強烈な光に包まれる。
「ホリル。逃げんぞ」
賢者様の声が響き、バキンと何かが割れるような音が聞こえてくる。
光が晴れたそこには怒れるエルフ――いや、緑髪の鬼がいた。
まず犠牲になったのは彼女と賢者様の首をハルバードのような武器で押さえつけていた四人の神殿騎士だった。
何の変哲もないアッパーカット。それが、ハルバードを構えていた神殿騎士の兜を歪ませて、その巨体を装備する重そうな全身鎧ごとかなりの高さがある天井に叩きつける。
「なんかギャグ漫画みたいにぶっとんだな」
元春の感想が言い終わるのが早いかこちらに振り向くホリルさん。
『誰?そこにいるのは分かっているのよ』
魔法窓ごしに伝わってくるプレッシャー。
そのプレッシャーに思わず尻餅をついてしまうのは元春だ。
片方のマリィさんはといえば「ほぅ」と彼女を褒めるように感嘆のため息を漏らしていた。
そんな中で僕がするのは、KE11とアニマさんの認識阻害と鎧から発動する光学迷彩を解いて、KE11にペコリ頭を下げさせてのご挨拶。
「初めまして、万屋の代理店長を任される間宮虎助と申します」
僕の自己紹介を受けてなぜか呆気にとられたような顔をするのはホリルさんだ。
何をそんなに驚いているのだろう。ホリルさんのリアクションに僕はそんな事を思うも、その理由を訊ねているような暇は無いみたいだ。
ジリリリリリ――と、けたたましい音が裁判所内に鳴り響き、ガシャンガシャンと重そうな金属音を立てながら、神殿騎士が、ゴーレム兵が、裁判が行われていた議場に押し寄せてきたのだ。
彼等が向かうのは、上座の裁判席に座る老人のもと、どうやらあの裁判長らしき老人が警報を鳴らして警備の者を呼び出したみたいである。
周囲を固める屈強な騎士達の姿に余裕を取り戻したのだろう。さっきまでの混乱にポカンとしていた表情はどこへやら、鼻を鳴らして言ってくる。
『フン、ついに尻尾を表したか悪魔の使徒め。これにて罪は成った。皆の者、遠慮はいらないぞ。刑を執行するがいい』
うん? このおじいちゃんはいきなり何を言い出すんだ?
いや、正当防衛ってことなら罪は成り立つのかな?
僕が議長席の老人の言葉の意味を考えている間にも、豪華かつ純白のラージシールドを持った神殿騎士が行儀よく頭を下げて、鬨の声を張り上げる。
『皆の者、大主教様たちを守り神敵を討ち滅ぼすのだ』
『ハッ!!』
この集団のリーダーらしき男の声に動き出す神殿騎士達。
しかし、神敵とはまた大袈裟な。
僕が呆れるようにそう思う神秘教会一同の動きに対し、『ア゛アン?』と、まるで地獄の底から聞こえてくるような唸り声をあげた人がいる。ホリルさんだ。
母さんに負けず劣らずのプレッシャーをまとい、神殿騎士の動きを押しとどめたホリルさんは、彼女にとっては身勝手過ぎる命令を下した老人に向けて体を倒し、そのまま突っ込んでいこうとするのだが、
『何やってんだよ馬鹿野郎』
ホリルさんの肩を賢者様が鷲掴みにして止める。
そんな賢者様の行動にホリルさんはといえば、嬉しいのか不満なのかどっちつかずの顔をして、
『止めないでよロベルト。じゃないとアイツ等が殴れないじゃない。
この私が嵌められたのよ。一発殴っておかないと気が済まないわ』
『一発殴るって、そんなことしてたら逃げ遅れるぞ』
『魔法を忘れた今の人族に、私の前進を止められる人がいる訳がないじゃない』
『貴様、我等を愚弄する気か』
『五月蝿いわね。いま、私はロベルトと話しているの。邪魔しないで』
ちょっとヤンデレ風味が入っている発言をするホリルさんは、賢者様との会話に割り込んできた神殿騎士を一睨み、自然と放たれた怒気により、今にも襲いかからんと剣を振り上げていた騎士達を牽制すると、賢者様の方へと振り返り、非難の視線で睨め上げる。
すると賢者様はガシガシと頭を掻いて、
『チッ、しゃーねーな。 虎助、ちょっと寄り道いいか』
「賢者様がいいと仰るなら僕は構いませんよ。
――アニマさんはどうですか?」
『マスターがそれを望むなら、私はそれについてゆくだけです』
賢者様一人がそう言いだしたのなら確実に止めるだろうが、ホリルさんが一緒なら最悪の事態にはならないだろう。
なにより、直接の依頼者であるアニマさんがそれでいいのなら、僕としては文句を言えない。
改めて騎士達に向き直ったホリルさんは嬉しそうに口端を歪めて言い放つ。
『ふふっ、話は決まったわね。 さて、アナタ達、覚悟はいいかしら?』
そんなホリルさんの宣言に、言い返してきたのは例の裁判長を勤めていたご老体だ。
『貴様等こそ覚悟はできているのか。我等に歯向かうということは即ち、神の意志、いや、この街の法に背くことになるのだぞ』
やっぱりこういう時に頼るのは大いなる権力や宗教と、それはどこの世界でも変わらないらしい。
しかし、法の話を口にするのなら彼等だって同じ穴のムジナなのではないか。
賢者様を拉致して自分たちで裁判にかけるだなんて、それこそどこかマイナーなカルト教団にありそうな私刑のようなものと大差ない気もするのだが、その辺りの法律はどうなっているのだろうか。
いや、賢者様の話によると、彼等はこの街(?)の上層部と太いパイプがあるらしいからね。犯罪も犯罪でなくなるなんて定番のパターンがありえるのかもしれないな――、
なんてそんな神秘教会の背後関係など、この人にはそんなことはどうでもいいらしい。
『ごちゃごちゃ五月蝿い』
ご老人にも容赦なし、一つ、二つと、まるで撃破数でも数えるように、自分の進路上にいる敵をなぎ倒したホリルさんは、気炎を上げていたご老体の懐に潜り込むと、再び豪快なアッパーカットを繰り出して、『止めろ』とでも言いたかったのだろうか、何か口にしようとしていた老人の顎をかち上げ、その体を天井に突き刺してしまう。
しかし、なんか大物ぶってた人の割に呆気なく倒されちゃったな。
結局、彼は賢者様を裁いて何がしたかったんだろうか。
背後関係を考えると、まだ絡んできそうな気配はあるんだけど、そもそも彼は生きているんだろうか。
大仰な鎧で全身を固めている聖騎士や、死の概念がない機械じかけのゴーレムはまだしも、あのいやみったらしいご老体は実用性度外視のただ派手なだけの法衣を着ていただけだ。
そんな紙装甲しか装備していない状態で、天井に突き刺さる程の打撃を受けたのなら、どうなるのかなど簡単に想像できてしまう。
いや、もしかしたらこういうシチュエーションで大定番の真の力を開放することによる大復活とかがあるのかもしれないけど……。
そんな妄想を脳裏に描きながらも僕は天井にぶら下がるご老体の体を探知魔法で探ってみると、
うん。かろうじて生きてるだけみたいだ。
当たり前かもしれないけれど三段哄笑からの真の力を開放とかは無かったみたいだ。
しかし、それならむしろ天井に突き刺さるくらいの力で殴られて、まだ生きていることの方が奇跡のようにも思えるが、手加減などはしているようには見えなかったんだけど、ホリルさんにはなにかそういう魔法や技術みたいなものがあるのかな。
と、僕が生死不明のご老体を調べるべくKE11の視界を天井に向けている間にもホリルさんによる掃除はほぼ完了したようだ。
天井からぶら下がる人形オブジェがかなりの数の登ったところで、改めて声をかけようとしたところ。
「追加の団体様がお付きのようですね」
その声がきっかけとなったように、議場の隅に儲けられた厳しい鋼鉄製の扉を開けて、神殿騎士達が、ゴーレム兵達がなだれ込んでくる。
『なんだこれは、先発隊はどうなった?』
『ああ、それならあそこよ』
そして誰もいなくなった――とばかりに人が少なくなってしまった議場に混乱する後発の神殿騎士達。
そんな騎士達の疑問に答えるようにホリルさん天井を指差す。
警戒しつつもその細い指先を追いかけて天井を見た偉ぶった神殿騎士が見たものは、見覚えがある豪華な法衣だったのだろう。
『なっ、貴様等よくも大主教様を――っ!! くっ、者共かかれ――っ!!』
君達には作戦みたいなものはないのか、偉ぶった神殿騎士の号令にやって来た全敵が僕達の方へと殺到する。
『な、これ、ちょっとやべぇんじゃねぇのか』
『これくらい余裕よ』
完全に取り囲まれてしまった状況に焦った声を出す賢者様。
だけど、ホリルさんからしてみれば大した事ない数だったみたいだ。
言葉通りに迫り来る神殿騎士やらゴーレム兵を殴り倒していく。
そして、それは僕も――、ある意味でアニマさんも同じようで、それぞれが装備する魔法銃で前衛のホリルさんが戦いやすいように、賢者様を守るようにと敵の数を減らしていって、
このままきっちり対処していけば敵を全滅させることも難しくはないだろうけど。
「ぐずぐずしているとこの都市からの脱出が難しくなるんですよね」
『そうだぜ。 だからよ。あんなザコ放っておいてさっさと逃げようぜ』
『ざ、雑魚だと? 貴様ァ――っ!!』
意図せず発した賢者様の発言が挑発になってしまったみたいだ。例の神殿騎士が剣を振り上げ、我慢ならんと前に出る。
だが、不幸にも怒りに破れを失い前に出てしまった彼は、ホリルさんの手により呆気なくダウンさせられてしまう。
ホリルさんにとっては彼のただ敵の一人という認識だったのだろう。敵を倒したことを誇るでもなく、指揮官が殴り倒されたことで隙が生まれた兵士達に一網打尽と薙ぎ払うような回し蹴りを放ちながらも言ってくる。
『けど、逃げるって言ってもね。 入口はここしかないみたいよ』
『虎助、ここから脱出する方法とか用意してないのかよ』
「もちろん考えてありますよ」
何の為にプルさんをビルの外へと置いてきたのか、それはこういう時の為にである。
僕は外にいるプルさんに念話通信を送ってビルの外の様子を確認すると、ホリルさんの猛攻により薄くなった包囲網から抜け出して、その先にあった壁を取り出した高周波ブレードで切り裂いてみせる。
その先にあるのは百万ドル――、いや、ここは賢者様の世界の通貨に合わせて百万レリの夜景というべきか。そんなビルの壁面に開けられた大穴を覗き込んだ賢者様が聞いてくる。
『そんで、どうやってこっから脱出するんだ。
ホバードでも用意してあるのか?』
賢者様の言うホバードというのは、たぶんこの街に来た時に見た空飛ぶ乗り物のことだろう。
しかし、
「残念ながら足の準備はしていませんので、このまま脱出となりますね」
『ちょっと待って、もしも私の魔法を当てにしてるなら無理よ。そりゃ多少は使えるけど、こんな高さから飛び降りて大丈夫なほど強力な風魔法は使えないわ』
僕の言葉に裏拳でゴーレム兵を殴り飛ばしながら振り返ったホリルさんが言ってくる。
しかし、エルフの彼女なら使えそうなものなんだけど――、
とはいえだ。
「その辺は抜かりないですよ。実はこの機体には〈誘引〉というちょっと特殊な属性魔法が付与してありまして、重量的にちょっと心配ではあるんですけど、それを使えば二人を担いてこのビルから駆け下りるくらいはできるでしょうから」
すると、それを聞いたホリルさんは、また一人、すくい上げるようなキックで神殿騎士を天井に突き刺して、やや呆れを帯びた表情を賢者様に送り言う。
『ねえ、アナタのお友達は何を言ってるのかしら?』
『俺に聞くなよ』
そんなに非常識な事を言っている訳じゃないんだけど、どうしてここまで呆れられてしまうのだろうか。
「とにかく、ここでグダグダやっていても仕方がありませんのでいきますよ。二人共覚悟を決めて下さい」
そう言って僕はKE11に必殺・唐辛子爆弾を取り出させると、すぐにそれを発動、ばら撒くように放り投げ、その動きの流れから軽く現実逃避をしている二人をKE11に担がせる。
そして、その間にも発生していた真っ赤な煙とそれに伴う悲鳴から逃れるようにように回れ右。
『『ちょ待――』』
二人の静止の声を右から左へ、僕はKE11にレギンスパーツに付与された〈誘引〉の魔法効果を発動させると、壁に開けた穴からビルの外へと身を躍らせ、そのまま直角の壁を伝って高層ビルを駆け下る。
『『あぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ――』』
ステレオの悲鳴を聞きながら駆け下ること五秒足らず、ガガンと歩道に小さなヒビを作りながら無事着地。
『お帰りなさいませ皆様』
「歩行者や車に被害はありませんでしたよね」
『ノープロブレムです』
出迎えてくれたプルさんにビルの破片で怪我をした人がいないかを確認すると、担いでいた賢者様達を地面に下ろして、文句を言おうとするホリルさんの先手を取って手の平を前に突き出して、
「それでなんですが、ここからどう逃げます?一応、認識阻害とかその手の魔法は使えますけど」
もしかして、ゴーレム兵が飛び降りてくるかもしれないと、自分達が脱出した遙か上空百メートルほどに位置にある穴を気にしながらした質問に、フリーフォールに近い状態からの脱出に脱力状態の賢者様がアニマさんに介抱されながら『ハァ』と小さくため息を一つ。
『いまさらコソコソしたところでしょうがねぇだろ。街の壁をぶち壊して研究所に帰ろうぜ』
『でも、街の外に出た後はどうするの?あの手の輩はしつこいわよ。それにいろいろとやらかしたからアイツ等だけが追いかけてくるとも限らないでしょ』
諦めたような賢者様の声にホリルさんがKE11を睨みながら聞き返す。
『いや、いろいろやらかしたのはお前の方だろ』
『五月蝿いわね。あの場合、仕方がなかったでしょ』
冷静な賢者様のツッコミにホリルさんは逆ギレをするように文句を言いながらもそっぽを向いて、
けれど、少し言い辛そうにしながらも、こんな事を言ってくる。
『でも、も、もし、遠くに逃げるなら、わ、私の里って選択肢もあると思うんだけど』
たぶん最初からこれが言いたかったのだろう。とってつけたかのようなホリルさんからの提案に、賢者様は『まったく』とばかりに腰に手をやって、
『悪ぃけどあそこの研究室は手放せねぇんだよ――なぁ』
僕――、正確にはKE11を見ていってくる。
あの研究所には唯一無二のアヴァロン=エラへと繋がる次元の歪みが存在する。
賢者様はそれを手放す気が無いのだと、そう言っているのだ。
「そうですね」
僕はそんな事を言ってくれる賢者様を嬉しく思いながらも、そういうことなら賢者様の安全対策には全力を上げなければいけないね。
そんなことを心の中で呟きつつも、取り敢えず、この場所でまごまごしていても敵を集めるだけとKE11が使える認識阻害の効果もこの場にいる全員に拡大するように発動して、入口ゲートの方へ向かって歩き出す。
◆毎度、読んでもらってありがとうございます。
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