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聖剣に選ばれし者

 今日も今日とて暇な万屋。

 入り口から伸びるオレンジ色の残照に照らされる店内にいるお客様はマリィさんとフレアさんの二人だけ、魔王様は今ごろ大量購入した漫画を読み耽っているのだろう。ここ数日その姿を見ていない。


「いい加減諦めたらどうですの」


 奥座敷のこたつに入り、唯一お気に入りであるヨーグルト風味の駄菓子をぱくつくマリィさんが呆れた声を向けるのは、毎度のようにエクスカリバーチャレンジにトライし続けるフレアさんだった。


「あと少し、あと少しで掴めそうなんだ」


 声をかけられたフレアさんはといえば、どこかで修行でもしてきたらしく、数日開けてのエクスカリバーチャレンジだけになかなか諦められないのだろう。バトル漫画において、苦悩するライバルキャラが口にしそうな台詞を自分に言い聞かせるように呟いて、往生際悪くグリップを握る手に力を込める。


 まあ、結果は言わずもがなの有様なのだが、荘厳ともいえる美しい刀身を眺め、うっとりすることを日課としているマリィさんからしてみたら、エクスカリバーを引き抜こうと四苦八苦するフレアさんの泥臭さは、至高の絶景を台無しにする邪魔な存在以外のなにものでもないのだろう。

 だからという訳ではないのだが、店主として常連である二人の平穏を得る為ならと、


「フレアさんさえよければ、別の剣で強力なものもあるとオーナーから話をいただいているんですけど」


「強力?どんな剣ですの?」


 持ちかけた提案に釣れたのはむしろマリィさんの方だった。

 そして、話を持ちかけた当の本人であるフレアさんからは次のような答えが返される。


「魔王は聖剣でしか倒せないと聞いている。エクスカリバーでなくては駄目なんだ」


 ありがちな設定だけれど、本当のところはどうなんだろう?今のところ手持ちにはエクスリバー以外の聖剣は無いんだけど、フレアさんが言うその魔王を倒すのに、聖剣ならばどんな種類ででもいいのだろうか?様々な疑問が湧き上がるが、残念ながらここにその答えを返せる人物はいない。

 今度、魔王様が来たら聞いてみよう。僕は頭の片隅にメモ書きを残しながらも、フレアさんの言う通り、聖剣という括りで魔王に挑むことができるのならと、更に一歩踏み込んだ提案をしようとしたのだが、

 その直前になって、マリィさんが悲鳴にも似た声を荒らげる。


「そんな、どうなっていますの!?」


 その叫びに、何事かとその視線を追いかけた僕が見たものは、フレアさんの手により漆黒の台座から僅かに持ち上がる黄金の剣だった。

 純粋な気持ちが奇跡を起こすとはよく言われることだが、下心に始まり極まった思慕というものも、いわば純粋な感情とも言えなくはないのではないだろうか。


「ついに俺の思いが通じたようだな」


 冗談のような仮説を肯定するような声がフレアさんからもたらされるが、その言葉とは裏腹に、彼の表情に余裕は無い。

 そんなギャップから導かれる結論は一つしかないだろう。

 というかこれって単に力尽くなだけなんじゃ……。

 と、マリィさんも、フレアさんの表情からその残念な事実に気付いたんだろう。世界の不条理に彩られた驚愕も束の間、その表情からはみるみる感情が抜けていき、行儀悪くもこたつの上に肩肘をつく。


「本当にがっかりな人ですの貴方は――」


 マリィさんは呆れるが、僕としては単純にそうも言っていられない事情がある。

 なにしろフレアさんが、あの気難しいエクスカリバーを無理やり引き抜くという暴挙を実現させてしまったのだ。それが賢者様のアイデアからヒントを得て、激しい修行によって肉体を鍛え上げた結果だとしても、エクスカリバーが彼を主人と認めていない以上、無理やり引き抜くという行為は危険過ぎる。


「あの、無理しない方が……危ないですよ。それに聖剣でいいのなら入手できるかもしれないですし」


 明らかに無理をするフレアさんを説得し、どうにかこうにか被害を最小限に食い止めようと、さっき言いかけた考えを口にするのだが、それがいけなかった。


「なん、だと……」


 降って湧いた別の可能性にフレアさんがエクスカリバーを落としてしまったのだ。

 タイル床に落ちてしまったエクスカリバーがカランと軽やかな金属音を響かせる。

 それを見て、即座に吠えたのはマリィさんだった。


「貴方、エクスカリバーを床に落とすだなんて、なにをやっていますの!?」


「いや、俺が悪いのではないぞ。虎助が、それにエクスカリバーじゃない聖剣って――」


「す、すいません。僕が変なことを言ったばかりに」


 武器の扱いに厳しいマリィさんの叱責に、フレアさんがたどたどしくも言い訳がましい言葉を返す。

 正直、そういう行動の端々に現れる勇者らしくない態度が、エクスカリバーに見放される原因なのだと思うんだけど、ここで追い打ちをかけるのは酷というものだ。

 情けなくも無実をアピールするフレアさんに、僕はそんな本音を隠しながらも、全てを丸く収めるべく自ら泥を被って謝ろうとするのだが、


「いいえ、虎助は悪くありませんの。悪いのはこのお馬鹿さんですの。それよりもエクスカリバーをこんなにしてどうしてくれますの?台座から外され寝かされたままなど、これでは、あん、まりじゃあ……」


 許すまじとヒステリックに喚き散らすマリィさんの言葉が、その途中で何か重大な事実にでも気づいたかのように勢いを失う。

 そして、そんなマリィさんの急変に、糾弾されていたフレアさんが気不味そうに視線を泳がせる中、先程とは別の理由から表情を失ったマリィさんが恐る恐る訊ねかけてくる。


「今更になりますが、この台座にエクスカリバーを設置したのは誰ですの?」


 大きく見開かれたサファイアの瞳には、タイルの床の上に据え置かれた漆黒の台座が映されていた。

 遅ればせながらその意味に気付かされたフレアさんが愕然とした声で独りごちる。


「ま、まさかエクスカリバーには本来の持ち主がいる――とでも言うのか」


 しかし、問われた側の僕はというと、「ああ、それはですね」と普段通りの振る舞いで床に転がる黄金の剣に歩み寄り、なんでもない風にひょいと持ち上げると、傷が付いていないかをチェック。カウンターにストックしてあった綺麗な布切れで汚れを拭き取り、「こういうことですよ」とエクスカリバーをそのまま台座に差し込んでみせる。


 その光景に目ん玉を飛び出さん限りに驚いたのはマリィさんとフレアさんだ。


「虎助、貴方……」


「き、君が聖剣エクスカリバー本来の持ち主だというのか?」


 声を震わせる二人に僕は苦笑交じりに手を振る。


「いえいえ、違います違いますよ。どこかの伝説でしょうか、マリィさんは『悪しき者が――』なんて大げさな説明をされますが、要するにこの(・・)エクスカリバーは、この剣を使って自分の欲望を叶える何かをしてやろうなんて邪念を持たなければ誰でも扱える剣なんですよ。僕が扱えるのは展示用に手入れをしたり、掃除をしたりする為であって、邪念と判定されてないんじゃないですか」


 その無邪気なネタバラシに、二人はやや納得いかないといった表情を浮かべながらも、


「つまり私欲の為に使おうとせず、ただ手に取るだけならば扱えるということか」


 というか、それって、フレアさんが私欲の為にエクスカリバーを使おうとしてるってぶっちゃけますせんか。


「盲点でしたわ。エクスカリバーは自分を整備するものを拒まない。だったら堪能し放題じゃありませんの」


「いや、俺は使えなければ意味が無いのだが、エクスカリバーの感触を確かめるのもまた一興か」


 よく分からない格好つけの理論でエクスカリバーを掴もうとするフレアさんに「ずるいですの」とマリィさんが割り込んでいく。

 そして、二人は押し合い圧し合いをしながらも、我先にとエクスカリバーへと手を伸ばし、ほぼ同時に二人の手が黄金の柄に触れた瞬間だった。

 真っ白な稲光が万屋の天井を突き抜け二人の頭上に降り注いだのだ。


「何故だ!?」「どうしてですの!?」


 瞬雷をその身に受けて、ブスブスと煙をあげる二人が疑問する。

 だが、それは聞くまでもないことだろう。


「えっと、エクスカリバーに群がる二人の姿は完全に邪念まみれだったかと」


 そんな指摘に、数秒前の醜態を思い出したのだろう。ただただ絶句するしかない二人だった。

因みにエクスカリバーに所有許可が必要なのは、エクスカリバーが半インテリジェンスソード化しているのが原因です。

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