ロベルト捜索隊
◆今週の二話目です。
元春垂涎のケモミミ嬢達も帰り、そろそろお昼になるだろう頃、刺激的な格好でこの世界へとやって来た白髪赤目の全裸美女を元春の手から救った僕達は、取り敢えず目に毒な今の格好を何とかする為に、彼女に最近の目玉商品であるアラクネのミストさんが作ってくれた女王蜘蛛糸のカジュアル装備一式を試着室で着てもらい、現状に至る事情を聞くことにする。
「それで貴女はいったい何者ですの?」
「はい。私は【東方の大賢者】ロベルト=グランツェ様に製造されましたホムンクルスが一体、個体名アニマです」
マリィさんからの問いかけに、どこか他人事にも聞こえる自己紹介をする美女はアニマさんというらしい。
彼女の言動やら事前に聞いていた話から、なんとなく予想はついていたのだが、賢者様の関係者とのことだ。
そんな彼女の自己紹介に食いついたのが、いつの間にか復活していた元春だった。
「な、なっ、ホムンクルスってあれだよな。人造人間みたいなヤツ。
マジかよ。スッゲーさすが師匠だぜ。俺達にできない事を平気でやってのける」
「やはりあの男、禁忌に手を出していましたか」
そこにシビれる憧れると興奮する元春の声に忌々しげにも聞こえるマリィさんの言葉が続く。
そう、賢者様が現在とり組んでいる研究は人工的に生命を生み出す錬金術――、人造人間の開発だった。
賢者様はこの研究により自分が理想とする女性をその手で作ろうとしていたのだ。
その研究は世界によっては禁忌とされ、マリィさんなんかは特に難しい顔をしているが、元春としては男の浪漫といった捉え方なのだろう。キラキラとした――、いや、もとい、ドロドロとした瞳でアニマさんの肢体を舐め回すように見つめていた。
とまあ、二人のリアクションはそれとして、研究の素材提供をしていたことからも分かる通り、僕としてはホムンクルスうんぬんに関して特に意見を言うつもりはない。
それよりも、全裸の女性が「助けて下さい」なんて言ってくる状況の方が気になっていた。
「それで、助けてくださいというのはどういうことです?」
「実は今から一時間ほど前、我々のホームである研究所に複数体のゴーレムが侵入したのです」
もしかしなくても賢者様に何かあったのか、そう聞く僕に彼女が答えた内容は以下のようなものだった。
なんでも賢者様がちょうどこのアニマさんを目覚めさせる為に最終チェックを行っていたところ、研究所に複数のゴーレムが攻め入ってきて賢者様を連れ去ろうとしたらしい。
最初は抵抗しようとしていた賢者様だが、そのゴーレムは賢者様の弱点を熟知したようなゴーレムだったらしく、その策略に見事に嵌ってしまった賢者様は何も出来なくなってしまったようで、このままでは自身の研究の最大の成果たるアニマさんが奪われてしまうと、急遽アニマさんは覚醒させられ、アヴァロン=エラに繋がる次元の歪みは発生している部屋に押し込むまれたのだそうだ。
一方、賢者様はその部屋にアニマさんを押し込んだ後、アニマさんに追っ手がかからないようにと、万が一の為に用意しておいたカモフラージュ障壁で完全にその場所に至る道を塞ぎ、自分は囮としてゴーレム達に捕まってしまったとのことである。
「おいおい、マジかよ。だったらさっさと助けに行かねーと」
「落ち着きなさい元春、ロベルトはあれでも賢者などと呼ばれている人間ですよ。そんなに簡単に捕まってしまうのはおかしいのではありませんの?」
普段、息をするように自然と飛び出るセクハラ発言から、賢者様に刺々しい態度を取るマリィさんも賢者様が持つ実力そのものは評価しているのだろう。仲のいい賢者様のピンチに軽くパニックになる元春を諌めながらも、あの賢者様が捕まってしまったなんて信じられないとばかりに声を上げるのだが。
「ご主人様はある理由から敵を手に掛けることが出来なかったのです」
「ある理由?」
「はい。しかし、私にはそれを言葉で表現する方法を持ち得ていません。なので、これを御覧になってもらってそれぞれにその答えを出してもらうしかないのです」
アニマさんはマリィさんからの質問にも冷静だ。生まれたばかりの自分が説明するよりも実際の映像を見てもらった方が早いと、賢者様が連れ去られた時の監視カメラ映像を見せてくれる。
すると、そこに映っていたのはおよそ侵入者とは思えないあぶない水着を着た美女軍団。
アニマさんによると、彼女達はサーバントと呼ばれる人の姿を忠実に再現したゴーレムで、戦闘能力は皆無であるという。
例えるならラブコメ――、いや、戦闘能力の低さを考えると、元春が大好きなエッチなゲームなんかに登場しがちなメイドロボのような存在だそうだ。元春が羨ましそうに眺めている。
賢者様はそんなサーバント達の侵入に驚きながらも研究所の防衛システムを稼働させようとするのだが、完璧に女体を模した彼女達を壊すのは忍びないと思ったのか――、
いや、違うかな。
単純に水着姿の美女達が苦戦しながらもトラップを攻略していく姿を長く楽しみたかったのだろう。
結果的に相手を潰すような凶悪な防衛システムを使うことができずに、自分の下まで招き入れてしまった――というのが正しいようだ。
最終的に賢者様は真面目くさった顔をしながらも、シースルーのバリアのようなものに隔絶されているアニマさんにどこか満足げな笑顔を送りながらも、迫る水着の美女軍団の前に投降し、次の瞬間にはデレデレと締まらない顔で捕まっていた。
「あの男は一体なにをしていますの?」
「あれは仕方がない。仕方がないですよマリィさん」
賢者様誘拐事件の一部始終を見終わったマリィさんがその特徴的な髪型からの覗くおでこに手を当てて嘆く。
だが、元春からしたら賢者様の対応は至極まっとうなものだったのだろう。時に致命的なポロリをしながらも、まるでバラエティ番組のようなトラップを踏み越えてきた、スリングショットに紐ビキニ、極細のチューブトップ水着と、セクシーな水着を着たサーバントに視線を奪われながらも「あれは仕方がない」と繰り返す。
僕はそんな元春に白い目を送るも、頭を振って意識をリセット、アニマさんに視線を戻して訊ねかける。
「それで危険を犯してまで僕達のところに来たということは――」
「可能ならば、マスター救出の手助けをお願いしたいのですが」
まあ、当然そうなるよね。
でも――、
「賢者様にはお世話になっているので、救出を手伝うというのは吝かではありませんが、直接乗り込むのは難しいですね」
「そうですか……」
アヴァロン=エラの中心にあるゲートは基本的に自分達が転移してきた先の世界にしか通じていない。
つまり、このままアニマさんについて行ったとしても、ゲートをくぐってしまった時点で僕と元春は日本へ、マリィさんはルデロック王国へと行くことしか出来ないのだ。
根本的な問題をアニマさんに説明しているとマリィさんが一つアイデアを出してくる。
「あの、前から思っていたのですが、マオの力で他の世界へ行くという手法はとれませんの?」
それは今ここにはいない魔王様の転移魔法を使って賢者様の世界へと渡る方法だった。
魔王様はアイテムや偶然生まれた次元の歪みを利用してこの世界に来ているのではなく、自らが生み出した魔法を使ってこの世界へとやって来ている。
その魔法を使えば賢者様の世界にも行けるのでは? マリィさんはそう主張するのだが、残念ながらそれは難しいのだ。
何故かというとそれは――、
「魔王様は各世界に存在する魔素を目印にして次元転移をしていますからね。行ったこともない賢者様の世界を狙って移動するっていうのは難しいらしいんですよ」
魔王様を始めとした規格外の存在が、狙ったようにこの世界にやって来られるのは、ひとえに異常とも言えるアヴァロン=エラの魔素濃度が目印になっているからだといえるだろう。
因みに魔王様はこのアヴァロン=エラに辿り着く前に、いくつかの世界を回ったそうだが、世界を超えても感知しやすい魔素を保有している世界というのは基本的に魔素が溢れる人外魔境が殆どで、たまに知的生命体が暮らす場所に移動できたとしても、そこはすでに他の魔王なりなんなりと強力な存在に征服されている場所だったりするらしい。
僕達はそんな魔王様の意見を参考に、〈メモリーカード〉をマーカーにして他の世界への移動も現在画策しているのだが、今のところ成果が出ていないというのが現状である。
「しかし、このまま彼女を一人で送り帰すのは、私の挟持が許しませんわ」
もちろんそれは僕も同じ思いである。
わざわざ世界を超えてまで僕達を頼ってきてくれた友人の関係者を無下に帰してしまうのはいただけない。
まあ、彼女が本当に賢者様の造ったホムンクルスと判別できない以上、彼女自身が賢者様を捕らえた敵の策略という可能性も捨てきれないが、それならそれでも構わない。
にしろそうでないにしろ、賢者様の名前を語ってここに来ている以上、彼が危ない立場にいることは変わりないのだから。
とはいえ、まずは賢者様の世界へ渡る方法を確保しないことには彼女の要望を満たすことはできないから。
そうなると、残る方法はとしては――、
「だったら、ゴーレムを使いますか――」
「ゴーレム?
ああ、ゴーレムならロベルトが暮らす世界に移動できるかもしれませんのね。
ですが、ゴーレムが異世界に渡るのはあくまでアトランダム、場所を選べないのではありませんでしたのではなくて?」
独り言のように呟いた僕の言葉にマリィさんが反応する。
マリィさんの言う通り、このアヴァロン=エラで生み出されたゴーレムはゲートを潜りまったく別の世界に行くことができるのだ。
だが、その行く先はあくまで運任せで、これでは狙った世界に行けないのではとマリィさんはそう首を傾げるのだが、この方法には抜け道があって、
「スクナがそれに当てはまるんですけど、所有者が固定されているゴーレムはそのまま所有者が元いた世界へと移動できるんです」
「つまり、私がそのゴーレムを起動させ、マスターの研究室まで運べばいいのですね」
僕の説明にアニマさんがそう言って僅かに身を乗り出す。
そう、きちんと魔法的な繋がるのある者同士なら、もしくは、生物は無理でも道具だけなら、所有者について好きな異世界に転移できるのだ。
因みに、なぜ精霊を搭載しているゴーレムにそのようなルールが適応されるのかを説明するには、契約魔法やら召喚魔法などと、最低でも数年間の専門的な勉強をしないと理解できない話になるそうなので、細かいことは僕にも分からない。
「ただ、問題なのがアニマさんではたぶんエレインを起動させることが出来ないということですね」
「やはり、スクナのようにはいきませんか……」
続く僕の言葉にマリィさんがため息を吐くように呟き、アニマさんが『そんな』とばかりに目を少し大きくする。
だが、僕も別にアニマさんが悪いと言っている訳ではない。
「ああ見えて、エレイン君達は魔導技術の塊ですからね。賢者様のように錬金術に長けた人物ならともかく、他の人となると起動自体が難しいんですよ」
ただ、エレイン達が規格外に高性能なゴーレムであるというだけなのだ。
「ならば、スクナを使いますの。スクナも数を揃えればそれなりの戦力になりますし」
それも一つの手ではあるのだが――、
「それだと運任せの部分が大きくなってしまいますよね。それに、生まれたばかり(?)のアニマさんだと、そんなに多くのスクナと契約できる魔力を用意できないでしょう。だから、ここは戦力的にはたった一体ということになってしまいますけど、遠隔操作のゴーレムを使おうと考えています」
「遠隔操作のゴーレムっつーと、お前ん家にいる『そにあ』みたいなもんか」
「うん」
これならスペックもこちらで選べて精霊を喚起する必要が無い為、ただゴーレムを起動させられるだけの魔力を用意できればそれでいい。
「しかし、その――、一機としたのはどうしてです。モノとして運ぶという手段が取れるのなら、多くのゴーレムを送り込んだ方がいいのではありませんの?」
それはアニマさんも思ったらしい、真剣な目を向けてくるのだが、
「コクピットって言えばいいですかね。操る方の機材が一つしか無いんですよ。さすがに世界をまたぐ遠隔操作ともなると簡単にはいかないもので」
そう、機体の方ならば、今すぐにでも複数体を揃えることができる。
だが、それを操る装置の方が簡単には用意できないのだ。
「そうですの」
僕の説明に残念そうな様子を見せるのはマリィさんだ。マリィさんとしては世界を隔てた先でも遠隔操作が可能なゴーレムというものに興味があったのだろう。
だが、今はマリィさんの趣味に付き合っている余裕など無い――ということで、僕は善は急げとばかりにベル君にゴーレムの準備をお願いするのだが、そんな僕にマリィさんが聞いてくる。
「しかし、今回のケースに適したゴーレムなど、すぐ用意できるものなのです?」
「ええ、遠隔操作ゴーレムの研究は『そにあ』の後もちゃんと続けていますから」
僕はマリィさんにそう答えつつも、ソニアと連絡を取ったり、僕達が遠隔操作ゴーレムにかかりきりの間のアヴァロン=エラの警備体制をどうするのかと万屋のシフトなどを変更していく。
そして十数分、万屋に一体のゴーレムが運び込まれてくる。
それは、落ち着いたワインレッドのプロテクトアーマーを装備した近未来的なロボット兵士だった。
「これが遠隔操作用のゴーレムですの。思ったよりも格好がいいですわね」
「はい。開発ネームはKE11。前に賢者様が持ってきてくれたゴーレムの残骸を修理・改良、ヴリトラの血から作った〈賢者の石〉を〈インベントリ〉でコーティングを施したゴーレムコアを積み込んだゴーレムです。因みに鎧の方はバックヤードにしまってあった売れ残りの一つを被せただけなんですけどね」
「つか、〈インベントリ〉ってよ、師匠の世界のパソコンじゃなかったか、それを賢者の石にコーティングしたとかどういうこったよ」
「正確に言うと〈インベントリ〉を構成する、ドロップの亜種を固化させて魔法的な半導体として記憶装置および処理装置として使ってるってだけなんだけどね」
「えっと、そんな説明されても俺にはさっぱりなんだけど」
「あー、うん。その辺は僕もしっかり理解してないから、そういうものだっておぼえておけば大丈夫だと思うよ」
そもそも、パソコンがどうとか、集積回路がどうとか、そういう話は、それ自体がどういうものなのかを知っていても、それがどんな役割なのか、どうコンピュータを動かしているのかが分からないように、魔法的なパソコンである〈インベントリ〉がどんな理屈で動いているのかなんてことは、錬金術をかじっている僕でもざっくりとしたところまでしか理解できていないのだから、錬金術の知識なんてまったく持っていない元春にそれを理解しようなんてのは到底ムリな話であるのだ。
僕が元春とそんな〈インベントリ〉に関わる頭がショートしそうな話をしているその横、マリィさんとしてはKE11が装備している鎧の方がより気になったみたいだ。
「しかし、どうしてこれが売れ残りなんですの? 随分と立派なものを着せてもらっているようですが――」
「いや、防御力を限界まで高めた鎧を作ろうとして素材を盛りすぎてしまいまして、普通の人には売り出せない鎧になってしまったんですよ」
「それなら、バラバラにして売っちまえばいいんじゃねーの?」
僕がマリィさんに答える隣、深く考えるのは止めたのだろう、オーバーヒート状態から脱した元春が頭の上に知恵熱の余韻を残したままで聞いてくる。
「値段もある程度はそうなんだけど。それよりもアダマンタイトの強度を上げすぎた所為で鎧そのものが物凄く重くなっちゃってね。ふつうの人じゃあ装備できなくなっちゃったんだよ」
圧縮すればする程、際限なく硬度を高めることが出来るというアダマンタイト。
その防御力の限界を目指したことによって、その圧縮率も大きなものとなり、結果、フル装備するとなると重量が1トン近くになってしまう鎧ができてしまったのだ。
バラで売っても一つのパーツが百キロ超えとか、おそらくは少年漫画的な修行に憧れる奇特な人物にしか需要は無いのではないか。 そんな僕の説明に元春は呆れたように言う。
「そういうのは作ってる途中で気付けよ」
まさか元春にツッコまれる日がやって来ようとは――、
言い訳のできない鎧の仕様に僕は空笑いだけを返して、その指摘を華麗に受け流して、
「まあ、そんなこんなで、少々重い荷物になってしまいますが、マジックバッグに入れていけば問題なく持ち運べると思いますのでよろしくお願いします」
重い荷物はこれとばかりにKE11と一緒に持ってきてもらったマジックバッグをアニマさんに渡す。
すると、アニマさんは「ご協力感謝します」と深々と頭を下げてくれて、受け取ったマジックバッグを被せるようにKE11を回収。
さっそく賢者様の救出に向かおうとすぐに自分の世界へと戻ろうとするのだが、
おっと、一つ忘れていた。
「あと、そのマジックバッグの中にはアニマさんの装備も入れておくように頼んでおきましたので、自分の世界に帰る前にちゃんと装備してくださいね。使用方法は道すがらエレイン君から聞けば教えてくれますから」
KE11を連れ帰ったとしても、その起動までには時間がかかる、それまではアニマさん一人に周囲の警戒を任せるしか無いのだ。
賢者様が連れ去られたということは、賢者様の研究室が完全に制圧されているのと同じことである。
今のところゲートから誰かが来る気配が見られないことから、アニマさんが通ってきた次元の歪みに通じる障壁は破壊されていないのだろうが、現状であちら側がどうなっているのか分からない。
だから、生まれたばかりのアニマさんには申し訳ないのだが、ある程度の戦闘を覚悟しておいてもらわないといけないのである。
そんな理由から、マジックバッグにかなり高性能の装備品を詰め込んでおいたという僕に、アニマさんはもう一度、頭を下げてくれて、
「重ね重ね、ご協力感謝します」
エレイン君のエスコートでゲートに向かうアニマさんを見送った僕達はというと、
「では、僕達も準備を始めましょうか。こちらへどうぞ」
「しかし他の世界か……、師匠が捕まってるって事を考えっと不謹慎かもだけど、ちょっち楽しみでもあるな。ま、どっちにしても師匠がヤベーんだったらそれどころじゃないかもしんねーけどな」
不謹慎にもワクワクとそんなことをいう元春を引き連れ、KE11の操作装置がある工房へと向かうのだった。