●囚われの賢者
◆五章開始。
今回の視点は三人称視点です。ご注意下さい。
高層ビルの最上階にある一室、窓の外に広がる蒼穹の空を背景に、白地に金糸の装飾と、豪奢な法衣を身に付けた老人が机に向かい書類仕事をしていた。
老人が仕事をする中、控えめなノックが打ち鳴らされる。
両開きの木の扉を開けて入ってきたのは近代的な高層ビルには似つかわしくない鎧姿の男性だった。
彼は緊張からか少し硬い動きで老人の前までやって来ると最敬礼、こんな報告を口にする。
「大主教様、機兵隊が異端者の確保に成功したようです」
「ようやくか……、それで彼奴の研究資料は?」
「ハッ、可能な限り回収してきたとのことです。嫌疑の証拠を確認した上で破棄という事でよろしいでしょうか?」
「いや、こちらに回してくれ、これから執り行う裁判を終えた後始末の有力な証拠になるからな。それに、大賢者と呼ばれた男が残す研究資料だぞ。禁忌に触れていない部分には信者の為になるものもあるだろうよ」
鎧の男性の報告に迷う素振りも見せずに即答する老人。
「そこまでお考えでしたか」
「毒も使いようによっては薬になる。そういうことよ」
老人の言葉を聞いて感心したような声を漏らす鎧の男性。
だが、老人から向けられる視線に気付くとすぐに姿勢を正して、
「それで裁判は異端者が到着し次第、始めるということで準備を進めてよろしいでしょうか?」
「うむ。そうだな――と言いたいところではあるが、異端の研究をしていた者とはいえ、我々が勝手に裁いてしまう訳いくまい。議長に報告した上で、こんや裁判を行い、その場で処刑という流れになるだろう」
「たしかに、大主教様の仰る通りかと――」
鎧の男性はそこで言葉を切って、
「それでなのですが、協力者の方はどう処分いたしましょう?」
「グリーンモンスターか……、かの者もまた罪深き存在には違いない。なにより、異端者との関係も深いと聞く、異端者ともども処断を下すということで良いではないか?」
「彼女が大人しく従うでしょうか?」
「なに、異端者と話す機会を与えるといって丁重にもてなせばよい。さすればあの女も喜んで従ってくれるだろう」
「成程……、しかし、協力者として招いておいて彼女を裁いたとなると森の民がなにか言ってこないでしょうか」
「それもないな。かの者はすでに里を出奔した身だと聞く、多少のちょっかいはあるだろうが、閉鎖的なあの種族が表に出てくる可能性は低いだろう」
「では、仰せの通りに準備を進めます」
そう言って頭を垂れる鎧の男性。
そして、「我らが光神の御心のままに」と、信仰の言葉を最後に退出した鎧の男性を見送った老人は「ククッ」とこらえきれずに笑いを零す。
「これで――、これで、我らが悲願がついに叶う」
老人の笑顔は醜く歪んでいた。
◆
とある施設のとある密室、いまその密室の中に大きな袋を担いたゴーレムが一体が入ろうとしていた。
特殊な魔石を使った魔紋認証に高性能なカメラによる外見認証、そして昔ながらのナンバー認証と厳重にロックがかけられた扉を開けて、部屋の中央までやって来たゴーレムは肩に担いでいた大きめの袋をドサリと下ろす。
その衝撃によって袋の中からくぐもった声が聞こえてくるのだが、ゴーレムはそんを無視して袋の口を開こうとする。
だが、ゴーレムが袋の口に手をかけたその時、袋の中からゴーレムの体表を舐めるような電撃が迸る。
しかし、鋼鉄のゴーレムはその電撃を受けてもビクともしない。
それどころか、反抗的な袋の中身に逆に電気ショックを打ち込むと、痙攣する袋の中身を淡々と引っ張り出していく。
袋の中身は髭面のダンディ。その世界で【東方の大賢者】と謳われる錬金術士ロベルト=グランツェだった。
ロベルトを袋の中から引き摺り出したゴーレムは、電撃に倒れたロベルトの状態を確認するとそのロベルトにサーチライトのような光を浴びせ部屋の外へ、密室はカシャンと自動で鍵が掛けられる。
そんなゴーレムの足音が遠くに消えてから暫く、気怠そうに上半身を起こすのはロベルトだ。
どうやら先ほどゴーレムが放った光は意識を覚醒をうながすものだったようだ。
深酒をした翌日のように頭を抑えたロベルトは、後ろ手にゴツい手錠をかけられている腕を体育座りのような状態から前に持ってきて、動きやすくなったところで立ち上り。
「チッ、こんなことになっちまうなら、例のブレードを俺の分も作ってもらっておくんだったぜ」
舌打ち一発、ブチブチと後悔の言葉を呟き、これからどうしようかと自分が閉じ込められた部屋の中を見回す。
すると、そんな部屋の片隅には、大量のベルトが巻き付いた真っ白な服という趣味の悪い格好をしたエルフの少女が椅子に座っていて、
見覚えのあるエルフの少女を見付けたロベルトは「ハァ」と額に手を当て、不機嫌を隠すことなく声をかける。
「成程な。あのお硬い連中がなんであんな大胆な策にうってでたのかって不思議に思ってたんだが、ホリル、お前がアドバイザーについてたってか」
「フフッ、上手くいくとは思っていたけど、まさかここまで簡単に捕まっちゃうなんてね。アナタ、馬鹿なの?」
呆れ混じりの声を出すロベルトに嘲りをたっぷりと乗せた笑みで応じるエルフの少女ホリル。
見ようによっては妖艶にも見えるホリルの嘲笑にロベルトは素直に両手を上げるようなジェスチャーをして、
「というか、あんなのふつうに反則だろ」
「反則もなにも、あんなの引っかかる方が悪いんじゃないのかしら」
ロベルトの呆れ声にホリルが逆に呆れ返す。
ホリルがそう言ってしまうくらい、ロベルトが現状に至るまでの捕獲劇は情けないものだったのだ。
一方、ロベルトの方もこうなってしまった数時間前の事実を思い出し、分が悪いと感じたのだろう、話を変えるようにして、
「で、なんでお前は教会に協力してんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。アナタを私のモノにする為よ」
「そんなことの為にあんな怪しげな連中と手を組んだってのかよ。後悔しても遅ぇぞ」
ホリルによると、ロベルトが言う怪しげな連中と手を組んだのは単に利害が一致していたからだとのことだ。
そんなホリルの選択に苦言を呈すロベルト。
しかし、ホリルはそんなロベルトの心配を鼻で笑い飛ばして、
「後悔? 私がそんなものする訳がないじゃない。ロクな魔法が使えなくなった人族なんて私達エルフの敵じゃないわ」
「そうは言ってもなあ。 お前――、捕まってんじゃん」
現在ロベルト達が居るのは、外から鍵がかけられた密室、牢屋のような部屋の中だ。
つまり同じ部屋にいるホリルもまた捕まっているということになる。
だが、ホリルは自信満々ロベルトの言葉にこうきり返す。
「ワタシは捕まっていないわ」
「いや、お前が奴等とちゃんと協力体制を取ってるってんなら、その可能性もあるだろうけどよ。その格好、指一本動かせないんだろ。どう考えても捕まっちまってんじゃねえかよ」
言ってロベルトが指を差すのは彼女が着せられているベルトが大量についた白い服。
それはいわゆる拘束服と呼ばれる服だった。
ホリルは拘束服に腕を雁字搦めにされて椅子に座らされていたのだ。
ロベルトはそんなホリルの状態を指摘するのだが、ホリルの余裕は崩れない。
「なにを言っているのかしら、ワタシは捕まったアナタと話をする為にわざとこうしてあげているのよ」
「つまり、その服は自分から着ていると?」
「そうよ」
「じゃあ、いま俺が言ったことはすべてお節介だったって訳だ」
「ええ」
「そうか――、んじゃま俺は俺でここから抜け出すとするよ」
助けは必要ないと強がるホリルにロベルトは、こんな事もあろうかと靴のソールの中に埋め込んでおいた〈メモリーカード〉から魔法窓を展開、そこに表示された魔法式から〈解錠〉を発動、手足を拘束していたゴツい手錠のロックを解除する。
カシャンと小さな音が聞こえ、ロベルトの手首を縛る手錠が緩まる。
と、そんなロベルトの動きにホリルが声をばたつかせる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。何よ、その魔法」
ホリルもこの世界に暮らすエルフである。〈インベントリ〉由来の三次元ディスプレイは知っている。
しかし、いまロベルトは、手元に浮かべた三次元ディスプレイに表示させた魔法式から魔法を発動させるなんて離れ業をやってのけたのだ。それはエルフのホリルでも知らない技術だった。そして、ロベルトがシェルの手助けなく魔法を使っていることにホリルは驚いていた。
この世界における現代、殆どの人間が自らの魔力を使い魔法を使うという技術をほぼ失っている状態だった。それは【東方の大賢者】と呼ばれるロベルトすら例外でもなく、一部の簡単な魔法以外、人間は魔法を使えないというのがホリルの認識だったのだ。
ロベルトは焦ったように声を上げるホリルに緩んだ手錠をかけたままの腕を上げると『静かに』と唇に指を当て。
「ああ、これはなちょっときっかけがあってな、知り合ったダチからもらった魔法だ。なんでも魔導器そのものが魔導書になっててな。そっから記録させた魔法式を呼び出せるようになってんだってよ」
「魔導書……、ていうか、ヒキコモリのアンタが友達ってどんな冗談よ」
一般的な親切心からだろう。声を密めてロベルトがした簡単な説明にホリルが食いつく。
当初、ロベルトが使った魔法に興味を示しているようなホリルだったが、ロベルトの口から飛び出した友人という言葉に思わず反応してしまったのだ。
何故ならホリルの知るロベルトは、女に興味津々なドスケベだが、その本質はヒキコモリ――というよりも世捨て人のような存在で、それが自分に脈があるような美女が――、万が一にも――、そう、万が一にも現れないような限り、積極的に人に関わろうとしない人物だったのだ。
そんなロベルトが友人を作るだなんて――、
一体どんな人間なのか? 聞き返そうとしたところでホリルの脳裏にふと嫌な予感が過る。
「待って、その友達ってのは男なのよね?」
もしかして、自分の知らない女がロベルトにちょっかいをかけているのでは?
その可能性に思い至り、つい強めの口調で聞き返すホリル。
しかし、ロベルトから帰ってきたのは、ある意味で予想通りのものだった。
「失礼だなお前――、俺にだって男のダチくらいいるっての。
そうだな……、虎助だろ、元春だろ――」
ホリルの失礼な質問に眉をひそめつつも友人の名前を指折り数え始めるロベルト。
そんなロベルトからの回答にホッとしたように息を吐くホリル。
しかし、指を二本折り曲げたところでロベルトの動きが止まり、それ以上つづかない答えを不審に思ったホリルがもしやと思って聞いてみる。
「ねぇ、もしかして、友達が居るとかいって、二人だけでお終いとかいわないわよね」
「慌てんな。ただ名前が出てこねぇだけだっての、たしか学生時代につるんでた奴等がいた筈だ」
因みにロベルトが学生だったのはもう十年以上も前の事である。
そんな昔の、しかも名前すらも思い出せない人物が果たして友人と呼べるのだろうか。
少なくともホリルは名前すらも覚えていない人間のことを友人と思ったことは一度もない。
そして、ホリルとしてはその友達が女でなければロベルトにどんな友達がいようともどうでもよかった。
「もういいわ」
これ以上の詮索はロベルトを傷つけることになる。 そう判断したホリルがこれ以上の答えは求めないと首を振って言う。
だが、ロベルトとしてはここで引き下がる訳にはいかない――、いや、引き下がる訳にはいかなかったのだ。
何故なら、この二人という人数が世間一般から見てどうなのかは分からないが、【東方の大賢者】と呼ばれる者として、友人がたった二人だけという現実はロベルトにとって受け入れがたい事実だったからだ。
だが、どんなにロベルトが記憶を掘り出そうとしても、学生時代に親しくしていた男友達(仮)の名前が出てこない。
それどころか、ホリルはこんな事を言って止めてくるのだ。
「わかったわ。わかったから……、それ以上、自分を傷つけるのは止めなさい」
そう言うホリルの表情には嘲りの欠片も無く、ただただ慈しみが満たされていた。
しかし、そんなホリルの表情がロベルトを追い詰めていた。
ロベルトはホリルが浮かべる慈しみの表情に一歩後退りながらも、強がるように言い返す。
「だ、ダチなんてもんはなあ。二・三人いるだけで十分なんだっての」
「そうね。わかってるわ。私はアナタの味方だからね」
それは本当の意味での虚勢だった。いわゆる負け犬の遠吠えというヤツだった。
対するホリルはどこまでも優しげだ。
その後、ロベルトがフレアの存在を思い出すまで、この生暖かいやり取りは暫く続くのであった。
◆次話は一日開けて火曜日に投稿する予定です。