スタンピード(前編)
◆夏バテ気味ですみません。
後編は次週ということでよろしくお願いします。
その日、僕と元春がアヴァロン=エラに降り立つと、そこにはちょうどこの世界に降り立ったばかりのお客様の姿があった。
万屋の方向からこちらを振り返る青髪の青年の名前は――、
「いらっしゃいませ。久しぶりですねマリオさん」
「ええ、前の取り引きでは随分と儲けさせてもらいましたから、少しのんびりとさせてもらいましたよ。 それで、そちらの方は?」
「友達の元春です」
営業スマイルからの流れでマリオさんに誰何を訊ねられた元春が「ども」と頭を下げる。
そんな元春と挨拶を交わすマリオさんを見れば、たしかに随分装備も高級なものに代わっていた。
しかし、お客様へがどれだけ儲けているかをジロジロと見るのは失礼だと、僕は特にその話題に触れること無く「まあ、こんなところで立ち話も何ですから――」と二人を誘うように万屋に向けて歩き出しながらも、マリオさんに訊ねる。
「それで、今日もカレー粉ですか?」
「はい。それと――、前に言っていた量産型のゴーレムがもし完成していたら、それも見せてもらおうと思っていまして」
そういえば、前に来た時にそんな話もしたような。
いつもの狐っぽい顔立ちで聞いてくるマリオさんに、以前話した内容を思い返しながらも、僕は腰のマジックポーチから見本用として持ち歩いているミスリルの〈スクナカード〉を取り出してみせる。
「これは?」
「さっき言ってました量産型のゴーレムですね」
「これがゴーレムですか。でも、この金属板がゴーレムというのはどういうことです?」
「その、マリオさんは一部地域で使われているペーパーゴーレムというものをご存知ですか?」
「いえ、不勉強ですみません」
訝しげな顔の後、僕が返した質問に申し訳なさそうに頭を下げるマリオさん。
僕はそんなマリオさんの態度に「大丈夫ですよ」と両手を振りながらも、実際にペーパーゴーレムがどんなものなのかを実際に見せてあげる。
そして、〈スクナカード〉に盛り込んだ魔法少女変身ロッドの技術やら、以前、この世界を訪れた異世界宇宙人(?)のアカボーさん達から教わった技術なんかを披露しながらも〈スクナカード〉の仕様を説明していって、
「変身ロッドをですか、それはなかなか面白そうな魔導器ですね。ちなみにそのペーパーゴーレムや杖は店に出してないんですか?」
「ペーパーゴーレムの方は実はかなり前から売りに出しているのですが気付きませんでしたか?
杖の方は調整が難しくて、今のところ取り扱う予定はありませんね」
レイアウトの仕方が悪かったのだろうか、マリオさんはペーパーゴーレムを置いてあることを知らなかったみたいだ。
いや、もしかすると目には入れていたもののちょっと形が変わったメモ帳か何かと思って気が付かなかっただけかもしれない。
因みに変身ロッドに刻まれていた魔法式のコピーは既に完了しているのだが、それはあくまでコピー止まりで、変身がアトランダムになってしまうという弱点は解消されていなかったりする。
ソニア曰く、変身ロッドが変身ロッドたらしめているのは、本体に刻まれた外装がランダムに決まるという魔法式らしく、それを弄ると思ったような性能が引き出せないというのが本当のところなんだという。
考えてもみれば、ミスリルよりも劣る下位の魔法金属で形成されたロッドから、様々な素材の防具などを身に着けた状態に変身できるなんて、明らかにオーバースペックなのだ。
なんていうか、あの変身ロッドは、リスクがあるからこそより強力な性能を引き出せるという、ゲームや漫画にありがちな尖ったマジックアイテムみたいなものだったみたいだ。
まあ、それでも、使うのがマリオさんのような中性的なタイプのお客様や女性のお客様なら、被害は少ないかもしれないけれど、人によっては、人前で変な装備にフォルムチェンジなんて事になったら一生モノのトラウマになりかねないということで、リスクを承知で買ってくれる人がいるか、その場合、価格はどれくらいが適切か、そんな諸々を考えて現在保留となっているのだ。
「分かりました。楽しみにしておきますね」
残念そうにではあるけど、まだ売り出せる状態にないと説明すると、マリオさんは無いものは無いのだから仕方がないと引き下がってくれる。
「それで〈スクナカード〉の方はどうします?」
「えっと、幾らくらいになるものなんです?」
「このミスリル製のものなら一枚銀貨十枚となっていますね。他にもこれより安いブルー製などのカードがあったり、オリハルコンなどの希少金属を素体にした、金貨五十枚と高級なカードがありますけど――」
僕の声を受けて「そうですね――」と悩むようにしたマリオさんは、肩にかけたショルダーバッグからずっしりと重そうな革袋を取り出して、
「とりあえず、ミスリル製のものを十枚、あとオリハルコンのカードを一枚、残りをカレー粉でお願いしましょうか」
「わかりました。しかし、これだけの金額になるとカレー粉が結構な量になってしまうと思うんですけど、持ち運べます?」
わたされた革袋の中身は全て金貨だった。袋の大きさからざっと数を予想したとして、百枚は下らない数の金貨が入っているだろう。
とすると、マリオさんが言った物をすべて買っても十分過ぎる程の金額ではあるのだが、残りを全部カレー粉を買い取るのに回すとなると、その量は膨大なものになってしまうのではないだろうか?
以前、背負子を使って一斗缶を二つ運んだのでも相当だったのに、それ以上の量が運べるのだろうか?
そう訊ねる僕にマリオさんはその細目でニッコリと弧を描き、
「大丈夫ですよ。今回はマジックバッグをいただいてきましたから」
ポンポンと脇に抱えたショルダーバッグを叩く。
どうもそのバッグがマジックバッグになっているらしい。
しかし、僕が言うことじゃない気もするけど、世界によっては豪華な屋敷一軒が建つくらいとか、それくらいの価値と言われている魔導器をカレー粉を持ち帰る為だけに使うだなんて、いささか無駄使いが過ぎるのではなかろうか。
いや、現在、世界によってはカレー粉が胡椒よりも高い嗜好品として人気になっていると聞く、ならば、世界を渡って動き回るマリオさんが、マジックバッグを持ち込んでまで買っていくというこの行為は、別に変な行動でもないのかもしれないな。
僕はマリオさんがマジックバッグをわざわざ持ってきた理由をそう解釈しながらも、頭を下げて、
「毎度ありがとうございます。じゃあ――」
後は店についてからですね。そう言葉を続けようとしたその時、僕の声を遮るように、今までにあまり見たことがない規模の転移反応が背後に発生する。
そして、次の瞬間、ゲートから溢れる黒い影。
と、そんな影を目にして、珍しくも人見知りをしていたのか、今の今まで妙におとなしかった元春が叫び声を上げる。
「な、な、なんじゃありゃ――」
「鳥型魔獣の群れみたいだね。相当な数だ」
空一面を覆う影の正体、それは鳥型の魔獣――、つまり魔鳥の群れだった。
「スタンピード」
「スタンピードってアレっすよね。モンスターが異常発生するヤツ」
まるでムクドリかなにかの群れのようにうごめく黒の影を見て、僕が冷静にその正体を伝える横でマリオさんがポツリと呟く。
そんな呟きを耳聡く聞き取った元春が声をばたつかせる。
スターンピード。つまり集団脱走はネトゲやら小説やらで有名な言葉だ。元春もその意味を知っているのだろう。
「つか、ヤバくね」
「そうだね。さすがにあの数を相手に二人を守りながら戦うのは厳しいかも……、
とりあえず万屋に避難しようか」
いまにも逃げ出したそうにソワソワとする元春にそう答えながらも、僕は魔法窓を開き、僕達を見付けて襲いかかろうとしてくる気の早い魔鳥を空切で一刀両断。
「やべ、敵が多過ぎじゃんか、つか、ゲートにあるっつー結界で閉じ込めるとかできねーのかよ」
「言われなくてもそれは今やってるから――」
そう、僕が突っ込んでくる魔鳥を相手にしながらもわざわざ魔法窓を開いたのは、ゲートの結界を発動させる為だ。
「でも、魔鳥の処理が終わる前に誰か来たら困るからね。複雑な結界を作らないといけないから、ちょっと時間がかかるんだよ」
閉じ込めるだけなら簡単だ。しかし、結界で魔鳥を閉じ込めたところに誰かお客様が転移してきてしまったら最悪なんてことにもなりかねない。その対処ができる結界を調整するとなると、展開にはそれなりの時間が必要になるのだ。
僕は魔鳥の迎撃をしながらの作業を十数秒、結界の設定を終えた僕が魔法窓を叩き割らんとばかりに〈展開〉の表示をタップする。
すると、まるでオーロラのように光り輝く半球状の巨大結界がゲートの周りに姿をあらわして、展開直後の結界に僕達を追いかけてきた魔鳥がドチャドチャと鈍い音を立てて激突、結界伝いに力なくその場に墜落する。
そんな魔鳥達の末路に「エグいな」とそう一言、元春は口元を押さえるのだが、
「これを見ちゃうとそう言いたくなるのもわかるけど、油断しないでねっ――と」
全ての魔鳥がこんなに簡単に終わる訳じゃない。僕はそんな元春に空切を振るうことで注意を促す。
「うおっつ、結界を張ったんじゃなかったのかよ」
「鳥型の魔獣は動きが早いから、結界が出来上がる前に結構な数が範囲外に脱出したみたいだね――って、来るよ。退路を確保するので、その間、マリオさんも気をつけて下さい。エレイン君。援護をお願い」
真っ二つになりながらも足元で羽をばたつかせる魔鳥の首を足でへし折りながら、元春に、マリオさんに、そしてゲートの異変を察知して近くにやって来ていたエレイン君に指示を送る。
見上げる上空には数十羽の魔鳥が悠然と羽ばたいており、僕達が結界の傍から離れるのを虎視眈々と狙っていた。
そんな魔鳥の集団をエレイン君が魔法銃と同じ原理で動いている遠距離射撃で対応している間に、僕はここから万屋までの避難に使うトンネル状の結界を作り出し、
「ふう、助かったぜ。つっても全然落ち着けねーけどな。で、これからどうすんだよ」
「どっちにしても駆除しないと駄目だろうね」
ようやくの安全確保に元春がわざとらしくも汗を拭うような仕草をする。
僕は元春の声に答えながらもゲートの上空を舞う魔鳥の群れに目を向ける。
どうやら次元の歪みを通じてこの世界にやって来る魔鳥はもういないみたいだが、この世界に転移してきた魔鳥達自は自分の世界に帰る気はないようだ。
その要因の一つとなっているのが、
「ゲートが地面に書かれた魔法陣ってのが仇になっいるみたいだね。空を飛ぶ魔鳥に勝手に帰ってくれるのを期待するのは無駄みたいだ」
ゲートから元の世界に帰るには、中心にある魔法陣の上に立たなければ戻れない。
相手が魔鳥となれば、飛びつかれて地面に下りない限り、自分の世界に戻るということはないのだ。
しかも、きちんとゲート機能がある直径十メートル程度の魔法陣の上に下りなければ、その機能も発動しないとなると、魔鳥の群れに自分で自分の世界に帰ってもらうのはなかなか難しいようだ。
とはいえ、それはあくまで自主的に帰って貰う場合であって、
「倒すだけなら結界の中にいる魔鳥は普通にディロックを投げ込んでやるだけでいいから、そんなに苦戦することは無いとは思うんだけどね」
陸上に暮らす魔獣ならまだしも、空を飛ぶために肉体強度を犠牲にしている魔鳥なら、ディロックの攻撃だけでも普通に倒せるのではないか、そんな僕の考えに、
「つか、それって酷くね」
実際にやることを考えたら元春の言う通りかもしれないんだけど、わざわざ危険を犯してまで魔鳥を元の世界に帰して上げる程、僕はお人好しではない。
だからという訳ではないが、
「どうせだから元春がやってみる?ディロック頼りだとしても、これだけの数が揃えば実績の獲得も出来ると思うし、ある意味でボーナスステージだよ」
「俺がやんのかよ!?」
「しかし、あれだけの数の魔鳥を全部倒した実績がもらえるのは大きいですよね」
一種類だけではない複数種類の魔鳥。あれを倒しただけでも相当数の恩恵が受けられるのではないか、僕がした提案に食いついてきたのは意外なことにマリオさんの方だった。
すると、元春も弱腰になっている自分が情けないとでも感じたのかもしれない。
「いや、俺もやらないとはいわねーけどよ。そこまで行くのが危ねーんじゃねーの?」
元春が口ごもりながらも見上げる上空には決して少なくない数の魔鳥の姿が見て取れる。
「確かに、まずは結界の外にいる魔鳥をなんとかしなくちゃ話しにならないかな」
「だよな――、つか、こういうのってマリィさんがいれば一発だろ。今日はまだ来てねーのかよ」
これだけの獲物が存在しているのに未だ顔を見せていない時点で分かっているだろうに――、
わざわざそう言いながらも辿り着いた万屋の中を覗き込んで、ため息を漏らす元春。
まあ、来ていたとしてもマリィさんが自ら出陣するなんて言い出さなければ、お客様に頼るなんてこと論外なんだけど。
逆にまだマリィさんが来ていないとなると悠長に構えている暇はないのかもしれない。
僕はいつマリィさんが来てもおかしくない状況に、二人を店内に入れたところで踵を返して、
「ともかく僕が行くよ。マリオさんを帰すにしてもあの魔鳥は邪魔だからね。ってことでベル君は店のというかマリオさんの対応に回ってくれるかな。あと、エレイン君達は僕をフォローして」
万屋で待っていたベル君に指示を出すと、工房の方から出張ってきてくれたエレイン君達を伴って店を飛び出し、トンネル状の結界を解除。
その可愛らしい指先からスタン弾を放つエレイン君の援護を受けながら、解体用ナイフや千枚通しを使って魔鳥達を仕留めていく。
たびたびスタン弾に耐える強力な個体がいたりするが、魔法銃のマヒ効果がほぼ全ての魔鳥に効果があることを考えると、魔鳥の一匹一匹の強さはそれ程でもないみたいだ。
ちょっと危ない場面がありながらも、どうにかこうにか結界の外に逃げたした魔鳥の駆除の目処がたったところで、またも光の柱が立ち上がる。
時間的にマリィさんがやって来たのかな。
万屋を出る前の考えから、ついそう予想してしまったのだが、転移反応が収まったゲートにいたのは、未来的なリアカーにたぶんゴーレムの残骸か何かだろう。金属の残骸を乗せた賢者様だった。
そして、転移するなり正面に僕を見付けた賢者様は上空を旋回する魔鳥に気付いていないのか、丁度いいとばかりに手を振ってくる。
だが、そんな賢者様の行動が結界内の魔鳥達の神経を刺激してしまったみたいだ。
大きく手を振る賢者様に結界上部の空を滑空していた魔鳥達が殺到したのだ。
しかし、あわやその鋭いくちばしが賢者様を貫かんとするその直前になって、突如として展開された魔法障壁が賢者様の命を守る。
これは予め僕が用意しておいたお客様の効きに自動展開される小規模な防御結界ではない。純白に輝く光の盾、〈聖盾〉の魔法である。
この魔法の使い手と言えば――、
どうやら賢者様が来るとほぼ同時に、この人がアヴァロン=エラにやってきていたようだ。
大きめのリアカーの影から黒龍をモチーフにしたジップパーカーを羽織った銀髪の少女が控えめに顔を出す。
魔王様だ。
賢者様の方も僕の視線を追いかけるように魔王様の存在に気が付いたみたいだ。なにやらオーバーリアクションに駆け寄ると、一言二言交わして魔王様に守られながらも僕のいるところまで歩いてくる。
そして、開口一番聞いてくるのは、
「虎助、どうなってんだよこりゃ?死ぬかと思ったぞ」
「それは本当にすみません。えと、どうもどこかの世界から魔鳥の群れが迷い込んできてしまったみたいで、ゲートにやって来たお客様を守る結界が周囲の音を遮断していたんでしょうか」
「俺等は最悪のタイミングで来ちまったって訳か」
わざとらしくも天を仰ぐ賢者様。
その傍らの魔王様が聞いてくるのは、
「……私も倒してもいい?」
「あの、それは構いませんがどうしてですか?」
ふだん魔王様は魔獣が現れてもマイペースにゲームをやったり漫画を読んだりと特に興味を示さなかった。
それが、今回に限っては妙に積極的となると『何か特別な理由があるのではないか?』そう思って訊ねてみると、どうも大量にいる魔鳥の中にメガロブロイラーというとても美味しい魔鳥が紛れているらしく、特に黒龍のリドラさんが大好物だということで狩って帰りたいのだという。
「そういうことでしたら構いませんよ。というか、僕も少しいただいてもいいですか」
「……ん」
まだ万屋のバックヤードにはベヒーモの肉にヴリトラの肉と大量の食料が保存されている。
しかし、黒龍であるリドラさんが大好物だという鶏肉には少し興味がある。
僕からのお願いに魔王様は小さく頷いて、殲滅戦が幕を開ける。
「え、お前らマジでこの数の魔鳥を相手にしようってのかよ」
呆れ声の賢者様を他所に、僕は賢者様と交代でゲートの周囲を覆う結界の中に入って、魔王様で協力して魔鳥狩りを初める。
それから数分、僕は雷のディロックを中心に、魔王様は植物系の精霊魔法を使ってと、黒く巨大なニワトリ型魔獣メガブロイラーを確保しながら、その他大勢の魔鳥を処理していたところ、再び強い転移反応がゲートに発生する。
本当に今日は千客万来だな――、
そう思いつつも僕は、急いで魔鳥の数を減らしながら転移反応が収まるのを待つ。
すると、消え去った光の柱の跡地には真紅の鱗を持つキングコブラのような巨大な蛇型の魔獣がとぐろを巻いてじっとこっちを見つめていた。
僕はそのヘビ型魔獣の正体を求めて魔法窓を開く。
だが、その正体が魔法窓に表示されるよりも先に魔王様が呟くように言う。
「……蛇竜」
直後、浮かび上がった魔法窓によると、この蛇竜という魔獣はサーペントドラゴンなどとよばれる下等竜種で、ダンジョン等のボスモンスターのような存在として知られているらしい。
見た目通りと言うべきか、厄介そうな相手である。
どうやら僕達の戦いはこれからだったみたいだ。
◆皆様。熱中症にはお気をつけを。
◆※スクナカードの価格について、
読者様からのご指摘により、本格的に販売するに至って、量産化などの影響から、価格が安くなったという設定を後付けしました。
この後もお話によって価格が変動してしまっているかもしれませんが、その辺りは、材料費の変動などとお考えください(汗)。