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薬学実験

 放課後、いつもの時間に僕が出勤すると、珍しくもマリィさんや魔王様の姿は無く、居たのは、いつもの派手な鎧を脱ぎ捨てて、シャツ一枚になったフレアさんだけだった。

 と、いつもとは違う店の雰囲気に訝しみながら玄関サッシをスライド。店の中へと足を踏み入れると、そこは思わずむせ返ってしまう程の暑苦しい空気で満たされていた。


「何事ですかこれは!?」


 不快指数が100%を超えているんじゃないかと思ってしまうむさ苦しさに耐えながら、汗だくのフレアさんに訊ねると、曰く、どうやらこの熱気は、早朝からフレアさんがエクスカリバーのゲットにチャレンジしていた事に由来する熱気なのだという。

 因みに珍しくマリィさんの姿が見えないのは、あまりの鬱陶しさ――もとい、暑苦しさ――ではなく、圧倒的なフレアさんの迫力に気圧されて帰ってしまったからなのだという。

 いつもさりげなく居たりするオーナーの姿が見えないのも同様の理由からなのだろう。

 一方で、高過ぎる不快指数にもかかわらず店の片隅に佇むベル君が動く気配はない。

 ベル君を始めとしたゴーレム一同の排除対象は、この万屋とその従業員及びお客様に危害を加える者となっている。

 だから、いくらその人物が我が物顔で店内に長居し、あまつさえ他のお客様を引かせてしまう迷惑な存在だったとしても、それが純粋にエクスカリバーを求める一人のお客様と認定されているのなら、排除対象とは見なされないようだ。

 しかし、さすがにこれは目に余る。


「あのフレアさん。他のお客様の迷惑になりますので、過度なチャレンジの方はご遠慮願いたいのですが」


「いいじゃないか。今ここには君と僕の二人だけしかいないだろ」


 僕は店長としてフレアさんを注意をするのだが、やはり軽く見られているのか、梨の礫で、フレアさんはびしょびしょになったシャツを脱ぎ捨てると、再びチャレンジしようとする始末だ。

 と、丁度そんな時だった。


「おじゃまするぜ。と、うぉっ!」


 いつもの調子でやってきたのは【東方の大賢者】なんて呼ばれているらしいロベルト様だった。

 タイミングがいいのか悪いのか、熱気ムンムンの店内に足を踏み入れた賢者様は、すぐにその原因であるフレアさんに向けて容赦のない言葉を浴びせかける。


「なんじゃこりゃ。臭ぇ、臭すぎる。換気だ換気、窓開けろ。男臭くてかなわねえぜ」


 まあ、店の敷居をまたぐなり、目の前に玉のような汗をびっしりと貼り付けた半裸の青年が飛び込んできたのだから、この言い草は当然といえば当然なのかもしれないけど、

 初対面の人に言うことじゃないよね。

 フレアさんはフレアさんで地味にショックを受けてるご様子だし、

 自業自得だとはいえ少し可哀想に見えるかな。

 ここは僕がフォローを入れておくところだよね。

 これがきっかけで二人の仲が微妙になっちゃったら店の雰囲気も悪くなちゃうかもしれないし。

 お互いに常連同士。これからも合うかもしれない二人の仲が拗れても困ると、僕が率先してお互いの自己紹介をしていく。


「ええと、こちら、自称勇者のフレアさんです。お姫様を助ける為にエクスカリバーに挑戦中でして――」


「自称ではない。きちんと王に認められた勇者だ」


「そして、こちらが東方の大賢者と噂されるロベルト様。万屋に並べられる魔法薬の監修などをしてもらっています」


「噂じゃなくて実際にそう呼ばれてるんだがな」


 フレアさんと賢者様の双方から軽いツッコミを入れられてしまうが、これはいつものこと。

 とまあ、このように軽く自己紹介を済ませたところで、口を開いたのは賢者様だった。


「しかし成程な。青年はその姫さんの為にエクスカリバーが欲しいって訳か、男の浪漫だよな、分かるぜ。俺も一遍コイツを抜けねえかと頑張ってみたこともあるもんだ」


 実は賢者様もエクスカリバーに挑んだことがある一人だったりする。

 とはいえその動機は、伝説の剣を持っていたらモテまくるだろう――なんてフレアさんの上をゆく不順な動機からくるもので、当然の如く辛酸を舐めた一人でもあるのだが、

 賢者様の場合、無駄な努力はしない主義だとすっぱり諦めて、以降エクスカリバーに関わることは無かったのだけれど、他人の不幸は蜜の味。面白そうな事となれば話は別だと、いつもの悪い顔を浮かべて純朴な青年の心の隙間に忍び込む。


「だったら丁度いいもんがあるぜ」


 言うと賢者様はごそごそと懐をまさぐり、毒々しいショッキングピンクの液体が詰められた小瓶を取り出してみせる。

 そして、「これは?」と訊ねるフレアにわざとらしく口端を吊り上げ、耳元でこう囁くのだ。


「身体強化系ポーションだ。名前そのまま、飲むだけで全身の身体能力が一定時間向上するポーションってところか」


 ぱっと聞く限りそれは魅力的な薬のように聞こえるのだが、フレアさんは明らかに引いていた。

 何故ならポーションというものは基本的に飲料。

 回復系など患部に直接ふりかけるものもあるのだが、全身への付与効果ともなると、まず経口摂取が基本となるのだが、その小瓶の中身はマニキュアとか言われた方がしっくり来るようなドギツイ色をした液体で、それをポーションと言われるのだから、引いてしまうのは当然だろう。

 珍しく眉を顰め、明らかな警戒ムード醸し出すフレアさんに、そんなの関係ねえ。とばかりに無理やり小瓶を手渡した賢者様が、勢いで飲ませてやろうと囃し立てる。


「ほれ。ぐいっとぐいっと――、ぐいっとぐいっと――」


 しかし、フレアさんはうっすらとした湿り気を目元にただ小瓶を見つめるばかり。

 と、そんなフレアさんのノリの悪さを見るやいなや、賢者様は作戦変更。今度はフレアさんの弱点である頭脳面から攻め立てる。


「心配無用だ青年。これは元々ここで売っているポーションを分量を計算し直して調合したポーションだ。理論上は全ての能力が向上する筈でな。量の問題で結果的にそれぞれの効果は薄められる結果になっちまってんだよ。って訳で、一つ一つの強化は微々たるものだが、合算したのなら数倍の力を生み出すことも可能だと俺は考えるんだよ。どうだ。それだけの力があったのならエクスカリバーを抜けるとは思わないか」


 まるで科学者――というかこれが本来の姿かな。錬金術が本業である賢者様の口から紡ぎ出される甘言に、良くも悪くも純朴なフレアさんの精神がぐらりと揺れる。

 うん。完全に手玉に取られてるね。

 そして「止めておいた方が……」という僕からの控えめな忠告を振り切って、


「手段は選んでいられない。こうしている間にも姫が魔王の毒牙にかかっているのかもしれないのだからな」


「でも、たしか前にそのお姫様は人質だって話じゃないですか。それなら丁重に扱われているのでは?」


「いや、保証されているのは命だけなのだ。その扱いは魔王の心根一つで変わってくる」


「そりゃ。完全にヤられちまってるな」


 どうにか思い留まらせようと言葉を重ねる僕だけど、説得するには情報が少ない。

 そこへ放り込まれた賢者様からの勝手な妄言に、フレアさんの背筋がビクンと伸びる。


「触手でヌメヌメっと弄んでから一気にズプ――ってな感じでな。基本だろ」


「嘘だ……、嘘だ嘘だ嘘だ――――――――っ!!」


 まるで一本一本の指を本物の触手かの如くいやらしげに動かす賢者様の一人芝居に、蹂躙される姫の姿を想像してしまったのだろうか、フレアさんが頭を抱えて叫ぶ。

 というか、


「それって、どこの世界の基本ですか!?」


「そりゃ、エロゲとかのお決まりのパータンだろ」


 機械文明と魔法文明。他にも色々な違いがあるけど、賢者様の暮らす世界が地球と同等に発達した文明を持っていると僕は予想している。

 しかし、そういうゲームあるのはどこの世界も変わらないんだな。

 性に対する人間の情熱に、僕が呆れにも似た感情を抱いてしまう一方で、冗談ではないのはフレアさんの方だった。


「くそっ!!魔王の好きにさせてなるものか、姫の純血は俺のものだ!!」


 いえいえ、触手っていうのはあくまで賢者様がふざけて言ったことで、確実にそうって訳じゃないですから。

 っていうか、姫の純潔は俺のものとか言っちゃって大丈夫なんでしょうか。

 賢者様の妄言を完全に信じこんでしまったフレアさんの口から駄々漏れる本音に、処置なしと僕が諦めかけるその傍ら、口を三日月にした賢者様が悪魔の囁きをもって、この一瞬だけは藍よりも青くなってしまった青年の煩悩を煽っていく。


「だからこそ、そのポーションだろ――青年。実は身体強化ってのはあくまで副次作用に過ぎなくてだな。本来の効果は滋養強壮なんだよ。つまりだ。このポーションを使って魔王を倒した暁には、青年のエクスカリバーでその姫様を――、おっと、これ以上は言わなくても分かるだろう」


 殆ど最後まで言ってしまった上で何を言うんですか。


「じゃなくて、それをしたら完全に犯罪ですよ」


「何を言うんだ虎助少年。ポーションを使うのは魔王を倒すのに必要な事。それによって副作用が発生したっていうのなら、姫さんもその体で沈めてくれるとかしてくれんだろ」


 いやいやいやいや、そんな事ありえないですって、

 普通に考えれば、そんな都合良く事が運ぶなんてありえないと分かるだろうに、いやらしい大人の論理で最悪のイメージと甘い誘惑を持ちかける賢者様の手法は、グラついている若き煩悩の背中を押すには充分な威力を秘めていたようだ。


「フッ、フフフ、いいだろう。勇者たるもの奉仕の精神が必要か。大賢者ロベルトが生成したポーションの実験体、この勇者フレアが引き受けよう」


 悪魔の誘いを受け取ってしまったフレアさんには、自称勇者の面影など欠片も残っていなかった。

 一見すると爽やかに見えるその自嘲を込めた冷笑の下には、粘度の高いマグマのような欲望の川が流れていることが見え見えだった。

 そして、自分をごまかす言葉を口にしたフレアさんは、とても飲み物とは思えないドロリとした薬品を一息に飲み干してしまう。


「む。濃厚な甘さ、思ったよりは不味くないな。しかし、特別の変化はないように……」


 と、何やら言いかけた台詞が途中で止まり、これは魔力なのだろうか。まるで血のように赤黒いオーラを爆発する。

 そして、


「ち、力が溢れてくるぞ」


 こういう状況でのお決まりともいうべき台詞を口にしたフレアさんは、手を広げ、その効果を確かめるように自分の体をを見下ろすと、


「成功か?青年。エクスカリバーを手に取るんだ」


 賢者様からの催促に、邪悪さを感じるオーラを纏ったフレアさんは鷹揚に頷き、エクスカリバーの突き立った台座に上がり、自信満々にその柄を掴む。

 そして、力を込めてその荘厳たる黄金の剣を抜き取ろうとしたその時だった。

 それはエクスカリバーの意志か。黄金の刀身から邪悪なオーラに反発するような純白の光が溢れ出し、フレアさんが纏う邪悪なオーラを吹き飛ばす。

 そして、


 ピシャァン!!!!!!!!


 万屋の天井を突き破る白色の雷光がその頭上に降り注ぐ。


「なんてこった!?」


 眼前で倒れ、煙を立ち上らせるフレアさんの有様に賢者様が動転した声をあげる。


「普通に煩悩まみれだと判断されたんじゃないんですか」


 言わなくても分かるのでは?と、僕が半眼で事の真相を推理するのだが、賢者様が気にしていたのは別のことだった。


「せめて薬の効果を確かめてからにしてくれよ。起き上がるんだ青年!」


 まだ薬のデータが取れていないと、どこかの隻眼トレーナーのようにフレアさんに呼びかける賢者様。

 だけど、そんな自分本位のことばっかり言っていると……。


「あっ!危ないですよ」


 案の定、二発目の雷が賢者様の頭上に降り注いだ。

〈強化薬〉……ショッキングピンクのマニキュアのような液体。〈身体強化〉の効能を持つ。

      後の〈狂化薬〉に繋がる魔法薬。(プロローグに出てきた魔法薬)

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