コカトリスと金の卵
◆今週の二話目です。
「虎助、貴方また何かはじめましたの?」
夕方、万屋に入ってくるなり、そう聞いてきたのはマリィさんだ。
なんでもゲートから万屋に来るまでの道端に、ニワトリが一羽うろついていたらしい。
マリィさんはそんなニワトリを見て、僕がまた何か始めたと思ったそうなのだが、しかしながら僕はそんなニワトリなんて知らない。
「そうですか、転移反応を見逃していたのかな?まあ、エレイン君達が素通りさせたってことは敵意が無いんだと思うんですけど、取り敢えず確認してみますね」
という訳で、僕はマリィさんと元春と引き連れて(正しくは興味津々でついてきたのだが)現場に向かいながらも魔法窓を開いてエレイン君に詳細を求めるのだが、すぐにその調査結果が手元にもたらされる。
それによると――、
「どうもあのニワトリはコカトリスみたいですね」
「コカトリス?」
「それって石化とかしてくるアレだよな」
コカトリスという名前を聞いて、マリィさんがオウム返しで首を傾げ、元春がちょっと焦ったように言ってくる。
そんな元春の声を耳に、マリィさんが「詳しいですわね」と関心したように言うのだが、
「ゲームの知識ですよ」
コカトリスというのはファンタジー系のゲームなんかで定番のモンスターである。元春の知識はそこからきていると僕が教えてあげると、「またですの――」とマリィさんはどこか呆れるような目線を元春に向けながらも聞いてくる。
「それで、そのコカトリスという魔獣はどのような魔獣ですの? 元春の話を聞く限りですと危険な魔獣の印象を受けますが」
「エレイン君の報告によりますと、元春が言っていた石化とか、特に攻撃してくる様子はないみたいですね。マリィさんも特になにかされたとかありませんでしたよね」
「ですわね」
「それと、これはあくまでコカトリスの行動を追ってわかったことだそうなんですが、どうも、コカトリスはベヒーモと同種の魔獣ではないかとのことみたいです」
追加で出した情報にマリィさんは、十数メートル先をチョロチョロと動くニワトリのような生物を刺激しないようにしてか、声をひそめて聞いてくる。
「ベヒーモと同じとはどういうことですの?普通のニワトリにしか見えませんが」
マリィさんとしてはベヒーモという名称を聞き、目の前のニワトリにもかの巨獣と同じ脅威度があると思ったみたなのだが、
「同じというのは神の供物の方ですね。強さという括りではなく、食材としての評価だそうですよ」
そうベヒーモと同じというのはあくまで食材としての価値である。
ベヒーモと戦ったマリィさんはその簡単な説明で理解してくれたようなのだが、ベヒーモとの戦いの時点では、まだこの世界に来ていなかった元春には伝わらなかったようだ。
「神の供物ってなんだよ?」
「なんていったらいいのかな――、そうだね。ネットゲームにありがちな特殊な素材をドロップするレアポップモンスターって感じかな」
これは食材アイテムに限ったことではないのだが、ネットゲームなんかで尖った性能を持つアイテムをドロップするようなモンスターというのは、得てして強さよりもポップ率など珍しさの方に重きを置かれ、そのモンスター自体はあまり強くないということがあったりする。
いま僕達の目の前にいるコカトリスも、おそらくそんな立ち位置の魔獣ではないかと伝えたところ、元春は胡乱げな眼差しを少し離れた道端で地面をつつくニワトリに飛ばして聞いてくる。
「つーことは危なくないんだな」
「うん。普通のニワトリと大して変わらないみたいだよ」
と、ここで元春はようやく警戒を緩めて、
「でもよ。イメージと違いすぎるな。こういうのって俺等が持ってるイメージで強さとか変わってくるんじゃなかったけか」
まあ、ゲームやらのファンタジー作品で触れられるコカトリスのイメージからすると、元春が難敵をイメージするのもわからないでもない。だけど、
「そもそもコカトリスの伝説そのものがあやふやなものだからね。マリィさんも知らなかったみたいだし、実はトカゲ説とかマングース説なんてのがあったりして、そもそも名前から連想した生物なんじゃないかって話もあるくらいだから」
コカトリスがニワトリの姿をしていると言われるようになったのも、確か名前にcockとニワトリを連想させるスペルが組み込まれていただなんて話があるくらいなのだ。
「要はあれだ。前のスカイフィッシュの話とかオークん時みたいに世界の認識――だっけか?それによって特徴が変わるっていうアレか」
「よく憶えていたね」
先日のスカイフィッシュ(仮)の件があったとはいえ、元春にしては物覚えがいいことで――、
僕が『よくできました』と元春に拍手を送る一方、マリィさんは神の食材としてのコカトリスが気になっているようだ。
「それで、そのコカトリスとやらは捕まえて食べるということでよろしいんですの?」
うん?このセリフだけ切り取ってしまうと、マリィさんが食いしん坊に聞こえてしまうな。
そして、コカトリスの方は人語を理解しているのだろうか?
いや、もしかするとバベルの効果によるものかな?
マリィさんのセリフにコカトリスがビクリとこちらに首を向ける。
でも、君は自分の心配をしなくてもいいんだよ。
どうしてかといえばそれは――、
「いえ、エレイン君によりますと神の食材っていうのはコカトリスの肉じゃなくて――」
僕はそこで言葉を切るとキョロキョロと周囲を見回して、道端にポツンと浮かぶフキダシを見付けると、コカトリスの動きを見ながら慎重に近付いて、その根本にある物体をこっそりと回収する。
それは童話に登場するような金色の卵だった。
僕がそんな金の卵を持ち帰ったところ、元春が目を血走らせながら掴みかかってくる。
「なあ虎助、ちょっとO・HA・NA・SHIしようじゃないか」
うん。その目を見たら、元春が何を考えているなんて一発でわかるよね。
「でも、これって、殻が金なだけだから元春が期待するほどの価値は無いと思うけどね」
「なんだ――って、それでも十分だろ?お前、金だぞ、金」
この金の卵がニワトリの卵と同じものとして、卵一個から取れる金を集めても、本当に小さな金貨が一枚作れるかが関の山。
だが、元春は『塵も積もればなんとやら』卵の数が揃えばそれなりの量になると大興奮で、
「で、で、どうやったらコイツは卵を生むようになるんだ」
「さあ、基本的に幻の生物だから、どうやったら卵を生むかなんてわからないよ。でも、見た目からすると普通のニワトリと同じ何じゃないかな」
それを聞いた元春は腕まくり、
「よっしゃ、虎助。ワラを持って来い、ワラ。あと木だ。鳥小屋作んぞ」
こうなってしまった元春は、もう止まらない。
僕は「ハァ」と溜息一つ、遠巻きにコカトリスを監視していたエレイン君を呼び寄せて、ワラに代わる素材やら鳥小屋作りに使えそうな素材をバックヤードから出してもらう。
そして、すぐに手際よくコカトリスの寝床を作り始める僕達を見て、マリィさんが感心したようにこう言うのだ。
「二人共手慣れていますわね」
「昔、学校でチャボを飼っていましたからね」
たぶん情操教育というやつなのだろう。僕達が通っていた小学校には、校庭の片隅にどうぶつ小屋があって、そこで山羊やウサギ、チャボなどを育てていた。
そんな動物たちの世話をする為に、毎年各学年から二名、生き物係を決める決まりがあったのだが、元春は六年生の時に壮絶なジャンケン勝負に負けて生き物係の委員長に任命されてしまったのだ。
しかし、当時から今と変わらず、いろいろと問題を起こしていた元春に委員長を任せるのは不安だと先生達も考えたのだろう。
そこで、子供の頃から元春(+義姉さん)の保護者として知られていた僕も巻き込まれる形で動物の世話をすることになったのだ。
そんな経緯から僕達はそれなりに動物の世話に慣れているのだと教えてあげたところ、マリィさんは納得。だが、ふと思い付いたかのように聞いてくる。
「テイムはしませんの?」
マリィさんが言うテイムとは、従魔印という特殊な魔法式を使って生き物を使役する魔法である。
マリィさんの世界では、畜産業に携わる人達が従魔印を使って家畜を使役してしまう場合が多いのだという。
とはいえ、ああ見えてもコカトリスは神の供物。たとえテイマー関連の実績を持っている本業の人間でも、使役するのは難しいのではないのだろうか。
僕が逆質問をしたところ、マリィさんも僕と同じ結論に至ったのだろう。
「たしかに虎助の言う通りかもしれませんわね。ならば、先ずはコカトリスに無用なプレッシャーを与えるあの男を排除した方がいいのではありませんの。あれではコカトリスが可愛そうですの」
そんな事を言うマリィさんの視線の先には、ハァハァと、たいそう興奮した様子でコカトリスに『卵を産め』とばかりのプレッシャーをかける元春がいた。
「そうですね……」
そんなこんなで無駄に張り切る元春を適度に宥めつつ、コカトリスの世話を始めた僕達だったのだが、
簡単な鶏小屋を作ったり、いい卵を産んでもらう為にわざわざアヴァロン=エラでニワトリ用のトウモロコシを育ててみたりと、交流を初めて三日――、
僕達が学校を終えてアヴァロン=エラに赴くと、そこにはもうコカトリスの姿は無かったのだ。
「金子がいねー」
「帰っちゃったみたいだね」
因みに元春が口にしたカネコというのは元春がコカトリスにつけた名前である。
呼んで字の如し、金の玉子を生むニワトリだから金子。
その名前が気に入らなかったのか、あるいは他に原因があったのかはともかくとして、三日間アヴァロン=エラに滞在したコカトリスは僕達が学校へ行っている間に自分の世界に帰ってしまったらしい。
まあ、エレイン君に頼んでおけば引き止めておいてもらうなんてこともできなくはなかったんだけど、自分からこの世界にやって来てくれたコカトリスに無理強いは良くないだろうと、あえてそう指示を出しておかなかったのだ。
とはいえ、金子がこの世界にいた三日間で金の卵は三つほど確保できた。
「普通に食べるにしてもどんな料理がいいかな?」
「それは好きにしてくれ、俺が言いたいのはこの金の殻をどうするのかってことだけだっての」
金子がいなくなってしまったのは残念だけど、せっかく手に入れた金の卵だ。どうやって食べようかと、みんなの意見を伺う僕に元春は素っ気なくもそう言ってくる。
当初から言っていたように元春が所望するのは金の殻だけみたいだ。
とはいえ、僕もマリィさんも、ついでに本日ちょうど来店していた魔王様も、たかだか金でできた卵の殻くらいでごちゃごちゃ言うような人間じゃない。
「別にその程度の金などいりませんから持っておいきなさい。それよりもこの卵をどう調理するかの方が重要です。私はオムレツなんかがいいと思いますの」
「……卵焼きがいいと思う」
「どっちかというと下手に料理するよりも、そのままゆで卵にした方が味が分かりやすいんじゃないんですか」
僕達があーでもないこうでもないと意見をだしあっていたところ、たぶん早く金の殻を手に入れたいのだろう。元春がこんなことを言ってくる。
「つか、ふつうに卵かけご飯でいいんじゃね。それよりもどうやって割るんだコレ」
「タマゴカケゴハン?それはどんな料理ですの?」
元春の口から飛び出した料理名が気になったのだろう。マリィさんが僕に問い掛けるような視線を向けてくる。
「料理といいますか、なんといいますか、ほかほかのご飯の上に生卵を落として食べる食べ方ですね」
「それだけですの?」
「はい」
「そんなものが本当に美味しいんですの?」
これには魔王様も同じ意見のようで、マリィさんの声にあわせるようにコクコクと頷いている。
「まあ、僕としては美味しいだろうなって想像できるんですけど、卵かけご飯は好き嫌いが分かれる料理でもありますからね。一杯作ってみて、それをみんなで試食してみて決めませんか」
卵かけご飯というのは生の卵を使うだけに意外と好みがわかれる食べ物だ。
とりあえず、今日、回収した新鮮卵を使って、みんなが食べれるようなら後の二つも卵かけご飯で、一人でもダメな人がいた時は、その一杯はチャーハンかなにかにリメイクして処理をするとして、残る二つをマリィさんと魔王様が決めた料理法でいただこうとその提案は了承され、僕はご飯を一から炊くのも時間がかかると一時帰宅、台所でご飯をゲットすると、こんなこともあろうかと用意しておいた醤油もついでに持ってくる。
因みに金の殻を割るのに使ったのはドラゴンキラーとしておなじみとなった万屋特製解体用ナイフである。うずらの卵カッターで殻を割るように、卵の頭のところをスパッと切って、金の卵の中身を小鉢に取りよける。
正直、中身はどうなんだろうと少し期待もしてみたのだが、見た目はニワトリの卵そのもので、若干、黄身がキラキラと輝いているように見えるが、それ以外は本当に普通の卵だった。
僕はお椀にご飯をよそい、箸で中央をくぼませると、その中央へ生卵をダンク。ドラゴンステーキの教訓からお取り寄せしておいたちょっとお高い醤油を卵の上に垂らし、黄身に箸を差し込んで卵を崩し、そのままゆっくりとご飯に馴染むようにかき混ぜる。
ゴクリ。誰が鳴らしたものだろう、つばを飲み込む音がやけに静かな店内に響く。
人数分用意したスプーンでそれぞれが卵かけご飯を掬い上げ、パクリと口に入れた瞬間――、
「こ、これは――」
「お、美味しいですわね」
マリィさんの呟きに同意して無言で頷く魔王様。
そして、最後にこの人が金の卵かけご飯を食べた感想を口にする。
「でも、お醤油が卵の旨味に少し負けちゃってるわね」
「って、なんでイズナさんがいるんすか」
「美味しい食べ物の気配を感じたからよ」
そう、この試食タイムにいつの間にか混じっていたのは僕の母さんである。
どうも、前にドラゴンステーキを家持ち帰って以来、いつかこういう食材がまた手に入るのではないかと、虎視眈々とそのタイミングを見計らっていたようである。
とはいえ、家に帰ってきたかと思いきや、炊飯器を持って異世界に行くなんて、誰が見ても何事かと思ってしまうような行動だし、気になってついて行きたくなってしまうのも仕方がない。
そしてもう一人、僕の行動を不審に思い、アヴァロン=エラまでついてきた人物がいる。
「って志帆姉まで、つか、なに俺の卵を持ってこうとしてんだよ」
「決まってんじゃない。私がトレジャーハンターだからよ」
「さて、人数が増えてしまった訳ですが、残り二つはどうしましょうか」
醜い争いを始める二人は無視するとして、僕達は残る二つの卵の処遇を決める話し合いを始めるのだった。
◆当然なのですが、やってきたコカトリスは雌鳥一匹なので卵はすべて無精卵です。
因みにうずらカッターというのは、うずら卵の名産地で作られたと言われるうずらの卵を綺麗に切るだけの為だけに存在するハサミです。蕎麦屋さんなんかでたまに見かけることができますよ。