正体不明の敵?
◆今週の一話目です。次話はちょっと遅れて木曜日に投稿予定です。
その日、学校から帰った僕はアヴァロン=エラに赴くなり、ゲートの周辺でとある調査を行っていた。
実はここ最近、このアヴァロン=エラにやって来たお客様が、ゲートから出てすぐのところで体調不良を起こすケースが頻発していたのだ。
最初は、転移直後にその体調不良が起こっているということから、この世界にやって来る前に、強力な魔獣等に追いかけられるなどしたお客様が貧血かなにかを引き起こしているのではと考えていたのだが、その現象が安定している次元の歪みが存在するアムクラブからのお客様にまで及んでいるとなれば話は別だ。
ということで、謎の体調不良の原因を探して調査をしていた訳だが、調査を始めてから小一時間ほどたった頃、ゲートに光の柱が立ち昇る。
光が消え去ったゲートにいたのはマリィさんだった。
「あら虎助、こんなところで珍しい。なにかありましたの?」
「いらっしゃいませ。 実は最近、ゲートのところで目眩や頭痛といった体調不良を訴えるお客様が多くてですね。今日はその原因を調べにきたんですよ」
転移からすぐに僕の姿を見つけ、そう訊ねてくるマリィさんに、僕がゲートにいる理由を簡単に説明する。
すると、日課であるマールさんとの調教を終えて、安全面への配慮から、僕がいるゲートのすぐ傍で魔法の練習をしていた元春が間抜けな声で「へっ?俺、そんな話、まったく聞いてないんだけど」と聞いてくるけど、
「元春はいつも僕と一緒に来ているからね。何かあったらすぐにフォローできるから言ってなかったんだよ」
僕があえて教えていなかった理由をそう説明すると、元春は「それもそっか」と納得。今日の練習はたった十分で終了みたいだ。僕達の方へと歩いてくる。
そんなお気楽すぎる友人の一方で、マリィさんの方は僕の説明に何か感じるものがあったのだろう。その大きな胸を抱えるようにして腕を組み、ポツリこんなことを確認してくる。
「体調不良ということはシャドートーカーではないのですね」
「シャドートーカー?」
マリィさんが原因不明の体調不良の犯人として疑ったのは、以前、その擬態能力を持ってして僕達を苦しめた魔法生物シャドートーカーだった。
聞いたことがない魔獣の名前にオウム返しに首をひねる元春に僕が言う。
「ああ、シャドートーカーっていうのは、元春がここに来る前に現れた擬態に長けた魔獣――というよりも魔法生物の類かな。そいつが今回の事件に少し似た厄介事を起こしてね。マリィさんはそれを疑っているんですよね」
「はい」
しかし、今回の件がその手の魔獣の仕業ではないことは、上空からの監視を担うカリアの記録からすでに判明している。
その情報も合わせて僕がシャドートーカー犯人説を否定すると、マリィさんは「そうですか」とまた考え込むようにして俯いて――、
そんなマリィさんに代わるように頭上に豆電球を閃かせた元春がドヤとばかりに言ってくるのは、
「あれじゃね。スカイフィッシュ。スカイフィッシュの所為で体の調子が悪くなるって話をさ。俺、前に漫画かなんかで見た気がすんぞ」
「スカイフィッシュ? それは魔獣の名前でいいのですよね。どのような魔獣ですの?」
いや、漫画で見たって、さすがにそれはないんじゃないかなあ。そう思わざるを得ない元春の適当な思いつきにマリィさんがオウム返しに聞き返す。
だが、スカイフィッシュがなんだと聞かれても、そう簡単に説明できるものではない。
すぐに答えに窮することになった元春は「虎助、後の説明は任せた」とスカイフィッシュの詳しい説明を僕に丸投げ。
僕は「しょうがないなあ」と言いながらも魔法窓からインターネットを開いて、適当なサイトからスカイフィッシュの情報を引っ張ってきて説明を引き継ぐのだが、元春はそれを見て「ずっけー」と文句たらたら。
しかし僕としては、そもそも存在すること自体不明の生物の説明をしろと丸投げしてくる方が悪いと、元春の抗議をさっくり無視して、斜め読みで申し訳ないがスカイフィッシュの概要を説明してあげると、マリィさんはその情報をフムフムと読みながらも、
「この資料を見る限りではなかなかに厄介な魔獣のようですわね。 ですが、最終的にスカイフィッシュの正体はカメラに写った虫などの残像が原因という結論になっているようですが」
悲しいかな現代において、この手の都市伝説というものは、偶然の産物とされて片付けられているものが多かったりする。
だが、元春はそんな結論を聞いた上で、
「でもっすね。ほら、コカトリスとか、俺等の世界じゃゲームや漫画の中でしか見なかった奴等が普通にいるんすよ。だったら、そういうヤツがいても変じゃないと思うんすけど」
ふむ、そう言われてしまうと絶対に無いとは言い切れないかもしれない。
実際、魔法もそうだけど、魔獣の一部や精霊なんて存在は、どこの世界にも存在する魔素というエネルギーに知的生命体が垂れ流す妄想やら空想が干渉して生じたという由来があるのだ。
たとえ地球の魔素が極端に薄くても、もともとが勘違いの産物だったとしても、ちゃんと想像図まで作られ、多くの人間に知られているような存在なら、実際にスカイフィッシュという存在が発生していたとしてもおかしくはないのである。
まあ、そこから更にアヴァロン=エラに転移してくるなんてことになると、それはもはや天文学的な確率になってしまうのだが……。
「ですが、元春の予想が当たっているとして、このような不可思議生物をどのようにして捕まえますの?相手は目にも留まらぬ速度で動き回り、こちらを攻撃してくるのでしょう」
ある種、説得力を持った元春の言葉に、マリィさんは手元に寄せられたスカイフィッシュの詳細が表示された|魔法窓を指差す。
たしかに、もしも都市伝説でまことしやかに語られていた設定がそのまま生態になっていたとしたら、スカイフィッシュは手がつけられない存在になってしまっている可能性がある。
「漫画だとどうやって倒してたっけか?」
「いや、さすがに漫画に出てきた方法をそのまんま使ってもダメだと思うよ。 それに元春が言ってる漫画ってあの有名な異能バトル漫画でしょ。僕達に同じことができるとは思えないよ」
そもそも漫画内での設定なんてものは、スカイフィッシュの一側面をストーリーに合わせてとらえたものだ。魔獣や精霊の発生に知的生命体の意識が関係あるのだとしても、一つの資料から抽出した特性がそのまま現れ、そこで記された対処法が実際の戦闘で役に立つことなど滅多にないことなのである。
「それに、スカイフィッシュがいるっていう前提で話が進んでるけど、体調不良の原因が本当にスカイフィッシュとは限らないしね」
「でもよ。他に原因が思いつかねーなら、そういう敵もいるかもって調べた方がいいんじゃね」
たぶん元春としては思いつきで言っているだけなんだろうけど、なかなかに正論である。
カリアが何も感知できなかったということで、僕はこのアヴァロン=エラに外敵がいるという可能性を無意識の内に確率が低いものだと考えていた。
しかし、別にスカイフィッシュに限らずとも、通常の知覚方法でその存在を見つけられない魔獣が別の世界から迷い込んできた可能性は否定できない。
元春の意見にそう思い直した僕は『ならば、そんな生物をどうしたら捕まえることができるのか?』スカイフィッシュの生態を映した魔法窓を参考にしながらその捕獲方法を思案する。
そして、「だったらこういうのはどうかな?」とゲートに備わる一方通行の結界を逆利用した捕獲作戦を提案する。
いくら相手が目に見えない存在だとしても、スカイフィッシュのように常に動き回っているような存在なら、広範囲に展開した一方通行の結界ならば捕まえることも難しくはない。
逆に相手がじっと隠れているタイプだったとしても、広範囲に広げた結界を徐々に小さくしいってやれば、簡単に追い詰めることができる。
まあ、一度展開した結界のサイズを変えると途端に脆弱になってしまうのだが、結界が破れたら破れたで、それはスカイフィッシュ(仮)の存在証明になるのではないかと、そんな僕のアイデアは結界そのものが使い減りしないこともあり、とりあえず試してみてもいいんじゃないかと、すぐに実行に移されることになるのだが、
「特になんかが引っかかってるって訳でもなさそーだな。やっぱ、虎助が言ってた通り、スカイフィッシュの話そのものが的外れだったってか」
半径にしてだいたい2・3メートルと、ずいぶん小さくなった一方通行の結界の中には、それらしき生物は姿は見当たらなかった。
しかし、まだ敵が肉眼でとらえられない何らかの能力を持っている存在がいるという可能性が残されている。
だから念の為、
「ちょっと僕が結界の中に入ってみるよ。もしもこの中にスカイフィッシュ(仮)が捕まっているのだとしたら、気分が悪くなったり、なにか体調に変化があると思うから」
「大丈夫ですの?」
「万が一の時はエレイン君が助けに入ってくれますから」
心配してくれるマリィさんに、僕は傍に控えていたゲートの警備を担当するエレイン君に目線を送り、フォローの体勢は万全だとアピールすると、見る限りは生物の気配のない結界の内部へと足を踏み入れる。
そうして暫く、結界の中に留まってみたのだが、
「特になにもないみたいですね」
時間がたっても特に体調の変化は起こらなかった。
その結果から、やっぱりスカイフィッシュがいるなんてのはただの妄想だったかと結界を解除しようとするも、その直前になって、『いや、もしかしたら結界を警戒して近寄らなかっただけなのかもしれないし、僕の〈異常耐性〉が関係しているのかもしれない』と安易な結論をそんな可能性で打ち消して、改めて実験を行おうかと考えるのだが、それを試すには他の協力者が必要だ。
とはいえ、元春はともかくとして、お客様であるマリィさんに実験台になってもらうのは論外だ。
そうなると――と僕はここにいるメンバーを見ながら考えて、最終的に無難な手をとエレイン君に「ちょっと結界内の〈調査〉をしてみてくれるかな」とバトンタッチ。
かまくらサイズにまで縮小した結界の内部を調べてもらったところ。
エレイン君はすぐに何かを見つけたみたいだ。
狭い結界の中をテクテクと歩き、結界の端っこでしゃがみこんだエレイン君が手に取ったそれはスカイフィッシュでも何でも無く――、
「石?」
「石ですわね」
それは、水切り遊びに使うと具合が良さそうな平ぺったい石ころだった。
特に人工的に磨かれたという訳ではなく、河川を転がり下ることで形成されるような自然の丸さをもった石ころだ。
珍しくはあるかもしれないが、探そうと思えばどこにでもあるような石ころをエレイン君は持ってきてくれる。
「これが虎助が調べていた冒険者達の不調の原因ですの?」
「さあ、それはどうでしょう。ともかく〈鑑定〉で調べてみましょうか」
僕は興味深そうに石ころを見つめるマリィさんにそう答えながらも、その石ころを指で摘み〈鑑定〉の魔法を発動させる。
すると、いつもなら鑑定対象にまとわりつくように発生する〈鑑定〉の魔力光が発動直前で霞のように消えてしまう。
「弾かれましたの?」
「どちらかと言えば魔法そのものが消失させられたって感じですね。と――」
そして、マリィさんの指摘が入ったその直後、僕の体調に異変が起きる。
「どうかいたしまして?」
「いえ、急に目眩がして――」
「それってお前が言ってた体調不良じゃねーの?」
元春に言われるまでもなくそれは分かっている。
つまり、最近お客様の中で頻発していた原因不明の体調不良はこの石ころだったということだ。
僕はすぐにエレイン君を呼び寄せると、結界内を調べてもらったのと同じく、詳細な〈調査〉をかけてもらって目眩の原因を探ってもらう。
すると、僕の魔力が大幅に減少していることが判明する。
どうやら急な目眩の原因は魔力の急激な低下による虚脱症状だったみたいだ。
僕はとりあえず、目眩の原因となっている石をエレイン君に直接渡すのではなく、足元に置くと、応急処置としてマナポーションを煽って。
「それで体調不良の原因はなんでしたの?」
「どうもこの石に魔力を吸われたのが原因だったみたいですね。魔力が一時的に枯渇してしまったみたいです」
「でもよ。それっておかしくね。たしかこの世界だと魔力がスゲーいっぱいあって、回復力がスゲーんだろ。つーことは虎助から魔力を吸い取んなくても別にいいんじゃね」
おっと、元春にしてはいい指摘である。
だけど、その答えでは百点満点に一歩足りない。
「だから僕はこう言ったんだよ。魔力を吸い取るって――」
そう、ここで重要となるのが、この石が吸収するのが自然に漂う魔素ではなくて、魔素が生物の体内に取り込まれることによって生成される魔力であるということだ。
「つまり、いくらこの世界の魔素が濃密だったとしても、この石は生物、もしくは魔導器などを介さなくてはエネルギーを吸収できないということですの」
「おそらくは」
たぶん僕が体調不良をおこしたタイミングから考えて、他にも体外に放出した魔力でないと吸収が行えないとか、細かな条件はあると思うけど、その辺はソニアに調査してもらうとしよう。
と、僕がエレイン君にこの石を工房に持ってってもらうべく手配をしていたところ、マリィさんが顎に手を置き独りごちる。
「しかし、それでも少し疑問が残りますわね」
「疑問、ですか?」
「ええ、今まで原因不明だったにも関わらず、どうしてエレインがいともたやすくこの石を発見できましたの? エレインが発見した位置から考えて、この石は結界のすぐ脇にありました。ならば、これを発見する前に結界が壊れていてもおかしくはないと思うのですが」
「ああ、その答えは簡単なことですよ。たぶんこの石は結界の縮小に引き寄せられる形でここまで運ばれてきたんだと思います。結界が壊れなかったのは、単純にこの石の魔力吸収スピードを結界の強度が上回っていたからだと思います。エレイン君がこの石を見つけられたのも同じ理由で、結界に触れていて魔力の反応が出ていたから見つけられたのではないでしょうか」
魔力の吸収が行われていない時ならまだしも、吸収が行われている状態なら多少なりとも魔力の流れが起きているハズ。エレイン君はその小さな魔力の流れをちゃんととらえていたのではないか。
そんな説明をしてあげると、マリィさんは納得とばかりに頷いてくれるのだが、元春はまだよく分かっていないみたいだ。
しかし、元春に丁寧な説明してあげたところで、それが理論という意味でややこしい話となると右から左に違いない。
ということで、
「元春の場合、この石が魔法効果にかかっていない限り大丈夫って憶えておけばいいと思うよ」
「よく分かんねーけど、虎助がそういうんなら、そうなんだろ」
うん。あれは考えることをやめた顔だ。
「しかし、妙な素材があるものですね」
「そうですね。いろいろと面白い使い方ができそうなので、取り敢えず、これはソニアに分析してもらうとして、他にも同じ石がないか、エレイン君に探してもらいましょう」
その後、僕達は同じ方法で二度三度、石ころの調査を調査を行ったのだが、結局、見付けることができたのは最初に見つけた一つだけだった。