勇者が残していったもの
◆今週の二話目です。
「随分と世話になったな」
ヴリトラとの激闘からおよそ一ヶ月経ったある日、フレアさんがティマさん、ポーリさん、メルさんの三人を連れて挨拶にやってきた。
曰く、ポーリさんとティマさんの説得工作によって、ヴリトラの討伐に際して飛び出した国元に帰れることになったそうだ。
やっぱり手土産にヴリトラの牙の一本を持たせたのが大きかったみたいだ。
龍の素材を持ち帰ったという功績を盾にヴリトラ退治に関する独断専行の咎を不問にしてもらったのだという。
因みに牙以外の部分は、ヴリトラを倒した途端、煙のように消えてしまったということでポーリさん達に口裏を合わせてもらった。
どこで倒したかと聞かれても困るし、大量の龍の素材をフレアさん達が拠点とする国が手に入れたと知られると、それが原因で新たな戦乱が起こるとも限らないと聞かされて、だったら、戦いの最中に折った牙の一本だけはドロップアイテムとして残り、それを討伐の証として持ち帰ったという筋書きを考えたのだ。
この件により王国に渡されたヴリトラの牙は宝剣として加工されることになったそうだ。
宝剣が完成した暁には、国王自らがその剣を携え、娘を救いに魔王城へと出向くと意気込んでいるとのことだ。
フレアさんが呼び戻されることになったのには、国王の護衛をしてもらわなければならないという裏事情もあるらしい。
都合がいいというかなんというか、現在、国王はその宝剣を製作する鍛冶師を選定する作業に夢中だとのことである。
正直、龍種から作ったものとはいえ、強い武器を素人が持ったところで、ゲームなんかみたいに急激に強くなるなんてことはないとは思うのだが、まあ、調子に乗ったお偉いさんを守る為にフレアさん達が必要なのだろう。
ああ、素人と言えば、今回の帰国を機会に、フレアさんと一緒にこのアヴァロン=エラに雲隠れしていたメルさんもフレアさんのパーティに入れてもらうことになったみたいだ。
もともと比較的安価で売りに出される生活奴隷だったメルさんは、戦闘能力皆無の人だったそうなのだが、ヴリトラをその身に宿したことによって【龍の巫女】なる珍しい実績を手に入れて、ヴリトラ退治のきっかけを作り、いろいろと親身になってお世話をしてくれたフレアさんの役に立ちたいと冒険者になることを決意したそうだ。
因みに【龍の巫女】から得られる権能は〈龍鱗の守り〉という防御系の複合アビリティ。
○○耐性なんかと比べると、ふわっとしている表現でどんな権能なんだか分かり難いのだが、〈メモリーカード〉などによって集められる各世界の情報から読み解くに、〈龍鱗の守り〉という権能は【龍の巫女】たるメルさんを、その主たる龍――この場合はヴリトラ――がその鱗で持って巫女を守ってくれるものではないかとのことだ。
ヴリトラの特性を考えると、単純な物理耐性が上がったのと、毒などの異常状態が効かなくなるのではないかというが僕とソニアの予想である。
それと、【龍の巫女】の実績の所為なのか、メルさんの魔法適正が毒と水に偏ったものになってしまったみたいだ。
もともと使えていた魔法が使えなくなるということはないみたいなのだが、これからメルさんは毒の魔法を中心に覚えていくことになるだろう。
でも、毒の魔法って、ゲームなんかの知識からするとあんまり使い勝手のいい魔法属性ではないような気がするけど……、
そこのところどうなんだろうと気になってソニアに聞いてみたところ、曰く、毒魔法は水魔法の上位互換というか亜種にあたる魔法だという。
例えば水魔法の基本である〈水球〉が〈毒球〉に、放水魔法である〈水撃〉が〈毒撃〉に、耐火魔法である〈水膜〉が〈毒膜〉にと、そこに使われる水分に毒の成分が混ざる仕様になっているものが多いのだそうだ。
そういうことなら折角なのでと、僕はマリィさんの〈火弾〉を改造した〈毒弾〉なる魔法式を作って、それを刻みこんだ魔具をメルさんプレゼントしてあげた。
〈火弾〉という魔法には、作り出した球を弾の形状に圧縮する工程がある。その工程が毒の魔法にも適応されるのなら、誰にでも使える初級の魔法ながら、強力な毒が扱えるのではないかと考えたのだ。
結果的に、なんというか、たまたまゲートを通じて迷い込んできたカマキリ型魔獣すらも、毒弾だけで普通に倒せてしまうような毒魔法に仕上がってしまったのはご愛嬌である。
まあ、完全に討伐するまでには、前衛であるフレアさんのフォローや、そもそも昆虫型の魔獣が毒に弱いってだけってことが関係していたのだろうけど、嵌ったら格上の相手にも素人が完勝できるような魔法が爆誕してしまった。
と、そんなこんなで、メルさんはアヴァロン=エラにいる間、フレアさんの助けや〈毒弾〉のちからもあって、幾つかのディストピアをクリアすることに成功したようだ。
そして、そんなメルさんの快進撃を、偶然アヴァロン=エラにやって来ていた母さんが目に止め、軽く戦い方を教えたと言っていたのだが大丈夫なのだろうか。
いや、魔獣なんて脅威がある世界に暮らすメルさんなら強くなって困ることなんてないと思うし、母さんも強力な魔法を手に入れたとはいえ、所詮は素人に毛の生えたような人相手に母さんもそんなにキツイ訓練はしない筈だ。うん。たぶんきっと大丈夫だ。そうに違いない。
なにはともあれ、波乱万丈の末にようやく居場所を場所を見つけることができたメルさんに幸あれ――ということで、わざわざお礼を言いに来てくれたフレアさん達を見送った僕は、『さて、フレアさん達が宿泊していたトレーラーハウスの片付けをしてしまおう』と、数名のエレイン君を連れて原付バイクに乗って南の荒野に赴くのだが、
いざ、トレーラーハウスの中に入ってみると、その内部は既に掃除がなされていて、縦長のリビングダイニングにあるテーブルの上には、ポーションを入れるような小瓶に入っている液体と謎の頭像が残されているだけだった。
一緒に置いてあった手紙を読むに、フレアさんとメルさんは、長々とお世話になったお礼にとトレーラーハウスの掃除と御礼の品を置いていってくれたみたいだ。
小瓶の方がメルさんからのお礼で謎の頭像がフレアさんからのお礼とのことだ。
しかし、なんだろう。あからさまに怪しい頭像が物凄く気になるけれど、とりあえず分かり易そうなメルさんが置いていってくれた液体入りの小瓶の方から調べてみる。
すると、小瓶の中身に入っている液体が毒薬であると判明する。
なんでもメルさんは魔法の練習で作った毒を濃縮してポーションの空き瓶に詰めたくれたそうだ。
それだけ聞くと悪質な嫌がらせのようにも聞こえるが、メルさんは僕が錬金術をやっている知って、こんなものでも役に立つかもしれないと置いていってくれたみたいだ。
考えてもみれば、メルさんは着の身着のままこのアヴァロン=エラに連れてこられたのだ。お礼の品を用意するといっても地力で生み出すことのできる毒薬以外に選択肢はなかったのだろう。
鑑定してみるとその毒薬は『メルの毒薬』となっていた。だが、どんな成分が含まれているかまでは鑑定できなかった。
作り手や作る環境によってその効果に違いがある個人の技能を使って作ったアイテムは〈鑑定〉を使っても詳しい説明が出ないみたいだ。
因みに大凡の致死量は鑑定できるらしく、メルさんの毒薬による推定致死量は一ミリグラム。だいたいフグの毒と同じくらいの強さらしい。
ただ、追記によると、この毒薬では僕を殺すことはできないみたいだ。
毒に強いという自覚はあったのだが、まさかフグの毒すらも効かない体になっていたとは……。
あれ、母さんの料理の威力を考えると別に普通なのかな?
いや、単に家が特殊なだけと言ってしまえばそれまでなんだけど、細かいことを考えだしたら切りがない。ということで、僕は脳裏に過ぎった余計な考えを頭を振って振り払い、メルさんの毒薬はありがたく回収させてもらい、問題のフレアさんの置き土産の検証に移るとしよう。
さて、とりあえずパッと見は、ただ変な頭像にしか見えないんだけど……、これが一体なんなのか。
百歩譲って、それが僕や関係者の誰かをモデルにしたものなら分からないでもないけれど、どう見てもこの頭像は、東南アジアとかその辺りの寺院にありそうな、闘神やら鬼神とか呼ばれる神様みたいな厳しい面構えをしている。
正直、こんなものを貰ってもどう扱っていいものやらと思うのだが、
まさか、お店のインテリアにでも使えというのか?
いや、フレアさんがそんなことに気が回る人だとは思えない。
となると、別の用途があることになるんだけど……、
この頭像自体が特殊な魔導器になっているとか?
それとも、特殊な鉱石で作られているとか?
フレアさんの意図を予想して鑑定にかけてみるのだが、その結果はまごうことなきただの石像――いや、砕けた石像だった。
どうもこの頭像は頭像ではなく石像の一部らしい。
素材の分類的には火山岩の一種である玄武岩となっていて、それなりに鉄分は含まれているものの、素材としても特に価値があるとかそういうものでもないらしく、何を思ってフレアさんがこれを置いていったのか本気で分からない。
「まあ、エクスカリバーのこともあるし、最低でも魔王城に突入する前には顔を出すだろうから、また今度来た時に聞けばいいかな」
分からないなら本人に聞けばいい。
問題を先送りした僕はとりあえず謎の頭像をバックヤードの肥やしとして送り込み、ここ一ヶ月の役目を終えたトレーラーハウスの移動に取り掛かる。
数日後、一度は国に戻ったものの宝剣が出来上がるまでは何もやる事がないと、いつものようにエクスカリバーチャレンジにやって来たフレアさんに、例の頭像は何を思って置いていったものなのか聞いてみると、なんでも、僕達が遺跡を調べているという話を小耳に挟んで、このアヴァロン=エラへとやってくるのに利用している遺跡に落ちていた砕けた石像を拾ってきて、それを置き土産にしたという。
成程、さすがの鑑定でもデータの少ない異世界の歴史に関してまではその力が及ばないか。
しかし、そんな遺跡に落ちていた石像を勝手に持ってきていいのだろうか。
遺跡の保護や管理が結構うるさい世界に暮らす僕からするとどうしても気になってしまうけれど、フレアさんは特に問題が無いのだという。
まあ、こんな首だけの石像一つで壮大な歴史ロマンが判明するとは思えないけど、せっかくの贈り物だ。ソニアもこういう品には興味があるだろうし、一応分析にかけてもらうことにしようか。
「――で、持ってきたのがこれなんだね」
「はい」
「たしか、彼が使っている遺跡っていうのにはゲートみたいな場所があるんだよね」
「詳しくは聞いてませんけど、小さな儀式場のような場所にある歪みからこの世界に移動できるようになっているみたいです」
「ふぅん。できれば一度調査をしてみたいね」
◆いや、フレア達の事を忘れていた訳じゃないんですよ。いつ元の世界に帰そうかなって考えてて、でも、数行の登場で元の帰すのも味気ないし、このままだと帰るタイミングを逃すかもってことでねじ込んでみました。
ということで、もしかするとあとで書き直すかもしれません。(あくまでかもですが……)