マリィさんの錬金講座・体験コース
その日の万屋はいつもと少し様子が違っていた。
普段、僕が座るカウンターの奥の上がり框にマリィさんが座り、店舗スペースに置かれた小さな椅子に僕が座っているのだ。
何故そんな位置関係になっているのかといえば、
「よろしくお願いします先生」
「先生なんて呼ばれると何かくすぐったいですわね。どうにかなりませんの」
「いや、そこは礼儀としてきちんとしておきませんと、錬金術を教わるのは僕なんですから」
そう、今日僕はマリィさんに錬金術を教えてもらうのだ。
「まあいいですの。そんなところが虎助らしいといえば、虎助らしいのですから……、それにしても随分と持ってきましたのね」
苦笑気味のマリィさんが見下ろすそこには、漢方薬に使われる草花の数々に、薬研と呼ばれるその薬草をゴリゴリと轢き潰す道具が整然と並べられていた。
「ポーション作りに必要と聞いて家から持ってきたんですけど、間違ってました?」
若干困った様子のマリィさんに、持ってきてみたはいいものの。もしかして、魔法世界の薬草と僕達の世界の薬草では違うのか?そう心配してみたりもしたのだが、どうもそうではないらしい。
「間違ってはいませんが、虎助の世界で錬金術というのは既に廃れた技術なのでしたよね。にもかかわらずこれだけの薬草を揃えられる家とはどういうものかと思いまして」
ああ、そういうことですか。
以前から度々聞かれる質問に、僕は遠い目をしてこう答える。
「別に至って普通の家庭ですよ。ただ母さん――や義父さんがちょっと特殊なだけですかね。そもそもこんな異世界への移動手段を持っているだけで特殊ではないかという意見はあるんでしょうけどね」
「確かにそうですの」
まあ、それも僕の力じゃなくて、この世界の主たるオーナーの力なのだが、あえて詳しく説明する必要もないだろう。
「それで肝心の錬金釜ですが手に入れられましたの?」
そんな僕の周辺情報を突っ込んでみてもいいものかと遠慮してくれたのか、気を取り直したように聞いてくるマリィさんに、僕はベル君に視線を送ることで応える。
いくら母さんが現代日本においてちょっと特殊な存在だとはいえ、さすがに錬金釜なんてものは持っていなかった。
そこでこの万屋のオーナーに相談してみたところ、ゲートを通じてこの世界に流れ着いた錬金釜が幾つかあると、その中で万屋の商品として置けないものを貰い受けることになったのだ。
かくして、ベル君に取り出してもらった錬金釜が僕専用のものなのだが、
「あの。これは――」
マリィさんは用意された錬金釜を見て言葉を詰まらせる。
とはいえ、それも仕方の無いことなのかもしれない。何故ならオーナーが用意してくれた錬金釜は、金色の本体に銀の鋳造で魔法式がびっしり書き込まれ、蓋にはルビーのような宝石が散りばめられているといった成金趣味全開の錬金釜なのだから。
しかし、錬金初心者の僕としては道具に選り好みを持ち込めるだけの目も腕も無い訳で――、
「お店に出せない錬金釜っていうのがこれしか無かったんですよ。すみませんが、これで何とかご教授お願いします」
「いえいえいえいえ、そうではありませんの!!何ですかこの高級な錬金釜は!?もしかしなくともオリハルコンが使われているのではなくて!?」
と、僕からの平身低頭なお願いを、マリィさんは何時になくハイテンションで否定してくる。
どうやらマリィさんから見て、この錬金釜は違う意味で高級なものに映るらしいのだ。
言われてみれば、僕が金だと思っていた釜の部分には、エクスカリバーと同じく独特の虹色をした光沢がようなものがある気がしないでもない。
だが、誰が好き好んで伝説の金属でお釜を作るのか。
そう思って訊ねてみると、
「普通に金じゃないんですか?」
「私がオリハルコンの光沢を見間違えるとでも?それに金で錬金釜など作っても実用性など無いでしょうに」
確かに金でお釜を作るなんて実用性皆無にも程がある。
オーナーがそんなアイテムを僕に渡すなんて思えないし、だとしたら本当に――、でも、
「合金なのでは?確か硬化純金だったっけ?そういうものがあったと思いますが」
マリィさんの意見に納得しながらも、さすがにオリハルコン製のお釜というのは中々に信じ難い。
でも、錬金術なんてものがあって、技術者ならばわりと簡単に純金なんてものが作れる魔法世界だ。
もしかしたら僕達の世界にあるような合金も簡単に作れるのでは?念の為、そんな疑問符含みの質問をしてみるのだが、
何故かその質問の方にマリィさんが食いついてくる。
「硬化純金?それはどういったものですの?」
と、その問題の硬化純金とは、確かチタンだったか?微量の元素を混ぜることで純金の風合いを損ねずに硬さだけを高めることが出来る――なんてものだったと思う。
以前、『女にモテるにはまずアクセサリーからだ。普通のヤツはシルバーアクセとかに食いつくだろうが、俺は敢えてゴールドで行こうと思う。ほら、おっさんとか何故かモテるだろ。あれってよ、要は金なんだよ。イケメンでもない俺達には金しかねえんだよ』とか、残念な友人の熱弁を受けて、ネットサーフィンに付き合うことになった時に仕入れた曖昧な知識でそんな説明をしてみたところ、更に意外な言葉が返ってくる。
「ちょっと待ってくださいまし、もしかして、その硬化純金というものがオリハルコンではありませんの?」
どうなんだろう?いや、魔法金属って言うくらいだから、オリハルコンにも魔素が関係しているんじゃないのか。そのあたり、オーナーに聞けば分かるだろうか。
周囲を見回すものの、残念ながら今この場にオーナーの姿は無い。
ならば、
「鑑定してみればいいんじゃないですか」
僕は別に錬金釜として使えるのならそれがどんなものでも構わない。
だが、教えてくれるマリィさんが気になるというのなら無視する訳にもいくまい。
僕はカウンター奥に座っているマリィさんに、お馴染みの鑑定眼鏡〈金龍の眼〉を取り出してもらって、錬金釜を鑑定してみる。
「それで、どうでしたの?」
「本体は普通にオリハルコンみたいですね。あと――他にもムーングロウやアダマンタイトなんて素材が使われてるみたいです」
「伝説の金属のオンパレードじゃありませんの!?」
鑑定結果にマリィさんが声を荒らげるのも当然だ。
オリハルコンは言わずもがなで、この錬金釜には、マリィさんがつい先日手に入れたばかりというアダマンタイトまで使われているのだ。
聞きなれないのはムーングロウだけど、〈黄金の眼〉の分析を見る限りでは、魔力との親和性が高く、効率的に魔法式が使えるようになるという恐るべき性能を秘めた金属であるらしい。魔法式を書くのに使われているのは必然だろう。
成程、これはお店に並べられない。
あまりにも過剰な錬金釜の仕様に、これをくれたオーナーに恨み言の一つでも言いたくなるその一方で、道具は所詮道具である。高級素材がふんだんに使われているからといって全く使われないのならまさに宝の持ち腐れだというのもよく分かる。
そもそもどんなに乱暴に使っても劣化などあり得ないというのがオリハルコンなのだから、使い潰すくらいで丁度いいのだ。
それに、オリハルコンなんて言われても、常日頃からエクスカリバーを見慣れている僕としては特に珍しい素材とは思えない。
そしてそれはオーナーも多分同じで、
「なにはともあれポーションでも作ってみますか」
「虎助。貴方、こんな伝説級の魔導器で何を――」
マリィさんの言い分もよく分かる。だけど――、
僕は今さっき考えた僕とオーナーに共通する考え方を話してややも強引にマリィさんを説得すると、早速、ポーションの作成に取り掛かる。
とはいっても錬金術の基本であるポーション作りは至ってシンプルなものらしい。
薬草を磨り潰し、錬金釜で沸かしたお湯の中に溶かして魔法式を発動。融解させて定着させるだけの簡単なお仕事だ。
「作り方は理解しましたが、どんな薬草を使えばいいんです?」
「はぁ、全く虎助は肝が座っていますのね。――魔素が通っている薬草なら何でも構いませんの。腕によりますけれど、魔素さえふんだんに含まれていて回復効果が見込めるものなら、たとえ毒草だとしてもポーションを作ることが可能ですの。作成途中での魔法による解毒が可能ですし、このレベルの錬金釜なら解毒の魔法式も組み込まれているでしょう」
因みにこの超高級錬金釜にはマリィさんの言う通り、解毒に加え、抽出や融解など錬金術の基本魔法は勿論、加熱や冷却、魔力付与などといった、錬金術に役立ちそうな多くの魔法式が書き込まれているみたいだ。
そんなごちゃごちゃと書き込まれた魔法式を目にしたマリィさんが「この錬金釜さえあればもしかして――」などと、また何やら不穏な独り言を呟きはじめてしまったが、その呟きの元となっているのが規格外の錬金釜のことだけに、余計なツッコミはしない方が身の為だ。
まずは薬草の選定をしてみる。
僕が持ってきた薬草は母さんが普段から採り溜めている毒にも薬にもなる薬草だ。
錬金釜に解毒の魔法式があるのなら、有毒無毒はあまり考えなくてもいいだろうけど、ポーションを作るという目的を考えると、わざわざへんてこな材料を使うよりも、健康に良さそうな素材を普通に使った方がいいだろう。
そうなると、この中で一番効果が期待できそうなのはやっぱり高麗人参か。他にもマカなんかが効きそうだけど……というか、母さんは何でこんな滋養強壮に効果がありそうな薬草をいっぱい集めているんだ?
まあ、その理由は敢えて見て見ぬフリをしておいた方がいいんだろう。
と、そんなこんなでポーションに使う薬草を選んでいこうという僕だったのだけれど、
「あの、ポーションは薬草から作るって話ですけど、根っことかでも大丈夫なんですか?」
「勿論構いませんの。薬効を持つ植物が吸収した魔素というのが一番重要なのですから」
さすが魔法薬というだけの事はあり、普通の薬とは少し概念が違うみたいだ。
要は、普通に使ってもある程度の薬効を持つ植物が吸収した魔素というのが重要らしい。
ならばと僕は〈調査〉の魔法を発動させる。
見るのは漢方素材に含まれる魔素の量。(というか、今のところそれしか見えない)
そんな視力で自宅から持ってきた薬草類を見ると、やはり魔素が薄い僕の世界のものだからか、賢者様が仕入れてくれるポーションから漂う魔素とは比べ物にならない程、その含有量が薄い。
だが、それでも、栽培期間によるものか、それとも場所によるものなのか。高麗人参などはそれなりの魔素を蓄えれているようで、
僕はそれらの中でも比較的魔素を多く含んだものをチョイス。
万屋に並ぶポーションの魔素値を参考に、まだまだ魔素が足りないと、様々な薬草を薬研に放り込んでいく。
そして、ゴリゴリと単調な作業をこなすこと暫く、高麗人参とその他素材がペースト状になったところで、ベル君に頼んで工房の裏手にある井戸から水を汲んできてもらい、それを高麗人参+αなペーストと共に錬金釜に投入。釜の側面に書かれた〈加熱〉の魔法式に魔力を装填し、ついでに、ポーションなどの魔法薬には魔素の濃度が重要だということで、〈加熱〉のすぐ上にあった〈魔力付与〉の魔法式も発動させてみる。
「しかし、まさか加熱処理まで魔法で出来てしまうとは思いませんでしたの」
と、魔法式の発動に合わせて思考の世界から舞い戻ってきたマリィさんによると、安物の錬金釜には普通、〈加熱〉などの機能は備わっておらず、直接火にかけてお湯を沸かすのが普通なのだという。
そもそも複数の魔法式が絡み合う錬金釜というものは、すでに個々の単一魔法式を発動させるような魔具ではなく、アレンジが加えられたオリジナルの魔法式を発動させられる魔導器と同じ扱いらしい。
作れる職人も数えるくらいしかいないとのことで、最低限の機能を備えた錬金釜でもそれなりの高級品のようで、いま僕の手元にあるような、複数の魔法式が書き込まれたようなものともなると国宝に値する物となるみたいなのだ。
そんな話を聞いてしまうと、またオリハルコンの錬金釜をポーション作りなどに使っていいものか。などという考えが再燃しなくもないのだが、それはこのポーション作りが終わっていから考えればいいだろう。
それよりも、
「でも、そんな高級錬金釜がゲートを通じて流れてくるって、どうしてなんでしょう」
錬金釜の中身が煮立つまでの短い時間、僕が現実感の薄い話から目を背けるように訊ねた内容に、マリィさんは少し考えて、憶測であると前置きしながらも丁寧な説明をしてくれる。
「そうですね。可能性といたしましては名を馳せた魔導師が住まう屋敷からという場合でしょうか。歴史に名を残すような魔導師は、その力を当てにされ、王族貴族から無理難題を押し付けられることが多いですから、晩年になると、権力を嫌い、自分の研究に没頭する為に魔素が濃い森の奥などに屋敷を持つ傾向にあります。そうした魔導師が亡くなり、半ばダンジョン化したような屋敷もあるといいますから。そのようにしてできたダンジョンからこのアヴァロン=エラに物資が紛れ込んできているものかもしれません」
ふむ。マリィさんや賢者様がそうであるように、強大な魔力や高い魔法知識を持つことが必ずしも幸せに繋がるとは限らないらしい。
「しかし、だとすると、錬金術師になるにはお金が必要なんですね」
マリィさんの話を聞く限りでは、レベルが低い錬金釜でもちょっとした魔具くらいの値段にはなりそうだ。
この万屋で働いていると、その辺の金銭感覚がおかしくなりがちだが、魔法銃などのちょっとした魔具でも金貨数枚程度――日本円に直すと数十万円くらいの価値になる。
(因みにアメリカでハンドガンを買うとなると二万円から五万円くらいのものが主流らしい)
そんな錬金釜を、錬金術が覚えられるかもわからないと、不確定要素を孕んだ期待から買うというのは庶民には難しいのではないか?
そんな僕の疑問をマリィさんはあっさり否定する。
「いえ、そうでもありませんの。さすがに個人で錬金釜を買うのは大変ですが、錬金釜というものは地域で一つ持つような物ですし、私の世界ではどんな身分の人物だとしても、一度は錬金術を学ぶのですよ」
何でも魔法薬が作れるということは、それだけで優れた回復魔法の使い手や医者がいるのと同じことらしく、地域がその教育に出資してくれるらしいのだ。
そして、錬金術さえ使えればほぼ食いっぱぐれる心配が無くなるということから、どんなに貧しい家庭の子供でも幼い内に、その適性を見る為に誰しもがポーション作りを学ぶのだという。
そう考えると、僕は随分と遅くになってから錬金術の勉強をはじめたことになるのかな。
魔法世界の一般常識にちょっと悔しいような気分になってしまうけれど、その辺りは世界ごとの事情があるから一括りには出来ないかもしれない。
ある意味で恵まれた生まれが持つ弊害と特権といったところか。
と、錬金術師に関わるアレコレから、僕が社会問題的な思考を考えている間にも、錬金釜からは形容し難い匂いを発する湯気が立ち上り始めて、
「あの、マリィさん。これってどのくらい煮るというか。煮立たせたりして大丈夫なものなんですか?」
沸騰したら薬効成分が飛んでしまったりするのかもしれない。僕の問い掛けにマリィさんが言うには、
「基本はゆっくり温度を高めて成分を抽出していくのが良いとされますが、使う薬草によってもその加減は代わるのだと私は教わりました。なれない内は〈調査〉で確認しながら温度調節をするのが無難だと思いますの」
昆布だしを採るみたいに沸騰しない程度の温度で煮出していくのがいいってところかな。
しかし、この錬金釜で温度調整って、どうやったらいいんだろう?
魔法式をつけたり消したりしながら調節するしか無いのかな?
マリィさんの説明から、魔法式に込めた魔力を抜こうとして、気が付く。
どうやら、この加熱の魔法式は、込められた魔力の総量で温度調節ができるみたいなのだ。
さすがは高級錬金釜。その事実に感心すると同時に、むしろこれってIHの卓上コンロなんかで温度調節した方がよっぽど楽なんじゃないのか?思わないでもなかったが、これも魔法の練習とも言えなくはないか。と前向きに捉え、
取り敢えずは弱火(?)を目安にと、じっくりコトコト高麗人参+αのペーストを煮込んでゆき――、
さて、そろそろ蓋を開けて魔素のチェックでもしようか。というところで、また気付く。
蓋にくっついていた紅い宝石が光っているのだ。
「なにか光ってますけど」
「もしかすると魔素を感知しているのか知れませんの」
まじまじとその宝石を見たマリィさんがそう推測する。
何か電化機器じみてきたな。マリィさんの推測に苦笑しつつも錬金釜の蓋を開けると、たしかに魔素が行き渡っているのが〈調査〉によって確認できた。
「で、ここから〈融解〉の魔法式を発動させて〈定着〉でしたっけ?」
手順を確認して、二つの魔法式に連続して魔力を流し込むと、泥水のようだった釜の中の液体が見知ったエメラルドグリーンの液体に変化する。
あの透き通ったグリーンはてっきり薬草から成分を抽出したが故の産物かと思っていたのだが、マリィさんによると、どうも抽出した植物由来の魔素に融解の魔法式を掛けると反応でこういう色になるらしい。
化学反応ならぬ、錬金反応といったところか。
「それで、一応できたみたいですけど、ちゃんとポーションになってますかね」
「どうでしょう。通常の流れならここで〈鑑定〉などを使える魔導師などが品質確認を行うのですが、虎助の場合はそこの片眼鏡を使えばいいのではありませんの」
呆気なく完成してしまったポーションに、錬金術に関するアレコレを聞かされた後だと、ちゃんと出来ているのか不安だな。そう思って訊ねてみると、マリィさんはカウンターに置きっぱなしにしていた〈金龍の眼〉を指で示す。
ということで、早速、ポーションとおぼしき液体を鑑定してみるのだが、
「あれ?」
「どういたしましたの?」
「何故かハイポーションが出来ちゃったみたいなんですけど」
鑑定の結果、錬金釜に入っている液体がハイポーションだと判明したのだ。品質は『やや悪い』というものの、ポーションの上位互換ができてしまったらしい。
何で?と原因を考えて、パッと思いつくものといえば、
「やっぱり錬金釜が高級品だからですかね」
「いえ、道具が同じだとしてもポーションのような簡単なレシピから他の薬に派生することは無いでしょう」
「なら、色々混ぜたのがいけなかったんですかね」
「それもありませんの。魔素を回復させるマナポーションや、毒消しなどの異常回復薬ならまだしも、ハイポーションとなると魔石を混ぜなければ出来上がらない魔法薬ですから」
魔石というのは魔素が結晶化したものとか言われているが、その正体は謎に包まれているとされる宝石である。
もしかして僕が持ってきた漢方の中にたまたま魔石の欠片が紛れ込んでいたとか、そんな考えもチラリ脳裏を掠めたりもするのだが、
無いな。
ここにある素材は僕の家から持ってきたものだ。魔石というのは魔素濃度が高い場所でしか産出されない鉱石だと聞いている。そんなものが僕の世界にそうやすやすと存在するとは思えない。
だとしたら他にどんな原因が?
僕はエメラルドグリーンの液体がなみなみと入った錬金釜に目を落として、ふともう一つの可能性に思い当たる。
「そういえば、いいポーションが出来るかもと〈魔力付与〉って魔法式を使いましたけど、それが原因ということは考えられませんか?」
「〈魔力付与〉ですの?」
「ほら、ここにある魔法式です」
疑問となったキーワードをオウム返しするマリィさんに、僕は錬金釜を半回転、問題の魔法式を見せてあげる――と、
「見たことがない魔法式ですの。虎助はどうしてこれが魔力付与の魔法式だと分かったのです? その、オーナーという方から事前に聞いていらしたの?」
その魔法式を見たマリィさんは驚きながらも、怪訝な顔で聞いてくる。
因みに魔法式というのは、バーコードのようなぶつ切りのラインで描かれた図形のようなものである。
特殊な魔導器により、構築した魔法を暗号化、魔力を流すだけで発動できるという魔法陣のようなものだ。
それを見ただけでどんな効果を持つものなのかを判断するということは、例えるなら、機械語をそのまま見せられて、ここにどんなプログラムが書いてあるのかが分かるのと同じレベルらしいのだ。
しかし、僕の答えは否である。
ならばどうして僕はそれが読めるのか、その答えは単純明快。それは僕が常時発動している魔導器にある。
「これが翻訳してくれるんですよ」
そう言って僕が服の中から取り出したのは、ペンダント型の魔導器〈バベル〉。ちょっと不吉な名前だが、その効果は絶大で、範囲内にいる人間の言葉を統一して翻訳されるという破格の能力を保持していたりする。
そして、その効果は魔法式にも及ぶらしいのだ。
「そ、そこまでの魔導器でしたの?」
もともと〈バベル〉の存在を知っていたマリィさんだが、魔法式まで読めるとは思いもしなかったみたいだ。
しかし、この魔導器の効果範囲にいるマリィさんなら魔法式が読めておかしくないのでは?
やっぱり装着者とそれ以外では魔法の効果に多少の違いがあるのかな。
とはいえ、たかが魔法式の効果が理解できるというだけでそんなに驚くべきことなんだろうか。
使用者が思い描いた魔法を式化する魔導器が普通に存在するのだから、それを翻訳できる魔導器があるのは至極当然なのではないのか。
なまじ魔法知識が偏っているだけに、僕なんかはそう思ったりもするんだけど。マリィさんは違うみたいだ。
「さすがは万屋というべきなのかしら。〈魔力付与〉などという規格外の魔法式を備えた錬金釜ならポーションがハイポーションに化けるという可能性もあり得ますね」
納得に呆れ、その他諸々の感情をその瞳に乗せながらも〈魔力付与〉の魔法式を記憶しておこうと、マリィさんは食い入るように銀色のバーコードのような文様を見つめ。
「ふふ。ですが、これは虎助がここまでのポーションを作れるのなら。あの男もお役御免ですわね」
ああ、僕に錬金術を教えてくれるという裏にはそういう裏があったんですね。
まさに計画通りと口端を邪悪に歪めるマリィさんの一方で、僕は取り敢えずと、出来上がったハイポーションをベル君に用意してもらった薬瓶に移していくのだった。
◆ちょっとした補足。
〈オリハルコン〉……金と竜素材が組み合わさった合金。
〈ムーングロウ〉……銀と竜素材が組み合わさった合金。
◆魔法解説
虎助はその職業柄(バイト店長)熟練度の低い〈調査〉を無詠唱で使うことが出来ます。
〈調査〉……意識した対象の数値的データを得られる魔法。最初は魔力だけしか見えないが、熟練度を上げれば、対象の身体データやその他アイテムが持つ効果の期待値などを参照できるようになります。魔法の無詠唱は大枠である魔法そのものの熟練度に関係しています。
〈鑑定〉……名前そのままの効果。因みに片眼鏡の魔導器〈金竜の眼〉は〈物品鑑定〉MAXです。
錬金釜に書かれている魔法式にフリガナが無いのは魔法としてではなく魔法式として存在しているからです。