エンスウ
◆今週はちょっと長めのお話が一本です。
そろそろ暑さもなりを潜め始めたそんな今日この頃、ゲートに降り立った僕達を迎えたのは、季節を一ヶ月ほど逆戻りさせたかのような熱気だった。
「あっつ、なんだよこの熱さはよ――」
まるで夏の盛りの炎天下のようなムワッとした空気に思わず元春が愚痴りだす。
「うーん。どうもあの子の所為みたいだね」
「ん? 何だよアレ、ヒヨコ?」
フキダシを手元に浮かべる僕の視線を追いかけて、元春が見た先にいたのは、やや赤みを帯びた黄色い毛玉。それはまさしくヒヨコだった。
ただ、そのヒヨコを見た元春が語尾に疑問符をつけて目をこすったのはヒヨコの大きさの所為だろう。
そう、そのヒヨコは直径にして一メートルほど、大きめのバランスボールくらいあるヒヨコだったのだ。
しかし、こんな巨大なヒヨコがふつうにいるのだろうか?
冷静に考えればその答えはおのずと見えてくる。
「魔獣――なんだよな」
「というよりも神獣みたいだね」
僕の返答に一瞬の思考停止に陥る元春。
だがすぐに、
「神獣ってアレだよな。あのセクシーなウサ耳お姉さん」
「間違ってはいないんだけど、そっちなの?」
テンクウノツカイにはさんざん苦労させられた元春だ。印象に残っているなら、あの壮絶な鬼ごっこの方ではないのだろうか、傍目に見ていた僕なんかはそう思ってしまうのだが、元春にとってはテンクウノツカイが帰り際にちらっと見せた人間の姿の方がより強く印象に残っていたようだ。
当然とばかりにセクシーなウサ耳お姉さんという一点を強調してくる。
「いや、あっちの方がインパクトが強いだろ。ただのウサギがバニーガールになったんだぜ」
というか、バニーガールっていうのは元春の捏造だよね。
ちょっとファンタジーチックな格好だったけど、一応ふつうの格好してたよね。
無駄に言葉を重ねる元春に僕が白けたような目を向けていると、さすがの元春も自分がズレたことを言っていると気付いたのだろう。
「んで、あのヒヨコはどんなお姉さんに変身すんだ?」
違った。まるで気付いちゃいなかったよ。
僕はいつもの病気を発症させる元春に、これ以上まじめに答えるのは面倒だとため息を吐きだして、
「知らないよ。というか、神獣がみんなお姉さんに変身するとか、たぶん無いからね。でも、あのヒヨコがどういう存在なのかはきちんと確認しないといけないね」
元春の妄言をバッサリ切り捨てつつも、いまここで気にしなくてはならないのは、あのヒヨコがお姉さんに変身できるかではなく、あくまでその目的だと、強引に話を本線に戻す。
とはいえ、エレイン君が特に警戒していないことからして、ただちに危害を加えてくるような存在で無いんだろう。
だが、神が地上に下した試練という神獣の存在意義を考えると油断はできない。
僕は転移が完了した直後から送られてくるフキダシを横にフリック。代わりに自前の魔法窓を開き、最近ようやく本格稼働を始めた万屋のデータバンクにアクセス。〈メモリーカード〉を買ってくれたお客様の善意の提供による各世界の情報から、あの巨大ヒヨコの正体を探っていく。
それによると、かの神獣は太陽の化身である『エンスウ』ではないかとの検索結果が表示される。
なんでも、前触れもなくそこに現れ、夏と試練をもたらす存在として知られているという。
因みにエンスウがこのアヴァロン=エラに現れたのは、僕達がやってくる三十分ほど前とのこと。
そこから特に何をするわけでもなく、ゲートから少し離れたあの場所に居座り続けているだけなのだそうだ。
と、簡単にではあるがそんな情報を覗き見た元春が言う。
「うん?動かないってんなら、さくっと捕まえて送り返しちまえばいいじゃねーか。ゲート近ーんだしよ」
「元春がそうしたいなら止めないけど、テンクウノツカイでもあれだけ苦労したんだよ。そんなに簡単にいかないと思うけど」
テンクウノツカイに誂われたことはもう記憶の彼方なのか、一見ただデカイだけのヒヨコがさくっと捕まえられるような存在であるハズがないんじゃないのかな。
そんな僕の指摘に元春は似合わない真面目な顔で「そりゃそうだよな」と腕組み。
「でもよ、結局あのバニー姉さんは俺等に一回も攻撃してこなかったんだぜ。あのエンスウってヤツもそうなんじゃねーのか」
元春の言うことも尤もではある。
尤もであるのだが、神獣のすべてがテンクウノツカイのような、ある種の善性を持っているとは限らない。
だから、
「どっちにしても元春は鎧を装備しておいた方がいいんじゃないのかな?」
「ま、こんな世界だからな。準備はしておいた方がいいってか」
うれしくもない元春の変身タイムを眺めて、さて、これからどうしよう――とエンスウの対処を考え始めようとしたそのタイミングで、僕達の背後、ゲートの中心に小さな転移反応が現れる。
転移して来たのはマリィさんだった。
たぶんマリィさんは僕達が万屋に顔を出す頃合いを見計らってアヴァロン=エラにやってきたのだろう。
「あら、二人共――というか、この熱さはなんですの?」
転移をするなり、僕達を見つけたマリィさんが、その挨拶の途中、周囲の熱さに気付き聞いてくる。
お客様からの質問となればこの世界を管理するものとしてきちんと答えなければいけないだろう。
僕は自分達もアヴァロン=エラにやって来たばかりだと前置きしながらも、ゲートの警備担当のエレイン君からの報告をベースにここまでの状況をマリィさんに説明すると、
「まあ、神獣ですの。相手にとって不足なしですわね」
マリィさんは青い瞳に炎を燃え上がらせてエンスウに挑まんとするのだが、待って欲しい。
「落ち着いて下さいマリィさん。エンスウがまだ戦いを望んでいるともわかりませんし、なにより、あれに攻撃を仕掛けることができますか」
エンスウの見た目はただドデカぬいぐるみだ。さすがに神獣ということもあり、マリィさんの力を持ってしても直ちにどうこうなるという存在ではないと思うのだが、あんな可愛らしい生物にマリィさんが全力で魔法を撃ち込むとなるとあまりいい絵面でもないだろう。
僕の指摘にマリィさんはエンスウの姿を見て「たしかにあれは――、そうですわね」納得しながらも、「それでどういたしますの?」と訊ねてくるので、
「前回の事を考えますと言葉が通じる可能性が高いです。だから、まずは僕から話しかけて、この世界にやってきた真意を問いたい思います」
「チャレンジャーだな」
「気をつけてくださいまし」
とりあえず接触を図って、後はエンスウの出方次第だと答える僕に、元春は微かな同情を、マリィさんは心配をしてくれる。
僕はそんな二人に見送られ全力で警戒しながらエンスウへと近付いていく。
そして、心を落ち着けるように深呼吸。『これで話しかけても無反応だったら馬鹿みたいだな』と胸中で呟きながらも、いつでも戦闘に移れる体勢を取り、声をかける。
「あの、こんにちは。ええと、神獣――様ですよね。万屋になにか御用でしょうか?」
さすがに買い物をしに来たなんてことはないだろう。かけた声に、巨大ヒヨコことエンスウは、その見た目にそぐわない俊敏な動きで僕の方に向き直ると、その丸っこいくちばしを開く。
「む、この気配、お主がルナが言っていた人の子か」
囁かれたのは意外なまでの低音ボイス。
おっと、このヒヨコ様はその見た目に反して渋いキャラだったみたいだ。
正直、もの凄い違和感があるんだけど、それはそれとして、
「そのルナさんという方はわかりかねますが、その、御用の方は?」
「ああ、ルナが面白い人間を見つけたと言っていてな。どんなものかと見に来てみたのだ」
「それだけですか?」
「いや、ちゃんと『神の試練』も与えに来たのだぞ」
エンスウの口振りから察するに、ルナというのはおそらく、あのテンクウノツカイことウサ耳お姉さんのことだと思われる。
どうもエンスウは、そのルナ様(?)から僕のことを聞かされて、わざわざ試練を与えに来てくれたらしい。
でも、正直、急に試練を与えに来たといわれても困るんですけど。
「とりあえず、お店の方にご案内しましょうか?」
どちらにしても先ずは詳しい話を聞かなければ判断できない。
僕はお客様をお店に誘い込む常套句を使ってエンスウの移動を試みるのだが、
「ワシもそうしたいのはやまやまなのだが、こう見えてワシは太陽神の眷属だ。店に入るとなると迷惑がかかるのでな」
情報通り、この猛烈な熱気はエンスウにデフォルトで備わっている力みたいだ。
そんなエンスウがもし建物の中に入ったら――、
万屋そのものや商品棚なんかには結界に保存機能がかけてあるけど、確かにこの体温の生物が建物内に入ると、その内部は蒸し風呂状態なってしまう。
だったら外でも過ごしやすい工房裏手の精霊エリアにでもご案内すればいいのかな。
僕が精霊エリアの代表たるディーネさんに話を通しておこうと魔法窓を開いたその時だった。マリィさんが僕とエンスウの会話に割り込んでくる。
「ちょっと待ってくださいまし、その試練は私も受けることができますの?」
前回、テンクウノツカイとの遭遇を逃したマリィさんとしては、ここで出会ったエンスウが試練を課してくれるのだとしたら、それは是非とも受けたいものなのだろう。
自分も試練を受けられないだろうかと頼み込む。
対するエンスウの反応はというと――、
「うむ、その意気や良しだ。いいだろう。ワシの試練に耐えられるかな」
意外とあっさり――、
とはいえ、神獣という生物は人間に試練を与える為に存在している生物なんて説もあるという。
本人にやる気があるのなら試練を与えるのもまた当然。そんな風に思っているのかもしれないな。
と、エンスウの許可をもらい、やる気をみなぎらせるマリィさんを傍らに、僕が神獣に関する生態のようなことに思いを巡らせていたところ。
「なら、俺もちょっち受けてみたいかな」
おや、元春がこういうことを積極的に受けるなんて珍しい。
まあ、テンクウノツカイからもらえる加護の力を、その試練を知る人間なら、このチャンスを生かしたいと考えるのも、また当然のことなのかもしれない。
そして二人がやる気になってしまえば僕が否と言える雰囲気でもない。
ということで、考える時間が欲しいという僕の意見はお流れとなり、すぐにエンスウの試練を受けることになるのだが、人が行き交う可能性があるゲート近くで試練を受ける訳にもいかず、場所を移して世界樹のたもとに広がる荒野へ、マリィさんがエンスウに訊ねる。
「それで貴方様の試練はどのような試練になりますの?」
「簡単なことだ。ワシの作った結界の中で放つ熱気に耐えられればそれでいい」
「それって――」
「ああ、我慢大会だな」
テンクウノツカイといい、エンスウといい、神の試練というのはどこかRPGゲームにありがちなミニゲームのようなイベントなのだろうか。
とはいえ、生きる死ぬをかけたガチバトルをするよりかはこっちの方がよっぽどか健全だと思う。
「どうだ。受けてみるか」
挑発的とも思えるエンスウの確認に全員が頷く。
そして、唐突に始まる我慢大会。
しかし、そこは神獣が自信を持って持ちかけてくる神の試練。
説明から受ける印象よりも過酷なものになるだろうとは思っていたのだが、
「まさか激辛カレーが出てくるなんて思いもしなかったよ」
そう、エンスウが初めに出してきた試練というのが目の前に用意される熱々の料理を完食することだった。
我慢大会としては正しくあるのかもしれないけど、神の試練と銘打たれたものにしては明らかに雑な演出じゃないだろうか。
とはいえ、これが|幻炎と呼ばれる特殊な能力によって生み出された料理であることを考えると、無駄に贅沢な演出ともいえるのかもしれない。
因みに試練として出された料理は、試練を受ける本人がもっとも熱いと考える料理が出てくる仕様になっているらく、僕は激辛カレー、元春は熱々のおでん、マリィさんの前にはシチューのような料理が出てきた。
思いもよらぬ第一の試練に苦笑する僕の一方で、マリィさんは初めて受ける神の試練に相当はりきっているようだ。
「二人共情けないですわよ。私は既に完食しましたの」
気合も充分、食べきったシチューの皿にカランとさじを投げ捨てるマリィさん。
そして現れる焚き火の炎。どうやら食べて感じる熱さの後は目で見て肌で感じる熱さのようだ。
僕はそんな次の試練の様子を横目に見ながら、どうにかこうにか激辛のカレーを完食。
出現した古式ゆかしい円筒形の石油ストープから放たれる熱気に「うわっ」と小さな悲鳴を漏らしていると、
「虎助、俺はもうダメだ。ギブだ。ギブ、ギブアップだ」
試練という意味でも笑いという意味でも特に見せ場を作れなかった元春が、大根とちくわが刺さった串を放り出しエンスウが作った幻炎結界から脱出。あらかじめ用意してあった水風呂の中に飛び込んでいく。
その光景はやや季節外れなものであったのだが、目の前のストーブもそうであることから考えると少し羨ましくはある。
そして、これが本来の目的だったのかもしれない。マリィさんの透けた素肌を堪能し始めるの元春。
だが、マリィさんはそんな元春の動きなど露ほどにも気付かない。
流す汗に服を張り付かせて威勢のいい声をあげる。
「これで試練は終わりですの!?」
「まだまだ序の口だ」
エンスウがマリィさんの声に応えた次の瞬間、結界の内部に無数の火の粉が降り注ぐ。
その光景は幻想的ではあるのだが、火の粉一つ一つの熱量が凄まじい。まるで針で全身を突き刺すような痛みが僕にふりかかる。
「どうだ。この灼熱地獄に耐えられてこそ、ワシが本来くりだす試練を受けられるぞ」
「つか、一気にレベルが上ったな」
「あの、これ、僕まで巻き添えを食らってるいるんですけど」
「最初のアレは神の試練を受けるにふさわしいかふさわしくないかを見極めるものだ。小娘もお主もすでにその段階は過ぎておるわ」
呑気な感想を口にする元春。それに合わせるように僕も抗議の声をあげるのだが、エンスウはすでに試練は次の段階に移行しているという。
どうもさっきまでのバラエティーノリは、本気で神の試練を受けにきている者とそうでない者を振り分けるものだったらしい。
でも、これもある意味で前の二つとあまり変わらない試練ともいえるのではないか。
だが、そのふざけた見た目以上にこの熱量はヤバイ。
感覚としてはバラエティー番組にありがちな罰ゲームのような感じなのだが、あちらはたしか低温の火の粉を発生させる特殊な花火を使っているという。対してこちらは手加減なしの火の粉なのだ。
こんな火の粉の雨、マリィさんは大丈夫なのかと見てみると、マリィさんは涼しい顔をしていて、
「私は炎の魔法使いですの。この程度の熱さなどさほど問題になりませんの」
そういえばマリィさんが持つ実績の幾つかには〈炎熱耐性〉なんかの権能がついていたような。
僕はそんなに耐性を持っていないから、かなり辛いんだけど……。
とはいえ、女の子があれだけ余裕を見せているのにここでギブアップしたら男がすたるかな。
「がんばれー」と気の抜けた元春の応援を煩わしく思いながらも、僕は絶え間なく降り注ぐ火の粉をただひたすらに耐える。
もう、男子としての意地以外のなにものでもない。微動だにせず、じっと火の粉の雨が止むのを待っている僕を見て、嬉しそうにくちばしをほころばせたエンスウが言う。
「ふむ、さすがはルナに選ばれた男かよ。炎術師と思しき娘はまだしも、この程度の熱では音を上げないとはな……。
ならば、本格的な試練といかせてもらおうか」
これもまだ本格的な試練ではなかったのか。
エンスウの言葉に思わず文句を叫びたくなる僕だったが、そんな文句を口にする暇はなかった。
何故なら次の瞬間、エンスウが作り出した幻炎空間が真っ赤な炎に包まれたからだ。
目の前の現れた灼熱空間に元春が叫ぶ。
「おいおい。コレやりすぎなんじゃねーのか」
「ワシが与えるのは神の試練だぞ。生ぬるいものではその役目が果たせんからな。耐えられる者にのみ与えるようにしている。この二人なら、おそらく再起不能にはなるまいよ」
外野がなにやらごちゃごちゃと煩いけれど、いまは気にしている場合じゃない。
まるで生きたまま炉の中に放り込まれた火炎地獄の中、
僕は全身を掻き毟りたくなるような熱痛を耐え、歯を食いしばる。
少しでも気を抜くと意識を手放してしまいそうなのだ。
正直、逃げ出せるものなら逃げ出したい。
しかし、挑発的に、心配そうに、こちらを見ているマリィさんの青い目を見ては、逃げ出すわけにもいかないだろう。
そんな永遠に近い灼熱の時間を耐え忍んでどのくらいか。
幻の炎の熱に全身の汗はすでに出きり、喉はからから、脱水症状も出てきているのかもしれない。視界に立ちくらみでもしたかのような黒い靄がかかり始めた頃、エンスウが口を開く。
「では、これが最後の試練だ」
小さな翼を天に掲げたエンスウが呼び出したのは幻炎で作り出した太陽。
それをまるで流星の如く僕らの頭上に落下させようとしているらしい。
エンスウが振り下ろす翼の動きに合わせて太陽が落ちてくる。
その熱量は凄まじく、僕達が立っていた大地が一瞬でマグマと化す。
こうなってしまうと普通の人間ならとっくの昔に消し炭になっているだろう。
しかし、僕達の体はどうにもなっていなかった。
そう、これもまた幻の炎――幻炎なのだ。
そこにあるのは狂おしい程の熱いという感覚のみで、周囲の状況は幻炎の効果によって生み出された幻覚に過ぎない。
その証拠に元春は、目の前で繰り広げられる壮大なスペクタルに「おお」と感嘆の声を漏らし、平気な顔で落ちてくる太陽を見上げているのだ。
つまり、いま僕が感じているこの発狂しそうになる痛みも、体を焼き尽くすようなこの熱さも、全ては幻に過ぎないのだ。
だから――、
『心頭滅却すれば火もまた涼し――』
まさにこの言葉の通り、精神を研ぎ澄ますことができたなら、この熱さは耐えられるハズである。
でなければ、マリィさんが落ちてくる太陽を前にまだ多少の余裕を残していられる理由が説明できない。
そんな周りの状況と、ここに来るまでの間に分析した事実をもって、僕は己が身にふりかかる恐るべき熱に対処する。
そして、目を焼くほどの光が僕を包み込み、存在自体を消し飛ばしてしまいそうな衝撃が体を突き抜ける。
いけない、これは死ぬ――、
幻とはいえ身にふりかかる熱さ衝撃は本物と変わらない。
脳裏に過ぎった本物の死に意識が飛びかける。
だが、太陽メテオの衝撃に倒れゆく僕に手を伸ばしてくれる人物がいた。
それは、上半身裸の偉丈夫。
褐色の肌に白い髪、老齢ではあるのだが老いを感じさせないボディビルダーのような肉体を持った男性だ。
そんな偉丈夫が、意識が飛びかけ、倒れゆく僕の体を抱きとめこう声をかけてくれる。
「二人共合格だ。二人にはワシの加護を与えておいた」
そして、よろめく僕とマリィさんをしっかりと立たせると、軽く手を振り去っていく偉丈夫。
だが、このまま帰してしまうのはダメな気がした。
それは、万屋の店長を任される責務なのか、それとも去りゆく偉丈夫の雰囲気がそうさせるのかは僕には分からない。
しかし、このまま彼を帰してしまっては失礼だと感じてしまったのだ。
だから、言うことを聞かない体なりに出したこの引き止めの言葉は無意識に口に出してしまったものになる。
「待って下さい」
「なんだ?」
振り返るのは巨大なヒヨコ。そう、エンスウだった。
突然、意識を現実に戻され虚を突かれる僕。
ふわふわと意識もはっきりしないままに見た超然の存在に、何かしなければならない。そんな意識で声をかけたところ、その存在が急にファンシーな生物に代わってしまったのだ。頭が真っ白になってしまうのも当然のことだろう。
しかし、引き止めておいて何もしないのはそれはそれで失礼である。
とはいえ、ただ『ありがとうございます』と礼を言うだけなのは失礼にあたるのではないか。
つい、古き良き日本人的な発想が脳裏を過った結果、
たどたどしいお礼と共に僕が腰のマジックバッグから差し出したのはニンジン型のポン菓子だった。
「えと、ありがとうございました。これお土産です」
万屋の奥にある和室にて、マリィさん達が消費する分のストックとしてマジックバッグに詰め込んでいた駄菓子の一つである。
なんというか、まあ、鳥類に持たせてあげるお土産として思い浮かんだのがこれだったという訳だ。
出してから『しまった』と思ってしまう僕に対してエンスウは、その大きな瞳を弧にして、
「む、うまそうな菓子だな。ありがたくいただくとしよう」
短すぎるその羽でポン菓子を受け取り、そして言う。
「素晴らしいガッツを見せられ上でこんな土産まで持たされて、至れり尽くせりだな。よし、もしも他の存在に出会ったその時には、ここの事を教えてやることにしよう。まあ、そんなこと滅多にある訳ではないのだが、楽しみに待つといい。ではな。さらばだ」
小さな羽を羽ばたかせて飛び去るエンスウ。
あれ、もしかして、これ、やってしまったのではなかろうか。
これからもちょくちょく神獣が現れたりするのかもしれない。
エンスウの残した言葉に僕は苦笑いを浮かべながらも、遠く離れていくおまんじゅうのような後ろ姿をただじっと見送るしかなかった。
◆今回、虎助とマリィが獲得した実績
【神獣の加護】……エンスウ:〈赤烏〉〈極炎耐性〉〈幻覚耐性〉
◆ブクマ・評価などいつもありがとうございます。励みになります。