アヴァロン=エラの植生・リベンジ
◆今週の一話目です。
放課後、いつも通りのんびりした空気が流れる万屋にマリィさんが駆け込んでくる。
そして、手に持った小さな麻袋をカウンターの上に置きこう言うのだ。
「虎助。例のもの、手に入りましたわよ」
「そうですか」
「何だコレ?食い物ってことはないよな?」
マリィさんが持ってきた麻の小袋に入っていたのはビー玉サイズの種子。
そんな種の一つを横からつまみ上げた元春が、古式ゆかしい野球部員のような坊主頭を傾け聞いてくる。
「マンドレイクの種ですわ」
「マンドレイクってーと、確か叫び声を聞いたヤツが死んじまうとかってアレじゃなかったか」
「あら、詳しいんですのね」
元春の疑問に答えたのはマリィさんだ。
しかし、マリィさんもまさか元春からマンドレイクに関する詳しい知識が出てくるとは思っていなかったのだろう。手に取った種を慌てて僕に返してくる元春の言葉に意外そうな表情を浮かべる。
だが、元春の知識はある意味で当然のものだった。
「マンドレイクの話は漫画などで定番のネタですからね」
マンドレイクといえば、その不気味な見た目と収穫の時に即死効果のある叫び声を上げるという特徴から、ファンタジー系の漫画やらゲームやらの題材として取り上げられやすい魔法植物だ。
普段からゲームやら漫画に触れている元春がマンドレイクに詳しくなってしまうのは当然ともいえるのである。
「んで、虎助はなんでそんな物騒なものの種をゲットしてきてもらったんだ」
「そんなの育てる為に決まってるじゃない」
「いやいやいや普通にヤベーだろ。引っこ抜いただけで死んじまうんだぜ」
それ以外にどんな理由があるというのか。
当然とばかりに言った僕の言葉に元春は強い否定を返してくる。
まあ、元春が抱く懸念はマンドレイクを扱う者にとって当然のものだ。
しかし、その対策はちゃんと立ててある。
例えば音をシャットダウンする魔法を使って収穫するとか、そもそも生物ではなく、かつ高い魔法耐性を持つ精霊を宿しているエレイン君達なら、マンドレイクの声を聞いたところでさしたる問題はなかったりするのだ。
そして、僕がそんなマンドレイクの栽培に関する対策を元春に教えて安心させようとしていると、マリィさんが思いもよらぬ情報を教えてくれる。
「このマンドレイクの叫び声はただ不快な程度の声ですから、特に危険はありませんわよ」
聞くに、マリィさんが――というよりかは、この場合、城外からの仕入れを担当しているメイドさんになるのかな――僕達に気を利かせて特別なマンドレイクの種を持ってきてくれたみたいだ。
「へぇ、品種改良ですか、魔法的な植物でもできたんですね」
「品種改良とは何の事ですの?」
ん?話の流れから僕はこのマンドレイクが品種改良の産物かと思っていたのだが、どうも違ったらしい。
なんでも、マリィさんの世界において、この特殊なマンドレイクの種は突然変異で生まれた種を増やしたものなんだという。
そういえば、DNAの改変に限らず、受粉や接ぎ木なんかによる品種改良も、地球ですらわりと最近になってから確立された技術だなんて聞いたことがあるような気がしないでもない。
だとしたら――、
僕が小学生の理科レベルの知識を引き合いに出し、簡単にではあるが品種改良の知識をマリィさんに教えてあげていると、元春が『いいこと思いついた」とばかりに、ニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべながら、おしべとめしべがどうのこうのなんて話をし始める。
本当に元春は、そういうことばっかりするんだから、女の子から痛い目にあわされるんだよ。
僕がいつも通りな元春にため息をつく一方で、マリィさんはそんな元春のセクハラに気付いていないみたいで、
「成程、参考になりますの」
関心したように頷くだけ。
すると、そんなマリィさんの態度に拍子抜けしたのか、
いや、あまりにピュアなマリィさんの反応に、自分の発言がいかに迂闊なものだったかを気付かされたのかもしれない。
元春の子供っぽいセクハラは一気にトーンダウン。
僕もここはあえてツッコまないのが皆の為なるとあえてスルーして、
「まあ、詳しい説明は後々ということでマンドレイクを育てにいきましょうか」
話を本題に戻して、店を出ようとするのだが、そこに元春からの『待った』の声がかかる。
「つか、だた種を植えるだけなんだろ。みんなで行く必要なくね?」
「ああ、それはだね――、ついてくれば分かるよ。マールさんがはりきってるから」
そういえば元春はアヴァロン=エラで植物が異常成長することを知らないんだったっけ?
僕はあからさまに面倒だとばかりの元春の態度から、アヴァロン=エラにおける植物の成長具合を説明してあげた方がいいのかなと考えるのだが、説明したところで元春は右から左に聞き流すに違いない。
なにより、元春を一人で店に残しておくのもいろんな意味で心配だ。
僕は面倒な説明を省くと、マールさんという餌を鼻先にちらつかせて元春を誘導。工房の裏にある精霊エリアに向かう。
そして、立入禁止のロープをくぐり、井戸の底にひきこもる水の大精霊であるディーネさんに気を使って、井戸から離れた日向でくつろいでいる植物少女マールさんのもとへと歩いていく。
「あら、大勢でどうしたの?」
「マンドレイクの種が手に入りましたから持ってきたんですよ」
「ああ、それはありがたいわ」
「ありがたい?」
マールさんとの会話を聞いていたマリィさんが頭上に疑問符を浮かべる。
「マールさんは植物を操る力を持っていますから、マンドレイクの種を使って従者を作りたいみたいなんですよ」
そう、マリィさんにマンドレイクの種を入手してもらったのは、マールさんからお願いされたからだった。
「ですが、収穫されたマンドレイクが動き回ると言っても、ただ枯れるまでのエネルギーを闇雲に使うだけと聞いたことがあるのですが」
「それなら問題ないわ。こう見えても私は精霊の端くれよ。マンドレイクのコントロールくらいできるから。それに、この世界くらい魔素が充実した空間なら、放っておいても干からびるなんてことはないと思うわよ」
マリィさんの言う通り、ちゃんとした処理をしていないマンドレイクは引っこ抜いた後に動き回り、体内に蓄積されている魔力を使い切って萎れてしまう。
しかし、魔素濃度が異常に高いこのアヴァロン=エラなら、自然にしている呼吸から摂取できる魔素だけで内在魔力の減少を補うことが出来るハズ。
マールさんはそんなアヴァロン=エラの環境を利用して、自分の手足として動く使い減りのしない従者を作り出そうとしていたのだ。
とはいえ、それもこれもあくまで机上の論理であって、実際に作ってみなければ本当のところはわからない。
ということで、
「まあ、その辺り実験も兼ねているということで、とりあえず、マールさんに用意してもらった畑の方に移動しましょうか」
僕の一言をきっかけにマールさんは流れるような動きで元春を馬にする。
そして、絶妙な尻叩きで元春をコントロールして、精霊エリアから南東に数百メートル。とあるポイントに到達したところで、なにもなかった荒野に突然、天を衝かんばかりの巨木が現れる。
その壮大な光景に思わず目を奪われる元春とマリィさん。
だがすぐに――、
「おお、なんじゃこりゃ――!?」
「どどど、どうなっていますの!?」
まあ、こんなおっきな樹が急に目の前に現れたら誰だって叫びたくもなるだろう。
「世界樹は目立ちますからね。幻術結界で覆っているんですよ」
別に個人レベルでどうこうできるレベルではないと思うのだが、世界樹という植物は様々な希少素材が取れる伝説の樹木である。ふつうに見えるようにしていては良からぬことを考える人間も出るだろうと、こういう処置をしてあるのだ。
と、僕が世界樹に施されている防犯の話をしている間にも、その脇に作られた、広さにして1アールくらいしかないだろう小さな畑に到着する。
ただそこにはごく少数の奇妙な植物しか植えられておらず、耕してあるだけの畑が殆どを占めていた。
マンドレイクの種が入った小袋を手に畑の中に入っていく僕にマリィさんが訊ねてくる。
「あの虎助、そのまま植えていいんですの?」
その質問は前回のプチトマトやら二十日大根を思い出してのことだろう。
アヴァロン=エラでは植物を植えると、その過大過ぎる魔素によって、恐ろしいまでの成長補正がかかり、あっという間に植物が成長、そのまま枯れてしまうのだ。
しかし、そんな心配も植物の精霊であるマールさんの手にかかれば問題ない。
「ええ、この畑は随分と気を遣って調節したから普通に植えても大丈夫よ。それに本来マンドレイクが収穫できるようになるまでは最低でも十年は必要だし、百年、二百年と土に埋まっているものもあるから慌てなくても問題ないの」
そもそも普通に百年単位で育っていく植物なら、少しくらいの収穫時期の遅れなど構わない。
そういう意味でもマンドレイクはアヴァロン=エラの大地にうってつけの植物なのだ。
「でも、まず植えるのは一粒だけにしてもらおうかしら。残りは品種改良に回したいから」
「品種改良するんですの?」
マールさんの声に覚えたばかりの単語で果敢に質問するマリィさん。
「せっかく従者にするのだから、適した体に改良した方が都合がいいでしょ。それに従者として扱うなら見た目にもこだわりたいから」
そんな質問にマールさんが答えを返している間にも、僕が植えたマンドレイクはすくすくと成長。「どうなってんだよコレ。魔法か?」とマンドレイクの成長に驚く元春をよそにマールさんが口を開く。
「そろそろいいかしらね」
「って、もうできたんすか?早すぎでしょ」
収穫時期を教えてくれるマールさんの声に元春からツッコミが入る。
だが、植物のスペシャリストであるマールさんがこう言っているのだ。
「なら、抜いちゃいますか?」
「別に触らなくても大丈夫よ。自分で出てきてもらうから」
マンドレイクを抜こうとする僕の声を聞き、耳をふさいで遠くに離れる元春。
たぶんマンドレイクの逸話を思い出したのだろう。
しかし、マールさんが成長したマンドレイクを抜こうと畑に入る僕を止めて、指先に魔力光を灯すと短く呪文のような歌を口ずさむ。
すると、マンドレイクの小さな双葉がわさわさと揺れて、土の中から触手のようなものがニョッキリと地面から飛び出し、よいしょっとマンドレイク自身が顔を出す。
そして漏れ出すのは風呂に入るおっさんのような低い唸り声。
「ええと、これもまたこの世界の魔素が影響していますの?」
うん?今のマンドレイクの声は種を持ち込んだマリィさんとしても想像していない声だったみたいだ。
けれど、漫画なんかでありがちな不快な大絶叫じゃなかったのはありがたい。
元春も僕達のリアクションからマンドレイクの絶叫(?)が終わったと気付いたみたいだ。
僕達の近くに戻ってくると耳に突っ込んでいた指をすっぽ抜き、足元に佇むマンドレイクを見るとダイレクト過ぎる感想を呟く。
「うわ、これがマンドレイクの実物かよ。ちょっときもいな」
元春の遠慮のない感想にがっくりと膝をつくのは土の中から這い出たばかりのマンドレイクだ。
「元春。生まれたてにいきなり気持ち悪いなんて言ったら可哀想だよ」
「お前だって思っただろ」
それは否定はしないけど――、正直に言ったらまた彼(?)が落ち込んでしまう。
だからここはと僕は植物のスペシャリストであるマールさん慰めの言葉をかけてもらおうとするのだが、
「えと、マールさん。これ、どうしたらいいんですか?」
「放っておいても大丈夫よ。所詮は私のお人形だから――」
そんなご無体な。
マールさんからのあんまりにもなお言葉に「えっ」と言わんばかりに顔を上げるマンドレイク。
その様子はあんまりにも可愛そうで、せめて汚れた体を綺麗にしてあげれば――と、僕が世界樹の水やり用にと畑のすぐ横のタンクに溜められている聖水を使ってマンドレイクを綺麗にしてあげたところ、どうも懐かれてしまったみたいだ。器用にも渡したタオルで体を拭いたマンドレイクがひしっとしがみついてくる。
すると、そんな茶番劇を胡乱な目で見ていたマールさんが気を取り直すように、
「まずは見た目の方をどうにかしたいわね」
「でも、見た目をどうにかするって、出来るものなんですか?」
「錬金術を使えばいいでしょう。それに、その子のサイズだと私の補佐としてあんまり役に立たないから」
成程、その手があったか――、
僕は見た目云々の話が出たところでへんにゃり萎れてしまったマンドレイクに苦笑い、励ますように撫でながらもマールさんのアイデアに感心する。
「まずは力仕事をしてもらうように大きめのマンドレイクがほしいわね。このお化けカボチャの種と、あとゴレイモと掛け合わせて見てもらえる?」
若草色の服の中から触手を伸ばし、前々から集めていた植物の種を渡してくるマールさんの指示を受けて、僕は腰のポーチからいつもの趣味の悪い錬金釜とは違い持ち運びに便利な小さな錬金釜を取り出し、二つの種を錬金合成、新たに作り出したマンドレイクの種を畑に植える。
そして、次の種を合成している間にも先に植えた方のマンドレイクが収穫時期を迎えたようだ。
マールさんの魔法によって収穫されたドライアドは既に原型を止めていなかった。
「えっと、これってハロウィンのアイツだよな」
「ジャック・オ・ランタンだね。 で、後に作ったこっちのマンドレイクがゲームなんかでおなじみのレンガ系ゴーレムみたいな感じになるのかな」
と、その後も用途に応じてマールさんの言われるがまま、妖精ナスや美脚大根、グラマラス人参にマンティ胡麻と差し出される種を錬金合成をしていき、
「ず、随分と沢山つくりましたわね」
まるで、以前この世界に迷い込んできたオークのような四本足のマンドレイクから、妖精のような小さな個体まで、その用途に応じて魔改造したマンドレイクを揃えることが出来たのだが、
でも、これはちょっとやり過ぎてしまったのではないだろうか。
目の前に居並ぶマンドレイクの集団に、僕やマリィさんが引き気味にしている一方、マールさんはご満悦なご様子で、
「これで私やディーネ様の手足になれる子が確保できたわね」
「それでなんですけど、この子はどうしましょう?」
僕が訊ねたのは最初に作ったノーマルなマンドレイクである。
正直、このそうそうたる合成マンドレイクの中に紛れ込むと、見栄え的にも能力的にも見劣りする。
生来の性格(?)からか、整列するキメラマンドレイクの列に入れず、僕の足にしがみつくマンドレイクの処遇をマールさんに求めるのだが、
「う~ん。特にいらないわね。そうね。ますこっときゃら?だったかしら、万屋に連れて行ってそれにしてみたらどうかしら?」
マールさんから下されたのはいらない子宣言。
そして、もはやこれは一つの芸と言っていいだろう。ガクンと四つん這いになって体全身から落ち込んでいる雰囲気を滲み出させるマンドレイク。
ここまでされてはさすがに拒否もできまい。
結局、マールさんの提案に乗って、僕はこのマンドレイクを万屋の商品兼マスコットキャラとして引き取ることになるのだった。
その後、ひそかにマンドレイクとベル君の間で熾烈なマスコット争いが勃発することになるのだが、この時の虎助はそれを知る由はなかった。
◆今回、マールが制作したマンドレイク亜種の数々はプログラム型のウッドゴーレムに近い存在です。精霊をその身に宿し、自己進化を続けるエレインとは用途が異なる存在です。因みにマールの命令がない時は畑に戻り、成長。そして種を残して消滅する仕様となっております。